「お前の母さん、人殺しなんだって?」
「唐突だな、おい」
軽く笑いながら、友達というわけでも無く、されど話さない程の仲ではない同年代の部活仲間であり。演劇部には欠かせない、照明係である彼の話を受け流す。
多分彼に悪気は無く、誰かから聞きかじった話の真偽を問うているだけなのだろう。
「教室の奴らがお前のこと話してて、そう言ってるの聞いてさ。興味湧いた」
「あー、そう。まあ、ほんとだよ。俺の母さん、俺が中学生の頃に男の人を痴情のもつれで刺し殺したんだ。人に話すようなことでもないけどな」
「ああ、もしかして聞いちゃダメなことだった?悪い」
「別にいいよ。隠すもんでも無いし」
照明係の奴は、デリカシーはないけどいい奴だ。悪いと思えば謝ってくれるし、注意すれば反省してくれる。世の中何を言っても反省しない馬鹿共が多い中では、比較的良識があると言えよう。
それはそれとしてもう、少し遠慮があった方がいいと思うが。
「何年も前の話だし、俺も殆ど忘れてる。一人暮らしは気楽だしな」
「え、お前一人暮らしなの?羨ましいな、俺未だに『早く寝ろ!』って怒られてるからさぁ。深夜までゲームできるの羨ましいぜ」
「ハハハ、だろ?」
実際はすぐに飽きて、母親がいる頃よりも早めに寝てしまうけどな。
深夜のゲームが楽しい理由は、悪いことしてるという背徳感がスパイスになるからそう感じるのであって、実際には目が疲れるだけでさほど楽しくは無いものだ。
叱ってくれる母親が居るからこそ、そういうちょっと悪い事が病みつきになってくる。
照明係には優しい両親がいるのだから、真っ当に育ってほしいものだ。
俺やあいつみたいになったら多分もう人生諦めた方がいいと思う。
「いや、諦めるのはダメだろ」
「ん?なんか言ったか?」
「ああいや、なんでも」
自殺を肯定する理由は無いし、やるにしても俺とは関係ない所でやってほしい。
そう簡単に諦めるな。もうちょい足掻いてみろ、なんて無責任に言いたくなる。
俺はあいつの過去も碌に知らないし、知りたいとも思わない。
あいつと縁を切るまでの間、あいつのことを何も知りたいとは思わない。
「いつも思うんだけどさ」
「うん?」
「■■って、妙に悟ってるよな~。同年代じゃなくて、爺ちゃんと話してる気分だぜ」
「なんだそりゃ。ピチピチの高校生だぞ俺は」
「なんかお前、自分のことを他人事みたいに言うじゃん。この前も不良にカツアゲされてたのに、大して怖がること無く面倒くさそうに対応しててさ」
「面倒なのには関わらない方がいいだろ?」
「そういうところだよ、そういうところ」
どういうことだかあまり分からないが、彼曰く俺は爺みたいな性格らしい。
「俺さ、よく婆ちゃんに小遣い貰うんだよな。子供の頃からずっと好きで、いつも絡みに行ってたからか可愛がられてよ。会いに行くと、毎回一万円くらい財布から取り出そうとするんだよ」
「お、いいじゃん。金持ちなんだな、お前の婆ちゃん」
「金持ちじゃねぇよ。金を自分のことに使わないんだ。前までは趣味とかもあったのに、認知症になってからはずっと趣味とかできずに家にいるから溜まってくんだよ」
「なるほどねぇ」
照明係はどこか憂いた顔で語る。
「最初の頃は平気でもらおうとしてたんだけど、途中で気づいたんだ。婆ちゃんが俺に、やたらと小遣いを渡そうとする理由。多分あれは、婆ちゃんにとっての死に支度だったんだ」
「死に支度?」
「最後に俺のことを甘やかしたかったんだとよ。そうすれば、思い残すことも無く死ねるから。けど、俺は婆ちゃんに死んでほしく無かったから、気づいた後は受け取らなくなった。そのおかげかどうかは知らねぇけど、今も婆ちゃんは生きてるよ」
「……そりゃ、良かったな」
「お前、その時の婆ちゃんに似てるんだよな」
「やめてやれよ。お前の婆ちゃんが可哀想になるだろ」
俺は彼の婆ちゃんより素晴らしい人間では無いし、死に際に誰かに奉仕する事なんて死んでもごめんだし。何より俺は、別に死にたいだなんて思っちゃいない。
「それに、俺はしっかり生きてくつもりだよ。病気も無いし、将来の不安とかも無い。メンタルすぐに病んで自殺するなんてこともしない」
「ならいいんだけどさ。俺は■■のこと何も知らないし。けど、最近お前■■さんと付き合ったんだろ?羨ましいなぁ畜生」
「……それの何が関係あるんだ?」
「彼女残したまま、勝手にどっか行くんじゃねぇぞってことだ。俺も狙ってんだけどなぁ」
むしろ俺を残してあの世に行っちまいそうなのはあいつなんだが。
げんなりしている俺の様子を気にもせず、照明係はニッと笑う。
「ま、お互い頑張ろうぜ。もうじき演劇大会があるしな」
「おう。まあ、頑張るよ」
「期待してるぜ!照明は任せとけ!」
明るいけれど空気が少し読めない彼を、俺は羨むと同時に少しだけ尊敬してる。
こんな風に生きていられればな、と少し思うくらいには、彼は眩しく輝いている。
友達と言えるような距離感ではないけれど、仲間と言えるくらいには信頼している。
「また明日な、■■!」
「ああ。また明日」
そんな彼に、少しの怒りを覚えてしまった俺は。
なんともまあ、器の狭い人間だ。
★★★
「なあ、お前両親以外に家族いないのか?」
「急ですね。しかもあなたから話題を振るとは珍しい」
見慣れた風景となってしまった、こいつと二人だけの下校時間。
ふと気になったことを、ポロリと漏らして彼女に話す切っ掛けを与えてしまう。
すぐにその発言を後悔するが、出てしまった言葉を引っ込めることはできない。
「もしいるなら、そっちの頼めばいいだろ。祖母とか、祖父とか。もしくは叔父とか」
「いますよ、一応。会った事もあります」
「だったら──」
「あなたも会ったことあるでしょう?前の日曜日に」
予想外の言葉に少しの間言葉を失う。
それはつまり、あれか。
「組長さんが私の叔父にあたる人物です」
「自分の姪に、あんな対応かよ」
「母には随分と甘かったんですよ、あの人。返す見込みも碌に無い母に金を貸してくれましたし、利子も法外な物ではなく常識的な範囲に抑えていてくれました。その上で死んで逃げられたのですから、まあああなるのは当たり前でしょう」
「……」
そりゃ頼れるわけも無いだろう。
思った以上に彼女は詰んでいて、どうしようも無いらしい。
俺を巻き込むなとは思うが、自分も同じ状況になったら多分自殺を選ぶ。
「祖父も祖母も、とっくに私のことなんて見捨てていますよ。以前から母は評判の悪い人でしたし、葬式も叔父以外は参加してはいませんでした。随分と嫌われていたようですね」
「苦労してんだな」
「その一言で済ますところが好きですよ」
こいつの好感度メーターいかれているのだろうか?
「変に同情なんてされたくはありません。最後くらいは、自由に生きたいんです。鎖に縛られず、首輪をかけられず。一生分の幸せを、この半年間で過ごしたいんです」
「なら猶更別の奴にしておけよ。俺はお前を幸せにするつもりは無いし、お前の事情なんて知ったこっちゃない。顔はいいんだから、金持ちの男でも引っかけとけ」
「つまらないじゃないですか、そんなの」
違った、こいつの頭がイカれているようだ。
「あなたより顔が良くて、あなたよりイケメンで、あなたよりもスポーツ万能な人なんて沢山いました。そんな人達から何回も告白されました。気持ちは嬉しいですが、それら全部が気持ち悪かったです。吐き気すら催しました」
「そりゃまた、なんで」
「彼らは私のことを何も知らず、私は彼らのことを何も知らないんですよ?彼らは、もし私が殺人鬼だとしたらどうするんでしょうか。デート中にいきなり包丁で刺してくる可能性もあるんですよ?なのに付き合いたいだとかほざくの、気持ち悪くありません?」
「精神病棟行ってこい。気持ち悪いのはお前だよ間違いなく」
「そうですよ。気持ち悪いのは私です。そんなことをいちいち考える方がどうかしてます。けど、私はいちいち他人のことが怖くなって仕方ないんです」
そりゃまた意外だ。
怖い物なんて無さそうなことばっかしてるのに。
「なら俺も同じだろ。俺はお前のことを何も知らないし、お前も俺のことを何も知らない」
「知ってますよ。私はあなたのことを知ってます」
「会話したのあの日が初めてだろうが」
「それでもです。私はあなたのことを世界で一番よく知ってます」
「……気色悪いこと言うなよ、ストーカーか何かかお前は」
「かもしれないですね」
おい、そこは否定してくれ。
「私はあなたのことが好きですよ。世界で一番大好きです。好きになれるような人間が、あなたみたいな人間しかいないとも言いますが。これは嘘じゃないので、安心してください」
「世界で一番だとか、大好きなんて言葉はな。大抵の場合誇張ありきの妄言なんだよ」
「捻くれてますね。素直に好意を受け取ってくださいよ」
「お前のでなけりゃ素直に受け取って喜べてたんだよ。お前と違って、俺は普通に好きって言ってくれる子が好きだからな」
「好き好き好き好き好き。五回くらい言いました、さあいつでもどうぞ」
「何をだ。安売りの言葉に価値なんてねぇわバーカ」
「限定品なんですけどね。残念」
やっぱりこいつは信用できない。
こいつの思考を聞けば聞く程、頭がおかしくなりそうだ。
さっさとこの関係性を終わらせて、自由の身になりたいものだ。
「好きですよ、図書委員さん」
安売りの言葉に、聞く価値無しとそっぽを向いた。