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「遊園地?」


「……へー、そんなの貰ったんだね?」


「貰ったというよりも、押し付けられたが正しいですね。俺的には微塵もいらないのでマナ先輩にあげますよ。仲いい人とでも一緒に行ってきてください」


「そんな軽い気持ちであげっちゃっていいのかい?」


「構いませんよ。それに俺、遊園地嫌いなんです」



 困った時はマナ先輩頼み、俺の密かな教訓である。

 マナ先輩は訝しげに遊園地のペアチケットを眺めている。

 当然ながら、まだこのチケットのことはあいつには話ちゃいない。

 俺の意見など関係なく、地獄のような休日を送らされるにきまってる。


 しかしチケットに罪はない。金券屋で換金するのは少し気が引ける。

 そこでもういっそ、マナ先輩に渡して友達か彼氏にでも一緒に行ってもらおうと考えたのだ。

 あの野郎からはデートの感想だのどうだの言われているが、まず間違いなく愚痴しか出ないので行きたくない。文句言ってきたならその分の金を返してやりゃあいい。



「……まあ、そういうことなら受け取るけど。遊園地嫌いなのか。理由を聞いても?」


「親子揃って旅行に行った、最後の思い出なんで」


「……えっと、訳ありかな?あんまり聞かない方がいい?」


「気になるなら教えますよ?先輩なら別に構いませんし」



 誰にでも話すようなことじゃないが、先輩ならみだりに言いふらすようなことも無いだろう。義理堅い人だし、誰かが傷つくようなことをする人間じゃない。

 しかし先輩はどうも、俺がそのことについて気にしていると思ったようで。



「……やめておこう。人には踏み込んじゃならない場所が存在するものだ」


「マナ先輩はほんと、あいつと違っていい人ですね~」


「……別にそういうわけじゃない。君に嫌われたくないだけさ」


「そういうところ、ほんとに尊敬してますよ」



 人を気遣える、なんてすばらしいことだろうか。

 あのアホみたいに人の心にズカズカ踏み入るバカもいる世の中で、こんないい人がいるなんて。



「けど、ペアチケットか……さて、どうしようかなこれ」


「友達とか、いるなら彼氏とか誘えばいいんじゃないですか?」


「そんなのがいるなら、毎日こんな場所で一人寂しく本を読んでなんていないよ」


「部活来ればいいじゃないですか……次の発表の演者に入れられてませんでしたよ」


「メンバーになって、またあの連中と一緒におままごとをしろって?ごめんだね、そんなの。君がいなければ、私はとっくにあんな部活やめている」



 マナ先輩は演劇部の皆と仲が悪い。だからあまり部活には来ない。

 来たとしても一人で練習ばかりしてるし、脚本家である幼馴染とも相性が悪いようだ。

 そんなのだからか、いつも陰口ばかり叩かれていて、最近じゃまったく部活動に参加しなくなってしまった。あんなに素晴らしい演技が出来るのに、非常に勿体ないことだ。



「……遊園地が嫌いってのは、その。絶対行きたくない、とかそんなレべル?」


「いや、別に。なんとなく嫌いってだけで、遠足とかで行ったことはありますし」


「そ、そっか。……それじゃあさ」



 少しだけどもりながら、マナ先輩はチケットを握りながら言った。



「わ、私と一緒に、行かない、かな?」




☆☆☆




「浮気ですか?」


「寝てからほざけ」


「一緒に寝た事はあるのでほざきますね。包丁持ってきた方がいいですか?」


「こえぇよ!自殺願望に俺を巻き込むな!」



 どこから聞きつけたのか、保険委員の奴は当たり前のように『遊園地何時行きます?』とかほざきやがったので、『先輩と一緒に行く』と告げると一瞬フリーズした後なんか詰め寄ってきた。

 俺としては、いったいどこからチケットのことを嗅ぎ付けたのかが非常に気になる。



「私という女がいるのに、先輩さんにも手を出すとは。そんなに欲求不満でした?もう少し段階を進めた方がいいですか?AとBをすっ飛ばしてCに行った方がいいですか?」


「何の話してるかまったく分からんわ。それに、別にマナ先輩とはそんな仲じゃねぇよ」



 まったく、何を勘違いしているのだろうかこの女は。

 俺なんかがマナ先輩と釣り合うはずがないだろう、身の程を考えろ。



「あんないい人を、好きになっていいはずがないだろう」


「変な理屈ですね」


「俺の中じゃ真っ当だ。身分違いの恋になるだけなら、先に諦めておいた方がいいだろ。雲の上にある物に手を伸ばしても、損するだけで何もない」


「愛してしまった相手が雲の上にいるのなら、撃ち落としてでも自分の物にする方がいいと思いますけどね。少なくとも、私ならそうします」


「とことん合わんな、お前とは。まともな方法で付き合ったなら、絶対長続きしないだろうよ」


「そうでしょうか?」


「そうだとも。合わない奴と一緒にいたって苦痛なだけだろ。お前が脅して無けりゃ、さっさと縁を切ってるよ」


「なら、やっぱり私は賢いですね」


「ああ?」



 保険委員の奴は、憎たらしく笑った。



「そのおかげで、今あなたとこうして話せていますから」


「……」


「凄い顔してますね。キュンと来ましたか?」


「ドン引いてるんだよサイコパスめ」



 やっぱりこいつはろくでもない。

 さっさと縁を切りたいが、切ったら躊躇なくこいつは最初に言ってたことを実行するのだろう。実にろくでもない、さっさと約束の期限が来てくれないものだろうか。



「育てた親の顔が見てみたいね」


「家に来たら見せてあげますよ?私だけあなたの家に行ってばかりなのも不公平ですし」


「嫌だ。絶対ろくでもないことになるという確信がある」


「酷いですね。私の家、そんなに汚くはないですよ?」



 溜息を吐いて、先輩からのメッセージを確認する。

 『何持っていけばいい?』やら『欲しいものある?』やらの確認ばっかりだ。

 事前に『そんなに気を使わなくてもいいですよ』なんて言ったが、効果はないようで。



「お前にも、マナ先輩くらいの良識が備わってりゃなぁ」


「彼女の前で他の女の話とは、随分と度胸がありますね」


「お、別れるか?全然かまわんぞ俺は」


「死ぬまで付き纏うつもりなので遠慮します。今際の際にも言ってあげません」


「幽霊の類かよ」



 正直なところ、マナ先輩と行くとは言え遊園地自体はそれほど楽しみではない。

 楽しみではないのだが、せっかく先輩が俺を楽しませようと色々準備してくれるのだ。

 ここが演劇部としての腕の見せ所だろう。



「ちなみに、何時行くんですか?」


「ん?土曜日……つまり明日だな。人が多いだろうけど、日曜日よりは多少マシだろ」


「なるほど、明日と。ありがとうございます」



 ……いや、ちょっと待て。



「おい。まさかとは思うが、来ないよな?」


「それじゃあ私はそろそろ帰りますね。色々と準備もありますし」


「おい待てふざけんな!?」



 俺が呼び止める間も無く、保険委員の奴は今日に限って俺とは違う電車に乗るようだ。

 ぴょんっ、と俺の家とは真逆の方角の電車に乗って、振り返りもせず去って行った。



「……最悪だ」



 絶対明日来るだろうな。

 確信めいた予感を感じながら、帰りの電車を待つためベンチに座る。



「……あー」



 久しぶりに一人で帰るからだろうか?

 当たり前のはずの日常が、少しだけ物足りなく感じたのは気のせいだ。


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