『外伝②』先輩は特別が欲しい
別にいいじゃないか、友達なんていなくても。
別に構わないだろう、恋人ができなくても。
別に誰にも迷惑かけないだろう、私が部活をサボっても。
『真面目にやれ?やってるじゃん、こうして集まってんだから』
『というか、やる事ないし仕方ないよ。いつも通りでしょ?』
『新しく来た子、やめるってさ。早かったね〜』
演劇部の活動というのは、適当に集まって、適当に雑談して、時間が来るまで練習もせず終わるものらしい。
真面目な人間というのは、部活動に菓子を持ち込んで、スマホゲームをしながら人の悪口を言うような奴らしい。
別に私も、真面目な人間というわけじゃない。
ただ少し俳優に憧れて、演劇部に入って。
いつか主役を任されたらいいな、って思ってるだけの、大した信念も野望も無い奴だ。
それでも、憧れはあったから頑張ろうと思った。
他の部員が駄弁ってる横で、自分で脚本を書いたり、発声練習をしてみたり、他の学校の劇を見たりして、自分が頑張れば、他の人も頑張るはずだって思い込んで。
まあ、自分勝手な期待だった。
夢も希望も無く、出来過ぎた話など存在せず。
ただただ、腐って落ちていくだけ。
一回だけ、他の部員がやめたせいで空いた穴を埋める形で劇に参加して。
それでこの話は終わり、になるはずだった。
『その、先輩の演技、凄かったです』
やめてよ。
『迫力がありました。脇役なのに、主役を食うくらいに演技力が高かったし、声も聞き取りやすいし、役を演じ切れてて。凄かったです、とても』
今更、夢を思い出させないでよ。
『俺、先輩に憧れてこの高校に入学したんです』
私はただの代役で、全然すごくなんて無いんだよ。
『マナ先輩と一緒に、演劇をしたいです』
期待なんて、向けないで。
─────
「は~……」
ベッドに寝転がって、溜息を吐く。
もうずっと読んでもいない本が並んだ本棚の中、唯一今も読んでいる恋愛小説が目に入る。
胃もたれになりそうなくらい甘く切ない恋物語。なんであんなもの読んでたんだろ。
「……なんで憧れちゃったかなぁ」
恋愛なんて、自分に一番似合わない展開じゃないか。
というかなんであんなことを言っちゃったんだろうか。
もしかしたら別れてくれるかも、なんて最低なこと考えて言ったんだろうか。
「だとしたら最低だぁ、私って」
顔を覆って、また溜息を吐く。
逃げていく幸せなんてもう無いし、吐き放題だ。
「……けど、彼だって悪いよ」
自分が勝手にそう思ったのは、彼の態度も原因だ。
無駄に大袈裟に褒めて、無駄にべたべたくっついてきて、その気にさせて。
「うっわ、ちょろいな私……」
自分でもあんまりにもあれな恋に少し呆れてしまう。
できない自分を初めて本気で尊敬してくれて、初めて慕ってくれた。
別に複雑な経緯とかがあるわけでも無く、好きになってくれたから好きになった。
何段階もの過程を踏んでいい雰囲気になってく恋愛小説なんかとは大違いだ。
しかも救えないことに、多分彼は私に恋愛感情など持ってはいない。
ただなぜか私の演技に感動して、本当になんでか先輩として慕ってくれてるだけ。
ここまで虚しい空回りも、あんまりないと思う。
「あんな綺麗な子と付き合わないでよ~……」
遠目からでも綺麗だってわかる、雲の上の存在。
友達なんて数えるほどしかいない私とは生きる世界が違う。
誰もが憧れ恋焦がれる、モデルみたいな美人さん。
「私勝ち目無いじゃんかよ~……」
舞台にすら立ってはいない。
脇役どころか、せいぜいはモブがいいところ。
彼は自分を卑下するが、私は知っているのだ。
どれだけ彼が凄いのか、どれだけ人を惹き付けるかを。
「なにが、『先輩の演技は凄いです』だよ」
有名俳優の息子で、天才的な演技力を持っていた子役俳優。
少し探せば素人の私でも見つけられるくらい、有名な作品にも出ているらしい。
中学二年生の頃からはぱったりと出なくなったが、その演技力は今も健在だ。
だからこそ、猶更疑問だ。
「私が君に勝ってるとこなんて、一つも無いじゃんか」
初めてできた私のファンは、私なんかよりずっと凄い奴だった。
すぐ演劇部の中でも頭一つ飛び抜けて、裏方ではなく演者となった。
しかもいつも重要な役どころで、脚本の子と合わせて期待の大型新人だ。
だからこそ、先輩のお株を奪われた私は部活に行きにくくなったわけで。
「もうやだ」
私は彼の前では、いつも私じゃない誰かを演じている。
彼が尊敬できるような、素晴らしい先輩をどうにか演じている。
尊敬されるのも怖い癖に、見放されるのも怖いから。
「私を好きになれよ……」
彼はいろんな人から嫌われている。
過去もそうだが、何よりも態度を疎んでいる。
人の名前を覚えずに、まるで他人をどうでもいいように扱う彼を遠ざけている。
嫌われて当然だ、むしろそんな態度を取られて近づくような奴は頭がおかしい。
けれど私にだけは例外だった。
私の名前をちゃんと覚えるし、私には優しいし、私を尊敬してくれる。
自分から距離を詰めて、まるで子犬のように擦り寄ってきてくれる。
凄い彼が褒めてくれるから、きっと私は凄いんだって。
実際は違うけど、ほんの少しでもそう思わせてくれる彼が好きだった。
なのに。
「……今更、他の人を特別にしないでよ」
今まで、誰かを嫌いになったなんて言わなかった。
その人のことを理解しようとしたことなんてなかった。
自分から誰かに関わって、あいつがどーたら言う子じゃなかった。
「ずっと私だけの君であってよ」
遠ざかっていくのが、とても不快だ。
ずっと近くでいたはずの彼の顔は、今は遠くなっていく。
だから、どうにかしなければならない。
「……よし、やるぞ」
ライバルなんていない、という甘い考えはもう許されない。
幸いにも、彼は彼女に対し嫌悪感を抱いているらしい。
しかし、それは間違いなく彼にとっての特別な感情だ。
好きの反対は無関心、嫌いと好きは表裏一体。
特に彼にとって、好きと嫌いは滅多に人に抱かぬはずの、特別な感情だ。
いつそれがひっくり返って、ほんとに好きになるか分からない。
「あんな子に、取られてたまるもんか」
私より沢山の物を持ってる癖に。
望めばいくらでも手に入れられるような人の癖に。
私みたいな人間から、特別な物を取ろうなんて、許せる筈もない。
今ならきっと、まだ間に合う。
そもそも彼女と付き合ったせいで、彼は今あんなに嫌われてるんだ。
なら、とっとと別れて、私みたいなダメな女と付き合えばいい。
そうすれば他の奴らも羨まず、平穏に暮らせるはずだ。
だから、最低ではあっても、これは彼のためなのだ。
必ず、彼と彼女を別れさせる。
「絶対、奪わせない」
彼の特別は、渡さない。
この後カバンがびしょ濡れなことに気づいた模様