「おはようございます、よい朝ですね!」
「学校遅刻したのにそれ言えるの凄いなお前」
「えっへん」
「褒めてるわけねぇからな?」
最悪な告白が終わった次の日の朝。
保健委員の女は、何を血迷ったのか俺と一緒に登校したいなどと抜かしやがった。
できることなら顔も見たくないので、わざわざ学校に行く時間を三十分も遅らせて家を出たというのに、この女ずっと玄関前で出待ちしてやがったそうなのだ。
俺の記憶がたしかなら、こいつは今まで遅刻したことが無い超優等生のはずなのだが。
「お前正気か?二年間続いて無遅刻神話をこんなつまらんことで潰すなんぞ」
「彼氏との初めての登校は、それほどつまらなくないと思いますよ?」
「彼氏が俺じゃなかったら、美談として語られたかもな」
出くわしてしまったものはしょうがない。
不機嫌な感情を隠しもせず、最寄りの駅まで一緒に歩いていくことにする。
「しかし、この地区に来るのも久しぶりですね~」
「……は?おい、お前ここの駅周辺に住んでるんじゃねぇの?」
「正反対ですよ?ほら、ここ」
そう言って当たり前のように、俺に地図アプリで自分の住所を晒してくる。
なんというか、わかっちゃいたがこれクラスメイトにばれると俺死にそうだ。
「……はぁ!?学校通り越して俺の家来てるじゃねぇかお前!?馬鹿か!?」
「バカとは失礼な。わざわざこのために、一時間半も早く電車に乗ったんですよ?」
「うわ、馬鹿だ。マジものの馬鹿だお前」
「通知表では5未満を取ったこと無いですけど」
「よかったな、通知表に『常識』の項目が無くて」
というかこいつ、マジでわざわざ俺の家を調べて長い時間かけて家まで来たのか。
「やってることほぼストーカーだなお前」
「酷くないですか?オタクってヤンデレとか言うの好きなんですよね。ならこういう重い愛は喜んでしかるべきだと思うんですよ」
「ヤンデレというのは重い愛を持つ女のことを言うんだよ。お前別に俺を愛してたりはしねぇだろ」
「はい!」
「素直が美徳って時と場合によるんだな」
「まあまあ、愛はこれから育めばいいでしょう。付き合ってる内に本気になるなんてよくあることです」
「そうなる奴は事前にそんなこと言わないんだわ。恋愛漫画でも読んで勉強してこい」
「なら、今度勉強になる本紹介してもらえません?」
「俺はそれより道徳の教科書渡したいけどな」
本性が分かる前までは絶対に言わなかったであろう言葉を次々と投げかける。
割と憧れとかあったのに、それらが全部砕けていく気分だ。
大きな溜息を吐きながら、ふと自分の状況に気が付いた。
「……ていうかそうだよ。お前と一緒に登校なんて、それが学校の奴らにバレた日にゃ俺リンチされるじゃん」
「そうなんですか?」
「犯罪者の子供と学校のアイドルが仲良くなって、それをよく思う人間なんぞ恋愛漫画に脳がやられたような人間しかいないっての」
「なるほど。たしかによく思う人はあんまりいませんね」
「よし、お前の頭でもわかったみたいだな。だから俺は裏門から、お前は正門から学校に入れ。バレたら俺が終わる」
「分かりました。ところで犯罪者の子供って?」
「ん?……あー」
知らなかったのか、こいつ。
一瞬だけ迷って、ここで言わない方が後々面倒になると判断する。
どうせ、クラスメイト辺りに聞いたら分かる話だし。
「俺の母親がな、痴情のもつれで男を刺し殺したんだよ」
「わあ」
「わあ、て」
「重い反応の方が良かったです?」
「……いや、まぁ。そっちのが楽だけどさ」
少しだけ驚いた。
そういう反応をする奴は、こいつが初めてだし。
「それでそれで?刺し殺した原因ってのは?」
「人の不幸をよくもまぁそんな楽しそうに聴けるなお前」
「不幸自慢なら私も負けてませんからね!」
「一夜にして親二人とも死んだんだっけか」
「あ、いえ。父親が先で、母親が後ですね」
「……んん?」
なんだ、親二人で心中したわけじゃないのか。
「正確にいうと、父親が死んだ後それに絶望して母親が首吊った感じですね」
「……そりゃまた、悲惨だな」
「はい。まあ親が屑だったので、あんまり悲しくはないですが」
「そうかい、俺とは真逆だな」
「あれ、犯罪者の親なのに恨みとか一切ないんですか?」
「無い。というか、それを止められなかった俺にも責任はあるからな。母さんが辛い思いしてたのは知ってたのに、それをどうにかすることができなかった時点で俺も同罪だ」
「ははぁ……面倒な思考回路してますね」
「お前ほどじゃねぇわ」
死んだ母親に恨みはない。
俺がどうにかすれば止められた事件だった。
母親が殺人者だというのなら、それを止められなかった俺も同罪だ。
だから、犯罪者の子といわれることには大して嫌悪感はない。
お前が何を知ってるんだよ、とは思うけど。
「で、刺し殺した原因は?」
「この流れでそれを聞ける合金メンタルがあって、なんで自殺しようとしてんだお前」
「別にメンタルが強いわけじゃないですよ。半年後に自殺しようって思うから、生きてるうちに好き勝手やってやろー!って感じになれるだけです!」
「傍迷惑な思考回路してるんじゃねぇよクソ女」
大きく溜息を吐いて、続ける。
「離婚した親父が、他の女と歩いているのを見てカッとなったんだとよ」
「ああ、なるほど。嫉妬深かったんですね」
「こういうのがヤンデレっていうんだよ。お前も母さんを見習え尻軽女め」
「え、想い人刺しちゃう系の女が趣味なんですか図書委員さん」
「愛情深い女が好きだって言ってんだよ保健委員」
駅につき、いつも通り定期券を見せて電車を待とうとして、ふと気づく。
「……一応聞くけど、明日からは来ないんだよな?」
「え?来ますけど」
「バカか。定期券作れないだろ、ここから学校までは」
「はい。なので毎回切符を買うつもりですけど」
「正気か?」
「昨日の時点でわかりません?」
ああ、狂ってたなそういや。
「……借金してんだろお前」
「ええ、まあ。けど切符買うくらいの小遣いはありますよ」
「やめとけバカ女。……今日は俺が買ってやるから、明日からは来るんじゃねぇ」
「えー!あなたと一緒に通学するの、結構楽しいのに」
「どんだけ金使うつもりだ。駅から学校まででいいだろうが」
「電車の中であなたとお喋りしたいです」
「……イカれてるわ、マジで」
「あ、電車の中で読める本とか持ってます?」
「……」
これ以上吐く息も残ってないので、肩を落として電車に乗り込む。
今までの人生で、もっとも騒がしい登校になってしまったのはいうまでもないことだろう。