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0702 忘却の彼方(中)

R4/06/20 追記

此方にも「いいね」を頂きました。

自分でも気に入ってる作品なので、とても嬉しいです。

本当に有り難う御座いました。

0702 『忘却の彼方(中)』


Sさんに頼まれた買い物を終えたら、高校で姫をお迎え。

お屋敷のガレージに帰ってくると、小さな4駆が止まっていた。

真新しい、パールホワイトのジ◆ニー。

しかもリフトアップだけじゃ無く、かなり本気の足回り強化バージョン。

チタンカラーのマフラーもめっちゃカッコイイ。

しかし来客の様子はない。ふと、ロー○スがお屋敷に来た時の事を思い出した。

まあSさんなら、電話一本で手配出来るかも知れない。

でも、何のために?


夕食後のひととき、今夜は姫が点ててくれた抹茶。

お茶請けの饅頭を食べながら4駆の話をすると、Sさんは得意そうな顔をした。

「この前、山道歩くの大変だったでしょ?

だから知り合いに頼んで本格的な4駆を手配して貰ったの。超特急で、ね。

あれならどんな道でも簡単に入れる。

一応4人乗りだし、細い道が多いから小回りがきいて良いかな?って。

試しに『あの川』の近くまで行ってみたけど楽勝だった。」

姫と俺は同時に叫んだ。


「翠を4駆に乗せて走ったんですか?」 「翠ちゃん、まだ3ヶ月なのに!」


「もう、翠の事になると大袈裟なんだから。そんな事する訳無いでしょ。

ちゃんと寝かしつけて、管達に護って貰ってる間に行ったの、1人で。

それも15分位よ。たまには管達にも仕事させてあげないと可哀想じゃない。」

あの山道を往復15分? 平均時速は? 助手席で油断してたら絶対舌噛むな。

「いや、そもそも今更、本気の4駆が必要な理由が分かりません。」


「何言ってるの。この辺りを全部調べておかないと安心できない。

また今度みたいな事があったら、取り返しがつかないかも知れないのよ?」

「Sさんの言う通りです。Rさんは気に入られやすいタイプみたいですから。

出かけていったきり戻ってこないのでは、翠ちゃんが可哀想です。

それにSさんも私も...そんなの絶対に嫌です。」

姫の眼にじわっと涙が溜まった。


「いや、神様全部が好き勝手に人を連れて行く訳じゃないですよね?

神様なんですから、むしろ人助けをしてくれる事の方が多い筈ですよね?」

Sさんと姫は顔を見合わせたが、やがて姫が涙を拭って口を開いた。

「Rさん、『神』や高位の『精霊』は人間の為に存在している訳ではありません。

気まぐれで人助けをすることもありますが、

基本的にはとても我が儘な存在だと考えておいた方が良いんです。」


「神様が、我が儘?気まぐれって。」

「はい。『神』も高位の『精霊』も、途轍もない『力』を持っています。

普通は何かに頼る必要は無いので、常に自分の行動原理が最優先なんです。」


ふと、頭の中にSさんの顔が浮かんできて、その途端に二の腕をつねられた。


「痛!何も言ってないのに。」 「今考えたでしょ、私の事。失礼ね!」

「済みません。」 「ええっと。良いですか、話を続けても?」

「あ、お願いします。」

「だから気に入ったら取り敢えず手に入れようとします。人でも物でも。

多分その川の神様は、最初からRさんをマークしておられたのでしょう。」

「そう、だから川の水音を。釣りが好きな事を見抜いて。」


「Rさんは良い気分だったんですよね。釣りをしている間中、ずっと。」

「はい、凄く気分が良かったです。

何て言うか、『川との一体感』を感じて、あ...」

「そうです。もしあのまま釣りを続けていたら、

多分Rさんは今もその川にいたでしょうね。」

「幻の川に、ですか?」 「はい。」

「もしかして、それが『神隠し』?」 「その通りです。」


「人が自分の庭に綺麗な花を植えるように、神様は自分の領域に飾るんです。

手に入れたものや、人を。そしてそれらを眺めてお楽しみになる、永遠に。」

「永遠に?」 「はい、不老不死です。でも、Rさんは飾られないで下さいね?」

「いくら気持ち良く釣りが出来ても、自由意志の無い飾り物になるのは嫌です。」

「そうですか、良かった。自ら望んでそうなる人もいるみたいなので。」


幾ら何でも、それは。


「今回はRさんに私たち家族がいることをお知りになって『猶予』を下さった。」

「猶予?」 「はい、つまり勾玉とRさんを引き替えに、と。」

「あの勾玉が僕の対価になっていたかもしれないんですか?」


俺の命は勾玉3個分の価値?


「R君、私、あの勾玉は本物って言ったでしょ?」 「はい。」

「『あれ』を手に入れるためなら何でもするって人は沢山いるのよ。」

「え?」 「『あれ』は本物の祭具、人の運命を左右する力があるんです。」

「人の運命って。」

「一生お前達の幸運を保証する。だからその男はこちらに寄越しなさい。」


「そんな、無茶な...」

「無茶。まさにそれが特徴なんです。『神』も『高位の精霊』も。

だから、基本的に私たちは『お願い』するしかありません。

でも、Sさんの『位』が高いから、今回は『交渉』が出来たんです。

新しいお社をRさんの代わりにして。」


「『位』だけじゃない。

あの神様が『男性』、つまり『陽神おがみ』さまだったから

私たち女を哀れと思し召して『猶予』を下さったし、

結局は私たちの『お願い』を聞き届けて下さった。

女性からの『お願い』なら、陽神さまの方が聞き届けて下さる可能性は高い。」

「じゃあ、あれが『女神』さまだったら?」

「『陰神めがみ』さまだったらって...

幻の川縁で、君は今も釣りを続けてたでしょうね。

勿論『猶予』も、『交渉』の余地も無く。」


また、寒気と目眩がした。


廃村の中に新しい小さなお社が完成したのは、姫の高校が夏休みに入る前の週。

宮司を置く訳ではないので社務所・札所はないが、

拝殿と瑞垣で囲まれた本殿がある、本式の作り。

拝殿に繋がる参道には手水舎もある。

元の川床に掘った井戸から水を引いていると聞いた。

参道の入り口には、小さいけれど立派な鳥居。

そして神社の背後には鬱蒼とした森林が広がる。これが鎮守の森。


神社が完成すると数回の祭礼が行われ、いよいよ遷宮の祭礼の日が来た。

廃村の中、お社の鳥居の前の道路に十数台の車が停まっている。

黒塗りの大型セダンばかりだ。

総勢三十人程が参列し、祭礼が始まったのは午後4時頃。

俺たち以外の参列者がいると知り、どういう人たちなのかとSさんに聞いたら、

『宮大工、私たちの一族の代表。それと、そうね、色々。』と言葉を濁した。


白装束の人々が粛々と儀式を進行していく、その指揮を執るのはSさん。

姫はSさん公認で1日中翠の世話を任されて、朝からずっと上機嫌。


日が暮れて暫くすると、参道の松明以外の灯りが消された。

発電器の微かな唸りも消える。

薄暗い中、白装束の人々が小さな御輿を担いで御神体をお迎えに上がる。

提灯を持って先頭を歩くのはやはりSさん。あの川の跡に向かうのだろう。


暫くして、白装束の人々が戻ってきた。

今度はSさんが殿しんがりを務めている。

身の引き締まるような、ぴいんと張り詰めた厳かな空気。

やがて御神体が本殿に御遷座されたことが参列者に告げられ、舞が奉納される。

舞手は2人、中学生くらいの少女達だ。松明の光に映える、幻想的な舞。

舞が終わると参列者が順番に拝礼し、2週間に渡る一連の祭礼は終了した。


参列者が鳥居をくぐって神社を出ていく。

俺はSさんと並んで1人1人に頭を下げて参列者を見送った。

参列者の中に、どこかで見た事のある男性がいたが、

それが誰かは思い出せなかった。


全ての参列者が帰った後、廃村に通じる道路の入り口に設置された門扉を閉めた。

儀式の数日前に設置された、とても大きくて丈夫な門扉。

『間違って誰かが入り込んで気に入られたら困るでしょ。』とSさんは言った。

参拝して気に入られたら神隠しに遭うかも知れない、

特定の人間しか参拝してはいけないお社。他にも何処かに、あるのだろうか?


「ここ、初詣に来ても良いんですか?」

「初詣どころか、月に二度のお掃除と祭礼は、これからずっと君の仕事よ。

心配だから、私かL、どちらかが必ず付き添うけど。」

「...それも、『約束』のひとつ?」 「もちろん。」


お屋敷に帰りついたのは9時前、辺りは真っ暗になっていた。

翠を抱き、足下に気を付けて玄関に向かって歩く。その時、気が付いた。

翠の全身に銀色の光の粒子がまばらにちりばめられている。

「翠の体に光の粒...これが。」 言いかけて気付いた。

Sさんも、Lさんも、そして俺も。

全身のあちこちに小さな光の粒子が煌めいている。


「そう、これが『光塵』。

『本体』の光が強すぎるから、『本体』に近いときは見えないの。

本体からある程度離れた、暗い所なら見えやすい。

でも、どんな条件であれ『光塵』が見えるって事は、

R君の感覚が澄んできた証拠。まあ、あんな体験したら、

いきなり色々見えるようになっても不思議じゃないけど。」

「これからは『見ないようにする』訓練が必要かも知れませんね。」

「そうね。でも、今はまず晩ご飯。もうお腹ペコペコで倒れそう。」


Sさんが翠を着替えさせて寝かしつける間、俺と姫は大急ぎで夕食の準備をした。


Sさんも、姫も、とにかくよく食べる。

日によっては俺よりずっと沢山食べる事もある。

大量の料理を美味しそうに平らげていく様子は見ていて爽快。

見ているだけでこちらのお腹も空いてくる位だ。


「『術』は術者の体力を触媒にするから、強い術ほど体力を消耗するの。

今回みたいに2週間も続くような祭礼では、とにかく食べないと体が保たない。」


そういえばこの半月程、Sさんの食欲は凄かった。

あんなに食べて太らないなんて、

何かの病気なんじゃないかと心配していたが、そういう訳だったのか。

「量も必要ですけど、味も大切ですよね。」 「味、ですか?」

「美味しくないと沢山食べるのは辛いです。それに同じだけ食べるなら、

気持ちを込めて作った美味しい料理の方が元気になります。全然違いますよ。」


「そんなに違うんですか?」

Sさんが大きく頷いて、グラスの赤ワインを飲み干す。

慌ててSさんのグラスにワインを補充した。

「食材に感謝して、出来るだけ美味しく食べる工夫をする。

すると自然に料理が上手になる。美味しいから沢山食べて元気になる。好循環。

食べ物こそ全ての基本なの。R君が料理上手で本当に良かったわ。」


食後、俺とSさんはリビングでホットコーヒーを飲んでいた。

姫はホットミルクティーを半分程残したまま、ソファで寝息を立てている。

起こそうとすると、Sさんが唇に人差し指を当てて小さく首を振った。

姫が眼を覚ますと、絶対に翠を自分の部屋に連れて行こうとする。

それを防ぐつもりらしい。

祭礼の期間中、翠は姫と一緒に寝る事が多かったから、

今夜は翠と水入らずで過ごしたいのだろう。


まあ、あとで俺が姫を部屋まで抱いて連れて行けば良い。

「そう言えば、今日の参列者の中に、どこかで見たような人がいたんですよ。

芸能人じゃないみたいだし、ちょっと気になって。」 Sさんの顔が少し曇った。

「男?50歳くらいの?」 「そうです。何かこう、凄みのある渋い人で。」

「それ、今日の主賓。『上』の1人。」 「あの『上』、ですか?」

姫に掛けられた術の一件で、外法を使う者たちに『対策班』を送り込んだ機関。


そして恐らく『あの人』を、Kを殺した、機関。胸の奥が、きゅっと痛くなる。


「そう、一族の意志を決定する機関。そのメンバーの1人。

この土地に縁のある人だから参列したの、『上』を代表して。」

「『上』の代表って...あのお社と『上』に一体何の関係が?」


「実はね、あのお社の造営資金は『上』から出てるのよ。」


「何故『上』がこの件を?」

「お社の建築は特殊技能で、そこらの建築屋さんには頼めない。

特に今回は工期が短かったから、腕の立つ宮大工に頼むしかなかった。

宮大工にも『上』の情報網は入り込んでる。新築のお社、場所は私の土地。

隠しようが無い。すぐに事情聴取されたわ。勾玉の件は黙ってたけど。

造営資金を負担すれば『上』がお社の勧進元って事になるでしょ。

つまり、あの神様に恩を売れるって訳。」


思っていたよりずっと立派なお社になったのも、それが理由か。

「使えそうなものは全てキープしておく。いかにも『上』らしいやり方。

抜け目が無い。いざとなれば、あの神様の助力を請うつもりね。

『本物』は、とても貴重だから。

でもまあ、私たちにも結構な報奨金が出たし、勾玉の件もあるから、

全くの骨折り損ってことにはならない。落とし所としては、まあまあね。」


それからSさんは俺の耳元で、あの男の人の名前と職業を囁いた。

「........ .....。」

そうか、それで見た事が有ったんだ。成る程。


その時、玄関の電話が鳴った。

もう11時をまわっている。俺とSさんは顔を見合わせた。

お屋敷で暮らし始めて約2年、その電話が鳴るのを聞いたのは初めてだ。

必要なら俺たちは携帯で連絡を取り合うから、その電話を使う事はほとんど無い。

一度か二度、Sさんがどこかに電話を掛けているのを見た事があるだけ。


電話は鳴り続ける。


「多分『上』。さっきの参列者とは別件ね。」

Sさんが立ち上がった。玄関で電話に出る気配。

それが、始まりだった。


『忘却の彼方(中)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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