6301 言伝(上)
久し振りの新作、『言伝』。投稿開始です。
今までと同じく更新は不定期、間隔も長くなると思いますが、
完結までお付き合い頂ければ幸いです。
6301 『言伝(上)』
「あ~ダメだ。希一、出船中止だってさ。」
「まあ仕方ないね。予報でもギリギリの感じだったから。」
「さて、今日はこれからどうしようか。」
「久し振りに家でノンビリ日曜日?」
折角の船釣りだから楽しみにしてたのに。
ただ。丁度良い、のかも知れない。最近、父さんは元気が無いから。
「う~ん。家に帰っても、真次と母さんは出かけてるし。
船は出なかったけど、港の中は風も波も大した事ない。
ここの防波堤でチョイ投げしようか、近くの釣具屋でエサ買ってさ。」
「僕は良いけど...父さんは大丈夫?」
「大丈夫って、何がだよ。ほら、早速エサ買いに行こう。」
小さく速く、釣り竿の先が揺れる。でも。
「父さん、アタリ。」 「え? あ~あ、エサ盗られちゃったよ。」
「最近、家でもボーッとしてる事多いよね。疲れてる?」
「疲れてる訳じゃないけど...ああ、だからさっき『大丈夫か』って。
気を使わせて悪いな。ゴメン。」
そう、今日の釣りだけじゃ無い。それは。
「多分だけど、お葬式に行ってからだよね。部長さん?の。」
「希一、お前...父さん、情けないな。」
「母さんも真次も心配してるよ。今日の釣りも2人から言われて。」
父さんは新しいエサを付けて、仕掛けを投げ込んだ。
「父さんが今の部署に配置されてから、部長は何かと目を掛けてくれてね。
突然死の原因は心臓らしいって聞いたけど...。
ホントに驚いたんだ。いつも、凄く元気な人だったから。」
「でも、お父さんより年上なんでしょ?」
「そうだね...年上、それも二回り近くは。」
父さんは36歳。
二回りってのが干支なら、部長さんは60歳に近かったはず。
「それなら心筋梗塞とか脳梗塞とか。
突然死ってTVでも時々聞くよね。他に、何か気になる事が有るの?」
「ちょっと前、父さんが二泊三日で●×県に出張したの憶えてるか?」
「うん、憶えてる。」
「出張に行ったのは4人。部長も一緒だったんだよ、亡くなる前の週。
で、出張の最終日。変な事が有ってさ。」
「変な事って、どんな?」
「う~ん。変というより不思議な事、かな。
それも部長が亡くなったって聞くまでは、忘れてたんだけど。」
何となく嫌な、予感。
「商談が上手く纏まった後、皆で夕食に行ったんだ。ま、お祝いだね。
それからホテルに戻って、ロビーで解散したのが7時過ぎ。
エレベーターホールの自販機で缶ビールを2本買って、部屋に戻った。」
「じゃあ、変な事は部屋の中で?」
「部屋に戻って、シャワーを浴びて。ビール飲みながらTV見てたんだよ。
9時のニュース、スポーツコーナーでMLBの結果を見ようと思って。
なのに、気が付いたら9時半過ぎ。もうスポーツコーナーが始まってた。」
「居眠りしてたんじゃない?ビール飲んでたんだし。」
「うん、その時は父さんも居眠りだと思ってた。結構疲れてたから。」
「それなら別に。」
「部長が亡くなったって連絡が来た時は凄く驚いた。
でも時間が経って、少し落ち着いたら突然想い出したんだ。
そう言えばホテルで変な事が有ったなって。」
突然、父さんはリールを巻いて仕掛けを回収した。
そのまま沖を見詰めて、小さな溜息。
「気になって仕方ないからスマホの履歴を調べたんだ。
何故スマホを調べようと思ったのか、自分でも全然判らないけど。」
「それで、履歴に何か?」
「残ってたんだよ、部長からの電話が。」
胸の奥がザワザワして口の中が乾く。でも、今は話の続きを。
「居眠りしてたから、電話に気付かなかったって事?」
「そうだな、それなら良かったんだけど。
...『着信履歴』じゃなくて『通話履歴』なんだよ、47秒間。」
居眠りしてる間にかかってきた電話。なのに、話をした?
そして、電話がかかってきた事も、話をした事も憶えてない。
父さんの話の通りなら、記憶が無い時間は30分位。
これは、ダメだ。変な事、不思議な事、そんなレベルじゃない。
目に浮かぶ、黒い紙のトカゲ。尻尾の感触。
何か怖いモノ...そうだ、あのオニみたいなモノが。きっと。
「それって。」
「そう、だから話せなかったんだ。分かるだろ?
警察に相談したって、酔っ払いの戯れ言って思われるだけ...いや。
わざわざ相談して、父さんが疑われるかも知れない。正直、それが怖いんだ。
『死因は心臓で事件性は無いって事になってるけど、万が一。』って。
凄く世話になった人なのに。父さん、卑怯だよな。」
やっぱり、ダメだ。
このままじゃ、父さんはずっと通話履歴を気にして。
いつまでもオニみたいなモノから逃げられない。
突然、想い出した。翠さんの顔。不思議で、キレイな声。
黒い紙のトカゲから助けてもらった後、一度だけ学校で話をしたっけ。
『今回の鬼は祓った、それは大丈夫。
ただ、繋がりが出来てしまったのは間違いないから。
いつかまた、同じような事が起こるかも知れない。
その時は酷い事になる前に連絡してね。』
あの時。教えて貰った、電話番号。
「父さん、僕も警察はダメだと思う。」
「やっぱ希一も、そう思うか?」
「疑われるからとか、そう言うんじゃ無いよ。心臓発作なんだし。
僕は、父さんの記憶が消えてる事が凄く怖いんだ。
かかってきた電話も、その電話で話をした事も憶えてないって。
それは何だか、恐ろしいモノが関係してる気がして。」
「恐ろしい、モノ?」
「うん。それで僕、そう言う事に詳しい人を知ってるんだけど。」
「警察関係じゃないなら...医者、とか?」
「そんな...感じ。相談しても、良いかな。」
父さんは僕の頭をクシャクシャと撫でて、ニッコリ笑った。
「そうだな。どうせこのままじゃ気が晴れないし、お願いするよ。」
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翌日の放課後。
すぐに市立図書館の隣、あの公園に向かった。
オカルト同好会の3人に知られるとマズいから、現地集合。
公園に着くと、翠さんはベンチに座っていた。
「ご、ゴメン。待たせたかな?」
「私は近道を知ってるから先に着いただけ。さ、座って。」
「うん。」
少し間を開けて隣に座る。ドキドキが酷くなった。
黒いトカゲ事件の後、翠さんと話をしたのは一度だけ。
電話番号は教えて貰ったけど、簡単に電話する気にはなれなかった。
だってあの時、翠さんは言った。
『今度は酷い事になる前に連絡してね。』
何もないのに電話するのは悪いなって、そう思ったから。
「それで、お父さんの話なんだよね。」 「うん。」
大丈夫。話の要点は5つ、昨夜のうちにまとめて完璧に憶えた。
それを順序よく、出来るだけ分かりやすく。
『1.お父さんの会社の部長さんが急に亡くなった。』
『2.部長さんのお葬式からお父さんは元気が無い。』
『3.部長さんが亡くなる少し前、お父さんは一緒に出張に行った。』
『4.出張の最終日、お父さんの記憶が少しだけ消えてる。』
『5.記憶が消えた30分位の間に、部長さんとの通話履歴が残ってる。』
話を聞き終えて、翠さんは俯いた。
やがて...揃えた膝、スカートの上で細い指を組む。
「希一君。お父さんも相談して良いって言ったんだよね。」
「うん。このままじゃ気が晴れないからって。」
「誰に相談するって言ったの?」
「あ...あの、お医者さんみたいな感じの人って。」
「そう、良かった。」
「良かった、の?」
「希一君だって信用できないでしょ。
オカルト同好会の小学生に相談するなんて言われたら。」
「ああ、そうか。そうだよね。」
「お父さんの名前は?」
「清高。◎、清高。」
翠さんは立ち上がって、正面から僕を見つめた。
目を合わせていると、綺麗な目に吸い込まれそうで...何だか、頭が
『○×クリニック、心療内科。
そこで私のお父さんが非常勤でカウンセラーをしてるの。』
目の前の景色がボンヤリして、翠さんの声が頭の中に響く。
『出来るだけ早く電話して、お父さんが都合の良い日の予約を取って。
お父さんの名前を伝えれば、受付の人がしっかり手配してくれるから。』
○×クリニック、予約の電話番号は・・・・・・・・・・・憶えた?』
「...うん、憶えた。」 『良かった。じゃあ私はこれで』
ダメだ。まだ、聞きたい事が。聞かなきゃならない事が。
「待って!」 『何?』
「父さんは、父さんは心の病気なの?それとも。」
『心の病気じゃ無いと思う。希一君の時みたいに急ぐ必要は無いけど...
出来るだけ早くクリニックに行ってほしい。お父さんにはそれだけを伝えて。
心配なら、希一君も一緒にクリニックへ。』
やっぱり、そうか。
「何か怖ろしいモノが、父さんに?」
待っても答えは返ってこない。
ハッとして辺りを見回したけど...もう何処にも、翠さんは見えなかった。
『言伝(上)』了
本作の投稿に伴い、関連する『まよひくら』の修正を行いました。
また、本作の題名も変更の可能性が有ります。どうか御了承願います。




