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「ビデオは、昨日映画見たしいいか」


 結局、昨日の休日は碌に休めず終わってしまった。

 あの後もカフェやらショッピングやらに行って、時間を無駄に使ってしまった。

 せっかくの憩いの時間が、あいつのために消費されてしまったのだ。

 そんな損失を取り戻すべく、今日は精一杯休みを堪能しようとしたのだが。



「今日に限って休館って。ついてねぇなぁ」



 図書館が休みな上に、やろうとしていた積みゲーもなんだがやる気が湧かない。

 暇潰しの道具は色々とあるのだが、貴重な休日をそれに費やすのは少々惜しい。

 仕方がないので、ブラブラとあてもなく散歩することにした。



「久しぶりに、古本屋でも行くかな」



 あの悪魔のような女も、流石に休日を二日潰すような外道はしないらしい。

 今日こそは適当にぶらついて体と心を癒し、平日に備えよう。

 自転車を走らせて、大抵のものが揃っている商店街へと辿り着く。


 香ばしいコロッケの焼ける匂いや、大声で客引きをする魚屋。

 ゲームショップには沢山の学生達が集まり、どれを買うかと値踏みをしている。

 いつも通りの、騒がしくも安心する地元の香り。


 の、はずなのだが。



「……なんでいるんだ?あいつ」



 なぜか、いつものあいつがガラの悪そうな男二人と歩いている。

 思わず隠れてしまい、その様子を電柱の陰から観察する。


 男二人は、高そうな服を着こなし、明らかに堅気じゃない人相をしたヤのついていそうな奴らだ。人を見かけで判断するなとはよく言うが、こうもあからさまだとむしろ周囲を威圧するためにそういう恰好をしているとしか思えない。


 そんな男二人に挟まれて歩くあいつは、いつものニヤケ面ではなく、なんともつまらなそうな、鉄仮面のような無感情な顔色で。



「どういう関係だ?」



 普段ならばほんの少しの興味と共に、わが身恋しさにとっとと立ち去る所なのだが……。

 ふと最初であった時に言っていた、借金がどうちゃらの話を思い出してしまう。



「もしかしてあいつら、借金取りか?」



 借金の返済期限は一年後、などと言っていたが。

 実際のところ、借金についてはあいつから詳しい話などまるで聞いちゃいない。

 もしかしたら借りてるところが借金の期間を早めにする可能性だってある。


 別にあいつが困ったところで俺はどうでもいいのだが……。

 流石に、あいつがほんとに売られる、なんてことになれば目覚めが悪い。



「……まあ、どうせ暇だしな」



 面倒ごとに首を突っ込む悪癖は、母さん譲りなのだ。

 やばくなったら逃げればいい、と自分に言い聞かせて、俺はそいつらの跡を追っていった。




☆☆☆




「おーおー、なんやええ面の兄ちゃんやんけ」


「彼女が心配になって追っかけてきたんやなぁ。男気ある彼氏やないか」


「いやー、俺の若いころによぉ似てるわ!無鉄砲な若さってのはええなぁ!」



 そして藪蛇についていっちゃった俺は、なぜかヤのつく人たちの事務所にいた!

 すげぇな、俺も何が起きたのかまったく分からねぇぜ!

 分かることは七割あいつのせいで、三割俺のせいってことだけだ!


 クソが!!



「なんでこうなったんだっけ」


「あなたが私についてきたからでは?」


「いや、なんかその後になんかあった気がするんだよ。多分お前が余計なこと言ったりしなければ、そのまま俺帰れてたと思うんだよな」


「そうでしたっけ?」



 そうだ。


 あの後、素人の尾行なんぞすぐにばれて、人通りの少ない場所で姿を見失い、気づけば背後に立たれて「おうお前なんの用じゃ?」と凄まれたのだ。

 俺は懸命に言い訳を探し、その末に「そいつの彼氏」という一番言いたくない言葉をいう羽目になってしまい、ガラの悪そうな男と一緒にいて不安だったから、という理由をでっち上げた。


 しかし、意外や意外、男たちはその後にこやかな顔でこう言った。



『なんじゃ、不安にさせてもうたなぁ。俺らこの子の親戚やねん。この子の母ちゃんがこさえた借金をどうにかするために、弁護士の人といろいろ話しするつもりなんや』


『こんないい彼氏さんがいて、この子も幸せ者ですね。どうかこの子をお願いします』



 と、実はガラの悪い二人はあいつの親戚で、借金を返すためにむしろ色々と協力してくれていることを明かしてくれたのだ。


 つまりは、俺は勝手な妄想で二人を悪人と決めつけ、ストーカーしたことになる。

 ここでさっさと、『いやこれはすいません、お二人に失礼なことを言ってしまって』などと適当な謝罪をして、その場から離れてしまえばよかったのだ。


 しかし俺は不幸にも演劇に関しては神童とまで言われた男である。

 何せ性格がクソとは言え、一世を風靡した大スターが父親なのだ。

 常人ならば見抜けぬであろう巧みな演技を、一目で嘘だと見抜いてしまった。


 まあ、さすがにこのタイミングになればいよいよこの二人が所謂《《本物》》であると気づく。

 自分とは遠い世界、裏の世界で生きる住人と関わって、ろくなことになるはずもない。

 一瞬だけ躊躇した後に、上記のセリフを言って退場する予定だったのだ。



『その人たち暴力団の人で、私は今から借金返済の催促を受けに行くんですよ』



 そいつの爆弾発言がなければ、今頃はまた商店街でぶらぶらしてるはずだったのだ。

 一気に雰囲気が変貌し、人を殺すような目であいつを睨む二人の顔は、当事者でもないのに小便ちびりそうなくらい恐ろしかった。


 その後、なんやかんやで道連れとばかりに俺も事務所に連れていかれ。

 おっそろしい形相の、いかにもなボス面のおっさんとご対面する羽目になったのである。



「やっぱだいたいお前のせいじゃねぇか!」


「おや、ついてきたのはあなたでは?それに、彼女が心細い時は傍にいるのも彼氏の仕事の一つですよ?」


「片方がもう片方を道連れにするような関係をカップルなんぞ言わねぇんだよ」


「そうかもしれませんね。じゃあ、なんと呼びましょうか?」


「知るか!」



 最悪だ、最悪だ最悪だ。

 生まれて初めて、ヤのつく方々の本拠地に潜り込んでしまった。

 果たして、生きて帰れるのだろうか。

 もしかしたら、東京湾とかに鎮められるのではなかろうか……。



「あー、安心せい兄ちゃん。たしかに俺達は堅気じゃないが、流石にこのご世代に人を拉致ったり殺したり、なんぞ早々やらねぇよ」


「やることはあるんですね……?」


「さあな。まあ話を聞け。あんた、そいつの彼氏さんなんだって?」



 非常に首を横に振りたい場面ではあるが、縦に振っておく。

 ここで『違う』なんて言えば、いったいなんでここに来たのだとなってしまうし。

 というかほんとになんで俺はここに来てるんだ?



「なら教えとこう。そいつの借金はな、そいつの母親がバカみてぇな理由で金を使いまくったせいで、ガキに負担が全部行ったせいでできたもんなんだよ」


「……たしか、母親が借金返す前に自殺したんですっけ」


「ですね。父親が死んでからは、ますます金の使い方が荒くなりまして」


「けどまあ、母親の責任をガキに負わせるのも可哀想だろう?俺らから見ても、あの女は終わっていた。最悪の性格で、周りに奴らからも嫌われてた。だからそのガキに同情する奴もうちの組に何人もいたんだよ」


「ちなみに分かってるだけでパチンコ、詐欺、万引きなどに手を出してたみたいですね。死ぬ前は麻薬も買ってたとかなんとか」


「……」



 思った以上にヤバイ母親らしい。



「だがなぁ。『蛙の子は蛙』なんていう、心無い奴らも組にゃ大勢いるんだ。クソみてぇな親から生まれたんなら、そいつもクソだろうと。手心なんて加えず、むしり取っちまえばいいだろう、ってな」


「あなたもそういってる奴らの一人でしょう」


「ハハハッ!ま、細かいことは置いておこうぜ嬢ちゃん。ま、そういうわけでそいつが抱えてる借金についちゃあ、猶予を長めに設けることにしてんだ。まず、利息と返済の催促は、半年後まではしないことにした」


「……それが過ぎれば?」


「まぁ、返済する意思が見られたんなら、そのまま学校に通うなりなんなりすりゃいいさ。仕事を紹介してほしいんならいくらでもしてやるつもりだしな。だが、もし半年後までに少しでも金を集められてないんなら」



 『分かるだろう?』とでもいうように、組長は保険委員の顔を見る。

 まあ、隣にいる奴が言っていた通りのことが起きるのだろう。

 無理やりにでも働かせて、借金を返済させようというわけだ。



「今回そいつに来てもらったのは、その再確認だ。見た感じまったく金を稼いでる気配もねぇからよぉ。俺ぁ心配で、適当な仕事をいくつか紹介してやろうと思ったんだぜ?」


「もちろん、全部お断りします。こちらで稼ぐ宛はあるので、結構です」


「……稼ぐ宛、ねぇ」



 それが嘘だと、俺はすでに知っている。

 そんなのがあるのであれば、半年後に自殺するなんてこというはずもないだろう。

 けど、それを言ってしまえば、彼女がどうなるかなんて想像に難くない。



「なぁ。そんなに俺らが紹介する仕事はいやか?」


「人の不幸を出汁にして稼ごうとは思いませんので」


「ハハハッ!よく言いやがるぜ」



 笑っているはずなのに、目は全く笑っていなかった。

 猛獣のような、獲物をにらむような眼だ。



「まあ、約束は約束だ。半年後までは、何もせずに待ってやるさ」


「ありがとうございます」


「彼氏の兄ちゃんも、一緒に居たいんならよーく言い聞かせてやってくれ。たとえ親の業であっても、借りたもんは返すべきだ、ってな」


「……」



 何も答えられず、そのまま事務所を出て、二人並んで歩きだす。

 なんだか、他人の踏み入ってはいけない部分を覗いてしまった気分だ。

 本当の本当に、こいつは半年後に自殺してしまうらしい。



「……その、なんだ」


「はい?」


「誰かに助けを求めたりは、しないのか?例えば、親戚とか」


「いりませんよ」



 ぴしゃり、と言葉を遮られてしまう。

 初めて聞く、明確な拒絶の言葉だった。



「あんな奴らの言いなりになって、人を不幸にしたいなんて思いませんし。今まで助けてくれなかった奴らに、助けを求めるなんて無駄なこともしません」


「けど、誰かは助けてくれるかもしれないじゃねぇか」


「私の母親は、いつも誰かに助けられながら生きてきました」



 これまた初めて聞く、重く暗い声だった。



「何度も何度も助けを求め、助けられてきた。そして、恥知らずにもその恩に報いも、感謝もせず、勝手にすべてを諦めた。私はそんな最低な女にだけはなりたくないんです」


「……諦めようとしてんのはお前も同じだろうが」


「はい。彼らも言っていたでしょう?『蛙の子は蛙』だと」



 彼女は笑う。

 いつものような、空っぽな笑みを浮かべる。



「私もそう思います。生きてても結局、母のような人になるだけですよ。だから、私はそうなる前に、自分のすべてを終わらせたいんです」


「……」


「母はクズです。父親もゴミでした。両親二人とも底辺な人間で、私自身も最低な人間です。そうでもなければ、あなたみたいな人を巻き込まないですから」



 ようやく、彼女のことを、ほんの少しだけ理解できた気がする。

 こいつは別に、恐ろしくも怖くも、理解不能な怪物でもない。



「だから。私が自殺するまでは、どうか。私に付き合ってくださいね?」



 言うだけ言って、あいつはそのまま俺を置いて帰っていく。

 追いかけることもできるだろうが、今はそんな気分にならなかった。



「……くっだらね」



 吐き捨てるようにそれだけ言って、俺は最悪な気分であいつとは逆の道を歩いて行った。

 まあ、普通に直線の道路なので、つまりは今来た道を戻るだけなのだが。



☆☆☆



「……」


「どうしましたか?組長」


「いや、なに。あんな奴でも彼氏を作るもんなんだな、と思ってよ」



 死んだ目のガキが、ずいぶんと笑うようになったものだ。

 一度堕ちた人間は、自力でどれだけ頑張ろうとも真っ当な道には戻れない。

 戻るためにはその人間の環境が重要だ。


 そしてあのガキには、その環境が存在していないと思っていた。

 一度裏の世界に関わってしまったからには、止める人間も助ける人間もいないあのガキではもうどうしようもないだろう、と。


 おそらくあの女は借金を返す気などないのだろう。

 あいつの母親もそうだった。散々借りて、あとは娘に押し付けあの世に高跳びだ。

 あれもまたそうやって逃げようとするだろうから、《《少しだけ》》痛い目に逢ってもらってその考えをどうにか改めさせようとしていたのだが……。



「すいません。まさかあの女、自分の連れまで巻き込むとは思わなかった」


「なーに、しょうがねぇさ。また次の機会を見つけりゃいいそれで、お前らはどう思った?」


「へい。たしかに俺らも驚きました。面は大した別嬪ですが……」


「だろうなぁ。しかもあいつ、親の借金のことも分かってたみたいじゃねぇか。そんな厄種抱えてる女に付き合うなんぞ、大した肝っ玉した兄ちゃんじゃねぇか」



 ほんの小さな可能性ではあるが。

 もしかしたら、あの女も真っ当になれるかもしれない。

 無論借金は全て返済するまで逃がす気はないが、それでもまあ、約束の期限までは待ってやっても……あの女が真っ当になるのに、賭けてもいいかもしれない。


 そう思えるほど、あの女はあの兄ちゃんにぞっこんだった。

 あいつがあの女を変えるかもしれない。

 そんな淡い希望が芽生える程度には。



「……組長」


「わぁってるよ。例外は作っちゃならねぇ。また今度、機会を見つけて話をつける」



 もっとも、個人の僅かな願いで揺れるほど、この立場は甘くない。

 どんな手段を使ってでも、働かせるだけ働かせ、返済させる必要がある。

 例外を作れば、自分たちが舐められる。

 それだけは絶対にあってはならない。

 吸っていた煙草を灰皿に押し付け、立ち上がろうとしたところに。



 ピンポン



 呼び鈴の音が鳴る。



「ん。おい、今日他に誰か来る予定あったか?」


「いえ。さっきの以外はないはずです」


「ほう」



 下の者に開けろと指示を出し、懐に手を入れる。

 さて、誰が来るのかと身構えて。



「……どうも」


「へぇ。さっきの兄ちゃんじゃねぇか。忘れ物でもしたかい?」



 つい先ほど帰ったはずの男を見て、張り詰めた糸を緩ませる。

 しかし、奴さんは警戒を解くことなくお辞儀をし、俺の前に立ち。

 関心するほど鋭い目つきで、俺と向かい合い。



「お話があります」


「……手短にな」



 少し面白いことになりそうだ。

 そうほくそ笑んで、二本目のタバコに火をつけた。




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