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「ご、ご注文をお伺いします」

「モーニングセットを二つと、クリームソーダで」


「あら、甘いものが好きなんですね、マナ先輩って」


「彼の好みだよ。私は何度もお茶してるから知ってるんだ。彼の恋人だというのなら、もう少し好みを知っておいた方がいいんじゃないかいキッカさん」


「ご忠告、ありがとうございます。これから知っていきますよ。何せ、一日の間に一緒にいる時間は、誰よりも長くなるでしょうから」


「……ああ、そう」



 さて、疑問点を整理しよう。

 気分は推理小説の主人公だ、立場は針の筵だが。


 一つ目、何故マナ先輩がここにいるのか。

 これは比較的簡単だ。近くに家があるらしいし、単純に駅に向かった時に偶然、俺たちと遭遇しただけだろう。運命の悪戯というやつだ、運命なんて地獄に堕ちろ。


 二つ目、何故マナ先輩は怒っているのか。

 これもまだ分かり易い。俺がこいつとここにいるからだ。


 俺のような後輩から誘ってきた遊びの約束に、わざわざ乗ってくれた心優しきマナ先輩。そんな彼女でも、それの途中でいきなり帰って、挙句の果てに別のやつと一緒にいるなんて、そりゃ怒る。


 彼女からみれば、大して楽しくもない俺とのお出かけに付き合わされた挙句、なんか他の奴と一緒に帰ろうとした場面を目撃したわけだ。



「俺は出会い頭に殴られなかったことを泣いて感謝するべきかもしれないな……」


「急にどうしたんですかライチさん。ついに頭が……?」


「うるせぇ、お前もマナ先輩を崇めるがいい。とりあえずここの食事代は俺が支払いますねマナ先輩。ほんとすいませんでした」


「いや、急に拝まれても……。支払いは割り勘でいいでしょ。なんなら、君の分は私が奢ろうか?昨日の楽しいお出かけのお礼だ」


「あ、私お金無いのでライチさん支払いお願いしますね」


「サラッとたかるな。いやまぁ払うが」



 こやつめ、昨日の一件からつけあがってやがるな……!



「待って。金無いの?キッカさんって最寄駅ここだっけ」


「いえ、全然遠いですね。電車じゃ無いと来れない距離です。ですがほぼ無一文です。不思議ですね」


「不思議ですね、じゃねぇんだわ。帰りの電車代くらいは持ってるんだろうなお前……」


「膝枕10分千円で手を打ちませんかライチさん」


「だめだこいつ。早く何とかしないと……」



 多分一万円でも買う奴いくらでもいそうだが、残念俺は膝枕の誘惑になど負けぬ人間だ。そんな卑劣な商売には乗らんぞ。



「……キッカさんが彼と付き合ったのって、金のためかい?だとするなら、大事な後輩がカモにされているところを黙って見過ごすわけにはいかないんだけど」


「そんなまさか。ただちょっと甘えたかっただけですよ。それに、何故あなたに口出しされる必要が?先輩後輩の仲程度なら、人の色恋沙汰に干渉するのは理由として不十分だと思いますが」


「君が普通の恋人なら、私も干渉しようとは思わなかったさ。だが、以前から彼に相談を受けた話だと、君は随分と奇特な人物らしいじゃないか。そりゃ心配もするし、多少なかれ干渉もする。君にとって彼がどんな人間かは知らないが、私にとっては誰よりも大切な、可愛い後輩だからね」


「……なるほど、筋は通ってますね。どうしましょうかライチさん、反論しようがありません」


「悪いけど俺今先輩が俺のことを可愛い後輩って言ってくれた事実に浸かってるから後にしてくれない?」


「しまった、あなたも変人でした。マナ先輩さん、変人の巣に入り込むことはおすすめしませんよ。さっさと帰って真っ当な場所にいることをお勧めします」


「は?私も変人だが?全然彼と一緒に居ていいが?」


「ライチさん、この人面白いですね」


「馬鹿野郎当たり前だろ。マナ先輩だぞ」



 暫くして、頼んでおいた飲み物がテーブルに運ばれる。

 クリームソーダ、子供っぽいと言われがちだがこれほど美味しい飲み物は無い。

 メロンソーダにアイスが付いて来るんだぞ?滅茶苦茶お得じゃないか。



「で、なんであそこに居たのさ、君達は」



 ついに来てしまった、一番聞かれたくない質問が。

 誤魔化す言い訳は幾つも思い浮かぶが、マナ先輩に嘘は言いたくない。

 かと言って、昨日のことを話すと俺に対するマナ先輩の評価が著しく下がるであろう。

 さてこれをどう切り抜けるべきか、全力で頭を回転させろ、頑張れ俺。



「一緒にホテルに泊まってました。今はその帰りです」



 どうにかメロンソーダを噴出さなかった俺を褒めて欲しい。



「おまっ……!?」


「え?ホテル?なんで?」


「なんで、と言われると説明に困るのですが。成り行きですね。変なことはまだしていないのでご心配なく、今はまだ健全なお付き合いを心がけております」


「……君に聞きたいんだけど。やましいことは無かったんだよね?」


「いやそりゃ当然ですよ!そもそもそのホテルってのは、こいつの親戚が経営してるとこですし、泊まった理由もこいつが体調崩して、どっかで休ませなきゃいけなかったからですよ!?」


「……病院でも良かったと思うけど」


「あー、いや。それは……」



 俺がこいつを病院に連れて行かず、ホテルでの宿泊という手段を取った理由は二つある。

 まず一つ目、キッカの奴が保険証を持って無かったこと。以前は保険証の管理などは母親がやっていたらしく、そもそも保険証を持ち歩くという習慣事態が無かったらしい。


 二つ目、そもそも多額の借金があるキッカが医療費を払えないということ。

 まあシンプルに金が無いということだ。


 説明するだけなら簡単なのだが、そうすると当然金が無い理由についても話す羽目になる。

 この怒りっぷりから察するに、なあなあで許してくれるような雰囲気でも無い。



「お金が無いからですね。母親が借金を残していますので」


「すげぇなお前」



 何の躊躇も無く、そいつは平然と事実を口にした。



「……え。あ、それは……」


「まあそれに、ただの疲労だったみたいですし。体力が無いのに、はしゃぎすぎちゃったんですよ。初めて恋人と遊園地でデートしたので」


「待って。君私と別れた後、この子とまた遊園地に行ったのかい!?」



 さて、終わったな。



「お金あんまりないって言ってたのに大丈夫だったの!?ちゃんと電車で帰るお金ある?ホテル代も高いだろうし……困ってるなら貸すよ?」


「どうしたんですかライチさん。急に自分の頭をガンガンと机に打ち付けだして」


「何も言うな。俺は愚かだ……」



 何故不満よりも先に心配が来るのだ、この人は。

 そんなんだから俺のような後輩に懐かれるのだ、もう少し直した方がいい。



「金に関しては、ホテル代が結果的にタダになったので大丈夫です」


「え、タダ?なんで?」


「こいつの親戚が経営してるホテルに泊まらせてもらったんですよ。それで、その人からのご厚意で無料にしてもらったんです。帰るだけの駄賃はありますよ」


「そっか……それならよかった」



 ほっと息を吐き、けれどすぐに何かを思い出したかのように目つきが鋭くなる。



「それはそれとして。例え親戚が経営してるとしても、未成年の。それも男女でホテルに宿泊なんて、ほんとなら保護者の許可が必要だろう?仕方がない状況だったみたいだから私は見逃すけど、教師に見られれば一発アウトだ。危ないことに彼を付き合わせるのは控えてくれ」


「忠告、ありがとうございます。今後は気を付けますね。えーと……お名前はなんでしたっけ?」


茉奈(マナ)でいいさ。苗字で呼ばれるのは嫌いなんだ。とにかく、君の隣にいる彼氏君は、私の大事な後輩でね。デートするのは構わないが、あまり迷惑をかけないようにしてくれ。分かったかな?」


「そうですか。ではマナ先輩。そろそろ本題に移っても?」


「本題?」



 本題も何も、先輩が俺達に声をかけたのは、善意で注意してくれただけだと思うのだが。

 突然変なことを言い出したキッカを訝し気に睨むと、彼女は少し笑って口を開いた。



「マナ先輩は、私の彼氏に好意を持っているのでしょうか?って痛い!?ライチさん!?何で私のおでこにデコピンを!?」


「アホなことを言い出すからだ。そら、もう帰るぞ」



 なんかそれがムカついたのでとりあえずデコピンした。

 キッカの手を引きずって、会計に向かう。

 これ以上先輩の手を煩わせるわけにもいかないし、恥をかくわけにもいかない。



「その、色々とすいませんでした、マナ先輩。こいつがバカなことを言い出したこともですけど、昨日急に別れちゃって迷惑をかけてしまって……」


「……あ、ああ。別にいいさ。昨日は楽しかったしね」


「そう言ってもらえると嬉しいです。それじゃあ、俺達はこれで。あ、先輩の分も払っておきますね!色々とやらかしちゃってますし、せめてもの詫びってことで!」



 マナ先輩に手を振り、そのまま店を出る。

 ちょうどよく時間を潰せたし、もうじき帰りの電車が来る時間だ。

 先輩には色々と迷惑をかけてしまったが、どうにか乗り切れたようでよかった。

 もし嫌われてしまったら、俺はどうにかなってしまっていたかもしれない……。



「なんでさっき、私の発言を遮ったんですか?」


「先輩に失礼なことを言うからだっての。何でもかんでも恋愛に結び付けるな、バカが」


「バカなのはあなたの方だと思いますが」


「はぁ?」



 キッカの声色は、思いのほか真面目そうだった。



「あの人、多分あなたのことが好きですよ。恋愛的な意味で」


「……恋愛脳か?」


「流石にあなたも気づいてるのでは?先輩後輩の仲にしては、突っ込み過ぎでしょう。それに、彼女がいる男性に誘われたデートに乗るなんて、女性目線でも気があるとしか思えないのですが」


「お前のことが嫌いだったっていうのはあの人に言ってるし、ストレス解消のために付き合ってくれたんだろうよ」


「ちょっと無理があると思いますよ」


「うっせぇなぁ」



 溜息を吐いて、顔を見せないように少し速足で歩く。



「あなたも少なからず好意を抱いているように見えましたけど。なんで今までくっつかなかったんですか?あなたから告白すれば、すぐにゴールインできたと思いますけど」


「……それ、お前に言わなきゃダメなことか?」


「ええ、勿論。私は昨日、恥ずかしいことをあなたに色々話しましたよ?となればあなたも恥ずかしいことの一つや二つ、話すべきだと思います。さあ、ハリーハリー」


「こいつ……!」



 やはりこいつは性格が悪い。

 けれど、一応理に適っている。



「ハァ……多分まあ、初恋だよ。恋愛的な意味で好きになった、初めての女性だ」


「ああ、やっぱりですか?」


「お前に見透かされてんの腹立つけど、まあ分かりやすかったろうなぁ。色々よくしてくれて、優しくて美人で、何より演技に魅せられた。今まで見たどの役者よりも俺の心に火を点けてくれた。俺が今の学校にいる理由だ」


「では、何故?」



 一瞬何か言い訳考えようとして、それも無駄だと思い直す。

 多分もう、こいつに下手な嘘は通じないのだろう。



「俺の父親が、そういう優しい人を破滅させたクソ野郎だからだよ」



 世界一やさしく、素晴らしい母親を持って産まれることができた。

 けれどそれと同時に、そんな母親を殺した父親を持って産まれた。



「同じことをしたら、バカみたいじゃないか」



 だからまあ、それが理由だ。

 俺はきっと、あの人を幸せにできない。



「……つまり。あなたは私なら、破滅させてもいい、と?」


「え?いや、別にそんなわけじゃねぇけど……」


「アハハ、良かった。じゃあ遠慮する必要無いですよ」


「はぁ?」



 彼女は実に良い笑顔を浮かべて。



「私となら、絶対にそうなりませんからね。何せもうじき自殺しますから!あれ、もしかして私とライチさん、とてもお似合いなのではないでしょうか?」


「……そうかもな」



 最初から破滅する前提の交際なんていう、バカげた恋人もどきだが。

 俺のような人間には、これがちょうどいいかもしれない。

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