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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第2章 2008~2009
55/279

1302 道標(中)①

1302 『道標(中)①』


その占いハウスは、繁華街の裏通りにあった。

自動ドアをくぐると左側に受付。建物の奥に向かって廊下が伸びている。

廊下の両側には色とりどりのドアが並んでいた。

あれが、それぞれ占い師の部屋だろう。


「済みません、11時に予約したLとRですが。」

「はい、ノロタンさんの予約ですね。料金は前払いでお願いします。」

時間外の予約は結構あるのか、受付の女性はにこやかに対応してくれた。

「ノロタンさんは『青の部屋』です。部屋の中に入ったら座ってお待ち下さい。

ノロタンさんから声を掛けるまで、黙っていて下さいね。」


「本当に、相談の内容から、当てるんですか?」

「はい、相談したお客さんは皆そう言います。

評判良いですよ。では、どうぞ奥へ。」

廊下を進むと、右側の一番奥に青いドアが見えた。突然姫が立ち止まる。

「どうしたんですか?」


「残念ながら、本物です。念のため『鍵』を掛けて下さい。」


深呼吸、『鍵』は問題ない。ドアをノックした。

「どうぞ。」 若い女性の声。

ドアを開けると手前に椅子が2つ、テーブル、奥に椅子がもう1つ。

奥の椅子の向こうは水色のカーテンで仕切られている。

その向こうに、人の気配。


「最初に、あなた達が何を相談したいのか、その内容を見ます。

暫くそのまま、座って待っていて下さい。」


姫と並んで椅子に座る。安っぽいアルミのパイプ椅子。

テーブルの上には小さな籐のカゴ、中には沢山のカードとボールペンが一本。

姫がカードを一枚取り、左手の人差し指を唇にあてたまま俺の前に置いた。

若い女性の写真、電話番号、メールアドレス。

筆記体の太文字。 『Norotan』 これは。

あの時、少女が俺の胸ポケットに押し込んだカードだ。

なら、カーテンの向こうにいる占い師というのは。


「おかしい、何にも見えない。こんなの初めて、何かの悪戯?」


カーテンが開いた。

「あ、あの時のお兄さん。」 「やっぱり、君だったのか。」

相変わらず派手目の化粧。私服だと、とても高校生には見えない。

少女は俺をじっと見つめた。あの時より、ずっと強い力を感じる。

こうして、依頼人の心を読む。つまり、この少女は『本物』。


「ふ~ん、心を読まれないように出来るんだ。

なら、お兄さんも私の同類って事ね。

そっか...本土にカミンチュがいてもおかしくない。」

少女は姫をチラリと見て、俺に視線を戻した。テーブルの向こうの椅子に座る。

「これが奥さん?綺麗な人、若いし。で、要件は何?

心を読まれないようにしてるんだから、

何かを占って欲しい訳じゃないんでしょ?」


「1つは、君の力が本物かどうか確かめる事。」

「本物。お兄さん達が私と同類なら、もう分かってる筈。」

「もう1つは、君が組織に属しているかどうか確かめる事。」

「組織...もしかして私をスカウトに来たの?

占いの仕事だったら、考えても良いかな。ギャラ次第だけど。

客取られた古株達がウザくて、最近ここ居辛いから。」


「あのさ、こんな風に力を使ってると、その内マズい事になるよ。

凄く怖い人がお客になったり、犯罪に関わる相談が持ち込まれたり。」

「ホントに危ない相談なら逃げれば良い。部屋の奥に非常口があるし。」


「力を持つ者は、力をコントロールする方法を学ぶ必要がある。

でも、あなたにはその気がない。」

ゾッとするような、冷たい声。姫のこんなに厳しい表情は初めて見る。

「他人に対して力を使う者は、その結果に責任を持つ義務がある。

でも、あなたにはその覚悟がない。」


少女は驚いたような顔をしたが、すぐに皮肉な笑みを浮かべた。

「若いのに、言ってることがおばあさんみたい。

1回20分の占い。そんなんで力をコントロールする必要なんて無い。」


「使い始めて1年位は、使えば使うだけ力が強くなる。

1回20分、それで1日何人の相手してるの?

週4日、予約が取れないほどの回数。

それだけのトレーニングをしたら、占いを始めた時より、

今はもっと、ずっとハッキリ見えるようになってる筈。そうでしょ?」


少女の顔に微かな怯えが見えた。

「それは...前より楽に見えるようになったけど、それが。」


姫はポーチの中から白い小さな袋を取り出して、少女の前に置いた。

「強い力には色々なモノが寄って来る。夜、灯りに集まる虫たちのように。

おかしな事が起こったら、この袋の中身を部屋の四隅に置いて。それと。」

カゴからボールペンを取り出し、さっきのカードに数字を書き込んだ。


「どうにもならないと思ったら、此処に電話して。私の携帯。」

カードを白い袋の隣に置いて立ち上がり、そのまま部屋から出て行く。


「何なの、あの人。」 少女の顔は青ざめていた。 俺も立ち上がった。

「陰陽師だよ、超一流の。怒らせると、とても、怖い人だ。

だから君、目上の人と話す時は、もう少し言葉遣いに気を付けた方が良いね。」


姫は黙ったまま川沿いの歩道を歩いている。その横顔は未だ冷く強張っていた。


「機嫌、悪そうですね。」

「何だか、とても腹が立ちます。力を、あんな風に。」

姫がこれほどストレートに怒りを表すのは見た事がない。

姫の経験した境遇、いつも正面から自分の力と向き合って来た姿勢を考えれば、

力を玩具のように扱う少女が腹立たしいのも無理はない。だけど。


「僕は、自分がとても恵まれているんだなって実感しました。」

「恵まれているって、何故、ですか?」

「もし母が僕の感覚を封じてくれなかったら、SさんやLさんに会えなかったら、

僕自身があんな風に力を玩具にしてたかも知れない、そう思ったんです。」

「それで自分が恵まれている、と?」

「はい。逆に、あの子はとても可哀想です。力と向き合う心構えや、

力をコントロールする方法を、教えてもらっていないんですから。

きっと、親身になって生活態度を注意してくれる人もいないんでしょう。」


姫は歩きながら左手を俺の右腕にからめた。


「私とRさんに会ったのは、あの子にとって幸運の始まりかもしれない。

怒らないで、そう考えた良いという事ですね?」

「怒った顔も綺麗ですが、やっぱり僕は笑ってるLさんが好きですから。」

「...私も、Rさんの事、大好きです。」

姫の頬はほんのりと紅に染まっている。美しい。


駐車場で車に乗り込む頃には、姫はいつもの笑顔に戻っていた。



単独での初仕事を終え、榊さんの運転で病院から戻る途中、

見覚えのある道を通った。榊さんが良く使うという川沿いの抜け道。

それはあの占いハウスのある裏通りに繋がっていた。


占いハウスが見えてくる。入り口で2人の男性が言い争っているようだ。

「榊さん。ちょっと、あの占いハウスの前で止めて下さい。」

「良いけど、R君はあの占いハウスを知ってるのかい?」 「はい、別件で。」

榊さんが路肩に車を停め、窓を開ける。男の怒声が聞こえた。


「こっちはちゃんと予約したんだ。ふざけんな。」

「ですから、ノロタンさんは病気で休んでるんです。

治って戻りましたらこちらから連絡しますので、

今日はどうかお引き取り下さい。」

「今日じゃないと困るって言ってるだろうが。じゃ、ソイツの家を教えろ。」


ドアを開け、榊さんが車から降りた。俺も車を降りる。

「よう、○中、久し振りだな。何か揉め事か?俺が相談に乗ってやるよ。」

「あ、榊さん。揉め事じゃないです。今帰るところで。じゃ、失礼します。」

男は慌てた様子で、路肩に停めた車に乗り込んだ。


「ありがとうございます。お陰様で、本当に助かりました。」

グレーのスーツの男性が、榊さんに深々と頭を下げた。受付の責任者だろう。


「さっき、ノロタンさんは病気で休んでると仰いましたか?

僕も一週間くらい前に相談に来たんですけど。」

「はい、病気というか、昨日から無断で休んでます。

ケイタイでも連絡がつかなくて。

ノロタンさんは毎日予約が一杯なので、本当に困ってるんですよ。」

「さっきの男もノロタンさんの予約をしてたんですね?」

「今朝、電話で事情をお話したんですが...」


榊さんが警察手帳を取り出した。

「◇山組には話をしておく。もし何かあったら■○署に電話してくれ。

『分署の榊に繋いでくれ』と言えば分かる。」

男性は驚いた顔をして、もう一度頭を下げた。


◇山組は、最近台頭してきた怖い団体。

御陰神様の一件で、その中枢が本部事務所ごと壊滅した○◇会に代わって、

勢力を伸ばしていると聞いていた。


「R君、まだ用があるかい?」

「いいえ、ありません。有り難う御座いました。」

「じゃ、戻ろう。そろそろクーラーが恋しい。」

見送る男性を残し、榊さんと俺は車に乗り込んだ。

「ふ~、生き返った。R君、分署に戻ったら一杯、どうだ?」

ビールではない。榊さんご自慢の水出しコーヒーのお誘いだ。

「頂きます。2杯、良いですか?」 「おお、良いとも。」



『昨日から無断で休み』 『ケイタイでも連絡が取れない』

分署からお屋敷へ帰る途中も、受付の男性の言葉が耳を離れない。


○中という男の動きは榊さんが抑えてくれたが、

欠勤が長引けば、他にも厄介な客が出てくるかもしれない。

人間だけじゃなく、少女の力に引き寄せられるモノも...

初めての仕事で感覚を最大限に拡張した名残なのか、

どうにも嫌な予感が消えない。


お屋敷へ着くと、すぐに姫が玄関から出てきた。

車を降りると、翠を抱いたSさんも玄関先に立っていた。


「おかえりなさい。初めてのお仕事、ご苦労さま。首尾はどうだったの?」

「とにかく全力でやりました。分かった事は榊さんに伝えましたが、

上手くいったかどうかは今後の捜査を見てみないと、何とも。」

「じゃ、Rさん、早速、夕食にしましょう。美味しいもの、沢山作ったんです。

沢山食べて回復しないと。あ、その前にシャワーが良いですか?」


夕食を食べ終わり、キッチンで食器を洗っていると、

リビングで俺のケイタイが鳴った。


「榊さんかも。代わりに出て下さい。」 リビングに声を掛ける。

風呂上がりの姫が、キッチンにケイタイを持ってきてくれた。

「榊さんじゃないみたいです。」

画面に表示された『非通知』の文字、嫌な、予感。


「もしもし。」

受話器の向こうで息を呑む気配。しばらくして小さな声。

「あの、私、占いハウスの...」

「やっぱり君か。どうした、何があったんだ?」

「あの時のお兄さん?お願い、助けて。助けて下さい。」

少女は泣いていた。嗚咽が聞こえているが、それ以上言葉が出てこない。


深く息を吸い、下腹に力を込めた。

「落ち着いて聞いてくれ。君を助けたい。俺はどうすれば良いかな?

このまま話を聞いた方が良い?それとも其処へ行った方が良い?」


嗚咽の合間に、少女はようやく声を絞り出した。

「...ここに、きて、下さい。私、殺される。」

「分かった。出来るだけ早く行く。場所を教えてくれ。」

話しながらリビングに移動する。

姫は少し背中を丸めて、PCのモニターを見詰めていた。


地図ソフトを起動した姫に聞こえるように、大きな声で復唱する。

「△市 大×台 5丁目 ○松アパート 202号室。」

直ぐに、姫が振り向いた。肩越しにPCのモニターを確認する。

「今、場所が分かった。30分位で行けると思う。

着いたらドアの前から電話する。今使ってる電話の番号は?」


電話番号をメモしている間に、姫はリビングを出て行った。

部屋で着替えるつもりだろう。


「俺たちが着くまで、誰が来ても絶対にドアを開けるな。分かった?」

「分かった。」

電話を切り、Sさんが持ってきてくれたポロシャツとジーンズに着替える。


「お酒、飲まなかったのはこのためね。分かってたの?」

「仕事の帰り、榊さんと一緒に占いハウスの前を通ったら、

あの子の予約をキャンセルされたって、男が騒いでて。

受付の人が『あの子が昨日から無断で休んでる』と言ってたので、

ずっと嫌な予感がしてたんです。今夜あたり、何かあるかもって。」


「相変わらず冴えてる。でも大事なのはこれから、急いで。」 「はい。」 


受付の人や本人の話からして、あの少女は占いハウスの稼ぎ頭。

そう簡単に、スタッフが少女の住所を漏らす事はないだろう。

そして、あの男と◇山組の動きは、榊さんが封じた。

それ以外の可能性...


もし、あの男以外の人間が、あの少女の部屋に入り込んだのなら、

少女が俺のケイタイに電話する機会はない。 きっと今頃は、もう。

しかし、このタイミングでの電話。


そう。 今までも、そうだった。 今回も同じ。

『それ』は、静かに穏やかに、抗いようのない『覚悟』を促す。

人ならぬモノと対峙する、『覚悟』。

だからこそ姫が、同行の準備をしてくれている。

やるしかない。 玄関へ、早足で歩きながら集中力を高めていく。


「準備、完了です。」

Tシャツとジーンズに着替えた姫が、玄関で微笑んでいる。

右手に、プリントアウトした地図。

靴を履き終わると、Sさんが俺の手を握った。車のキー?

これは、マセ●ティの...この人も、姫も、本当に優しい。

俺は、俺には。あの少女のために、何か出来る事があるだろうか。


ムッとする熱気の残る、夜の道。 俺と姫は少女の部屋を目指した。


『道標(中)①』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

気付かない内に、ブックマーク登録が増えていました。

読んで下さる方がおられる事は、正直とても嬉しいです。

本当に、有り難う御座います。

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