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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第2章 2008~2009
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1901 一期一会①

1901 『一期一会①』


少しだけ開けた窓の隙間。

リビングを吹き抜ける冷たい風が、秋の終わりを知らせている。


翠も藍も暖かい寝床で昼寝をしているが、

もう、窓を開けたままで過ごすには寒いだろう。

2人を起こさないように、そっと、でもしっかりと窓を閉めた。


「本当にあなた達、入籍だけで良いの?式だけでも挙げた方が良いんじゃない?

一生の事だし、女の子にとって純白のウェディングドレスは憧れなんだから。」


勿論、身内だけで式を挙げる事も考えたが、姫はそれを望まなかった。


姫には両親がいない。Sさん以外に近い親戚がいるという話も聞いていない。

根掘り葉掘り聞く気にはなれないし、何より姫の気持ちに添う形が一番。


既に俺の両親には『式や披露宴はしない』と話をして了解を貰っていた。

特に反対もされなかったのは、両親がSさんに遠慮したからかも知れない。


「式を挙げる代わりに写真を撮ろうと思ってるんです。写真館で。」

「結婚の、記念写真って事?」

「はい、親しい人達には、その写真を配れば良いかなと思って。」

「それならまあ...それでL、着物、それともドレス?」

「ドレスにしようと思ってます。着物はいつも着てますから。」


「じゃあ『○×◎』で仕立ててもらえば良いわ。私が頼んであげる。

それに『○×◎』は写真館も兼ねてるからお誂え向き。ふふ、楽しみね。」

Sさんは席を立って玄関へ向かった。早速『○×◎』に電話をかけるのだろう。

姫と俺が予想していた通りの展開。とても楽しそうだし、相変わらず気が早い。


『○×◎』は市内にある洋裁店兼写真館、経営者は一族の人だと聞いている。

Sさんや姫は、昔からお洒落着を仕立てて貰っていたらしい。

2人とも、普段からほとんど肌を露出しない。

姫も高校生になった夏頃から、ノースリーブのワンピースを着なくなった。


今時のデザインから2人の好みに合う服を探すより、

仕立てて貰う方が早いのだろうし、

オーダーメイドだからサイズもピッタリで良く似合う。

俺も『○×◎』の服が(というか『○×◎』の服を着た2人が)大好きだった。


その日の夕方。

夕食の支度をSさんに任せて翠と遊んでいると、玄関の電話が鳴った。

数回の呼び出し音に続いて電子音、さらにFAX用紙が吐き出される音。


「『○×◎』かしら。ドレスのデザインと見積もりを頼んだのは昼過ぎだから、

幾ら何でも早い気がするけど。R君、お願いね。」

「了解です。」 翠を抱き上げて、玄関へ向かう。

電話は未だFAX用紙を吐き出し続けている。

デザインの候補は何種類かあるのだろうか?


最後のFAX用紙。

末尾に記されていた文字と文様。『○×◎』の連絡先ではない。


腹の底が冷たくなる。これは『上』だ。つまり仕事の依頼。

俺は慌ててFAX用紙を並べ変えた、最初の用紙に記された件名。


『ポルターガイストに類似した事象に関する依頼について』


「おとうさん、『ぽるたーがいすと』って、なあに?」

「え~っと、これはお父さんとお母さんの新しいお仕事の名前。」

「ふ~ん。」 少し不満そうな翠を抱いたまま、俺はダイニングへ急いだ。


「確かにポルターガイストみたいですけど、これも陰陽師の仕事なんですか?」

「まあ、きちんと対応して始末を付けられるとしたら、今は私達位でしょうね。」


夕食を済ませ、翠と藍を寝かしつけてから、

Sさんは俺と姫をリビングに招集した。


配られたコピーを丁寧に読む。

確かに、その依頼の事件はポルターガイストに良く似ていた。

湯呑みとお椀、それに本がひとりでに移動するという。

テーブルの上を動くのではなく、空中を飛んで移動するらしい。

それも数mの距離を。


これまでに二度、いわゆる霊能者に依頼したが、

霊能者の前ではこの現象が起きない。

取り敢えず祈祷や御祓いをして貰ったが効果はなかったらしい。

その霊能者たちの手に負える相手ではなかったという事か。


ふと、依頼者の家族構成が気になった。

ポルターガイストが起こる家では、家族構成に特徴があると聞いた事がある。


「ポルターガイストは、思春期の女の子と関連する事例が多いと聞きましたが。」

「同居の家族は、両親と5歳の男の子が1人。

女の子でも思春期でもないし、この現象との関わりは分からない。

指定された日は3日後。物に関わることは私の領域だし、アシスタントは。」


「僕が行きます。Lさんは『○×◎』との相談があるかも知れませんから。」

依頼を受ければ下調べや準備でSさんが外出する事が多くなる。

それは、俺と姫が進めている計画にも好都合だった。


3日後は土曜日、みんなで昼食を済ませた後、Sさんを乗せて車を走らせた。

たまたま代理店に在庫があったのを即決で購入した、

以前と同じ型・同じ色のロー○ス。違うのは年式だけ。

当然、運転していて全く違和感は無い。快適なドライブになった。


依頼者の家は隣の○県△◎市、比較的古い町並みが残る地域。

「住所からするとこの辺りですけど、細い路地が多くて分かり難いですね。」

「ちょっと其処のバス停に停めて頂戴。電話して聞いてみるから。」


依頼者の家は、町並みの中でも一際古色蒼然とした、小さな日本家屋。

どう見ても、ポルターガイストという言葉とは結びつかない。


家の中に案内してくれた女性はYさん、

ご主人は他県に単身赴任中で息子さんと2人暮らし。

俺たちはこぢんまりとしたダイニングに通された。

居間と土間をあわせてリフォームしたのだろう。4人分の椅子、細長いテーブル。


廊下を隔てた部屋は畳敷きの和室、調度も古びた和風のものが多い。

ふと気配を感じて振り向くと、和室の襖から小さな男の子が覗いている。

人見知りなのか、俺が振り向くとすぐに奥へと引っ込んでしまった。

Sさんは男の子のいた方向をチラリと見た後、

挨拶もそこそこに依頼の話を始めた。


「資料は全部読みましたが、今の所、実害は無いようですね。

現在も変化がないのであれば、特別な対策を講じなくても良い気がしますが。」


Yさんは溜息をついた後、現象が次第に変化している事と、

その現象があの男の子に与えている影響について話し始めた。


「おかしな事が起こるようになったのは今年の8月頃です。

最初は私の思い違いかと思いましたが、9月の始めに本が飛ぶのを見たんです。

本当に驚いて、その後すごく怖くなりました。」

「念の為に聞きますが『何かの拍子に落ちた』というのとは、違うんですね?」

「はい、あの本棚からこのテーブルまでふわふわと。

時間は2~3秒、だったと思います。」


Yさんが指さした和室の本棚から、このテーブルまではざっと5~6m。

当然、何かの拍子に落ちた本が移動する距離ではない。


「9月中頃からはお椀や湯呑みも移動するようになりました。」

「それも実際に見たんですか?」

「はい、何度も。息子と一緒に見たこともあります。」


Yさんは一旦言葉を切って俯いたが、やがて、意を決したように顔を上げた。


「一番怖いのは息子の事なんです。息子はお椀が飛ぶのを見てとても喜びました。

そしてそれ以来、ひとりで遊ぶ時間が極端に長くなったんです。」

「時間の長さ以外に、普通のひとり遊びと違う所がありますか?」


「息子が居間にいる時、誰かが一緒に遊んでいるような気がするんです。

話し声がしたり、突然笑い声が聞こえたり。もし何かが息子に...」

「実際に誰かと話しているのを見た訳ではないんですね?」

「はい、私が居間に入るとそれらはピタリと止みますから。」


俺はメモを取りながら2人の話を聞いていたが、突然Sさんに声をかけられた。


「R君、今の話どう思う。これ、本当にポルターガイストかしら?」

「いいえ、ポルターガイストとは違う、ような気がします。」

「どうして?」

「この家にの中に、僕達とは異質な気配を感じます。

上手く言えませんが、例えば死者や動物の霊だとしても、ちょっと。」


「そうね、確かに異質だわ。人間とは違う、でも動物とも言えない。

どちらかというと。いや、予見を持つのは危険。まずは確かめてみないとね。

Yさん、これからこの家で起きている現象の正体を確かめます。

ただ、依頼を受ける前にも聞いたと思いますが、

私達の使う術と、その結果起こる事は、くれぐれも他言無用に願います。」

「はい、それは重々承知しています。」


「それでは、まず息子さんを此処へ。」


「剛君、私達、お母さんに頼まれて剛君とお話をしに来たんだけど。」

「僕、何も知らない。この家の中に友達なんていないよ。」


男の子の顔は冷たく強張っていた。

以前に依頼した自称霊能者たちにも色々聞かれて、嫌な思いをしたんだろう。

かなり強く、心を閉ざしている。


「何かを聞きたいんじゃないの。知らない人たちに色々聞かれて、

最近剛君が元気がないから応援してほしいって、お母さんに頼まれただけよ。

私達、魔法使いだから。」


「魔法、使い?」 少しだけ男の子の表情が緩んだ。

「信じられない?じゃあ良いもの見せてあげる。」

Sさんは持参したスーツケースから小さな鋏と紙を取り出した。

いつもとは違う、黒い紙。


鋏で手際よく黒い紙を切り、それを左掌の上に乗せた。

「これ、何だと思う?」 「蝶々。」

「そう、紙の蝶々。ね、右手を出して。」

Sさんは男の子の右掌に紙の蝶を乗せた。小声で何事か呟く。

男の子はじっと掌の上の蝶を見ている。

「じゃ、その蝶々、天井に向かって飛ばしてみて。思いっきり強く。」


男の子は力一杯、紙の蝶を投げ上げた。やはり、これは。


男の子の頭の上を大きな黒いアゲハチョウが一片、優雅に飛び回っている。

Yさんも信じられないという表情でアゲハチョウを見つめていた。


『剛君、これから暫くの間、眠ってて頂戴。』

アゲハチョウはゆっくりと男の子の肩に舞い降り、紙の蝶に戻る。

同時に男の子の目が閉じ、すうっと体の力が抜けた。


「眠っているだけですから、ご心配なく。R君、お願い。」

俺は男の子の体を廊下を隔てた和室に運んだ。母親が持ってきた毛布をかける。

「ポルターガイストがその家の子供と関係していたという事例もありますが、

剛君が寝ている状態でも何かが起こるとすれば、剛君は関係ありません。」


「これまで来て頂いた方々の前では、何も起こりませんでしたから、今回も。」

「それは、初めからポルターガイストだと決めつけて、

その現象を止めようとしたからです。」

「ポルターガイストを、止めないんですか?」 Yさんは不安そうな顔をした。


「ポルターガイストかどうか、確かめてみないと分かりません。

それにはまず、この現象の本来の姿を知る必要があります。

だから止めるのではなく、お膳立てをするんです。

何の邪魔も入らない状態で、一体何が起こるのかを見るために。」


Yさんが家中の雨戸とカーテンを閉めてまわる間に、

Sさんの指示通り、ダイニングの床に必要な物を準備した。


依頼に応じる際、Sさんが持参するスーツケース。通称『お出掛けセット』。

余程特殊な依頼でなければ、その中身だけで対応が可能な品々。

まずは白い杯に日本酒を注ぐ。黒い杯、こちらには米粒を盛った。

小さな燭台に細いロウソクを立てる。


Sさんは鋏で紙を切っていた。

銀色の星形を3つ、金色の半月形を1つ。そう言えば、昨夜は下弦に向かう半月。

最後に白い紙から小さな鳥の形を切り抜いてテーブルの上に置いた。そして。

Sさんは立ち上がり、暗くなったダイニングの壁に星と月を貼り付けた。

貼り付けた星と月に両手を当て、目を閉じて何事か呟く。


「これで準備完了。ポルターガイストにしろ、何か別のものにしろ、

怪異が力を増すのは夜と決まってる。」

雨戸とカーテンを閉めて灯りを消した室内は、昼とはいえかなり暗い。

その中でSさんの眼が輝いている。

まるでこれから起こる事を楽しみにしているようだ。


「Yさんはこの椅子に座って下さい。

護符を渡しておきますから、何が起きても大丈夫。

ただ、私が良いと言うまで声を出さないで下さい。良いですね?」

「はい。」 椅子に座ったYさんは、受け取った護符を握りしめた。


「さて、始めましょう。R君、ロウソクに火を点けて。」

Sさんも、Yさんの隣の椅子に座った。

「了解です。」 床に置いた燭台のロウソクに、ライターで火を点ける。

ロウソクに火が灯った瞬間、何故か、部屋が更に暗くなった気がした。

俺もSさんの向かいの椅子に座り、3人で床の杯とロウソクを見つめる。

白い杯に注いだ日本酒が、ロウソクの光を反射して妖しく光っていた。


『一期一会①』了

本日投稿予定は1回、任務完了。『一期一会』、投稿開始しました。

今話をもって第2章は終了、次章にご期待頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもカッコいいパフォーマンス! [気になる点] 酷炫的魔術! [一言] お暇な方は私の作品も読みに来てください
2023/08/26 18:39 退会済み
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