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「耳が壊れそうですね」

 学生達の頼れる娯楽施設、ゲームセンター。

 俺も時々遊びに来るし、様々な機種やカードゲームも扱っているので幅広い層に人気だ。

 いつも人で賑わい、暇な学生や休日を満喫する大人子供が集まるこの施設は、しかし。



「いつもこんなに騒がしいんですか?この場所」



 騒音だらけのこの場所は、こいつにとってあまりお気に召さないようだ。



「だいたいこんな感じだよ。ゲームセンターなんだから当たり前だ」


「それにしたってうるさすぎますよ。もう少し静かな場所を想像してました」


「文句言うんなら別の場所にするか?」


「決めた予定を変更するのも癪なので、適当にいくつかやって帰りましょう」



 変なところで意地を張る奴だ。

 嫌なら嫌で、適当なカフェとかに行けばいいと思うのだが。

 それに、こういうところにはえてして不良がたむろってるものだ。

 不良でなくとも、うちの高校の生徒がいてもなんらおかしくない。


 実際、何人かの学生らしき男達は隣の奴に釘付けだ。

 できるなら余計な被害を負いたくないが、腕を絡まれてるので逃げられない。

 おかげで周囲から妬みの視線を貰っているが、まあ流石に慣れた。

 直接被害を与えに来ない分、学校の奴らよりは幾分かマシである。



「とりあえず、音ゲーでもするか?」


「なんですか?それ」


「ああいうの」



 ちょうどそこにいた、「あーなんか調子悪いかなぁ?」とでもいう風に執拗に首を傾げてそうな音ゲーマーを見る。まあ実際どうかはわからないが、大体そんなイメージの男子高校生だ。

 凄まじい勢いで迫るビートを飼い慣らし、難易度マックスであろうそれらをノーミスでクリアする姿はまさにプロ。素晴らしい手捌きだ。



「初心者にあれをやれと?」


「別に最初からあの難易度でやるわけじゃねぇよ。実際やってみたら面白いぞ?」


「……私はあれより、こっちのがいいです」


「レースゲームか」



 保険委員が指さしたのは、そこそこメジャーどころな一般的レースゲーム。

 二人でプレイすることもできるし、操作にもそれほど苦労はしない。



「んじゃあれでいいか。やったことは……多分無いか?」


「ありませんね。まあ、なんとかなると思います」



 なお、当然のようになんとかならなかった。

 アクセルとブレーキすら分からず、最低難易度のNPCにすら周回遅れを晒す有様である。

 結局俺が一位でゴールした後に、こいつがゴールするまでの間操作を教えることになった。



「そっちがアクセルで、こっちがブレーキ。で、マップに示されてる通りのルートを通ってゴールに……待て待て待て逆走してるぞおい」


「割と難しいですねこれ。もう少し簡単なのをやりましょう」


「これで難しいってお前……」


「子供の頃少し友達に触らせてもらっただけの人間に多くを求めないでください」


「分かった分かった。あー、じゃあそうだな……」



 思ったよりゲームのセンスが無い目の前の女に苦笑を浮かべ。

 さて、果たしてこいつはどれを楽しめるのかと頭を回し。

 ああ、そういえば、とゲームセンターの片隅に置かれたカードショップに目を向ける。



「トレーディングカードゲームでもやってみるか?」


「聞いたことはありますね。やったことはないですけど」


「テレビゲームじゃなくて頭を使うゲームだし、その方が合ってるだろ多分」


「デッキ構築とか全く分かりませんよ?」


「構築済みデッキ買って、適当にカード買えばできるよ。まあ手加減してやるから安心しろ」



 まあ流石に初心者相手に先行制圧みたいなクソゲーをするつもりは無い。

 ほどほどに弱いデッキを使って揉んでやるつもりで、ルールを簡単に説明し。

 ついでに俺の奢りで幾つかのストラクチャーデッキを買ってやって席に着く。

 さて、見せてやるか。熟練者の戦いというやつを。




★★★




「馬鹿な……!!」


「えっと……このモンスターであなたに攻撃ですが、何か対応ありますか?」


「……あ、あり得ない」


「無いなら、私の勝ちですね。案外ルールは簡単ですね!」



 にっこり笑って煽るような言葉を吐くクソ女を睨みつけ嗚咽を漏らす。

 三戦三敗、全戦敗北のボロ負けクソ負け大敗北。


 最初のバトルは、ビギナーズラックで負けたのだと思った。

 たまたま相手の手札に良いカードが揃った結果負けたのだと。

 しかし負けたことで少し対抗心が芽生え、ちょっとしたガチデッキで挑んだのが間違いだった。


 こちらが盤面をそろえる暇もなく、デッキをぶん回し見たこともないコンボを見せられた。

 どこで知ったのかという問いに「今考えただけですけど」と返された俺は完全にムキになった。

 こうなれば普段使ってるガチデッキで完膚無きまでにぶちのめしてやろうと思ったのだ。


 理想の盤面、理想のリソース。

 ああこれは勝ったなと確信していた勝ちパターン。

 それを次々と捲られ、当然のように逆転された三戦目でようやく理解した。

 こいつにこれで勝つのは無理ゲーである、と。



「楽しいですね、これ。また今度やりたいです」


「そりゃ勝ったら楽しいだろうな畜生!」



 思わず台パンしてしまい、ギロリと店員に睨まれ慌てて軽く頭を下げる。

 そんな俺の様子をクスクス笑いながら見てくるこいつの様子が、なんとも気に入らない。

 今も昔も、男とは子供扱いされると不機嫌になる難儀な生き物なのである。



「……喉乾いたからジュース買ってくる」


「あ、なら私の分もお願いできますか?カルピスがいいです」


「あー、はいはい。買ってきてやるからそこで待ってろ」



 席を立ち、ゲームセンターの外にある自販機に向かい歩きながらふと考える。

 『あれ、これ思ったより俺楽しんでね?』

 そんなくだらない思考を首を振って振り払おうとして、けれど楽しそうに笑うあいつの顔が浮かんでしまう。



「顔はいいんだよな、ほんと」



 自分に言い聞かせるようにそう言って、最悪の告白を思い出す。

 親からもらった命を簡単に手放そうとする、俺が最も嫌いなタイプの人間。

 その認識は今も変わらないし、これからも変わることはないだろう。



「なんで俺なんだか」



 考えれば考えるほどに、他の奴でもいいだろう、という疑問が浮かぶ。

 今日のデートもどきとて、俺じゃなければもっと楽しくすることもできただろう。

 俺なんかと出かけて、心底楽しそうに笑う奴だ。

 他の男があいつを楽しませることなんて、簡単なことだろう。



「めんどくせ……」



 何故あいつが俺を選んだのかが、心底から理解できない。

 考えれば考えるほどに、自分である意味がないだろう。

 そんなことをつらつらと考えながら、ジュースを買って中に戻る。

 相も変わらず耳に悪そうなゲーム音が聞こえる中、あいつが待ってる場所に向かって。



「……あー」



 あいつの周りを、複数人の男子大学生らしき男達が囲んでいるのが目に見えた。

 まあ、堅苦しい授業から解放され、絶賛遊び盛りな大学生にとって、暇そうに座っていた飛び切りの美人はさぞ、最高の餌に見えるのだろう。

 実際のところ、中身は性格最悪のクソ女なのだが。


 なんとも遊びなれてそうな、チャラチャラとした恰好の奴らである。

 ここからではなんと言っているのか聞こえないが、多分まあナンパだろう。

 自分達がどれほど優れているから口頭で説明し、異性を誘おうとしているのだ。



「知らないって幸福だなぁ」



 さてどうするかと考えて、答えは一択なのではないか?と自問する。

 放っておけばいい。押し付けられるなら押し付けたいと言ったのは自分だ。

 それにまあ、あいつらのがきっと、一緒にいて楽しいだろう。

 生贄にするのは辛いが、まあ運が悪かったと諦めてほしい。



「……」



 なので、自分がやるのはとっとと後ろを向いて退散するだけなのだが。

 どうにも、座ってるそいつの様子が少し気になってしまった。


 口を開く様子もなく、つまらなそうにどこかを見ている。

 その様子が癪に障ったのか、男達は少し苛立っているように見える。

 あいつ学校ではうまくやれてる癖に、なんでこういう時だけできないんだよ。



「……あー」



 ようやく口を開いたかと思えば、完全にいきり立ってしまっている。

 あいつ、絶対余計なこと言って逆鱗踏んだだろ。

 このままじゃ面倒ごとになりそうな気配がする。



「……ん~」



 別にこのまま立ち去ってしまっても、俺にとっては問題ないのだ。

 このままあいつが俺に愛想を尽かすのならば好都合だし、そうでなくとも面倒からは逃げられる。自分から突っ込んでいく必要なんて、ない。

 無いはず、なのだが。



「まあ、ジュース買ってくるって言っちゃったし」



 ほんの些細な約束でも、破られる側は辛いのだ。

 





★★★





 随分と不格好な王子様だと、焦りながらしどろもどろに話す彼を見て心の中で腹を抱える。

 少々油断して、面倒な奴らに絡まれ、遠巻きにこっちを見てる彼を発見した時は『ああ、逃げられるかも?』などと考えたのだが、その心配は無用なようだった。


 仮面をつけるの長いことやれば上手くなるもので、内心を表に出さないのにも慣れてきた。

 傍目から見れば、私は弱い彼氏を応援する健気な彼女だ。

 まあ実際そうなのであるが、多分彼は否定するので実際は違うということにしておこう。



「だからその、彼女は俺の恋人で……」



 人を恋人と呼ぶのに苦悶の表情を浮かべるのはやめてほしい。

 嫌われたものだと思うが、その顔がなんだか新鮮で、つい覗き込んでしまう。

 不完全で何者でもない、ただの恋人の彼の顔。



「おい、こら。何笑ってんだお前」



 どうやら私は笑ってたようだ。それが癪に障ったのかこそこそと私に文句を言ってくる。

 自分が助けようとしてる相手が我関せずに笑ってるのは、少し苛つくものだろうが。



「フフッ、すいません。なんだかおかしくなってしまって」


「ああ?何がだこら」


「あなたがそんな風にそこにいる奴らと必死に喋っているのが、おかしくて」


「ぶん殴るぞてめぇ。お相手めっちゃ青筋立ててるの見えねぇのか」


「ああ、そうなんですね。喧嘩になったら勝てますか?」


「暴力反対がモットーだ」


「でしょうね。じゃあ、どうしましょうか?」


「そりゃ、お前……」



 言われてみれば、たしかに目の前の人達はなんだか苛ついてるようだった。

 カルシウムが足りていないのだろうか?


 呑気にそう考えていると、彼は私の手を取って、脱兎の如く逃げ出した。

 突然逃げた私達に少し茫然とした後、奴らは文句を言いながら追ってくる。

 発情したワンコロみたいだ、なんて言ったのがそんなに癪に障ったのだろうか?



「すいません俺らこれから予定があるんで!おら逃げるぞ馬鹿!」


「初めて手をつなぎましたね!なんだか恋人っぽいです!」


「なんでこういう時だけイキイキしてんだお前!ほら、足動かせ足!」


「私運動能力ゴミなので背負って行ってください」


「このクソ女!」



 以前は想像もできなかった、なんともおかしな状況に。

 今度は心の中ではなく、心からの大笑いを上げて。



「次どこ行きましょうか。なんだか楽しくなってきました!」


「お前の感性が全く分からん!」



 いつかまた、こんな風に逃げれることを願いながら。

 怒り狂う犬共に舌を出し、おとといきやがれと指を下ろして。



「アハハ、たっのしい!」


「お前とはもう絶対出かけん!」



 初めてのデートは、心の底から楽しめました。



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