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「高くておいしいですねこれ」

「これ、ほんとに食べていいんですか?学食で一番高かった定食より高い値段しましたよね、このターキーレッグ。それに加えて、こんな大きなジュースまで」


「うるせぇ、さっさと食え。なんも食ってないんだろうがお前」



 電車代はケチらない癖に、何故食べ物の時はいちいち値段を気にするのだろうか、この女は。

 俺も昼に散々先輩と遊んだのでそれほど金はないが、多少奢るくらいならなんとかなる。



「初めて食べました。美味しいんですね、遊園地の食べ物って」


「美味しくなけりゃ稼げないしな。その分割高だけど、時々食べたくなる」


「あなたが食べてるチュロスなら、映画館で食べたのですけど」


「楽に作れて原価が安いから映画館でも遊園地でも売り捌かれるわけだ。まあ、遊園地で食べるチュロスと映画館で食べるチュロスはちょっと違うが」


「そうなんですか?」


「遊園地で食べる方が心なしか美味いんだよ、こういうのは。高いからな」


「値段が高いことと美味しいことは関係あるんですか?」


「高いのに美味しく食べれないと損だろ。だから美味い」


「なるほど、参考にしますね」



 アホなことを口走りながら、チュロスとターキーレッグを片手に夜の遊園地を回る。

 あと数時間としない内に閉園する上、殆どのアトラクションは込んでいて碌に遊べない。

 多分これでは見れたとしてもパレードくらいだろうが、それでは味気ない。



「どうにか並んで、ジェットコースターでも乗るか?」


「怖いのと高いのは苦手です。言ってませんでしたっけ」


「聞いてねぇよ。というかそれならなんで飛び降り自殺をしようと思った。高いところが嫌いなら首吊りにでもすりゃいいだろうに」


「そうすると、多分私の死が発覚するまでに時間がかかるじゃないですし。それに、知ってますか?首吊りした後、時間が経った死体ってかなりグロテスクなんですよ」


「死んだ後の見栄えを気にするのかよ」


「気にしますよ。死に様くらいは綺麗な方がいいじゃないですか」


「……」



 “ほんの少しだけ分かる気がする”

 そう言おうとして、それを言ってしまうと何か癪だから口を(つぐ)んだ。

 そんなことを言ってしまえば、まるで俺まで変人みたいではないか。



「いや待て。どっちにしろ死体はぐちゃぐちゃだろ飛び降りも。潰れたトマトみたいになるんだろうし、むしろそっちのがグロいんじゃねぇか?」


「あ、それもそうですね。……それじゃあ、毒とかを接種して自殺とかどうでしょう」


「俺に聞かれても知らねぇよ面倒くさい。んなもん考えるならさっさと思い直せバーカ」


「酷い人ですね、私がこんなにも悩んでるのに。あ、図書委員さん。あれも食べたいです」


「お前俺のこと財布か何かかと思ってる?」



 遊園地特有の、健康にとても悪そうなジャンクフードを頬張りながら、適当にパーク内を闊歩する。先輩の時はしっかり予定を立てて順序よくアトラクションを遊んだが、今回は突発的な上に時間も無いから行き当たりばったりだ。



「乗れるとしても一つだけだな。もう面倒だしお化け屋敷とかでいいだろ」


「それは文化祭の時にやりたいので嫌です。遊園地だからこそできることをやりましょう。私は文化祭の時に腕を組みながらお化けに驚きつつ身体を引っ付けるイベントをやりたいのです」


「すげぇバカだなお前。一緒に回るわけ無いだろお前と文化祭なんぞ。殺されるわ」


「頑張って返り討ちにしてください」


「この野郎……!」



 注文が多いせいで、碌に乗れるアトラクションが無い。

 もういっそこのままアトラクションに乗らず時間を潰すか、なんて考えていると。



「あれがいいです」



 唐突にあいつが足を止めて、キラキラと輝くそれに指をさす。

 そのアトラクションは、なんともまあ子供っぽく、先輩と一緒の時も候補にも入れなかった、学生よりも子供連れの家族が乗るようなものだった。



「メリーゴーランドて。子供かお前は」


「ダメですか?」


「いや、別に文句はないけどよ。じゃあ俺はそこで待ってるから、さっさと行ってこいよ」


「何を言っているんですか。ほら、行きますよ。ゴーゴー」


「えー……」



 別にメリーゴーランドが嫌いというわけでも無い。

 子供の頃に何度か遊んだこともあるし、その時はまあ楽しかった。

 いやけど、ほら。



「高校生が乗るもんでも無いだろ、あれ……」


「酷い偏見ですね!?そんなのだから今まで彼女が出来なかったのでは?」


「いや、けど。メリーゴーランドだぞ?見ろよあれ、乗ってるのだいたい子供じゃん」


「大人もいるじゃないですか!」


「ああいうのは子供の親か、もしくは恋人連れの色ボケどもなんだよ。しかもあいつらは楽しいから乗ってるんじゃない。恋人とイチャイチャすることが目的のアベック共だ。女の方は『可愛い物が好きな私ってキュートでしょ?』というのを見せつけることを目的とし、男の方は『可愛い彼女に付き合ってあげる俺かっこいいだろ?』というクソみたいなアピールを目的としている!」


「その変な妄想は、今までモテなかった故に産まれた悲しき産物なのですね……」


「おいこら憐れむような眼で見るな。悲しくなるだろうが」



 嫉妬やない。これだけはハッキリしとる。



「まあお前の場合は絶対違う理由なんだろうけど」


「おりゃ。それはまた何故ですか?」


「どうせ乗ったこと無いんだろ、あれ」


「……ええ、まあ、はい。そうですね。エスパーですか?」


「というか遊園地も行った事無いんだろお前」


「私、それ言ったこと無いですよね?」


「分かりやすいんだよ色々と。まあ、初めて乗るアトラクションの中でも一番怖く無さそうだからとか、そんな感じの理由で選んだんだろ?」


「ああ、残念ながらそこは違いますね。私への理解度はまだまだ足りないようです」


「いや別に高くなくてもいいんだけどそれは。じゃあどんな理由だよ」



 そんなことを話している間にも、メリーゴーランドの列は短くなっていく。

 あと数分もすれば、すぐに俺達の乗る番が来るだろう。



「二人でイチャイチャしたかったので」


「……なんて?」


「いえ、ですから。あなたと私でイチャイチャしたかったので。どうせ先輩さんとも甘酸っぱいデートをしたのでしょう?なら私にもそうするべきだと思いまして」


「何を言っているんだお前は」



 というか先輩と俺がデートしてるとか言うな、迷惑だろうが先輩に。



「とりあえず、狙い目はあの二人乗りの馬ですね。最高速度で取ってくるので図書委員さんは待っててください。二つだけしかないですし、見た感じ一番人気そうなので争奪戦は苛烈を極めるでしょうが……負けません」


「いや別になんでもいいだろ……。一人乗りの馬に適当に乗れば十分じゃねの?」


「何を言っているんですか。多分これを逃したら、もう一生乗れないじゃないですか」


「大袈裟……いや、まあ、うん。そうだな」



 自殺するとかほざいてるし、まあ確かにそうかもしれない。

 あの最悪告白から半月は経っているし、もうそろそろ六月の終盤。

 十二月の終盤頃に死ぬ予定と考えると、改めて生きられる日数は限られていて。



「まあ、それもそうか。いやお前が死ななきゃ済む話なんだが」


「それはできない相談ですね。よし、それでは確保してきますね!」


「あー、おう。頑張れよ~」



 俺達の番になった途端、保険委員の奴は弾かれたように走り出し。

 そしてすぐに他の人達の波に飲まれて「わー!?」などと悲鳴を上げながらどこかに流されていった。



「まあ、無理だろうなぁ」



 性欲に支配されているアベック共を相手に、華奢な肉体じゃ分が悪い。

 流されていく姿を見送りながら、一応は無事を祈って黙祷を捧げるのであった。




◆◆




「ダメでしたね……」


「だろうな」



 結局二つの二人乗りの馬は、カップル二組が手に入れたのであった。

 まあ見るからに大学生くらいの風貌だったし、こいつじゃ無理があったのだろう。



「まあ、馬には乗れたしいいだろ別に。一人用が一つずつだけど」


「密着はできないじゃないですか」


「なんでそこまでくっつきたがるのかがそもそも分からんのだが」


「恋人っぽいことをしたいという単純で分かりやすい理由ですが?」


「ああ、そう……」



 こいつの恋人観もなかなかに偏っている気がしてきた。

 まあ、俺自身恋人が何をするか、なんて碌に知らないわけだけど。



「それにしても、なかなか早いんですねメリーゴーランド。結構楽しいです」


「割と揺れるから、落ちないように気を付けろよ」


「流石に落ちたりしませんよ……。私の体育の成績は5ですよ、5」


「なんで運動も勉強も完璧な女の実態がこんな残念な奴なんだろうな……」


「良かったですね。あなたの前だけで見せるとてもレアな姿です」


「理想が壊されたのでマイナスだわ……ん」



 ふと、楽し気な音楽が聞こえてきた。

 音がする方を見てみれば、どうやらパレードが始まっていたようだ。



「あ、始まっちゃいましたね」


「だな。終わったら見れる場所に行くか」


「はい!フフッ、パレードを見るのも初めてなので、なかなか楽しみ──あれ」


「あん?って、おい!?」



 ふ、と。

 彼女が突然脱力し、俺の方に倒れかけてきたので、咄嗟に腕を伸ばした。

 保険委員も何故自分が倒れているかよくわからないみたいな顔をしていたので、多分わざとじゃないのだろう。



「おい、大丈夫か?落ちないとか言った後にすぐこれなわけだが」


「いえ、その。なぜか、急に力が抜けて……」


「……ああ、まあ。あんな場所でずっと外に立ってりゃ、体調も悪くなるわな」



 多分ここまで立ってたのも、空元気のようなものだったのだろう。

 近くで顔を見てみれば、少し熱っぽい感じもするし、心なしか息も荒い。

 ちょうどメリーゴーランドも終わり、俺達の様子を見て取ったのか作業員がこちらに近づいて来る。



「大丈夫ですか!?お連れの方、なんだか体調が悪いように見えますが……」


「ああ、はい。大丈夫です、すいません。ご迷惑をかけました」



 頭を下げた後、ぐったりしている保険委員に肩を貸して立ち去る。

 パレードはまだやっているが、こいつがこの調子だと流石に無理だ。



「帰るか。流石にその様子じゃ長居は無理だろ」


「……ですね。少し休んだら、帰りましょうか。ちょっとだけ肩貸してもらえますか?」


「おう。無理はすんなよ」



 意気消沈、と言った様子で俺の肩に頭を預けるそいつを他所に、俺は今更ながらに気づく。

 そういやこいつの家って、俺の家とは正反対の方向だよな、という結構面倒な事実に。


 一人で帰るのは、流石に無理だろう。

 この様子じゃ歩くのもそれなりにキツイだろうし。

 かといって、こいつを家まで送り届けるのも大変だろうし。



「まあ、しょうがないか」



 渋々ながら、俺は最善の方法を実行する覚悟を決めながら、ベンチでしんどそうに座っている保険委員の奴にスマホを見せる。



「……?なんですか?これ」


「近くのホテルで安い場所だ。お前おぶって帰るのも面倒だし、見た感じ体力が無くなってるだけだから病院行くのも手間がかかるだけだろ」


「……はい?」


「いや、だから。泊る場所の候補用意しといたから、さっさと好みの場所選んでくれ。土曜日にしちゃ珍しく空いてる場所多いぞ、ラッキーだったな」


「はえ」



 結局その日の遊園地は、パレードを少しだけ見て、写真を少し撮った後、ATMで金を卸してホテルにチェックインして終わることになった。

 先輩との輝かしい思い出には敵わないが、まあそこそこ楽しかったな。




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