0202 出会い(上)②
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0202 『出会い(上)②』
いや、フラグなんかどうでも良い。 この状況から抜け出すには...
「でも、Sさんが依頼者なら、うちに直接依頼すれば済む事じゃないですか。」
Nさんはますます暗い顔になって呟くように言った。
「絶対断れないように圧力を掛けたんだよ。あの人は、なぁ、怖いぞ。
断るにしても、それなりの理由が要るし、今回は代役を立てる訳にもいかん。
そういう事情だ。済まんが、これは事故だと思ってあきらめてくれ。」
軽い眩暈と耳鳴りがして、気分が悪くなった。
何でこんな、俺、何も悪い事してないのに...
「これが今回の依頼だ。」 テーブルの上に新しい依頼カルテが置いてある。
依頼内容の欄に目を移した時、信じられない文字が飛び込んできた。
苛立ったような無数の斜線の後に続いて書かれた、小さく乱雑な文字。
『模擬恋愛の相手(期間は半年毎に更新)』
公平に見て、俺はイケメンの部類じゃない。むしろ地味で目立たない風貌。
自慢じゃないが、物心ついてから現在まで、女運には全く恵まれてなかった。
なのに『模擬恋愛の相手』ってのは一体どういう事だ? 幾ら何でも不自然。
そりゃあの時は下心満々だったし、相手がSさんなら模擬でも本望って気もする。
だけど俺だって今までの人生から、数々の惨めな経験から、学習して来た。
Sさんみたいな美人から指名されたからって、
ホイホイ有頂天になる程馬鹿じゃない。
「何で俺がSさんの相手に指名されるんですか、
不倫で、後腐れの無いように...いや、やっぱり変です。
ホントの目的は絶対別ですよね?まさか犯罪関係、とか?」
Nさんは眼鏡を外して俯き、左手の親指と中指でこめかみを押さえた。
「不倫でも犯罪でもない。顧問弁護士のA先生にも確認済みだ。
うちとしては全力でお前を支援する。あとは依頼主と直接話してくれ。」
もう滅茶苦茶。
混乱したままの俺を先導して、Nさんは応接室のドアをノックした。
ソファの上座、見違えるようなスーツ姿のSさんが立ち上がり軽く会釈をした。
Sさんの右隣にもう一人、洋服姿の女性がいるが、誰だか確かめる余裕も無い。
俺とNさんも会釈をしてSさんたちの正面に腰を下ろした。
「単刀直入に聞きます。引き受けて頂けますか?」 Sさんの凛とした声。
「返答は本人から直接お聞き下さい。」 Nさんの声は微かに震えていた。
Sさんはもう一度尋ねる。「Rさん、如何ですか?」
これはもう、腹を括るしかない。
「あの、俺、Sさんはすごく綺麗な人だと思います。最初にお会いした時、
正直俺は浮かれてて、常連になってくれないかなって下心もありました。
今日もこの話を聞いた時、結果がどうなっても、
これはラッキーじゃないかって思ったくらいです。
でも、絶対そんな筈ありません。どうして俺なんですか?
貴方みたいな人が、こんな地味な男を不倫の相手に選ぶなんておかしいです。
教えてください。本当の目的は一体何なんですか?」
何度かNさんが息を呑む気配があったが、そんな事に構っている余裕は無い。
少しの沈黙の後、Sさんは困ったような笑顔を浮かべて、小さく溜息をついた。
「早とちりはRさんらしいけど、説明を聞いていないんですか?」
ちらりとNさんを見る。 Nさんは黙っまま俯いて、額の汗を拭った。
「まず、これは不倫相手の依頼じゃないし、相手も私じゃありません。」
え、じゃあ一体?
Nさんは目を閉じて腕を組んだまま微動だにしない。
「模擬恋愛の相手を依頼したのは、この娘です。」
Sさんの隣に座っている女性。 俺はその時、それが誰だか気付いた。
あの時の、麦藁帽子の女の子。
「この娘の名はL。私はLの後見人、つまり法的には私がLの保護者です。
今、全てを詳しく話す事は出来ませんが、この娘は特殊な環境で育ちました。
身近に年の近い男性が全くおらず、もちろん恋愛感情も知らないまま。
もし、このまま16歳の誕生日を迎えてしまえば、
取り返しのつかない事情があります。
そんな時、たまたま転居したこの土地で、Rさんとの縁が...
この娘を普通の娘に戻すために、どうか協力して下さい。お願いします。」
改めてSさんの隣に座っている少女を見た。
今日は麦藁帽子をかぶっていない。
良く見れば、Sさんとはタイプが違うが、見た事も無いような美少女。
大きく、深く澄んだ双眸が、まっすぐに俺を見つめている。
模擬とはいえ、バイト代貰ってこんな女の子とつきあえるなら、
それはそれで...いや、ダメだ。
相手が替わっただけで、全く意味が分からない状況は何ひとつ変わってない。
深呼吸。
「済みませんが、どうして相手が俺なのか、やっぱり全然判らないし、
本当は別の目的があるんじゃないかって思えて仕方ありません。
それに、さっきもお話したように、俺は下心アリアリの、ただの下品な男です。
こんな綺麗な女の子と一緒にいて、間違いを起こさないって自信もありません。」
「この話をお願いしたのは私です。それにRさんは下品な人じゃありません。」
細く涼しい声が響いた。あの少女が頬を紅潮させている。
そう言ったきり、少女はSさんの右肩に顔を埋めて泣き出してしまった。
少女の背中を撫でながら、Sさんが話を続けた。
「さっきもお話しましたが、今、全ての事情を説明する事はできません。
でもRさん、あなたを選んだのは、紛れも無くこのL自身なんです。それに。」
小さく深呼吸して、Sさんはまたもや信じられない事を言った。
「それに、これが模擬恋愛でなくなるなら、それこそ私達の望む所です。
二人の同意の下であれば、間違いが起きてもそちらの責任は問いません。」
...この人は一体、何を言ってるんだろう?
絶句する俺の隣でNさんが口を開いた。
「二人の同意の下であればと仰いますが、
コイツを選んだのはそのお嬢さん、それは確かですよね?」
「そうです。」 Sさんが淡々と応じる。
「ですから、同意でないという事態は事実上有り得ません。」
「では、この模擬恋愛の結果、例えばお嬢さんが妊娠しても、
コイツを犯罪者にはしない、と?」
今度は俺が息を呑む番だった。
「そうです。」 Sさんがまた淡々と応じる。
「それも全て二人の同意の結果という事になります。
好意を寄せる男性と模擬恋愛の関係を続けることが出来れば
それだけでも十分な効果がある筈ですが、
もし本当の恋愛に発展すればその効果が永続する。
つまり、Lを普通の娘に戻せる可能性が高くなりますから。」
ますます混乱する俺を尻目に、この後はSさんとNさんの間で条件確認が続いた。
二人の連絡用にSさんが携帯を用意して俺に貸与する。料金はSさんが全額負担。
月極めの基本給に加え、デートは別計算で一回毎に臨時給を計上する。
この場合の飲食費やガソリン代等はやはりSさんが全額負担。
契約期間は半年・随時更新。更新の判断は依頼主の意向を元にSさんが行う。
この依頼で如何なる事態が生じても両者同意の下とし、
一切の責任を問わない旨の念書を作成・保管。
あれよあれよという間に条件確認は進んだ。
気が付けば真新しい携帯がテーブルの上に置かれ、
顧問弁護士のA先生が作成したという念書と契約書に署名していた。
そこまで来て、初めて俺は何かがおかしいと感じた。何だ、この違和感。
ここにこの携帯があるって事は、事前に手配が済んでた訳だし。
何でこんなに手際が良いんだ? もしかして俺はハメられたのか?
あまりに非現実的な展開に呆然としていると、
Nさんがニコニコ笑いながら言った。
「こっちの相談もあるから、後は若い者同士で、な。」
SさんとNさんがVIP室を出る。
何だよ、これじゃまるで見合いじゃないか...え、見合い?
そう、応接室には俺と少女、二人だけが取り残されていた。
応接室に再び細く涼しい声が響く。少女はもう泣き止んでいた。
「いきなりこんな面倒な話を持ち込んでしまって、ホントにごめんなさい。」
そしておずおずと続けた。 「でも、引き受けてくれて、嬉しいです。」
ほんのり頬を染めた綺麗な女の子が俺の目の前で一生懸命喋ってる。
この事態に萌えずして、一体何に萌えろというのか。
マズい、もう間違いを起こしそうだ。 だから俺は駄目だと言ったのに。
しかし、次の言葉で俺は現実に引き戻された。
「あの、今日は私からRさんに連絡をした方が良いですか?
それともRさんからの連絡を待っていた方が良いですか?」
ああ、そうだ。
同年代の男性と接触した事が無いというこの少女は、
事もあろうに、この俺に理想の男性像を重ねて見ている。
幻想の恋愛しか知らない少女が、『生身の男』の生態に実感を持ってる筈もない。
俺の部屋、PCの傍に積まれたアダルトDVDなんか想像すらできないだろう。
もし、PCのあの画像・動画フォルダの中を見たら。
何より、一緒に街を歩けば、もっとマシな男がぞろぞろいるのがイヤでも判る。
そしたら彼女の幻想は一瞬で...また、数々の惨めな記憶が甦ってきた。
これから半年間、どうやって彼女の幻想を守れば良いというのか。
それにもし、失敗したら俺はどうなる? Nさんは? この何でも屋は?
耐え難い重圧が、ずしりと肩にのしかかって来るのを感じた。
「今日はこれからバイトなので、終わってから連絡します。多分10時頃です。」
とりあえず時間を稼いで、今後の方針を考えなきゃならない。
「はい。私、待っています。」 無邪気な、嬉しそうな笑顔。
「では、これで失礼します。」 貸与された携帯をポケットにしまい
応接室のドアを閉めながら、重圧に押しつぶされそうな自分を感じていた。
事務室のソファでは、SさんとNさんがまだ何か話をしている。
会釈するとSさんは笑顔で応えてくれたが、笑い返すことはできなかった。
「あの人は、なぁ、怖いぞ。」
帰り道。軽自動車を運転しながら、
Nさんの言葉が何時までも耳の中に響いていた。
送信日時 6/19 22:05:18
Lさんへ Rより
こんばんは、Rです。少し遅くなってご免なさい。
電話するつもりでしたが、緊張して話ができないと困るのでメールにしました。
実は、今まで女性ときちんとお付き合いしたことがないのでかなり戸惑ってます。
もう少し落ち着くまで、メールでの連絡という形にさせてください。
それから、一日一個でも良いので、
Lさんの事を知るための質問に答えて欲しいんです。
(応えたくない質問には遠慮なくノーコメントで)
もしОKもらえたら最初の質問を送信します。それでは。
いきなり電話して想定外の話題に飛んだら対応できず、馬脚を現しかねない。
話題を限定し、返信までに時間を稼げるメールでの連絡は最善の策だろう。
そしてしばらくの間はメールでの質問であの娘についての情報を得る。
それが3時間あまり考えて捻り出した、俺なりの戦略。
『出会い(上)②』了
本日分、2回投稿完了。
できる限り、1日1~2回の投稿目指して頑張ります。