表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第8章 2018
275/279

6307 言伝(下)③

投稿間隔が開いた分、少し字数が多くなりました。

次回完結、最期まで楽しんで頂ければ幸いです。

6307『言伝(下)③』


「...これを、本当に。私が書いたんですか。」


父さんは和紙を見詰めて、それから僕を見た。

Sさんの言葉が信じられなくて、だから僕に確かめたかったんだろう。

そして僕は、父さんの中の『呪い』がそれを書くのを、ずっとこの目で見ていた。

だから僕に出来るのは、父さんの問いに、ただ頷く事だけ。


「地図のように見えますが、読めない字が幾つも。

でも、何が書かれているかは分からない。それで良いんでしょうね。

書かれている内容を知ってしまったら、呪いと縁が切れなくなりそうです。」


「では、この書面。その内容を含め、始末は全て私共にお任せ下さると?」

「兎に角、呪いとの縁が切れるように。是非お願いします。」

「了解です。全て、此方で引き受けますので御安心を。」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「そうか、R先生も陰陽師だったんだな。」

「うん、Sさんがそう言ってたし。でも、ホントに全然憶えてないんだね。

お祓いの時、お父さん...の中にいた呪いと話したのはR先生だったのに。」

「う~ん。何も見えなかったし、声も聞こえなかったからなぁ。」


その後お父さんは暫く黙っていたけど、家の近くまで戻って来た時。


「なあ希一、提案がある。」 「何?」

「今日、クリニックで対応してくれるのはクラスメイトのお父さん。

非常勤のカウンセラー、それは母さんも知ってるよな。」

「そうだね、憶えてると思う。」


翠さんに相談したのは火曜日。

その夜、3人で話をしたのは真次が寝た後。

母さんは心配そうに話を聞いていたから、忘れてない。絶対。


「だから今日、対応してくれたのはR先生だけ。

R先生は非常勤のカウンセラーで、でも本業は陰陽師。」

「え...でも、それならSさんは?」

「対応してくれたのはR先生、R先生だけ(・・)だ。良いな。」

「Sさんの話はしないって事?どうして?」


「母さんは、父さんが心か脳の病気だと思ってる。多分。」


そうか、そうだね。

翠さんに相談したホントの理由、母さんは知らない。

不思議な力を持っている小学生なんて、絶対信じてもらえないし。

だからクリニックでカウンセラーに話を聞いてもらうって事にした訳で。


「だけど原因は父さんの中に潜んでた古い呪い。

クリニックには何故か陰陽師がいて、見事に呪いを祓ってくれた。

こんなの物語の中だけだ。説明がメチャクチャ難しいぞ。

母さんは、いや、普通の人は絶対に信じない。」


「でも、実際に体験したんだから信じるしかないでしょ。」

「母さんも、それを信じてくれるかって話さ。

そもそも陰陽師に御祓いを頼むなら、凄く高い筈なんだ。」

「高い、って?」

「父さんの会社な、正月に神社で祈祷をしてもらう時で3万円。

陰陽師に特別な御祓いをしてもらうなら、桁が1つ違うって聞いた事がある。

建設業とかで事故が続いて、陰陽師に御祓いを頼む時とか。」


桁が違うって、10万円? いや、30万円?

でも翠さんはそんなの言ってなかったし、僕の時も。


「それに、あの蝶。Sさんは間違いなく一流の陰陽師だ。

だけど実際に呪いを祓ったのがR先生だとしたら。

凄い陰陽師が二人、一体幾らかかるか。想像も出来ない。

なのに今日の料金は初診料と税込みで18150円。」


「確かに安いけど、やっぱり分からないよ。何でSさんの話をしないのか。」


「...希一なら母さんにどんな風に話す?Sさんの事。」

「女の人。すごく綺麗な人で、笑い方が翠さんに似てる。かな。」

「そうだな。実際あの人は、Sさんは恐ろしく綺麗な人だったし。

ただ、話せば母さんが納得する確率は低くなる。」


「何で?」

「病気を心配して送り出したのに、原因は呪い。

しかも、クリニックでは綺麗な女の人が呪いを祓ってくれました。

信じられないし、気分が悪いだろう。特に『綺麗な女の人』ってのが。」


『ああ、そう言うのは父さんと母さん二人で。僕には関係ないし。』


そう言いかけて、ふと思い出した。Sさんの言葉。


『内緒にしてね。』

『約束を守ってくれたら、きっと良い事が有る。』


それなら、父さんの提案に乗った方が良いのか。

確かにSさんの事を話して二人が揉めたら、何が起こるか分からない。

折角父さんの中にいた呪いを祓ってもらったのに。


「分かったよ。Sさんの事は内緒で。」

「協力、してくれるんだな?」 「うん。協力する。」

「良~し。じゃあ声に出してまとめるぞ。」 「声に出して?」


「原因は古い呪い!」 「・・・」

「何で黙ってるんだよ。ほら、復唱。原因は古い呪い!」

「げ、原因は、古い呪い。」 「もっと大きな声で!」

「原因は古い呪い!」


「それで良い、ドンドン行くぞ。R先生は陰陽師、呪いを祓ってくれた!」

「R先生は陰陽師、呪いを祓ってくれた。」

「良し、次。料金はお友達価格、今後の心配も無い!」


?! 何、これ...

何か変なテンションになってるよ。

そりゃ、呪いを祓ってもらって安心したのは分かるけどさ。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


◎さんと希一君、二人を送り出した後のカウンセリング室。

Sさんは『お出かけセット』の片付けをしている。

上機嫌、まるで鼻歌が聞こえてきそうだ。

それでも俺の気は晴れない。テーブルの上、和紙を見詰める。


和紙の右上に大きく、のびのびと描かれた山型。

添えられた『御山』の文字、その下にやや小さく『頂』。

『頂』から斜め左下、麓に伸びる細い線、これは登山道だろう。

逆に麓から頂へ登山道を辿れば、途中に『壱ノ峠』。

その右横に小さく『◎穿の小滝』。

そこから伸びる細い道の先に『地蔵尊』、『岩壁ノ洞』。

そして『洞内ニ蔽呪有リ』。

?『蔽呪』?


これらの文字は一体何を意味し、そして蔽しているのか。

優れた術者が、自らの命と引き換えに守った秘密とは。


不意に、左頬の冷たい感触。良い香りのする、細い指。


顔を上げると、Sさんが俺を見詰めていた。近い。

透き通った、黒い双眸。見詰められると胸が高鳴る。

思わず照れ隠しを。


「随分と御機嫌ですね。」

「それはそうよ。あなたのお陰で言伝の正体が分かったわ。

そして何より『あの人』の凄さが改めて理解出来たもの。

やっぱり、あなたは『言祝ぐ者』なのね。ホントに素敵。」


そしてSさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「それで? 今日の立役者が、今更何を思い悩んでるの。」

「...ええと、それは。」


Sさんの右手、人差し指が俺の唇を押さえる。


「当ててあげる。その地図の場所、隠されたモノが気になるんでしょ。」

「もし、届ける事が出来たら良いなと。ソレを受け取るべき人に。」


Sさんは俺の額にキスをした。


「あなたは何時もそう。

其処まで行くと、お人好しも血筋故の特質なのかしらね。

『あの人』にもそれが共通していると分かった。

術者としては甘々でも、『あの人』の強さに覆い隠されていた、優しさ。」


血筋故の特質...最近は意識する事の無かった、『分家』の?


「気が済むまでやれば良い。今、一族には最高の鑑定士がいるんだから。」


最高の鑑定士、そうか。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


鑑定依頼で訪れたのは◆◎商会、超能力調査室。

かわいらしい秘書さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、黙って待つ。

調査室のチーフ、橘君は真剣な表情。俺が持ち込んだ品を見詰めていた。


それは一枚の和紙、堂々とした文字と簡単な見取り図。

ただ、筆ペンで書かれたものだから骨董ではない。当然、美術品でもない。

それでも、問答無用で門前払いされるとは思っていなかった。


「これは、とても。とても興味深い品です。

おや、どうかしましたか? 何時にも増して悪そうな笑顔ですね。」


悪そうな笑顔って...いや、流石に見透かされてるよな。


「ま、興味を持ってくれるだろうとは思ってましたよ。期待通りと言うか。」


和紙をテーブルに置いて、橘君は小さく溜息をついた。


「2年前なら断っていたかも知れませんが...。

今は状況が違います、あのダイヤの件も有りましたし。

その意図を読めなくても、Rさん達の鑑定依頼には必ず意味が有る。

2年の間に僕も少しは成長したんですよ、術者の端くれとして。」


少しは成長した...

そもそも橘君と秘書さんは紫さんが見出した人材。

俺達との縁有った後に『泉の守護者』の祭主・巫女となり、

並行して術者としての修行も進めている。


「御二人の資質は抜群、そして修行の成果も目を見張る程。

やはり紫さんの目は確かだったと、一族中で話題なんですよ。

僕達も誇らしく思っているところです。」

「それは、どうも。光栄です。」


紫さんに想いを馳せたのか、橘君は遠い眼をした。


「それで、鑑定の結果は?」

「これは恐らく、自動書記で作成されたモノですね。

自動書記の存在は知っていましたが、実例を見たのは初めてです。」


...ああ、これだ。

橘君の『超能力』。Sさん曰く、それはサイコメトリーの一種。

モノの来歴、関わってきた人々の記憶を読み取る能力。

今回も一切の事前情報を伝えていない。むしろ橘君自身がそれを嫌う。

それなのに、この的確さ。言われてみれば、あれはまさに自動書記。

左腕。手首から肘を越えて、肩まで鳥肌が立つ。


「そう判断した根拠を聞かせて貰っても?

言語化出来る範囲で、勿論、秘密にしたい部分は伏せても構いません。」

「根拠、ですか。秘密という程の事も無いので説明しましょう。」


橘君は今まで見た中で一番優しい笑顔を浮かべた。


「まず1つ。コレが書かれた状況を読み取れません。

一体何のために書かれたのか、誰がどんな想いで書いたのか。」


「橘君でも読み取れない。そんな事が有るんですか?」

「勿論です。Rさん達も使いますよね、認識阻害の術は。」

「成る程、確かに。」


認識阻害、基本的な術は俺にも使える。

より高度な術なら、モノに認識阻害を付与する事も出来ると聞いた。

橘君にとって、そういう術は鬼門だろう。

同じような事態に遭遇した経験が有るのかも知れない。


「2つ。認識阻害が掛けられたのは、約400年前。」


...凄い、そして面白い。左肩から背中へ、鳥肌が広がっていく。


「認識阻害の術。まさか、術の状態を鑑定した?」

「精度は±50年程度。これは自信が有ります、なのに。」


橘君は左手の指先で、そっと和紙に触れた。


「良い和紙ですが、現代のものです。そして筆ペンの墨。

自動書記でも無ければ、こんな事はあり得ない。」


全身に広がった鳥肌を抑え込みながら、俺は小さく手を叩いた。


「素晴らしい。凄腕の鑑定士、いや名探偵と言うべきでしょうか。」

「鑑定士も探偵も、普通の人が感知出来る根拠に基づいて仕事をします。

僕のは『サトリ』の異能に頼るだけ、いわばチートに過ぎません。」


常人には感知できない根拠に基づく鑑定、それは確かにチートだ。

しかし。


「鑑定はチートだとしても、鑑定後の正当な『値付け』は違う。

だから時間の許す限り書庫で知識を深め、あらゆる相場に注意を配る。

(サトリ)の異能に頼らない、膨大な労力の積み重ねこそ、橘君の真骨頂。

だから鑑定を依頼したんです。そろそろ本題に入りましょうか。」


『言伝(下)③』了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ