0208 出会い(中)④
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0208 『出会い(中)④』
「おい、若いの。」 聞き覚えのある声、これは。
「生意気に我をタヌキ呼ばわりしておいて、そのザマか?
戦う前に敵前逃亡。絵に描いたような裏切り、情けなくて涙が出るぞ。」
眼を開くと、闇の中に緑色の燐光が浮かんでいた。
その隣にも、小さな紅い光が渦を巻いている。
「裏切りは許さんと言った時、『憶えておく。』と、そう言ったな?」
緑色の燐光がその声の主。姿は違うが、すぐに分かった。
「管さんか。見ての通り俺は駄目だ。どんな報いでも受ける。
いっそひと思いに始末してくれ。そうすれば少なくとも」
「お前は既に一度、自分が死ねばこの件が解決するのではないかと考えた。
その時、○△姫は何と仰せか。忘れたとは言わせん。」
「...俺が、Lさんに似ていると。」
「では何故、『Lさん』は、これからも『生きていく』と決めたのだ?
何故○△姫は、『失敗が確実になったら、私がこの手で』と仰せなのだ?」
「おい管。言うな、それ以上、一言も言うなよ。」
腹の底から全身に湧き上がる激しい怒り。
それが灼熱の業火となって俺の体を包んでいた。
鼻の奥で火薬の匂いがする。
「一言でも言えば。」
「人間風情が生意気に。『一言でも言えば』どうする?
おまえが恐れるその言葉。今、此処で聞かせてやろう。
16歳になる前に、お前の大切な『Lさん』を」
「貴様ぁあああああああああああああああああああ」
業火が爆発して俺の体を焼き尽くし、意識が闇に吸い込まれていく。
「命が、生きるために戦うは、それが命であればこそ。
限りある人の身なら尚更。なのに何故、お前は戦わぬ?
直向で一途な命が愛おしくはないか、哀しくはないか。」
律儀な声の余韻が、暗い虚空をいつまでも漂って...
気が付くと、俺はリビングのソファで横になっていた。
床に横座りした姫が俺の右手を握り、真っ赤に泣き腫らした眼で覗き込んでいる。
「良かった。もし、あのまま...」 たちまち、その眼から大粒の涙が溢れた。
左手で姫の髪と頬を撫でた。「ゴメンなさい、もう大丈夫、心配ありません。」
そう、心配ない。体を起こし、姫を抱き寄せた。
「顔を、洗って来ます。Sさんを呼んで来て下さい。」 「はい。」
リビングに戻ると、Sさんが俺を待っていてくれた。
「心配をかけました。」 「気が付いたのね。良かった。」
Sさんの声はほんの微かに震えている。
「話があります。聞いて下さい。」
「熱いお茶を淹れて来ます。」 姫はそう言って席を外した。
「弱虫でごめんなさい。」と言うと、Sさんは立ち上がって俺を抱き締めた。
そして、頬を伝う一筋の涙を中指で拭う。
「戻ってきてくれて、ありがとう。」
俺はSさんの耳元で囁いた。
「貴方のお陰です。○△様。」 「どうしてその名を?」
「僕は、どうも白いお狐様とは腐れ縁があるようなので。」
彼女は驚いた顔をしたが、やがて優しく微笑んだ。
「覚悟を、決めてくれたのね。」
その日からお屋敷で暮らすと決めた。
翌日の日曜日まではたっぷり食事と睡眠を取って体調を整える。
そして月曜日。
朝から夕方遅くまであちこちを駆け回り、とても忙しい一日になった。
まずは実家に電話、電話に出たのは母。
『大学を休学して半年程外国を旅行するから今年中は帰れない』と伝えた。
俺の性格を熟知している母は特に不審がる事も無く
『じゃ父さんにもそう言っとくから、戻ったら直ぐに知らせなさいよ。』
そう言ってあっさり電話を切った。相変わらずだ。
大学には後期始めからの休学届けを出し、親しい友人には
『人生について考えたいから田舎へ帰る。当分戻らないと思うが心配無用。』
とメールして、ついでにメールアドレスを停止。
何でも屋のNさんには、事務所で直接
『失敗するとマジでヤバイみたいなので、半年間この仕事に専念します。』
と伝えた。Nさんは暫く席を外した後、
『済まんな、何も出来んがこれは半年間の資金だ。取っとけ。』
そう言って、俺の胸ポケットに、ぶ厚い紙封筒をねじ込んだ。
丁寧に礼を言い、後で開けてみると30万入っていた。
正直、これはとても助かった。
バイト先の店長には、
『田舎に帰って見合いするので、近々バイトを辞めます』と伝えた。
店長は『見合いが纏まらなかったら何時でも戻って来い。』と言ってくれた。
そして出先を回りながら、あちこちに俺の『身代わり』を隠した。
バイト先の調理場、更衣室やトイレ。大学の教室や食堂。
それから、何でも屋○○○の事務所など。思いつくあらゆる場所。
物好きな誰かがたまたま見つけて処分するまで、
アイツ等の式を撹乱し、俺の居場所を判り難くしてくれるだろう。
最後に、当座の荷物をまとめてアパートを出る。
もちろんアパートにも『身代わり』を幾つか隠した。
アパートの賃貸契約自体は残しておくが、少なくとも半年間はお屋敷に居候。
Sさんは『これからも毎晩式を飛ばす』と言っていたが、
管さんは毎晩俺の身代わりを守るのだろうか。 しかも半年間。
ちょっと可哀想になったが、同時に少しだけ「良い気味だ。」とも思っていた。
その夜、遅い夕食後のコーヒーを飲んでいると、姫がポツリと言った。
「Rさんに、ここまでして貰って、何だか悪い事をしている気がします。
Rさんが私のために頑張ってくれて、最初は、嬉しかったんですけど。」
そこまで言うと、涙が溢れて止まらなくなった。
「ご両親や、大学のお友達にまで...」
Sさんは、そんな姫を見て優しい笑顔を浮かべたが、声は掛けない。
その視線が俺に移る。小さく頷いて、黙ったまま眼を閉じた。
「Lさん。あの日、僕は貴方が一番好きだと言いましたよね。」
「はい。」 涙を拭きながら、姫は小さい声で答えた。
「好きな人のために出来る事がある。そう思うと今日はすごく幸せでした。
でも、もう1つ、出来る事があると思ってます。聞いてくれますか?」
「はい。」 姫はまた、小さい声で答えた。
Sさんは黙って眼を閉じたまま。
「もし、術が解けなくても、僕は一生、Lさんを守ります。
それが駄目なら、Lさんをこの手で抱いたまま、僕も一緒に殺してもらうように、
Sさんに頼みます。絶対に、貴方を一人で死なせたくありませんから。」
「Rさんの腕の中で死ねるのなら、それはとても幸せだと思います。でも。」
まだ眼は赤かったけれど、姫はもう泣いていない。真っ直ぐに俺を見つめている。
「Rさんの腕の中で私が死ぬ事は、絶対ないと思います。
Rさんが私の抜け殻を守らないといけないとしたら、それは私の心が死んだ時。
でもRさんを好きでいる間、私の心は死なない。
だから、Rさんが私の抜け殻を守る必要はありません。
Rさんの心が私から離れてしまったら、私の心は死ぬかもしれないけど、
その時はRさんが私の抜け殻を守る理由がありません。」
「あ~あ。」 Sさんの声。
「貴方たち、本当に良く似てるわね。羨ましくて、ちょっと嫉妬しちゃう位。」
「え?」 姫は眼を丸くしている。
「RさんはSさんが好きなのに、どうして嫉妬するんですか?」
Sさんは暫く唖然としていたが、やがて笑い出した。とても楽しそうに。
つられて俺も笑ってしまった。
「そう言えば、確かに僕はSさんが好きですね!」
「何で笑ってるんですか? 私、何か変なこと言いましたか?
もう、2人とも!!」
バイトを辞めてからは街へ行く事も無く、お屋敷の図書室で本を読んだり、
姫と2人でお屋敷の周りをサイクリングしたり。
『お屋敷の周りの土地は、その土地自体に特別な力があるから、
巨大な結界となってアイツ等の式から俺たちを守る』と、Sさんは言った。
「でも、アイツ等がこの場所を突き止めたら、物理的な強行突破でLやR君を
拉致しようとするかもしれない。もしこの場所が突き止められたら外出は禁止。」
それは当然の処置だし、そうなれば俺自身外出する気にはならないだろう。
お屋敷の1階、姫の部屋の斜め向かいに俺の部屋は割り当てられている。
2人で夜を過ごす時は、俺が姫の部屋を訪ねた。
夜を過ごすといっても、並んで寝るだけ。
でもそれだけで、二人とも十分に幸せだった。
姫が寝付くまで、手を繋いで話し合う事もあった。2人の事、将来の事。
姫の誕生日を無事に乗り越えたら、その先に広がっているはずの明るい未来。
そして月に一度か二度、Sさんが「妹の力」で結界を張り直してくれた。
静かに、本当に不思議なほど静かに、日々は過ぎて行く。
時が経つにつれ、姫は益々綺麗になった。10月の終わり頃には、
胸や腰も少しふっくらとして、体のラインが女性らしくなっていた。
Sさんは『そろそろ初潮が来るかな、楽しみだね。』と喜んだ。
しかし、それは同時に『その日』が近づいている事を意味していた。
姫を守れるかどうか、つまり俺の気持ちが真実かどうか。
それを試される日が。
『出会い(中)④』了
本日投稿予定の2回、任務完了。明日から『出会い(下)』へ。
毎日一回投稿のペースを守れるよう、頑張ります。