0204 出会い(上)④
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0204 『出会い(上)④』
あまりに寒くて目が覚めた。
寒っ、何でこんな寒いんだよ。 窓開けてたか? いや、今真夏だろ。
...あ、また体が。
頭は少し動かせるけど、他は指一本動かない。
金縛りは前と同じだが、今夜は気配がヤバい。
窓の辺り、外側に何かいる。
何とか窓に視線を移す。
!? 窓の外に赤い目玉(?)が2つ、ボンヤリ光ってる。
何あれ? 怖っ、ピンポン球くらいあるぞ。 いや、やっぱ夢?
で、窓の内側にはあの小さいフェレットみたいな奴の後姿。
窓の外側に向かって威勢よく唸ってる。窓の外の眼と睨み合ってるぽい。
...だから一体何なんだよ、このシリーズものの夢は。
「夢じゃない、任せて寝てろ。」って声が聞こえた瞬間、意識が飛んだ。
アラームが鳴って眼が覚めた時には、金縛りが解けていた。
でも、体は冷え切ってて、思い通りに動けない。
そおっと窓を開けると、ムッとする熱気が流れ込んできた。
エアコンも無いのに、どうなってんだ? いや、今はそれよりも。
トーストと卵、ハムを焼きつつ、クローゼットから青のポロシャツを探し出した。
昨夜洗濯しておいた紺のジーンズ。 スニーカーは白地に青と緑のライン。
まあ、これならL姫様ご指定の「青系」の範疇だろう。
朝食を食べ終え、シャワーから出て時計を見る。8時30分過ぎ、良い時間だ。
部屋を出てドアの鍵を閉めたら、少し吐き気がした。 あの冷気と夢のせい?
ただでも体調悪いのに、毎晩あんなだとそのうち本当に体壊すな。
お屋敷までの移動中、車のエアコンはOFF。 窓を開けておこう。
予定より早く着きそうだったのでコンビニで時間調整、お屋敷到着は9時27分。
L姫様が玄関先で手を振っている。ずっと外で待っててくれたのだろうか。
車を降りる。 L姫様はすぐ傍に立っていて、その後ろにSさん。
「R君、今日はLを宜しくね。それで、お願いがあるんだけど。」
「はい。」 ちょっとビビる。
「今日は私の車を使って頂戴。事情は後で説明するから。」
いや、その位は説明無しで全然ОKっす。何たってSさんの『お願い』ですから。
「分かりました。あの車ですか?」
庭のガレージの扉が開いていて、白い車が見える。 近づいて、確認。
外車、スポーツカー? デカい、俺の軽の2倍以上の大きさに見える。
滅茶苦茶カッコ良いけど...確認前の安請け合いを思いっ切り後悔。
「こんな良い車、本当に僕が運転して良いんですか?」
「ええ、これが鍵。君のと交換。」 後の祭り、だ。
車の鍵を交換したあと、Sさんは真面目な顔で言った。
「話したい事も色々あるから、今夜はうちで夕食を食べてね。」
え~っと、多分これは、断ると色々マズい奴ですね。
「了解です。」
「うん、良い返事。じゃL、楽しんで来て。」
Sさんは踵を返して玄関の方へ歩き出した。
今日はここに帰ってきてからが...いや、今それを考えるのは止めよう。
「出掛けましょうか。」 「はい。」
一点の曇りもない、輝くような笑顔。
そうだ。 この笑顔を、俺は受け止められるのか。
今日はこの女の子と本気で向き合わなきゃならない。
「何処に行くとか、全然考えて来なかったんです。
Lさんの希望を聞いてからと思って。」
「え~っと、海、海が良いです。出来るだけ遠くの海に連れて行って下さい。」
「出来るだけ遠くって...
ここからだと、一番近い海でも片道3時間くらいかかりますよ。」
「それでも良いです。海に着くまでRさんといっぱいお話できますから。」
白いスポーツカーは意外に運転しやすく、とても快適なドライブになった。
海に着くまで、色々な事を話した。他愛の無い話ばかりだったと思う。
何を話したのかは思い出せないが、L姫様は良く笑い、俺も笑った。
出会う前に過ぎてしまった時間。
それを二人で、取り戻そうとしていたのかもしれない。
窓から吹き込む風に潮の香りが混じるようになった頃には、
自分の中で彼女がとても大きな、大切な存在になっているのを感じていた。
もう『模擬』じゃない。
笑顔、声、話し方、仕草。 俺は彼女の全てに恋をしてる。
暫く海沿いの道を走り、海岸を見下ろす崖の上、小さな駐車場に車を止めた。
L姫様はもう5分近く、駐車場の手摺りにもたれたまま。
黙ったまま眼を瞑り、波の音を聞いている。
俺はL姫様の傍で、強い潮風に飛ばされないよう、
預かった麦藁帽を捧げ持っていた。
「あんまり長い間外にいると日焼けしますよ。」 「平気です。」
「心配なので、もう車に戻って下さい。」 「なぜ心配するのですか?」
「好きな人の事を心配するのは当たり前です。」 「私の事、好きですか?」
「前から好きでしたが、今日、大好きになりました。車に戻って下さい。」
「はい。」 車のドアを開けて待っていると、L姫様が戻ってきた。
しかし、彼女は車には乗らず俺の胸に身を預けた。
細い体をそっと抱きしめると、何故か涙が出た。
帰り道。
海岸近くのコンビニでおにぎりとペットボトルのお茶を買い、L姫様は上機嫌。
「前の家の周りにはコンビニが全然無かったんです、本当に一軒も。
今の家の近くにはコンビニがありますけど、ほとんど買い物はしません。」
俺が時間調整したコンビニ? お屋敷までは信号なしの道を車で10分。
あれが『近い』かどうか、微妙な気もするけど。
「Sさんは料理が上手だから、コンビニのお惣菜とか買わなくても良いみたい。
そういえば、RさんはSさんの事、好きなんですよね?」
...突然雲行きが変わった。
「Sさんは私よりずっと綺麗だし、それに大人だし。」
いきなりの大ピンチ?何で?
「麦藁帽子で顔を隠していなかったら、
きっとあの日、貴方に一目惚れしていたと断言できますが。」
「本当に?」
「僕の心が感じ取れると書いてくれましたよね。あれは嘘ですか?」
「嘘ではないです。でも、Sさんが『好きな人の心を覗いてはいけない』って。」
「心を覗くというのがどんな感じなのか僕には良く解りません。」
「はい。」
「感覚の違いを承知の上で聞いてくださいね?」
「はい。」
「『好き』には、色々な種類と大きさがあると思うんです。」
「それは解ります。」
「例えばある女性の心の中で一番大きな『好き』の相手が彼女の子供だとしても、
それを知った彼女の夫が落胆するとは思えません。」
「それも解ります。」
「それなら、今ここで僕の心を覗いても、貴方が悲しむ事はありません。」
「...Rさんの心の中で、一番大きな『好き』の相手が、私、だからですか?」
「そうです。今は、間違いなく貴方が一番好きです。」
「今、解りました。」
L姫様は小さく息を吐き、ハンカチで目頭を押さえた。
「こんな風に、直接『好き』と言ってもらう方が、きっと何倍も嬉しいから
Sさんは『好きな人の心を覗いてはいけない』と教えてくれたんですね。」
「確かめないと、僕の言葉が本当かどうかは判りませんよ。騙されてるかも。」
「Rさんに好きと言ってもらえたから、私、騙されていても構いません。」
車を路肩に停めて、もう一度細い体を抱きしめた。
「嘘じゃありません。」 「はい、信じます。」
そろそろ街に帰り着くという頃、L姫様の携帯にメールの着信があった。
「『予定変更。宿泊の用意をして帰るように伝言して。』と書いてあります。」
「夕食をご馳走してもらった上に泊めてもらうのは、ちょっと気が引けますね。」
「今の家にはお部屋が沢山があるから大丈夫。それに私も嬉しいです。」
4時前には街に到着。
「一緒にウィンドウショッピングがしたい。」
L姫様に付き添って、郊外の大きなショッピングモールへ。
さすがに週末だから駐車場が混んでる。駐車するのにかなり気を遣った。
店内に入る。
フロアでもエスカレーターでも、それこそ遠近から、
ざわめきと感嘆の声がL姫様の後を追いかけて来る。
何だか、浜辺に寄せて返す、さざ波の響きを聞いている気分。
そんな声が聞こえているのかいないのか、
L姫様は俺の腕に両手を絡ませた。 そして気後れする俺に囁く。
「何だか失礼な人が沢山。私、あんな人達キライです。」
「貴方が綺麗なので仕方ありません、税金みたいなものです。我慢して下さい。」
それにしても、L姫様の隣に俺みたいなのがいたら、当然周りの嘲笑や嫉妬が。
そんな予想をして気が重かったのだが、そういう空気は全く感じない。
何故? あ、L姫様のオーラで俺が目立たないのか? ラッキー。
「今度から、二人で出掛ける時はドライブだけにしましょう。」
暫く考え込んでいたL姫様が、得意そうに宣言した。
「それでも良いですけど、一緒に買い物出来ないと困るんじゃないですか?」
「でも買い物はSさんに頼んで...」 「はい?」
L姫様は、ふい、と視線を逸らして横を向いた。
「必用な時だけ、我慢します。」
人目を憚らず抱きしめたくなる衝動を抑えるのに、俺は必死だった。
アパートの鍵は車の鍵と同じキーホルダーに付けてあり、
Sさんに渡していたから、アパートに寄って着替えを準備する事は出来ない。
簡単な『お泊りセット』と着替えなんかを速攻で買う。
追加のメールで頼まれたイタリアンドレッシングとアンチョビの缶詰も買って、
お屋敷に帰り着いたのは7時前になっていた。
『出会い(上)④』了
本日投稿分、1回。投稿終了。
次回から『出会い(中)』に入ります。
明日・明後日は2回ずつ投稿の予定、頑張ります。