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告白


 ここで振り払ってしまえれば、何とも簡単な話だったのであろう。

 少しの誘惑を振り切って、『何馬鹿なこと言ってんだ』と言えば済む話だ。

 ほんの冗談だったということにしてしまえば、とりあえずは切り抜けられる。



「別にいいじゃないですか」



 彼女が口を開く度に、か細い息が背中に当たる。

 たったそれだけのことだけれど、それだけで男の自制心を殺すくらいの魅惑があった。

 こいつは自分の容姿がずば抜けて高いことを自覚して、俺が耐性無いことも知っている。

 すげぇな、これ俺の自制心の勝ち目があるのか?



「どうせもうじき死ぬ女ですよ。勿体ないと思いませんか?」


「……何がだよ」


「こんな美少女の身体が、誰にも貪られずに死体になることがです。私は自分の可憐さと美しさにはちゃんと理解がありますので、それが世にとってどれだけ損失であるかも気づいているのです。そうなる前に、味わい尽くしたいと思いません?」


「お前のその自信はどこから来るんだマジで」


「子供の頃、散々父から言われましたから。『お前はいつか滅茶苦茶美人になる』って」


「親バカな父親を持ったな」


「そうでもないですよ。事実だけしか言わない男でしたから」



 風呂上りで、薄着な恰好で、こっちに身体を擦り寄せてきて、いい匂いのする同級生。

 普通なら俺だって歓喜するシチュエーションだし、実際理性が限界に近くなってる。

 俺の性欲をどうにか抑える鍵は、ここでヤッてしまった場合のリスクだ。



「俺がお前とそんなことしたってばれたら、俺がお前のファン共に殺されるだろうが。俺は一時の快楽に任せて自殺するほど馬鹿じゃねぇ」


「ここであったことは、誰にも言いませんよ。私、約束は守るタイプの女なので」


「俺がその言葉を信用できると思うか?今までの行動を省みやがれ」


「なら逃げてもいいですよ?」


「こんの野郎……」



 力を込めて引きはがせば、多分どうにかなりはするのだろう。

 しかしこいつは、抜け出そうと体を動かす度に、自分の身体を押し付けてくる。

 あんまり認めたくはないが、やっぱり女としての魅力はずば抜けている。

 ファンクラグ紛いの奴らができるのも納得というものだ。



「いいじゃないですか。最後が訪れる前に、恋人らしいことをさせてくださいよ」


「恋人らしいことってのがこれかよ」


「他にも色々ありはしますけど。男の人が一番求めてるのはこれですよね?」


「……」



 否定しようと思ったが、説得力が微塵も伴っていないのでやめておいた。

 それに、指摘する部分はそこじゃ無い気がした。

 そもそも俺は何故、こいつの誘いを断っているのだろうか?


 たしかにこいつの言う通り、別にいいんじゃないだろうか。

 大変な思いばっかりさせられたし、少しくらいいい目を見てもいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、けど理性ではない別の部分がその思考の邪魔をする。



「今日は、とっても楽しかったんです」



 唐突に、彼女はそんなことを言い出した。



「今までの人生で、二番目くらいに楽しかったかもしれません」


「途中で体調崩した遊園地でかよ」


「そうですよ。そんなデートでも、とっても楽しかったんです」



 抱き着く力が、強くなった気がした。



「だから。死ぬまでずっと一緒にいてほしいから。私の身体、使ってくれませんか?」



 ……本当に、こいつのことが理解できない。



「あなたのことが大好きです。あなたが去ってしまったら、死ぬよりも辛いです」


「大袈裟な奴」


「あなたが思うよりもずっと、私は私のことが嫌いなので。無条件にあなたから好かれるような人間ではないって知っていますので」



 未だに全然理解はできないけれど。

 嫌な共通点は酷く簡単に見つかった。



「だから、お願いします」



 その声は、まるで幼子のように震えていて。

 父に縋りついていた、あの日の母によく似ていて。



「私があなたの傍に居られる理由を、作らせてくれませんか?」










「知るかんなもん!!」


「うぇ?」



 ずっと背後を取られてたのが癪なので、とりあえず拘束外してぶん投げた。

 ちゃんとあいつのベッドの上なので安心安全、流石だ俺はとても優しい。

 ぶん投げられたあいつは滅茶苦茶狼狽えている、ざまあみろ。



「……あ、あれ?私渾身の告白だったのですが……あれぇ?」


「あれが告白なわけあるかぁ!そんな不埒な理由で初体験奪われてたまるかよ!」



 呆気に取られるそいつにビシッと指を向ける。

 いやだって、怒っていいだろこんなもん。



「色々と言いたいことはあるけどなぁ!とりあえず、俺がそんな安い男だと思われてるところが気に喰わん!『なーにが傍に居られる理由』だ!そんなもんで作れると思うか馬鹿め!性欲の解消なんぞ今時スマホ一つありゃ手軽に出来るわ!」



 流されそうになったのは確かだが、それでも俺はそれに大した魅力を感じない。

 だってこんな奴と肉体関係結ぶとか、メリットよりデメリットのがでかいだろ絶対。

 それに何よりだ。



「何よりもだ!俺がお前に!『そういう奴』だって思われてることが気に入らねぇ!」



 ああ、畜生嫌になってくる。

 言葉を吐く度に、俺が母さんにやってきたことがどれだけ馬鹿だったかを理解する。

 相手を信じてやれないことが、どれだけの重荷になるかを初めて理解した。



「……だって」



 いつものような余裕ぶった顔を崩して、そいつは口を開いた。



「私といても、面倒くさいだけじゃないですか」



 ぽつりぽつりと、俯きながらそんなことを言い出して。

 ダムが決壊したかのように、言葉の濁流はドンドンと流れ出て。




「あなたもご存じの通り、私はとても性格が悪いです。その上実は割と間抜けです。皆が思ってるほど凄くも、賢くもないです」


「あなたと無理やりにでも恋人になれたことが嬉しくて、教室でポロリと口から漏らしちゃったのがあなたがいじめられてる原因です。私のドジです、ごめんなさい。それで謝ったら失望されるかなと思って、あなたに何も言えませんでした」


「頑張って恋人らしいことをしようとしても、何度も空回りして。今日だって初めて遊園地に来れたのに、体調崩して、迷惑かけて。自分で自分が嫌になりました。一緒にパレード見たかったのに、私の間抜けのせいで殆ど何もできずに終わっちゃいました」


「最初の内は、最悪見限られてもいいやって。どうせもうすぐ死ぬからって、自分を誤魔化して、失敗を気にしないようにして。けど段々と、あなたと居られなくなることが怖くなって」


「だから、唯一自信があるもので、つなぎ止めようと思って。両親が唯一褒めてくれたものを、利用しようと思って。それくらいでしか、あなたは振り向いてくれないって思って」


「それで、それで」




 こいつの言っていることは、三分の一も理解できなかった。

 成績俺より良い癖に何言ってるんだとか、体調に関しちゃ間抜け関係ないだろとか。

 あとなんでそんな自己評価低いんだとか、お前には俺がどう見てるんだとか。

 まあほんと色々言いたいことは沢山あって、謎だらけで意味不明で。



「……ごめんなさい、何でもないです。ちょっと頭が茹で上がってました。先に寝ててください、夜風に当たって──!?」



 逃げようとしたそいつの手を掴んで、引き留めた。

 逃げ道を腕で塞いで、沸騰する頭を無理やり回転させて、言葉を考える。

 今日は珍しく、俺の方からそいつに用事があることが多い日だ。

 二度もこいつを引き留めることになるなんて、以前は考えられなかった。



「いいか?よく聞けこの野郎」



 ここで逃げれば、帰ってはこない気がした。

 たった一度の失敗で、こいつとの関係が崩れ去るような気がした。

 俺が壊したかったと思ってたこいつとの関係は、思ったよりも脆いようだ。

 そして俺が思っていたより、こいつは繊細な奴らしく。



「俺はお前の本性が、未だに全然分からねぇ。そもそもなんで俺を選んだのかとか、死のうと思ってる理由だとか!お前が隠している一切合切を、俺は全く理解できちゃいないんだろうよ」



 揺らぎきった眼で、そいつはようやく俺を見た。

 震えて、今にも泣きだしそうな顔で、それでもようやく俺の眼を見た。

 このホテルに来てからずっと、碌に合わなかった目線がようやく交差した。



「お前が何を恐れてるのかとか。過去に何があったのか。俺をどう思ってるんだとか。どんだけお前が強いのかも、弱いのかも、そもそも親とどういう関係だったとかも!お前が全然話さないから、俺はなんにも分かりゃしねぇよ!」



 母さんの時も同じだった。

 いつの日からか、ずっと眼を合わさなくなって。

 俺はあの人のことをまったく理解できなくなっていた。

 押しつけがましく俺のくだらない自己満足に付き合わせて、いつの間にか手の平から零れ墜ちて、あのクソ親父の言った通りになってしまった。



「ごめん、なさい」


「けど!けどなぁ!!」



 それでも、それでもだ。

 恥もプライドをかなぐり捨てて、喉の奥に引っ込んでいた言葉を引きずり出す。



「何も分からなくても、何も理解できなくても!ずっと好きだ好きだ言われてればな!」



 ほんとは言いたく無いけど、言わなきゃ思いが伝わるわけも無く。

 恥ずかしいだとか、プライドがどうだかなんて理由じゃ隠しきれるわけもなく。

 ああ、クソが。笑いたきゃ笑え。



「多少なりとも、好きになっちまうもんなんだよ俺みたいな人間は!」


「……え?」



 自分でもひっじょーにちょろいとは思う。

 それでもやっぱり、好きと言ってくれる奴に、悪感情はどうにも持てないもんで。

 放っておけず、妙に親近感が湧いて、凄く面倒くさいそいつにどこか惹かれて。

 だからあの時もさっさと帰ればいいのに、わざわざ金払ってまで一緒に遊園地に行って。



「いつの間にか、放っておけなくなって!お前といる時間がそんなにつらくも無くなって!勝手にどっか行こうとしたら引き止めちまうくらいには絆されて!」



 ほんと、俺は何を言っているのだろうか?

 恥の上塗りで、バカ丸出しで、それでも言葉を止める気にはなれなくて。



「全部お前のせいだからな!?勝手に俺がお前のことを嫌いだとか、そんな風に言うんじゃねぇよ!最初は面倒くさいだけだったけど、今はそれと同じくらい一緒にいてやってもいいと思って……ああ、クソ!一緒に居たいと思ってんだよ俺も!」



 多分、これはまだ恋とかみたいな甘ずっぽいものではない。

 放っておけなくて、離れてほしくなくて、少し絆されてしまった程度の、緩い関係。

 けれど、放っておけばいつか恋になってしまうかもしれないような、なんとも面倒な感情で。



「だから、最後まで責任持て。勝手に逃げんな。始めたのはお前だからな!?」



 何を怒っているんだろうか俺は。

 それすらも分からなくなってきた。



「身体で繋ぎ止めるだとか、そんな馬鹿みたいなことを言わずに!ちゃんと俺を惚れさせてみろ!一緒に寝たいって言わせてみろ!やるんならちゃんと堕とせ!」


「……」


「少なくとも、今俺は!お前にそんなことをしてほしくはねぇんだよ!」



 多分これで、言いたいことは言い終わったんだと思う。

 荒い息をどうにか抑えて、赤くなった顔を隠して自分のいたベッドに戻る。

 布団を被って、あいつの顔を見ないようにしてどうにか眠ろうと目を瞑る。



「ップ、アハハ」



 ああ、クソ。

 笑ってやがるあいつ、やっぱり滅茶苦茶性格悪い。



「……お休みなさい、ライチさん」



 ……おい待て、まさかこいつまた布団に潜り込んできたか?


 嘘だろお前、あれだけ言ったのにまだやるの?

 そんなことを考えたが、別にそれ以上のことをする気はないようで。

 背中から、スースーと可愛らしい寝息が響いて、温い風が俺の背中に当たってきて。



「……結局同じベッドで寝るのかよ」



 そんな程度の悪態しかつけず、眠れるわけもなく夜は更けていった。

 多分人生の中で一番、俺が恥をかいた一日だ。

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