0207 出会い(中)③
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0207 『出会い(中)③』
「ね、朝よ。もうすぐLが起きるわ。」
優しく、右の肩を揺する感触。
飛び起きると、既に着替えてぱりっと身支度を整えたSさんが微笑んでいた。
「良く眠れた?」 「はい、とても。」
「そう、良かった。じゃ朝食を食べる支度して。」
「あの、昨夜は。」 Sさんは唇に人差し指を当てて片目を閉じた。
「私が良いというまで、その話は禁止。ОK?」
「はい。」 「うん、良い返事。」
本当に温かくて、優しくて、少女のように華やかな笑顔を見送りながら
俺は心の奥に溜まっていた大学入学以来の疲れやストレスが、
すっかり解けて流れていくのを感じていた。
リビングで新聞を読んでいると、暫くして姫が起きてきた。
立ち上がって姫を迎え、そっと抱きしめておでこにキスをした。
「おはよう。」 「おはようございます。夢じゃ無くて良かった。」
姫も俺の頬にキスしてくれた。
「昨日の事が、夢だと思ったんですか?」
「夢だったら寂しい、と思いました。」
もう一度、今度は少し強く姫を抱きしめた。
「ほら、夢じゃないです。」 「...はい。」
疚しさや後ろめたさは無く、真っ直ぐ姫の眼を見て話すことが出来る。
そうだ。姫も、Sさんも、既に俺の中でかけがえの無い存在になっている。
それだけで良い。他に望むものなど、ある筈も無い。
皆で朝食を食べ、後片付けが終わって暫くすると
Sさんは「勉強の時間。」と言って姫と一緒に図書室(?)に入っていった。
駄々をこねそうな姫の背中を押し『頑張って下さい。』と見送ってから、
不足している睡眠時間を取り戻すため、リビングのソファで仮眠を取る。
「おい、若いの。」 いきなり誰かに声を掛けられた。
体を起こすと、ソファの背もたれの上に白いフェレット、
じゃなくて管狐が丸くなっている。
「管狐さん、で良いんですか?」
「管さん、の方が良いかな。どちらかと言うと。」
「じゃ、管さん。これまで僕を護って下さってたみたいで、
本当に有り難うございます。」
「お前には何の義理もないが、これが我の仕事だからな。」
「ずっとSさんに仕えておられるのですか?」
「敬語とは、何かこそばゆいが...
お仕えして、もう12年になる。○△姫が13歳になられた年からだな。」
「それで管さんは、私に何か大事な話があるのでしょうか?」
「確かにお前、勘の良い奴だな。 実は折り入って頼みがある。
○△姫は、そのお力ゆえ、常に重い荷を背負ってこられた。
感情を押し殺し、ひたすら御役目を果たされる御姿をして
『氷の姫君』と揶揄する者も多い。」
「しかし、この二月近くは清き御心を露にし、まるで少女の如くであられる。
その鍵はおそらくお前。だからこの件が済んだ後も、あのお方を支えて欲しい。」
「僕はSさんが好きですから異存はありませんよ。
この件が無事に済んだら、の話ですが。」
「心配無用。わし等も力の限りお前を守る。
おそらく良き理の御加護もあるだろう。
しかし、忘れるな。恐れ多くも○△姫の寵愛を受けておきながら、
あのお方を裏切るような真似をすれば、絶対に許さん。
その身八つ裂きにして、魂ごと灰も残さず焼き尽くしてくれる。」
「憶えておきます。それはそうと、僕も管さんに質問があるのですが。」
「何だ?」 「昨夜の事を知っているのは当然として。」
管さんの姿が急速に薄れ始めた。
「Lさんと僕の会話がSさんに筒抜けなのは、あ、ちょっと」
消えた、跡形も無く。
「それも仕事の内だ。許せ。」 あのタヌキ野郎、逃げたな。
「...狐、だ。」 妙に律儀な声だけが、あたりにふわふわと漂っていた。
仮眠から醒めた後も、「○△姫」という名前を覚えていたが、
俺が軽々しく口にしてはいけない名前だという気がしていた。
「Rさん、お昼ご飯です。今日は私が作ったんですよ。」
姫が嬉しそうに呼びに来てくれたので、一緒にダイニングに移動。
パスタとサラダにスープが添えてある。
「うわ、Lさんも料理が上手なんですね。」
「ふふふ、Sさんに教えて貰っているのです。先生が良いのですよ。」
「何言ってんの、R君に食べて欲しいから久し振りにやる気になったんでしょ。」
いつの間にか、Sさんが立っていた。
姫がそっと囁いた。「これからは一杯やる気出しますよ。」 「期待してます。」
「ほら、さっさと食べて今後の作戦会議!」
元気よく宣言したSさんは、ちょっと『鬼軍曹』っぽい。
作戦会議はリビングで開かれた。
「L、まずはアレを持ってきて。」 「はい、ただいま。」
クッキーの空き缶に白い紙で作られた人形が沢山入っている。
姫は神妙な顔。 「今日の勉強の時間に私が作りました。24体あります。」
「これはR君の『身代わり』、これを色々な所に配置して頂戴。
アパート、バイト先、大学、車の中、その他君が立ち回る所に。
見付かり難い所に配置しておけば、アイツ等の式を撹乱できるから。」
「これ、髪の毛とかを入れて作るヤツですか、藁人形みたいに?」
「髪の毛じゃないけど、素材に君の一部を使わないと効果が弱いから。」
何を使ったのか聞こうかと思ったが、イヤな予感がしたので止めた。
議題は『アイツ等からの接触・攻撃方法とその対策』に移った。
Sさんの指示が淡々と続く。『氷の姫君』という言葉が脳裏をよぎる。
「Lの場合、絶対に殺されることは無いし、薬物の使用や式の憑依は
代としての器を損なう。だから、この家にいる間はまず安全。
外出した時に拉致して、私たちの手の届かないところに監禁しても、
Lの気持ちが変わらなければ何の意味もない。
考えられるのは意識に干渉してLの気持ちを変えようとする事くらい。」
姫は平然としていた。鈴を振るような声に身が引き締まる。
「たとえ何をされても、私の気持ちは変わりません。絶対に。」
「そうね。Lは強いから、きっと大丈夫。でも、気を緩めちゃ駄目よ。」
「さて、R君の場合はかなり難しい。まず、君と関わる沢山の人々のうち、
どのルートでアイツ等が接触してくるのか予想できない。
大学の同期生経由かもしれないし、バイト先の同僚経由かもしれない。
それよりもっと判り難いルートかもしれない。」
チラリと俺の顔を見て、Sさんは話を続けた。
「ただし、逆にLの気持ちを強固にしてしまう可能性もある訳だから、
R君を殺そうとするとは思えない。何とかして誘惑しようとするでしょうね。」
「誘惑して、僕の気持ちをLさんから引き離すのが手っ取り早いと?」
「そう、その為には君に薬を盛ったり式を憑依させたり、何でもやると思う。」
姫が心配そうに俺を見つめている。
「大丈夫、何とか頑張りますよ。」
そう、大切な姫のために、俺自身が気持ちをしっかり持っていなければ。
姫の誕生日が今日からほぼ五ヶ月後の11月26日である事、
「やり直し」の機会を無くすため、誕生日に近くなる程、
接触や攻撃の可能性が高くなる事など、詳しい説明が続いた。
説明に納得できない点は無かったが、一通り説明を聞いた後で、
ふと、一つの疑問が湧いた。本当に軽率だった。
「もし失敗して、Lさんがアイツ等の手に落ちたら、
アイツ等はLさんを使って一体何をするつもりなんですか?」
Sさんと姫は顔を見合わせた後少し黙っていたが、やがてSさんが口を開いた。
「それは私も予想できない。でも、ひとつだけ確かなのは、
『もし失敗しても絶対にLをアイツ等に渡してはならない』と言うこと。」
まずい、これはまずい。
とてつもなく嫌な予感。猛烈な寒気がザワザワと背中から首に這い上がる。
耳の奥がキーンと痛くなり、部屋がぐるりと回転するような感覚。
聞くんじゃなかった。何故、これを聞いてしまったんだ。
答えは判っていた筈なのに。
「失敗が確実になったら、私がこの手でLを殺す。
それが、『上』から私への指示。」
やめてくれ。 もうこれ以上、何も聞きたくない。何も知りたくない。
俺はどこかで舐めていた。敢えて眼を閉じ、見ないふりをしていた。
Sさんと姫の鮮烈な言動や立ち居振る舞い、命を燃やし尽くすような愛し方。
それは二人がそれぞれ窮極の危機を見定め、
互いを信じて危機を乗り越えようとする覚悟に裏打ちされている。
俺には、この戦いに参加する資格も、覚悟もありはしない。
俺は弱い、弱すぎる。
眼を閉じ、両手で両耳を覆ったまま、何も分からなくなっていた。
『出会い(中)③』了