6401 盟約Ⅲ
『言伝』の最後に書く予定だったのですが、長くなり過ぎますし。
何より二人の関係性が微笑ましくて、結局は独立した短編に仕立てました。
『言伝』と併せてお楽しみ頂ければ幸いです。
8/14追記
投稿直後から『評価』・『良いね』を戴きました。
本当に嬉しく、励みになっております。
有り難う御座いました。
8/29追記
新作『言伝・盟約Ⅲ』にも、過去作にも。
8月だけで100を越える『良いね』をいただいております。
気合いを入れて、次作の準備頑張ります。
6401 『盟約Ⅲ』
初めての木枯らしが吹いた日の夜。
部屋で宿題をしていたらケイタイの着信音。
表示された名前を見て息が止まる。
翠さん、だ。震える指で通話ボタンを押した。
「希一君、久しぶり。」
ケイタイの向こうから聞こえる、涼しい声。
「うん、久しぶり。ええと、あの。父さんの事、ホントに有り難う。」
「その事で会いたいんだけど、良いかな?」
心臓がドクンと跳ねる。
父さんの事で...もしかして、あの呪いが。未だ。
「僕は何時でも良いんだけど、呪いの話?」
「ううん、呪いの処理は終わってるから安心して。
じゃあ明日の放課後、あの公園で待ってる。」
プツリ、と。通話は切れた。
翌日の放課後、公園へ急ぐ。
翠さんを待たせちゃいけない、そう思ったんだけど。
全速力で公園に着いた時、翠さんはベンチに座っていた。
俯いて、小さな本(ノート?)を読んでる。
「ゴメン、遅くなった。」 「そんな事無い、座って。」
ポン。翠さんはベンチを叩く、軽い音。
言われるまま、ドキドキしながら翠さんの隣に座った。
細い指が本をしまう。その動きが、凄くキレイ。
「わざわざありがとう、今日は渡したいモノが有るんだ。」
「渡したいモノ?」 「そう、御礼。」
翠さんが差し出した右手。
その指先に小さな封筒。凄く綺麗な、和紙?
「希一君のお父さんに入り込んでいた呪い、ね。
とても珍しいタイプで、これまではたったの2件しか記録がなかった。
でも今回の依頼で色々な事が分かって、凄く研究が進んだみたい。
お陰で、同じ種類の呪いを他にも3つ処理できそうなんだって。
だからこれ。研究と呪いの処理に協力してくれた御礼。」
「御礼。」 「そう。」
それは、違うんじゃないか。
お父さんも僕も、翠さん達に助けてもらっただけだ。
胸の奥が、痛い。
「あのさ。」 「何?」
「クリニックからの帰りに、お父さんに聞いたよ。
陰陽師を頼むと、ホントなら凄くお金がかかる筈だって。
でも、お父さんはクリニックの料金だけで。僕は...お金は全然。
なのに僕達が御礼をもらうのは、おかしいと思う。」
「確かに、お金がかかるね。陰陽師を頼むのは。
それが術者の、命の値段になる事だってあるから。」
「命の、値段。」
翠さんは小さく溜息をついて、それから高い空を見上げた。
「術者によって、力の種類や強さが全然違うし。
そもそも、どんなに強い術者でも一人で出来る事には限りが有る。」
Rさんや、Sさんでも、敵わない相手がいるって事?
もしそんな相手に関わる仕事なら、一体どれだけのお金を。
「だから、術者を纏める組織が出来たんだって。
術者の命と、術者の家族の生活を護る為にね。
依頼の窓口になって、仕事の難易度に応じて術者を割り振る。
命の安売りなんて言語道断だから、料金を決めるのも組織の仕事。
要するに、普通の人が術者に直接依頼する事は出来ない。」
そう、なんだ...でも、待って。
「僕の時は翠さんが、翠さんだけで。」
「そうだね、強い術者は例外だから。
直接依頼を受けられるし、報酬も自由に決めて良い。
まあ、自由にやり過ぎると組織に怒られるみたいだけど。」
「それなら、翠さんって。」
「私、そこそこ強いんだよ。100万円とかの仕事も受けてるし。」
100万円!?
いや。それが命の値段なら、高いとは言えない。
「僕の時は直接だったけど、お父さんの時はクリニック。
それは自由にやり過ぎて組織に怒られないように、そう言う事?」
「そう。だから、これを頼まれたの。御礼状と、組織に直通の電話番号。
希一君のお父さんは、組織にとって特別な依頼主だと認められた。
だから今後、組織はその依頼を優先して受理・対応する。
私の、お父さんかお母さん。そうで無くても、一流の術者が。」
お父さんかお母さん。
え、お母さんって?
そうか、やっぱりSさんは翠さんの。
「それ、凄くありがたいというか心強いというか。でも。」
「何?」
「翠さんが対応してくれたり、とかは?」
翠さんはキョトンとした顔、それから微笑んだ。
「私は、未だ小学生だから。対人関係の仕事は任せてもらえないの。
依頼主も命懸けだし、小学生じゃ信用してもらえなくて当たり前でしょ。
だから私の仕事は主に年中行事。新年の祈祷、夏越の祓。他にも色々。
長い時間を掛けて、一族の優れた術者達が作り上げてきた人脈。
その人脈に関わる仕事を引き継いでるだけで。
私自身が命を懸けて、作り上げた仕事じゃ無い。」
小学生で100万円とかの仕事を任されてる、それだけで十分凄い。
でも翠さんは、何だか寂しそうに見えた。
「翠さんが、あの『かくれんぼ』から僕を助けてくれた。」
「...そうだね、あの時は。偶々、私が。」
「偶々でも、僕は翠さんに助けてもらったんだ。
だから僕、依頼主になるよ。社長でも動画配信者でも何でも良い。
とにかく頑張って、お金持ちになってさ。
年中行事は全部、翠さんに依頼するよ。」
翠さんは俯いて、声を殺して笑った。
「ゴメン、変な事言って。」
「変な事じゃない。凄く、嬉しい。」
翠さんは立ち上がり、僕の正面に。
「希一君は『将来』を約束してくれた。
それは術者にとって、最上の報酬のひとつ。
だから私も、その将来を護る。約束。」
翠さんの右掌が僕の首に触れる。ヒンヤリと、冷たい。
「誕生日、12月29日なんだね。」
心臓がドキンと跳ねて、喉が渇く。
「何で、それを?」
「希一君は、私の、最初の特別な依頼主...」
その後の言葉。
たった一言だったような、短い歌(?)だったような。
気付いた時、翠さんの姿は無く。
薄暗くなった公園のベンチに一人ぼっち。
それでも木枯らしに負けないくらい、胸の中は暖かかった。
『盟約Ⅲ』完
体調と相談しながら次作の準備中です。
夏の終わりから秋にかけての投稿を目指して。




