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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第1章 1992~2007
9/277

0208 出会い(中)④

R4/06/20 追記

此方にも「いいね」を頂きました。

自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。

投稿をする上で、何よりの励みになります。

本当に有り難う御座いました。

0208 『出会い(中)④』


「おい、若いの。」 聞き覚えのある声、これは。


「生意気に我をタヌキ呼ばわりしておいて、そのザマか?

戦う前に敵前逃亡。絵に描いたような裏切り、情けなくて涙が出るぞ。」


眼を開くと、闇の中に緑色の燐光が浮かんでいた。

その隣にも、小さな紅い光が渦を巻いている。


「裏切りは許さんと言った時、『憶えておく。』と、そう言ったな?」


緑色の燐光がその声の主。姿は違うが、すぐに分かった。

「管さんか。見ての通り俺は駄目だ。どんな報いでも受ける。

いっそひと思いに始末してくれ。そうすれば少なくとも」

「お前は既に一度、自分が死ねばこの件が解決するのではないかと考えた。

その時、○△姫は何と仰せか。忘れたとは言わせん。」

「...俺が、Lさんに似ていると。」


「では何故、『Lさん』は、これからも『生きていく』と決めたのだ?

何故○△姫は、『失敗が確実になったら、私がこの手で』と仰せなのだ?」


「おい管。言うな、それ以上、一言も言うなよ。」


腹の底から全身に湧き上がる激しい怒り。

それが灼熱の業火となって俺の体を包んでいた。

鼻の奥で火薬の匂いがする。


「一言でも言えば。」


「人間風情が生意気に。『一言でも言えば』どうする?

おまえが恐れるその言葉。今、此処で聞かせてやろう。

16歳になる前に、お前の大切な『Lさん』を」


「貴様ぁあああああああああああああああああああ」


業火が爆発して俺の体を焼き尽くし、意識が闇に吸い込まれていく。


「命が、生きるために戦うは、それが命であればこそ。

限りある人の身なら尚更。なのに何故、お前は戦わぬ?

直向で一途な命が愛おしくはないか、哀しくはないか。」


律儀な声の余韻が、暗い虚空をいつまでも漂って...


気が付くと、俺はリビングのソファで横になっていた。

床に横座りした姫が俺の右手を握り、真っ赤に泣き腫らした眼で覗き込んでいる。

「良かった。もし、あのまま...」 たちまち、その眼から大粒の涙が溢れた。

左手で姫の髪と頬を撫でた。「ゴメンなさい、もう大丈夫、心配ありません。」

そう、心配ない。体を起こし、姫を抱き寄せた。


「顔を、洗って来ます。Sさんを呼んで来て下さい。」 「はい。」

リビングに戻ると、Sさんが俺を待っていてくれた。

「心配をかけました。」 「気が付いたのね。良かった。」

Sさんの声はほんの微かに震えている。

「話があります。聞いて下さい。」

「熱いお茶を淹れて来ます。」 姫はそう言って席を外した。


「弱虫でごめんなさい。」と言うと、Sさんは立ち上がって俺を抱き締めた。

そして、頬を伝う一筋の涙を中指で拭う。

「戻ってきてくれて、ありがとう。」


俺はSさんの耳元で囁いた。

「貴方のお陰です。○△様。」 「どうしてその名を?」

「僕は、どうも白いお狐様とは腐れ縁があるようなので。」

彼女は驚いた顔をしたが、やがて優しく微笑んだ。

「覚悟を、決めてくれたのね。」


その日からお屋敷で暮らすと決めた。

翌日の日曜日まではたっぷり食事と睡眠を取って体調を整える。

そして月曜日。

朝から夕方遅くまであちこちを駆け回り、とても忙しい一日になった。


まずは実家に電話、電話に出たのは母。

『大学を休学して半年程外国を旅行するから今年中は帰れない』と伝えた。

俺の性格を熟知している母は特に不審がる事も無く

『じゃ父さんにもそう言っとくから、戻ったら直ぐに知らせなさいよ。』

そう言ってあっさり電話を切った。相変わらずだ。


大学には後期始めからの休学届けを出し、親しい友人には

『人生について考えたいから田舎へ帰る。当分戻らないと思うが心配無用。』

とメールして、ついでにメールアドレスを停止。


何でも屋のNさんには、事務所で直接

『失敗するとマジでヤバイみたいなので、半年間この仕事に専念します。』

と伝えた。Nさんは暫く席を外した後、

『済まんな、何も出来んがこれは半年間の資金だ。取っとけ。』

そう言って、俺の胸ポケットに、ぶ厚い紙封筒をねじ込んだ。

丁寧に礼を言い、後で開けてみると30万入っていた。

正直、これはとても助かった。


バイト先の店長には、

『田舎に帰って見合いするので、近々バイトを辞めます』と伝えた。

店長は『見合いが纏まらなかったら何時でも戻って来い。』と言ってくれた。


そして出先を回りながら、あちこちに俺の『身代わり』を隠した。

バイト先の調理場、更衣室やトイレ。大学の教室や食堂。

それから、何でも屋○○○の事務所など。思いつくあらゆる場所。

物好きな誰かがたまたま見つけて処分するまで、

アイツ等の式を撹乱し、俺の居場所を判り難くしてくれるだろう。


最後に、当座の荷物をまとめてアパートを出る。

もちろんアパートにも『身代わり』を幾つか隠した。

アパートの賃貸契約自体は残しておくが、少なくとも半年間はお屋敷に居候。

Sさんは『これからも毎晩式を飛ばす』と言っていたが、

管さんは毎晩俺の身代わりを守るのだろうか。 しかも半年間。

ちょっと可哀想になったが、同時に少しだけ「良い気味だ。」とも思っていた。


その夜、遅い夕食後のコーヒーを飲んでいると、姫がポツリと言った。

「Rさんに、ここまでして貰って、何だか悪い事をしている気がします。

Rさんが私のために頑張ってくれて、最初は、嬉しかったんですけど。」

そこまで言うと、涙が溢れて止まらなくなった。

「ご両親や、大学のお友達にまで...」


Sさんは、そんな姫を見て優しい笑顔を浮かべたが、声は掛けない。

その視線が俺に移る。小さく頷いて、黙ったまま眼を閉じた。


「Lさん。あの日、僕は貴方が一番好きだと言いましたよね。」 

「はい。」 涙を拭きながら、姫は小さい声で答えた。

「好きな人のために出来る事がある。そう思うと今日はすごく幸せでした。

でも、もう1つ、出来る事があると思ってます。聞いてくれますか?」

「はい。」 姫はまた、小さい声で答えた。

Sさんは黙って眼を閉じたまま。


「もし、術が解けなくても、僕は一生、Lさんを守ります。

それが駄目なら、Lさんをこの手で抱いたまま、僕も一緒に殺してもらうように、

Sさんに頼みます。絶対に、貴方を一人で死なせたくありませんから。」


「Rさんの腕の中で死ねるのなら、それはとても幸せだと思います。でも。」


まだ眼は赤かったけれど、姫はもう泣いていない。真っ直ぐに俺を見つめている。


「Rさんの腕の中で私が死ぬ事は、絶対ないと思います。

Rさんが私の抜け殻を守らないといけないとしたら、それは私の心が死んだ時。

でもRさんを好きでいる間、私の心は死なない。

だから、Rさんが私の抜け殻を守る必要はありません。

Rさんの心が私から離れてしまったら、私の心は死ぬかもしれないけど、

その時はRさんが私の抜け殻を守る理由がありません。」


「あ~あ。」 Sさんの声。

「貴方たち、本当に良く似てるわね。羨ましくて、ちょっと嫉妬しちゃう位。」

「え?」 姫は眼を丸くしている。


「RさんはSさんが好きなのに、どうして嫉妬するんですか?」

Sさんは暫く唖然としていたが、やがて笑い出した。とても楽しそうに。

つられて俺も笑ってしまった。

「そう言えば、確かに僕はSさんが好きですね!」

「何で笑ってるんですか? 私、何か変なこと言いましたか?

もう、2人とも!!」


バイトを辞めてからは街へ行く事も無く、お屋敷の図書室で本を読んだり、

姫と2人でお屋敷の周りをサイクリングしたり。

『お屋敷の周りの土地は、その土地自体に特別な力があるから、

巨大な結界となってアイツ等の式から俺たちを守る』と、Sさんは言った。


「でも、アイツ等がこの場所を突き止めたら、物理的な強行突破でLやR君を

拉致しようとするかもしれない。もしこの場所が突き止められたら外出は禁止。」


それは当然の処置だし、そうなれば俺自身外出する気にはならないだろう。

お屋敷の1階、姫の部屋の斜め向かいに俺の部屋は割り当てられている。

2人で夜を過ごす時は、俺が姫の部屋を訪ねた。

夜を過ごすといっても、並んで寝るだけ。

でもそれだけで、二人とも十分に幸せだった。


姫が寝付くまで、手を繋いで話し合う事もあった。2人の事、将来の事。

姫の誕生日を無事に乗り越えたら、その先に広がっているはずの明るい未来。

そして月に一度か二度、Sさんが「妹の力」で結界を張り直してくれた。


静かに、本当に不思議なほど静かに、日々は過ぎて行く。

時が経つにつれ、姫は益々綺麗になった。10月の終わり頃には、

胸や腰も少しふっくらとして、体のラインが女性らしくなっていた。

Sさんは『そろそろ初潮が来るかな、楽しみだね。』と喜んだ。


しかし、それは同時に『その日』が近づいている事を意味していた。

姫を守れるかどうか、つまり俺の気持ちが真実かどうか。

それを試される日が。


『出会い(中)④』了


本日投稿予定の2回、任務完了。明日から『出会い(下)』へ。

毎日一回投稿のペースを守れるよう、頑張ります。

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