0604 追憶(下)②
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入ってる作品なので、とても嬉しいです。
本当に有り難う御座いました。
0604 『追憶(下)②』
「R君、一体どういう事?説明して頂戴。」
自分の声、その冷たさに身震いする。まさか、こんな事になるなんて。
強張った顔、その人の心は私とLを拒絶している。もう、私の想いは届かない。
向かい合って座った、リビングのテーブル。
その人の隣にはLに良く似た美貌。この娘が、K?
「Sさんの説明が全て真実だとは限らない。
最初からそれを考えておくべきでした。僕はSさんに騙されていたんです。
僕の気持ちがLさんから離れるのは当たり前の事。違いますか。」
Kの術はこの人の心を。
もしLがそれを知ったらその時点で...策はない。
「Lを見捨てるというなら、それは仕方ない。
でも、君ほどの資質を持った人間を敵の手に渡したら、
この戦いに勝つのは更に難しくなる。」
悲しくて、悲し過ぎて、涙も出ない。
「言った通りでしょ?この人は真実に気付いた貴方が邪魔になったの。
でも心配要らない。私が、必ず貴方を守ってあげる。」
初めて会った、Lに似た人。
この人が敵でなかったら『Lの親戚を見つけた』と喜んだかも知れない。
なのに、どうしてこうなったの?
何故、私たちは長く無益な争いに否応なく巻き込まれて、
互いに憎み合い、殺し合わなければならないの?
考えても分からないし、そんな時間もない。
ただ1つ確かなのは、愛する人の心を取り戻さなければいけないという事。
そのためなら、どんな手段を使っても構わない。
「そうね。Kと言う名、その力を聞いた時から、
いつか必ず、戦う事になると思ってた。
あなたを倒して、この人の心の呪縛を解く術を見つけられれば、もしかしたら。」
「もう手遅れ。この人の心は私のものよ。
それに、あなたは私に勝てない。たとえ、『氷の姫君』でも。」
「それじゃ、試してみましょうか。」
ゆっくりと立ち上がる。 Kの姿がゆらりと薄れた。
目が、覚めた。そうか、夢。
私の心の弱さが見せた幻。Kは私より若く、Lより女性らしい。
もしあの人の心が動いたらと怖れる心が...
待って、どうして私はその姿を?
まさか。飛び起きてカーディガンを羽織り、ドアを開ける。
早く、あの人の部屋へ。
微かな、残り香のような気配。
間違い無い、敵の、Kの干渉。とうとう此処を探知して。
深呼吸、騒ぐ心を必死で静めて笑顔を作る。ドアをノックした。
「起きてる?」 「はい。」 小さな返事の後、ドアが開いた。
「話が有るの。良い?」 その人は黙って頷いた。
良かった。揺れてはいるが、この人の心は私を拒絶していない。
「寒いから、上着を着てダイニングに。今、温かいお茶を淹れるわ。」
俯いて踵を返した。キッチンへ向かう廊下。それとなく、零れる涙を拭う。
本当に、良かった。
向かい合って座った、ダイニングのテーブル。 熱いお茶と、羊羹。
お茶を一口飲んで、その人の心がすっと落ち着いた。
その目をしっかり見詰める。その人も、目を逸らさない。 もう、大丈夫。
「ね、さっき何があった?君は何を感じた?」
「...変な、夢を見ました。」 「どんな夢?」
その人が話した夢の内容は、かなりハッキリしていて複雑なイメージ。
初老の男、顔に大きな傷跡のある若い男。高校生っぽい、制服姿の私。
Lの面影がある小さな女の子。 そして、彼女たちの最後の言葉。
「その男性2人に見覚えはある?」
「いえ、全然見覚えはありません。知らない人達でした。」
これは、かなり厄介。標的の記憶に全く依存しない、大がかりな幻視。
初めての干渉でそんな事が出来るとしたら、
この人とKの間に『共振』が起きている場合だけ。
そして、この人が一族の血縁だとすれば、恐らく分家の系統。
つまりこの人とKの血が、共振の原因。
ちゃんと説明をしておかないと、この人の心を繋ぎ止めるのは難しい。
「君は、さっきの夢を見てどう思った?正直に聞かせて。」
「ええと、もしあの夢の内容が真実だとしたら、ですけど。
Lさんを守るのは本当に正しい事なのかって、そう思いました。」
また、涙が溢れそうになる。どうして、この人はこんな風に。
「君、ホントに優しいのね。」
立ち上がり、涙を見られないようにしながら、その人の隣へ。
そっと抱きしめて頬にキスをする。そのまま、隣の椅子に座った。
「ホントは『Sさんに騙されているんじゃないか?』って思ったんでしょ?」
「正直、騙されているのかも知れない、と...。済みません。」
「謝る必要は無いわ。結果的に私の結界は抜けられてしまったし、
細かい事まで説明していなかったのも私の責任。
でも、結局は君自身が何を信じるかって所に行き着く。
それを承知の上で聞いてね。」
相手の精神的な弱みに付け入る敵の手口。 Kの年齢とその『力』。
そして、この人とKの間で起きた『意識の共振』。
その人は真っ直ぐに私の眼を見詰めたまま、注意深く話を聞いていた。
本当に勘が良くて、理解も深い。
これなら大丈夫。もう、その心が揺らぐ事はない。
「どんな術でも、そしてそれが強い術であればある程、
術には術者の個性が滲み出る。相手が女性だと判っていれば、
術に対応する方法を選択する手がかりになるかも知れない。」
この人の心は揺らいでいない。でも少し疲れた、滅入ったような表情。
術者ではないんだし、それも当然。
「あの、今後はああいうのが何度も起こるんですか?」
「度々『本体』を侵入させたら確実に居場所を特定されるから、
そんなに何度も起こるとは思えない。でも、対応策は必要ね。」
この人の心が揺らがないのなら、敵の干渉を逆に利用できるって事。
干渉しようと此所に侵入してきたら、その経路を辿って敵の居場所を特定できる。
この人に『鍵』の掛け方を教えておけば干渉される事はないし、
夜の間は私が敵の侵入を完全に遮断すれば良い。
優れた資質から予測していた通り、その人の覚えは早かった。
初歩的な術とはいえ、たった1時間強。本当に素晴らしい、これなら安心。
そしてその安心こそが、危険な陥穽。 私はKの力を甘く見ていた。
Lと一緒に夕食の支度をしている途中、それは起こった。
微かな気配と芳香。この感じは。
「Sさん、今何か変な感じが。」 「L、R君は何処?」
「さっき、シャワーに。いいえ部屋かも。着替えを取りに行くって。」
全力で走る。一刻も早くあの人の部屋へ。 大失態。
信じているけど、もし干渉があの人の心を変えてしまったら私は。そしてLは。
部屋のドアは開いていた。床に膝を着き、PCデスクに寄りかかるその人の姿。
良かった。この人の心のあり方は変わっていない。
そっと、その人の肩に手を掛けた。
「大丈夫?今、アイツの気配を感じたから。」
「...今回のは、かなりキツかったです。」
遅れて駆けつけてきたLに後を任せて、リビングでホットウイスキーを作った。
手が震える。落ち着いて。
落ち着け、私。大失態だけど、これは逆にチャンスでもある。
この規模の干渉。間違い無く、その痕跡から侵入経路を辿れる。
私はKの力を甘く見ていたけれど、それはKも同じ。
炎なら独断で対策班を動かせる。
敵の居場所を特定したら『上』を通さずに管に伝え、
管からの情報で炎が指示を出す。対策班が急行すれば、敵は逃げられない。
ホットウイスキーを少し飲んで、その人の顔色は大分良くなった。
リビングに移動しソファで横になったら、あとはLに任せれば心配ない。
アイツの痕跡が薄れる前に部屋に戻り、準備を調えた。
極薄の和紙から小さな鳥を切り出す。
尖った翼、二股の尾羽。親指の爪ほどの、白い燕。
それは燕よりも速く飛ぶ『眼』。アイツの痕跡を辿り、その居場所まで。
掌に載せ、息を吹きかける。それが飛び去れば準備完了。
灯りを消し、ソファに身を沈めた。 深呼吸。ゆっくりと、眼を閉じる。
...駅が、見える。県内の地方都市。そして、町外れの小さな雑居ビル。
数ヶ月前、最後に敵の活動が探知されたという場所よりもずっと近い。
まさか、こんな近くに。 これまで探知された敵の活動は陽動作戦だったって事?
でも、見つけた。逃がさない。柏手を打って術を解く。いつも通り、軽い目眩。
あとは管への連絡。対策班には炎の他にも有力な術者がいるし、今は管も。
相手の術と代を封じれば、武器の扱いに長けた男達が、存分に働く筈。
あの場所にいる過激派は恐らく全員...
正直、その結果を招く事に躊躇いもある。
しかし、長い争いは相手から仕掛けて来たもの。
今、私の仕事はLとあの人を護る事。 深呼吸、『通い路』を開く。
『管。今、敵の居場所を探知した。良く聞いて炎に伝えて。場所は・・・』
「昨夜の侵入経路を辿って、アイツ等の居場所を特定したわ。
既に『上』にも報告済みだし、今日中に対策班が踏み込むでしょうね。」
朝食後のコーヒーに相応しい話題じゃないけれど、仕方ない。
コーヒーカップをそっとテーブルに置き、その人は私を見詰めた。
「アイツ等の計画は挫折して、Lさんを守りきれる、という事ですか?」
「対策班がアイツ等を完全に始末できれば良いんだけど...。
アイツ等だって、何とか逃げ延びて計画を完成させようとする筈。
だから今夜が最後の山場。もう侵入の痕跡を残すのを怖れる必要も無いし、
最大・最強の術を使って、R君に干渉して来る。間違いない。」
「だから罠を掛ける。
夕方から夜。敢えて意識のコントロールを外す時間を作り、
アイツからの干渉を待って反撃する。」
「怪しまれませんかね?第一、その干渉に僕が耐えられるかどうか。」
「コントロールを外す時間をランダムにすれば怪しまれないし、
今度は最初から私が付いてる。君の意識に私の意識を繋げておいて、
干渉があった瞬間に全力で反撃する。一気に決着を付けるわ。」
「干渉があるまで、ずっと待ち続けるんですよね?」
「当然、そうなるわね。」
「じゃ、私の意識も繋げてお手伝いします。そういうのは得意だし、
2人より3人の方が、お互いの負担は小さくなりますから。」
Lの真剣な表情、でもその人は微妙な顔になった。
「あの、SさんとLさんの意識を僕の意識に繋げたとしたら、
干渉を受けた時の、え~と、その、幻視は2人にも見えるんですか?」
そう言う事、ね。その人の幻視の内容によっては、Lには刺激が強過ぎるかも。
「見えるけど、君が見ているものと全く同じかどうかは...」
「全く同じに見えたら好都合ですよね。その方が反応し易いし。」
無邪気な微笑。
もしも...いいえ、きっと大丈夫。
その人が幻視を見るまでもなく結着が付くなら、何の問題もない。
「分かりました。宜しくお願いします。」
うん、良い返事。作戦開始は4時と決まった。
リビングで代の配置を確認した後、時計を見た。2時丁度。配置した代は4つ。
あの人の意識に悪意が干渉した瞬間、代に蓄えた力が発動する。
あの人の気配を探すのに集中している相手には、この罠が見えない。
普通なら1つで十分な代がを4つ。力が発動すれば結界も同時に完成する。
逃れる事も出来ず、反撃する暇もない。
相手が相手だから、万全の準備をしたけれど、さすがに疲れた。
少しだけ部屋で休んで、3時にはあの人が声を掛けてくれる。
微かな芳香...これは、 夢?
待って、この香り!? 3時少し前、部屋を飛び出した。
今日はお茶の当番だから、きっとあの人はリビングに。
「あれ?」 「え?」 「君、何ともないの?」 「はい。」
その人の、怪訝な表情。
「何かあったんですか?」 「確かにアイツの気配を感じたけど、変ね。」
「僕は何も。」 突然、その人の表情が変わった。
「あああ、あの、姫、いやLさんが。」
全力で、走る。廊下を曲がってLの部屋へ。 干渉の相手はL? どうして?
ドアをノックした。 「L!L!」 返事がない、ドアを開けて部屋の中へ。
後から部屋に入ったその人は、Lの枕元に屈み込んだ。
「息をしてます。」 「そうね、良かった。」 生きてはいても、もし心が。
その時、Lが身じろぎをして眼を開けた。
「あれ、Rさん。Sさんも。私、寝過ごしちゃいましたか?」
「L、あなた何ともない?」 見たところ、何も変わった様子は無いけれど。
「本を読んでいたら急に眠くなって、いつの間にか寝ちゃいました。
でも、何だかすごく良い気分です。」
Lは小さく伸びをして、体を起こした。
「とってもお腹がすきました。昨日のケーキ、残ってましたよね。」
昼寝をしたからか、むしろ午前中より元気に見える。
でも、確かにアイツの気配が。一体何のために?
「お茶の用意、手伝います。あ、その前に顔洗わないと。行儀悪いですよね。
じゃ、行きましょう。ほらSさんも。ケーキ食べたら私、頑張りますよ。」
...どういう事?
お茶の時間を終え、私たちはリビングで臨戦態勢に入った。
あの人は『鍵』を掛ける時間と外す時間をランダムに繰り返している。
ひたすら繰り返し、そしてKが干渉してくるのを待つ。只、じっと待つ。
何度それを繰り返したのか。 不意に、Lが呟いた。
「さっきから微かな気配。少しずつ、濃くなってます。」
Lの感覚をなぞり、その気配に集中する。微かな、芳香。
「間違いない...R君、あと2分経ったらコントロールを外して。」
「了解です。」
眼を閉じて深呼吸。意識を集中し、『力』を貯める。
じりじりと時間が過ぎていく。あと1分30秒、1分、30秒、20秒、10秒。
時計の秒針が直立した瞬間、その人は『鍵』を外した。
通い路が開き、イメージが一気に流れ込んで来る。決着の時。
!? 力が、発動しない。何故?
留め金を外す筈の、アイツの邪気を感じない。そして、血の臭い。
まさか...『本体』どころか、これは『魂』そのもの。
もう体に戻る気がない? だとしたら
「駄目、『鍵』を掛けて!アイツはもう」
叫んだけれど、遅かった。あの人はイメージの中に、そして私とLの感覚も。
必死で自分を抑える。あの人にもLにも邪気は無い。
今下手に小細工をして、代に蓄えた力が暴発したら4人とも。
何もしない、それが最善の策。この私が、何も出来ないなんて。
目の前に開けた明るい景色。一面の、緑の草原。
『追憶(下)②』 了