表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第2章 2008~2009
60/279

1401 呪物①

1401 『呪物①』


「正月早々、かなり珍しい仕事が来たわよ。もし本物なら、だけど。」


電話を切ったSさんが、明るい笑顔でリビングに戻ってきた。

「どんな仕事ですか?私とRさんで出来る仕事なら何でも。」

姫はSさんの体を気遣っている。Sさんは妊娠5ヶ月目に入っていた。


「呪物の処理はLやR君の分野じゃない。

この仕事はどうしても私が行かないと。」

Sさんは何だか楽しそうだ。まあ、検診の結果は順調だし、

やる気になっているのは、体調の良い何よりの証拠だろうけれど。


「場所、遠いんですか?僕が呪物を預かって来るという方法も有りますよ。」

「依頼人は私の従姉弟たちなの。前から翠とR君に会いたいって言われてたし、

良い機会だからみんなで出掛けましょ。私、体調は良い。全然平気。」

「従姉弟たちって、もしかしてあおいさんとあきら君ですか?」

「そう、久し振りよね。R君と翠は初めてだから紹介してあげる。」


40分程車を走らせて、市街地の山手にある閑静な住宅街に着いた。

広いガレージに車を停め、玄関に廻る。Sさんがインターホンのボタンを押した。

「はい、どなた?」 「私よ、S。早速みんなで押しかけてきたわ。」

「ちょっと、じゃ、翠ちゃんも一緒なの?」

応答が途切れ、玄関の向こうで気配が勢いよく近づいて来る。

ドアが開いた。


「いらっしゃい。あ、ホントだ~。」

女性はしゃがんで翠と視線を合わせた。

「翠ちゃん、こんにちは。」 「こんにちは。」

「可愛い~。ね、抱っこして良い?」

人見知りした翠が姫の後ろに隠れてしまったので、女性は立ち上がった。


「ま、初めてだから仕方ないか。S、Lちゃん、久し振り。」

華やかな笑顔。2人とはタイプが違うが、この人もかなりの美人だ。

くっきりした目鼻立ち、背の高さは姫と同じくらい。宝塚の男役みたいな雰囲気。

「本当に久し振り。紹介するわ、こちらがR君。」 「初めまして、Rです。」


一礼して顔を上げると、女性はサンダルを履いて玄関に降りた。

しげしげと俺の顔を見詰める。右に回り込み、それから左へ。

デッサンのモデルを観察するような、真剣な視線。 何だか、気まずい。

「うん、なかなかの美形ね。さすがに2人とも御目が高い。

君が今、一族中で話題の『言霊使い』なんだ。私、葵。宜しくね。」


「姉さん、Sさんはお腹に赤ちゃんがいるんでしょ。立ち話は良くないよ。」

玄関の奥に少年が立っていた。姉弟だから当然だが、かなりの美少年。

高校生? どちらかというと女顔で線が細い。 ちょっと、コンプレックスが。

「あ、御免なさい。私ったら、気が利かなくて。R君。これ、弟の暁。

さ、みんな中へ入って。早く早く。」


案内された客間でソファに腰掛けた。

とにかく広い、豪華なソファとテーブル。

翠は姫に抱かれて、飾り棚の中身に興味津々。

やがてコーヒーとケーキが運ばれてきて、雑談になった。


お互いの近況や俺の裁許の事、そして翠の事。

Sさんと葵さんはとても楽しそうだ。葵さんと暁君は術者ではないらしい。

御両親が海外に長期出張、始めは一家で移住したが、

暁君の高校進学を機に葵さんと暁君は帰国。去年の3月から2人暮らし。


一族の人で、術者じゃない人に会うのは初めてだ。

何だか、『普通の会話』が新鮮に感じる。

ふと、暁君の視線に気が付いた。時折Sさんに向けられる憧憬の眼差し。

純粋な慕情が伝わってくる。Sさんは暁君の初恋の人、なのかも知れない。


「さて、おしゃべりも楽しいけど、そろそろ仕事の話をしないと。」

「そうね、お願い。」

テーブルの上が片づけられ、暁君以外は全員ソファに腰掛けた。

飾り棚の中身に飽きたらしく、翠は姫に抱かれて眠そうにしている。


「問題の品物、今、暁が取りに行ってる。

怪しいと思ってからはずっと『保管庫』に入れてあったから。」

「ホントに呪物なの?」

「分からないけど、ちょっと嫌な感じ。あんなの初めて。」

暁君が応接間に戻ってきた。白い布の包みを持っている。


「これです。」 テーブルの上で包みを解く。

トランプ? 厚手の紙にレトロな絵柄。木の箱もある。

トランプも箱も、状態はかなり良いが、古いものなのだろうか。

「暁君、これ、何処で?」 Sさんの眼が輝いている。


「去年のクリスマス前に、ネットのオークションで手に入れました。

もしかしたら19世紀のものかも知れません。

安かったし、状態が良かったからレプリカだと思ってたんですけど、

届いて確認したら、オリジナルの木版印刷みたいなんです。」


少年は緊張した口調で答えた。頬が少し赤く染まっている。

なるほど、暁君と葵さんの趣味はアンティークの収集と言う訳だ。

飾り棚の中、綺麗にディスプレイされたチェスの駒やタロットカードも、

2人の収集物だろう。


「どうしてこれが呪物だと思ったの?」

「手に取ると、凄く嫌な感じがするんです。絵や模様はとても、綺麗なのに。」

Sさんがトランプを手に取った。慣れた手つきでシャッフルし、

扇形にカードを広げる。その途端、全身の毛が逆立った。


このトランプはまるで、『窓』。

窓の向こう側に、何者かの、禍々しい気配。

少しだけ開いた窓の隙間から、『それ』がこちらの様子を窺っている。

カードを配ってゲームを始めれば、

間違いなく、『それ』が窓から手を伸ばしてくる。


「確かに呪物ね。それもかなり強力。

呪物を使う呪いは時間と相手を限定できないから、成功率は低い。

作るのにも手間がかかるから、本物は滅多に無いんだけど。」

「本物って、やっぱりそれ持ってると悪い事が起こるの?」


「『保管庫』の中なら問題無い。

でも、直接手に取ったり眺めたりすると影響を受ける。

遅かれ早かれ体を壊すし、心も蝕まれる。

強い呪いを封じて、相手に送ったものだから。」


「これは多分、作られてから100年以上経ってる。

でも、その力はほとんど弱まってない。使用された痕跡も感じない。

多分、想定外の事態が起きて倉庫か屋根裏にでも埋もれてた。

これを贈られた人はとても運が良かったのね。

それに、運が良いのは暁君と葵も同じ。

変だと感じて、直ぐに『保管庫』に入れておいたのは正しい判断だった。」


「あの、やっぱり焚き上げないと駄目ですか?」 暁君は不安そうな表情。

駄目どころか、一刻も早く処理しないといけない気がするが、

暁君はそこまで強い気配を感じていないという事だろう。

術者ではないのだから無理もないし、変だと感じただけで大したものだ。


「焚き上げると中の呪いが解放されるから、

何が起こるか予想出来ない。却って危険なの。」

確かに、焚き上げて済むなら、Sさんでなければならない理由はない。

「でも呪いの力を消してしまえば、これは呪物ではなく、

アンティークの、お洒落なトランプ。」


暁君はホッとした表情を浮かべた。


Sさんは白い布の上でカードを扇形に広げた。

それから、カードを囲むように、白い布の4隅に星のような形の紙片を置く。

初めて見る、特殊な結界。

眼を閉じて深呼吸。小声で何事か呟き、胸の前で印を結ぶ。

微笑んで、眼を開けた。


「見てて、もうすぐよ。」


やがて、扇形に広げられたカードの端に小さな炎が見えた。

炎は次第に勢いを増し、カード全体が炎に包まれる。

しかし、全く熱気を感じないし、カードや白い布が焦げる事もない。

驚いて何か言いかけた葵さんと暁君に、Sさんが『黙ってて』の合図を送る。

突然、トランプの上、50cm程の高さに、小さな紫色の光が現れた。


それは、一度強く輝いた後、ゆっくりと降下し、

白い布の上で小さく跳ねて輝き続ける。まるで紫色の火花のようだ。

もう一つ、また一つ。無数の小さな光が白い布へ舞い降りる。

その幾つかは白い布から零れ落ちて、テーブルの上で輝いていた。

しかし、何故かカードの上には一つも降下しない。


姫は小さく溜息をついた。 

「とても、綺麗。これが、『○◆の雪』。初めて見ました。」

小さな紫色の光が舞い降りるにつれ、カードを包む炎の勢いは弱まっていく。

しばらくすると降下する光の数は減り、ついには現れなくなった。

白い布やテーブルの上の光も、かなり輝きを弱めている。

間もなく、カードを包む炎も消えた。

「これで良し。光が見えなくなったらそれでお終い。」


「『○◆の雪』って」 「さっきカードに火が」


葵さんと暁君が同時に口を開き、顔を見合わせた。

2人が微笑みあう仕草が実に絵になる。まるでドラマのワンシーンみたいだ。

とても仲の良い姉弟なのだろう。2人の間の特別な、強い絆を感じる。


「あの炎は、カードに込められていた呪いが形をとったもの。

呪いのエネルギーを光に還元したから炎は消えた。もう大丈夫。

もう暫く、そうね、30分もすれば暁君が触っても、全然障りはない。」

「ありがとう御座いました。」 暁君は丁寧に頭を下げた。


「どう致しまして。アンティークはどうしても色々あるから、

変だと思ったらすぐに連絡して。何か問題があれば対応してあげる。」

「はい。」 満面の笑み、暁君は本当に嬉しそうだ。

「呪物の処理って、もっと時間が掛かると思ってたわ。

何十年とか、何百年とか。」


「厳重に保管して呪いが弱まるのを待つだけなら、

術者に依頼する必要は無いでしょ。

そのまま置いておくと、呪いが弱まるまですごく時間がかかるし、

下手をすると、その間にも被害者が出てしまう。

やり方は色々あるけど、さっきのが一番早い。」


「本当にありがとう。あ、お昼ご飯食べていくよね?

美味しいお節があるの。さ、支度するから暁も手伝って。」

「はい。」 2人は慌ただしく応接間を出て行った。

廊下を走る足音。


『呪物①』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ