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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第1章 1992~2007
7/277

0206 出会い(中)②

R4/06/20 追記

此方にも「いいね」を頂きました。

自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。

投稿をする上で、何よりの励みになります。

本当に有り難う御座いました。

0206 『出会い(中)②』


「何とかLを救い出したけれど、既に厄介な術が仕込まれていた。

16歳になるまでに術を無効にしないと、Lは依代にされてしまう。」

「ええと、『よりしろ』っていうのは...」

「16歳になった瞬間から、Lの心は術に喰い尽くされていく。

残ったLの体、抜け殻が強力な悪霊を召喚するための媒体に使われるって事。」

「ちょっと待って下さい。その術はどうしたら!」

「だから落ち着いて。ちゃんと説明するから。」

「...はい。」


「16歳までにLを普通の女性に戻せば良いの。君と契約したのはそのため。」

「Sさんの力でLさんの術を解いてあげられないんですか?

それにLさんの相手は僕でなくても良かったのでは?」

「そんなに簡単なら、こんな苦労はしません。」

Sさんはグラスを揺らしながら溜息をついた。氷がカラカラと音を立てる。


「効力が長期間持続するような術を使う時にも代が必要なの。

術の元になる『力』を代に封じて、術の効力を持続させる。

その代を壊すか燃やすかした後でないと、術を解くのは無理。

でもLに仕込まれた術の代は回収されてないし、回収の見込みも無い。」


「だからあの子が誰かに恋愛感情を持ってくれることが最後の希望。

それで色々と手を尽くしてきたけれど、全然駄目。

あの子は異性に全く反応しなかったから。

仕込まれた術の影響で女性的な機能の発達が抑えられてるし、

精神的にも、異性に関する感受性とか性的な事に関する興味が欠落してた。」


「だけど、あの日。あの子に大きな変化があった。

自転車の修理が終わってから、あの子はずっとボンヤリしてたわ。

それからもずっと様子がおかしくて。

あの子にとっては初めての感情だから、自分の心の変化に戸惑ってたのね。

聞き出すのに時間がかかったし、すごく苦労したのよ。」


「そしたら『もう一度自転車修理の人に会いたい。』って。ホントに驚いた。

今まで散々手を尽くして全部失敗したのに、偶々自転車の修理でなんて。

皮肉な話よね。だけど、あの娘が反応したのは本当に君が初めて。

それが何故なのかは私にも判らない。」


「でもLが君を好きでいる間その術は無力だし、

妊娠経験者は代に使えないから、あの娘が母になれたらその場で術は解ける。

今のLの体では妊娠は無理だけど、君を好きでいる間に時間を稼げれば、

Lの体も心も普通の女性に近づいていくはず。」


その術は、姫が俺を好きな間は『無力』で、母になれたら『解ける』。

と言う事は。


「術が完全に解けるまでは、16才になった後でも安心出来ないって事ですか?」

「本当に勘が良いのね。君、素質あるかも。」

こんなんで褒められても仕方ない。何か、姫を助ける方法は無いのか。


「君をこんな事に巻き込むのは心苦しいけど、

例えばアイツ等が今君を殺したら、Lが君を慕う気持ちがより強固に、

少なくとも何年間かは固定されてしまう。

だから多分アイツ等は、君に直接的な危害を加える事は無い。

せめて、これからの半年間、術の最初の期限が過ぎるまで、

あの娘の模擬恋愛の相手を続けてもらって、その間に次の手を考えたいの。」


「君とLが自然に再会して恋愛に発展って筋書きに出来れば理想的。

でも、それじゃどれだけ時間がかかるか分からないし、上手くいく保証もない。

だから『模擬恋愛の相手』なんて、

少し、ううん、かなり強引なやり方しか無かった。」


「二人きりで過ごしたのは今日1日だけですけど、

僕はLさんが好きだし、すごく大切な人だと思ってます。

だから少なくとも僕にとって、もう『模擬恋愛』じゃありません。」

「もし、このまま2人の関係が進展してくれたら、とても有難いわ。」

「それならなおのこと、一応聞いて置きたいんですが。」

「この際だから何でも聞いて頂戴。」


「その人たちが、僕に直接の危害を加えないだろうという事は解りました。

でもSさん達にとって、確実に目的を達成したいのなら、むしろ僕を」


「やめなさい!」 それは低く、強い声。


「何て事を...」 それから力無くソファの背もたれに体を沈めた。

「君は、Lに似てる。」 どちらの言葉にも、さっきのような力はない。


「正直、一族の中には、そういう考え方の者もいる。それは否定しない。

でも、私はそれが根本的な解決方法だとは思ってないし、そんな事したくない。

それに、Lが君の事を好きなままで君を放置すれば、

遅かれ早かれアイツ等が君に辿り着く。

そうなれば間違いなく君にも悪影響があるから、

そのまま放置する訳にもいかなかった。」


Sさんはもう一度グラスを揺らした後、少しだけハイボールを飲んだ。

「Lはこれまで、あまりに理不尽な不幸を背負わされてきた。

だから私は、将来あの娘ができるだけ幸せに

暮らせるようにしてやりたいと思ってるの。」

「これ以上、Lさんに辛い思いをさせたくないって事ですね。」

「そう、だから私は全力で君を守る。信じてくれる?」


Sさんの弱さを見たのは初めてだった。


「もちろん信じます。」

「なら、今できる説明はお終い。他に質問は?」 「いいえ、ありません。」

グラスに少し残っていたハイボールを一気に飲み干してSさんは立ち上がった。

「じゃ、5分後に此処で。寝室に案内するわ。洗面所の場所は分かるでしょ。」

「はい。」


頭の中を整理しながら顔を洗い、念入りに歯を磨く。

鏡を見た、「酷い顔だな。」 多分、今夜は窓の外にあの目玉は現れない。

でも、姫のことを考えたら...やっぱり眠れない。そんな気がした。


リビングに戻ると、紺色のパジャマに着替えたSさんが待っていてくれた。

「こっちよ。」 Sさんの後を追って階段を上る。

それにしても大きな家、オカルト映画に出てくる貴族のお屋敷みたいだ。

明日の朝、案内無しで歩いたら迷子になってしまうかも。何だか可笑しくなった。


「はい、どうぞ。」Sさんがドアを開けてくれる。

「失礼します。」と言って中に入った。

綺麗に片付いた部屋の壁にカレンダー、その横に女物のコート。

...えっ!? 慌てて振り向いた。

「あの、此処は?」

「私の寝室、さっき言ったでしょ。」


「今夜は私と此処で寝て貰います。もちろん朝まで。」

「いや、だってそれは。」 

Sさんは左手の薬指を舐め、何か小声で呟きながらその指で俺の額に触れた。

途端に体が硬くなる。 体が金縛りのようになって自由に動かない。

「あの日、私の事を『綺麗だ』って言ってくれたでしょ。

『下心もあります』って。」

「そりゃ言いましたけど。」

俺はゆっくりとベッドに引き倒された。


Sさんもベッドに潜り込み、俺を見つめて艶やかに微笑んだ。

「君、『いもの力』って知ってる?」

「知り、ません。」 やっとの思いで答えると、Sさんはまた微笑んだ。

「こうして一晩、一緒に過ごす事で、私の力の一部を君に分ける事が出来るの。

いくら強力な式を使っても、場所を特定しなければ効力が弱まるし、

だからと言って君の活動範囲全体に結界を張るのは現実的じゃない。」


「それなら君の体そのものに結界を張るしかない。つまりこれが、最善の方法。

さっき、全力で君を守るって約束したでしょ。」

「でも、だからって好きでもない男と、一晩過ごす、なんて。」

「あら、私も君が好きよ。あんなに大切にされて、正直あの娘が羨ましいもの。」

「でも、こんな事。Lさんに知られたら。」 姫の笑顔が脳裏に浮かんだ。


「今夜一緒に寝る事はあの娘にも話してあります。

何をするか詳しく話した訳じゃないけど。それに。」

Sさんの、悪戯っぽいウィンク。

「私への『好き』より、あの娘への『好き』の方が大きい。

なら何も問題無いでしょ?」

一気に顔に血が上る。

「何故それを。」 それでもやっぱり体が動かない。

Sさんは問いには答えず、俺の耳元で囁いた。「だから余計に羨ましいの。」


暗闇の中で全身にSさんの体温を感じている。

Sさんの肌はしっとりと滑らかで、百合の花に似た良い香りがした。


『出会い(中)②』了


本日投稿予定は2回、任務完了。

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