表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/279

0601 追憶(上)

『出会い』を、Sさんの視点から描いた作品です。

単体でも成立する作品として工夫したつもりですが、

先に『出会い』を読んで頂いてからの方がお楽しみ頂けると思います。

このような系統の作品が苦手な方はご注意下さい。

0601 『追憶(上)』


街灯から少し離れた路肩。夜の闇に紛れて、大きなワゴンの助手席を降りた。


此所からは車の入れない路地を歩く。車の尾行があればこの時点で分かるから。

周りの様子を確かめる。人影は疎ら。大丈夫、車で尾行されている気配もない。

約二ヶ月に一度、定例になった引っ越しの途中。私の合図でスライドドアが開く。

始めに『対策班』の男が二人、次にゆかりとLが降りてきた。運転席の男は待機。

トランクを開ける。引っ越しで持ち歩くのは当座の、最小限の荷物だけ。


微かな、違和感。胸が騒ぐ。皆に声を掛けた。


「注意して、何か変。」

反対車線を走ってきた白い車が路肩に停まった。

ドアが開き、飛び出した人影が道路を横切ってこちらへ向かってくる。

術者、だ。 一体、どうして?

先に私たちに気付いたのなら、既に『準備』を整えている。

「敵よ、車に戻って。紫、Lをお願い。」

深呼吸、集中力を更に高める。街中で術を使うのは避けたかったけれど。


「こんな所で。まさに千載一遇。」

術者は満足そうな笑みを浮かべていた。成算は薄くても、まずは交渉。

「今、車に戻って見逃してくれたら、あなたの命は保証する。それで、どう?」

「馬鹿を言うな。『氷の姫君』相手に、惜しむ命など無い。

俺のような雑魚でも、時間を稼ぐ位は出来る。太星様には既にお知らせした。

命と引き替えに15分、いや10分で充分。良い死に場所だ。俺は運が良い。」


つまり、『過激派』の本体が近くにいる。

ここ数ヶ月、その活動は探知されていないと聞いていた。

なら私たちの行動が『過激派』に知られる筈はない。偶然? それとも。

すい、と、黒い影が私の前に。 L? 


『あなたの術の全て、その的は私。』

Lは大きく手を広げた。 空気が震えている。 『あの声』。

相手の集中力が大きく乱れた。 そう、Lが死ねば困るのは敵。


好機。



「2人とも、顔を上げなさい。」 懐かしい、桃花の方様の御声。

大きな机、当主様とその左後方に立つ桃花の方様。

「S、『過激派』の術者に遭遇した件、内通の心配はないか?」

これも懐かしい、当主様の御声。


「敵の術者1名を殺害、こちらの人的な被害はありません。

もし内通の結果であれば被害はもっと大きかった筈ですから、

この度の遭遇は恐らく、内通ではなく偶然の結果かと。」


「...ならば、当面の問題はLに掛けられた術の状態だな。桃花の方、頼む。」

桃花の方様は大きな机を回り込み、私の左隣に立つLの正面へ。

「L、左手を。そう、そのまま。」

Lの左手を両手で握り、目を閉じる。暫しの沈黙。

「一進一退。悪化していないのは、せめてもの救いですね。」


「桃花の方様、当主様、お願いがあります。」

Lの声が重い空気を裂いた。一体、何?

桃花の方様と当主様は御顔を見合わせた後、私の顔を見詰めた。

黙って首を振り、前以て打ち合わせていた事ではないという意を示す。

「L、お前の願いとは、何ですか?」 口を開いたのは桃花の方様。


「私を、殺して下さい。」


!? 一瞬で部屋の空気が凍った。 でも、Lの言葉は止まらない。


「私のせいでSさんや一族の人たちが危険に晒されて。

それに、私が代になったらもっともっと沢山の人達が不幸になってしまいます。

だからどうか、そうなる前に私を。」


私の、失態。 ここ数日、Lが塞ぎ込んでいるのには気付いていた。

Lが自殺を考えたとしても、仕込まれた黒い術がその実現を阻む。


だからって、まさかこんな形で。 いや、Lの想いは分からないでもない。

一族はLを護るために総力を注いでいるけれど、当然、一部には異論もある。

そういう事情を、身をもって知っているから、聡いこの娘は...

違う、聡いのに何故、Lを護ろうとする人達の想いを理解してくれないの?

何より私の、この想いを、どうして? 乾いた絶望が、心を蝕んでいく。


桃花の方様は一歩踏み出して、Lをしっかりと抱き締めた。

「L、あなただけじゃ無い。それが誰でも、どんな事情が有っても、

『一族の者の命を犠牲にして済ませよう』なんて、当主様が、私が許しません。

術者なら皆のために命を捧げる覚悟は当然ですが、

それは他に選択肢が無い場合だけ。」


「でも、私は!」

「大丈夫、落ち着いて。折角だから少し話しましょう。さあ、こちらへ。」


桃花の方様がLを部屋の外に連れ出した後、当主様は溜息をついた。

「あの子の母親に深い縁が有るとはいえ、お前には重過ぎる役目。

本当に、申し訳ない。此処で匿ってやれれば良いのだが。」

確かに...いいえ、当主様ご自身、それは無理だと分かっておられる。

黒い術を仕込まれたLが此所で、

『聖域』で長い時間を過ごせば自我の崩壊を招く。

「勿体ない御言葉。ですが、これは私自身がどうしてもと望んだ役目。

今更重過ぎるなどと恨み事を言えば罰が当たります。」


「しかし...そうだな、お前に任せる以外の選択肢はない。引き続き、頼む。

ところで、Lの状態が一進一退なら、術による幻覚は効果が無かったのか。」

「はい。術だけ、代と術、協力者の少年と術、いずれの方法も効果は有りません。

L自身が『あの声』の持ち主。術による幻覚への耐性は予想していましたが。」


Lに仕込まれた黒い術。悪霊が憑依する代として、Lの体を使うための外法。

16歳の誕生日に向けて、仕込まれた術がLの心と体を作り変えようとしている。

専門の術者もその術を解く事は出来ず、対抗してLの変化を遅らせるのが精一杯。

ただ、Lが誰かに恋愛感情を持てば、その間、その術は無効。

そのまま16歳の誕生日を過ぎれば、取り敢えずの危機は脱するだろう。

しかし、黒い術はLの体と心の性的な成熟を阻害し、Lは異性を避けたがる。


術の力で、Lに『恋の夢』を見せる事が出来れば、

実際の恋愛感情と同等の効果が有る筈だった。

しかし、Lの強い幻覚耐性には、一族有数の術者が手を尽くしても突破口が無い。

それ程の幻覚耐性はこれまで知られていなかったから、

Lの出自、『あの人』の娘であることの関連も推測されている。


「専門の術者に無理なら私にも桃花の方にも...打つ手は無い、という事か。」

「最後まで、私があの子を護ります。もちろん失敗した時は御指示を、必ず。」

「お前の言う通り、先日の遭遇は偶然だろう。

しかし、その日に向けて、『過激派』の活動は活発化する。

かなり弱体化したとはいえ、『過激派』には未だ有力な術者が残っている。」


「『分家』の跡目を継いだという秋明、老いたとはいえ太星も。

そして誰より、あの、K。 何れも超一流の術者。

もしもお前の身に何か...あの子の母親が生きていれば、

お前があの子のためにその身を捧げる事など望まず、

今は最後の備えをするべき時だと言った筈だ。」


「いいえ!『上』との約束ではギリギリまであの子を救う努力をして良いと。」

「一族最高位の術者の1人、しかしお前の早とちりは相変わらずだな。

自分の情に正直であろうとする時程、理を、他人の意見を聞かねばならん。」

「御意。肝に銘じます。」

「宜しい。では、Lを護るためにこそ、住まいを定めよ。

お前が義父から相続した土地の、あの館へ。」


「あの館は、もう8年も無人のまま。かなり痛みが。」

「無人だったからこそ都合が良い。それに、相続する際に聞いた筈だぞ。

あの館は自らの意思と命を持つ生物。主を待つ間に朽ちたりはしない。

Lを連れ、一刻も早くあの館に身を隠せ。

『過激派』はあの場所を知らぬ。土地の力がお前の負担を減らしてくれるだろう。

早過ぎず遅すぎず、このタイミングなら丁度良い。」


義父から相続した土地。

その力は巨大な結界となって、その土地に立つお屋敷を護っている。

しかし、其処に身を隠す時間が長ければ長いほど、探知される可能性も高くなる。

とは言っても、身を隠す前に探知されれば意味が無い。

今は御言葉に従うのが吉、だろう。


「そしてS、Lを救うのは、正しく私と桃花の方の望みでもある。

それだけは決して、疑ってくれるな。」


不意に、胸が詰まる。

温かい御言葉が、長い間心の奥に封じていた想いを。でも、駄目。

「有り難う存じます。御言葉に従い、なるべく早くあの館に転居致します。」


「うん。一段落したら知らせをくれ、きっとだぞ。」 「はい、必ず。」



『追憶(上)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。


R4/06/20 追記

此方にも「いいね」を頂きました。

自分でも気に入ってる作品なので、とても嬉しいです。

本当に有り難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ