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「レモン味というのは嘘らしい」

 自分でも時折、あまりに短絡的な行動に思わず頭を抱えてしまうことがある。

 昔からの悪い癖であり、何度も輝かしかった人生を歪めてしまった要因だ。


 バカなことをした。

 本当にバカなことをしてしまった。

 昨日の俺は何を考えていたのだろうか?


 何故ヤクザ共を相手にあんな命知らずなことを言ってしまったのだろうか。

 幸いなぜか見逃してくれたが、不興を買って殺される可能性もあった。

 常識的に考えるなら、あんなことをするメリットなど何一つないのだ。



「何やってんだ俺……」



 頭を掻きむしり、通学の準備を整えて家を出る。

 外ではもはや見慣れてしまった、憎たらしいあいつのニヤケ顔があった。



「おはようございます。よい朝ですね!」


「俺の心は曇天だよ」


「何かあったんですか?」


「何も。遅刻しないうちにさっさと行くぞ」


「はい!」



 もう色々と突っ込む気力も失せたので、後ろをついてくるそいつと一緒に電車に乗り込む。

 当然のように切符代を払ってるあいつの財布事情が激しく気になるところだ。

 というか借金してるのにそんな金を無駄遣いしてもいいのだろうか。



「ああ、電車代に関しては引き続き心配しなくてもいいですよ。半年間は通えるくらいのお金はありますので」


「心配なんぞしてないが。結構な大金を残されたんだな」


「家にあるブランド品を売り払ったら、それなりのお金が手に入りました」


「……それを借金の返済に充てた方がいいんじゃねぇの?」


「雀の涙程度です。そんなのに使うくらいなら、好きなことに使う方が得ですよ」


「ああ、そう」



 あの人らが聞いたら憤慨ものである。

 いやまあ、あの人たちも返す気がなさそうなのは薄々察してそうでもあったが。



「お前、あの人らが怖くねぇの?」


「怖いですよ。だからあなたがついてきてくれた時とても安心しました」


「お前が無理やり連れていったの間違いだろうが」


「私たちを尾行してた時の話ですよ」


「……言っとくが、別にあれお前のために、とかじゃないからな」


「それでも、あなたの下手くそな探偵ごっこのおかげで、私は無事帰れましたから」


「元から脅しかけるだけって言ってたろ、あの人たち」


「あんな奴らの言うことに、どれくらい嘘でないことが混じってるやら」



 癪に障るが、それに関しては同感ではある。

 後ろめたいことをしてる癖にやたら堂々としてる人間は信用ならない。

 つまりそれは、悪いことをするのに慣れてしまっているということだから。



「うちの母親、若いころから借金漬けで風俗で働いてたらしいですから。昔は美人だったそうですが、私が生きてた頃はもう見る影もなかったです」


「ほーん……」


「……それで流すのもどうかと思いますけどね。多少のリアクションは期待しました」


「知るか。人の境遇に首突っ込むほど野暮な性格はしてねぇよ」



 どの口がいうのやら。

 昨日勝手に首を突っ込んで、挙句の果てにあんなことを言ってしまって。

 一体いつから、俺の口はこんなスラスラと嘘を吐けるようになったんだ?



(──最初からか)



「そういうところは少し嫌いですね」


「いっそ全部嫌ってとっとと別れてくれ」


「そんなに私のこと嫌いですか?」


「嫌いだね」


「例えば、どこが?」


「……」



 少しの間だけ黙ってしまって。

 それでも結局、それを、本当に小さな声で、口にする。



「……羨ましいからだよ」


「え、なんて言いました?」



 顔を近づけてくる保険委員。

 近い離れろいい匂いするぶっ飛ばすぞ。

 いろんな感情でごちゃ混ぜになりながら、耳まで赤くしながら。




「お前が、羨ましいからだよ」



「……っプ、アハハ!」



 おかしそうに、そいつは笑った。



「何がおかしいんだ、コラ」


「そりゃおかしいですよ。だって、今まで私の話聞いて、そんなこと言う人います?」


「うっせぇバーカ!」


「具体的にどこが羨ましいのか、教えていただいても?」


「さあな。自分で考えてろ!」


「あら、拗ねちゃいました」



 血迷った、言うんじゃなかった。

 昨日のあれのせいで、こいつへの対応が若干軟化してしまっているようだ。

 どんな過去や事情があろうと、こいつが俺を脅迫してる事実を忘れちゃいけない。



「やっぱり、あなたは変な人ですね」


「チッ!」



 やっぱり昨日、あんなこと言うんじゃなかった。

 後悔ばかりを胸に、高校前の駅についたので、そこで降りようとして立ち上がり。

 しかし不意にぐいっと腕を引かれて、不本意にもそいつの隣に座らされてしまう。



「……何やってんだお前」


「せっかくなので、もう少しだけお話してから行きません?」


「バカか!?早く降りなきゃ電車の扉が閉ま……あー!!」



 保険委員が馬鹿をやらかしたことにより、『プシュー』という聞きなれた音と共に電車の扉が閉まってしまう。

 次いで心地よい揺れと共に動き出す電車。

 もう一度この駅に着くまで、おおよそ30分はかかるであろう。


 積みである。遅刻確定。



「お前は俺を苛立たせることしかできねぇのかあぁん!?」


「なんだがどんどんチンピラ感が増していきますね」


「そんだけ俺が怒ってるって分かってくれねぇかなぁ!」


「まあまあ。追加の切符代はこちらで出しますので」


「俺が怒ってんのは遅刻に関してなんだわ!つぅかなんでこんなことした!?」


「さっきも言った通り、もっと話したかったからですよ?」



 何聞いてたんだこいつ、とでも言うように首をかしげるクソ女。

 何言ってんだこいつ、と怒気怒気で胸がいっぱいだ。



「もうマジで無理……付き合ってられん……頭おかしいのかお前」


「今更何を言ってるんでしょうかこの人」


「クソが、最初の威力が高すぎてだいだいどれも今更になっちまう」


「では、電車に人もいなくなったのでお話の続きをしましょうか」


「なんも話すことねぇよ面倒くせぇj


「あなたが私の嫌いなところを言ってくれたので、私もそのお返しをしようかな?と思いまして」


「お返しだぁ?」



 なんだ、俺の嫌いなところでも挙げていくつもりか?

 だとしたらほんとに時間を無駄にした。

 下を向き、溜息を吐いて、暇だからスマホでも触ろうとして。


 俺の頬に、ひんやりとした手が当たってるのに気づく。

 急な冷たさに驚いて、隣にいる犯人に『何してんだ!』と怒鳴ろうとして。

 けれど、彼女の顔を見て、なぜだかそんな気が失せてしまう。


 絶対に絶対に、死んでもこれだけは口に出さないが。

 完全に気の迷いで、多分脳に何らかのショックを受けたせいなのだろうが。


 その穏やかな、やさしい笑みは。

 どこか、母さんに似ていて。



「死人みたいな目をしてますね~」


「ぶん殴るぞてめぇ」



 うん、気の迷いだな!!



「アハハ!別に、けなしてはいないんですよ?私はあなたの気色の悪い作り笑顔より、そういう人間らしい顔のが好きですから」


「なんだそりゃ。つぅかお前に向かって笑ったことなんてあったか?」


「さあ、どうでしょうね。私は顔を作るのが嫌いってだけです」


「演劇部にそれを言うか、てめぇ」


「演劇ってのも嫌いですよ。人に見られるために何かを演じるなんて、滑稽に見えてしょうがない」


「物の価値が分からん奴だ。人生の九割損して死んでも知らねぇぞ」


「あなたといるだけで、私の人生は満たされていますよ」



 心にもないことを言うやつめ。

 こいつの性悪さを知らなければ、素直に照れることもできたのだが。



「よくもまあペラペラと」


「好きですよ、⬛︎⬛︎⬛︎さん」


「……」



 この女、性懲りも無く。



「希望なんて一切持ってない、空っぽのまま生きてるあなたが、大好きですよ」


「……薄っぺらい告白だこと」


「アハハ、そうですね。私の告白は薄っぺらいです。何せ私自身、とーっても薄い人間なので!」



 やっぱり、こいつは気に入らない。


 俺のことを分かった風に言う言動も。

 俺の好きな物を悉く否定する性根も。

 俺の名前を呼ぶ口も。



「だから、これが今の私にできる、⬛︎⬛︎⬛︎さんへの最大限の愛情表現です」



 死のうとしてやがる癖に、誰よりも輝いているその瞳も。

 こいつを構成する物全てが、気に入らなくて仕方がない。


 少しずつ、この感情の正体に整理をつける。

 なんで俺は、こいつなんかのことを羨ましいなんていったんだっけ。



「……あの。流石に今のが無反応だと傷つくんですけど」


「知るか。いきなり何やってんだこいつって感想しか浮かばんわ」


「せっかく私の初めてをあげたのに!?」


「知らん、知らん」



 バカだ、こいつはバカだ。

 この好意に、打算や思惑なんて存在しないのだろう。

 本気の本気で、こいつは男の趣味が世界一悪いらしい。



「お前のことなんぞ、知ったことか。勝手にそんなの渡されても、知ったことか」


「そうですね。あなたは私の恋人でいてくれるだけでいいんです。だから、これは私の勝手です。私が死んだら、忘れてくださって結構ですよ」


「じゃあ、何がしたかったんだよお前」


「お返しです。私の嫌いなところを言ってくれたあなたへの」



 天邪鬼め。クソ女め。ろくでもないし、どうしようも無い。

 こんな女、さっさと死んでしまえばいい。



「そして、私からあなたへの呪いです」



 嘘吐きめ。ほんとは、忘れてくれなんて殊勝な考え、一片も存在しない癖に。

 ずっとずっと、死んだあとも覚えていてくれと願っている癖に。

 そんな下種た考えが見え透いてしまう己に、何よりも腹が立つ。

 決定的なところは違うのに、なんでこんなに似てるんだ。


 俺になんか関わらず、とっととあそこから落ちればよかったんだ。

 そうすれば、俺は今も、まともに暮らしていたはずなのに。



「好きですよ、⬛︎⬛︎⬛︎さん。一緒に地獄に落ちましょう」



 初めてのあれがレモン味ってのは嘘らしい。

 久しく食べちゃいない柘榴(ザクロ)の味は、やっぱり嫌いな味だった。




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