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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第8章 2018
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6301 言伝(上)

久し振りの新作、『言伝ことづて』。投稿開始です。

今までと同じく更新は不定期、間隔も長くなると思いますが、

完結までお付き合い頂ければ幸いです。

6301 『言伝ことづて(上)』


「あ~ダメだ。希一たかかず、出船中止だってさ。」

「まあ仕方ないね。予報でもギリギリの感じだったから。」

「さて、今日はこれからどうしようか。」

「久し振りに家でノンビリ日曜日?」


折角の船釣りだから楽しみにしてたのに。

ただ。丁度良い、のかも知れない。最近、父さんは元気が無いから。


「う~ん。家に帰っても、真次まさつぐと母さんは出かけてるし。

船は出なかったけど、港の中は風も波も大した事ない。

ここの防波堤でチョイ投げしようか、近くの釣具屋でエサ買ってさ。」

「僕は良いけど...父さんは大丈夫?」

「大丈夫って、何がだよ。ほら、早速エサ買いに行こう。」



小さく速く、釣り竿の先が揺れる。でも。


「父さん、アタリ。」 「え? あ~あ、エサ盗られちゃったよ。」

「最近、家でもボーッとしてる事多いよね。疲れてる?」

「疲れてる訳じゃないけど...ああ、だからさっき『大丈夫か』って。

気を使わせて悪いな。ゴメン。」


そう、今日の釣りだけじゃ無い。それは。


「多分だけど、お葬式に行ってからだよね。部長さん?の。」

「希一、お前...父さん、情けないな。」

「母さんも真次も心配してるよ。今日の釣りも2人から言われて。」


父さんは新しいエサを付けて、仕掛けを投げ込んだ。


「父さんが今の部署に配置されてから、部長は何かと目を掛けてくれてね。

突然死の原因は心臓らしいって聞いたけど...。

ホントに驚いたんだ。いつも、凄く元気な人だったから。」

「でも、お父さんより年上なんでしょ?」

「そうだね...年上、それも二回り近くは。」


父さんは36歳。

二回りってのが干支なら、部長さんは60歳に近かったはず。


「それなら心筋梗塞とか脳梗塞とか。

突然死ってTVでも時々聞くよね。他に、何か気になる事が有るの?」

「ちょっと前、父さんが二泊三日で●×県に出張したの憶えてるか?」

「うん、憶えてる。」

「出張に行ったのは4人。部長も一緒だったんだよ、亡くなる前の週。

で、出張の最終日。変な事が有ってさ。」


「変な事って、どんな?」

「う~ん。変というより不思議な事、かな。

それも部長が亡くなったって聞くまでは、忘れてたんだけど。」


何となく嫌な、予感。


「商談が上手く纏まった後、皆で夕食に行ったんだ。ま、お祝いだね。

それからホテルに戻って、ロビーで解散したのが7時過ぎ。

エレベーターホールの自販機で缶ビールを2本買って、部屋に戻った。」

「じゃあ、変な事は部屋の中で?」


「部屋に戻って、シャワーを浴びて。ビール飲みながらTV見てたんだよ。

9時のニュース、スポーツコーナーでMLBの結果を見ようと思って。

なのに、気が付いたら9時半過ぎ。もうスポーツコーナーが始まってた。」

「居眠りしてたんじゃない?ビール飲んでたんだし。」

「うん、その時は父さんも居眠りだと思ってた。結構疲れてたから。」


「それなら別に。」

「部長が亡くなったって連絡が来た時は凄く驚いた。

でも時間が経って、少し落ち着いたら突然想い出したんだ。

そう言えばホテルで変な事が有ったなって。」


突然、父さんはリールを巻いて仕掛けを回収した。

そのまま沖を見詰めて、小さな溜息。


「気になって仕方ないからスマホの履歴を調べたんだ。

何故スマホを調べようと思ったのか、自分でも全然判らないけど。」

「それで、履歴に何か?」

「残ってたんだよ、部長からの電話が。」


胸の奥がザワザワして口の中が乾く。でも、今は話の続きを。


「居眠りしてたから、電話に気付かなかったって事?」

「そうだな、それなら良かったんだけど。

...『着信履歴』じゃなくて『通話履歴』なんだよ、47秒間。」


居眠りしてる間にかかってきた電話。なのに、話をした?

そして、電話がかかってきた事も、話をした事も憶えてない。

父さんの話の通りなら、記憶が無い時間は30分位。


これは、ダメだ。変な事、不思議な事、そんなレベルじゃない。

目に浮かぶ、黒い紙のトカゲ。尻尾の感触。

何か怖いモノ...そうだ、あのオニみたいなモノが。きっと。


「それって。」

「そう、だから話せなかったんだ。分かるだろ?

警察に相談したって、酔っ払いの戯れ言って思われるだけ...いや。

わざわざ相談して、父さんが疑われるかも知れない。正直、それが怖いんだ。

『死因は心臓で事件性は無いって事になってるけど、万が一。』って。

凄く世話になった人なのに。父さん、卑怯だよな。」


やっぱり、ダメだ。

このままじゃ、父さんはずっと通話履歴を気にして。

いつまでもオニみたいなモノから逃げられない。


突然、想い出した。翠さんの顔。不思議で、キレイな声。

黒い紙のトカゲから助けてもらった後、一度だけ学校で話をしたっけ。


『今回の鬼は祓った、それは大丈夫。

ただ、繋がりが出来てしまったのは間違いないから。

いつかまた、同じような事が起こるかも知れない。

その時は酷い事になる前に連絡してね。』


あの時。教えて貰った、電話番号。


「父さん、僕も警察はダメだと思う。」

「やっぱ希一も、そう思うか?」

「疑われるからとか、そう言うんじゃ無いよ。心臓発作なんだし。

僕は、父さんの記憶が消えてる事が凄く怖いんだ。

かかってきた電話も、その電話で話をした事も憶えてないって。

それは何だか、恐ろしいモノが関係してる気がして。」


「恐ろしい、モノ?」

「うん。それで僕、そう言う事に詳しい人を知ってるんだけど。」

「警察関係じゃないなら...医者、とか?」

「そんな...感じ。相談しても、良いかな。」


父さんは僕の頭をクシャクシャと撫でて、ニッコリ笑った。


「そうだな。どうせこのままじゃ気が晴れないし、お願いするよ。」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


翌日の放課後。

すぐに市立図書館の隣、あの公園に向かった。

オカルト同好会の3人に知られるとマズいから、現地集合。

公園に着くと、翠さんはベンチに座っていた。


「ご、ゴメン。待たせたかな?」

「私は近道を知ってるから先に着いただけ。さ、座って。」

「うん。」


少し間を開けて隣に座る。ドキドキが酷くなった。

黒いトカゲ事件の後、翠さんと話をしたのは一度だけ。

電話番号は教えて貰ったけど、簡単に電話する気にはなれなかった。


だってあの時、翠さんは言った。

『今度は酷い事になる前に連絡してね。』

何もないのに電話するのは悪いなって、そう思ったから。


「それで、お父さんの話なんだよね。」 「うん。」


大丈夫。話の要点は5つ、昨夜のうちにまとめて完璧に憶えた。

それを順序よく、出来るだけ分かりやすく。


『1.お父さんの会社の部長さんが急に亡くなった。』

『2.部長さんのお葬式からお父さんは元気が無い。』

『3.部長さんが亡くなる少し前、お父さんは一緒に出張に行った。』

『4.出張の最終日、お父さんの記憶が少しだけ消えてる。』

『5.記憶が消えた30分位の間に、部長さんとの通話履歴が残ってる。』


話を聞き終えて、翠さんは俯いた。

やがて...揃えた膝、スカートの上で細い指を組む。


「希一君。お父さんも相談して良いって言ったんだよね。」

「うん。このままじゃ気が晴れないからって。」

「誰に相談するって言ったの?」

「あ...あの、お医者さんみたいな感じの人って。」

「そう、良かった。」


「良かった、の?」

「希一君だって信用できないでしょ。

オカルト同好会の小学生に相談するなんて言われたら。」


「ああ、そうか。そうだよね。」

「お父さんの名前は?」

清高きよたか。◎、清高。」


翠さんは立ち上がって、正面から僕を見つめた。

目を合わせていると、綺麗な目に吸い込まれそうで...何だか、頭が


『○×クリニック、心療内科。

そこで私のお父さんが非常勤でカウンセラーをしてるの。』


目の前の景色がボンヤリして、翠さんの声が頭の中に響く。


『出来るだけ早く電話して、お父さんが都合の良い日の予約を取って。

お父さんの名前を伝えれば、受付の人がしっかり手配してくれるから。』

○×クリニック、予約の電話番号は・・・・・・・・・・・憶えた?』

「...うん、憶えた。」 『良かった。じゃあ私はこれで』


ダメだ。まだ、聞きたい事が。聞かなきゃならない事が。


「待って!」 『何?』


「父さんは、父さんは心の病気なの?それとも。」

『心の病気じゃ無いと思う。希一君の時みたいに急ぐ必要は無いけど...

出来るだけ早くクリニックに行ってほしい。お父さんにはそれだけ・・・・を伝えて。

心配なら、希一君も一緒にクリニックへ。』


やっぱり、そうか。


「何か怖ろしいモノが、父さんに?」


待っても答えは返ってこない。

ハッとして辺りを見回したけど...もう何処にも、翠さんは見えなかった。


『言伝(上)』了

本作の投稿に伴い、関連する『まよひくら』の修正を行いました。

また、本作の題名も変更の可能性が有ります。どうか御了承願います。

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