6110 付喪神(結)
『付喪神』、ようやく完結となりました。
最後までお付き合い頂いた皆様に感謝申し上げます。
6110 『付喪神(結)』
『智慧と記憶の管理者』の映像と音声が途切れた後。
何時も通りに静まりかえった、深夜の図書室。
『良く分かりました。』
春菜と言う名の術者、最後の言葉。
彼女は付喪神の御利益について、何か手がかりを掴んだのだろうか。
不意に、涼しい声が図書室の空気を震わせた。
「何か、どうしても知りたい事が有るのね。付喪神について。」
Sさん。
と言う事は、正直に話す。それしか選択肢は無い。
「はい。」 「知りたい事は、なあに?」
Sさんは俺の隣に腰掛けた。
綺麗なナイトガウン、清々しい百合の香り。
「ええと、付喪神の御利益について。」
「付喪神の御利益?」
「そもそも、付喪神自体が希有な存在ですよね。
しかも資料に残っているのは祟りを為す付喪神を滅した記録だけ。
その御利益については資料を見つけられなかったので。」
「明日、古書店に行ってみたら?地下の倉庫に手がかりが有るかも。」
古書店...表向きは会員制の。その実態は、一族の術者が利用する資料庫。
「資料閲覧の申請は?」
「あの店が管理しているのは『用』。
術者は全員登録されてるから申請も許可も要らないわ。
一応、明日の朝一番で用件は連絡しておくけど。」
「付喪神はレア中のレア、なのに資料が『用』って...」
「資料自体に害は無いんだし、それにね。」
Sさんは一旦言葉を切って、悪戯っぽく微笑んだ。
「祟りじゃ無く、付喪神の御利益について調べたいなんて。
そんな術者こそ希有な存在、付喪神以上の激レアよね。」
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『Rさま、ですね。承っております、希望は付喪神に関する資料の閲覧。』
「...はい。此処に、その資料が保存されていると聞いたので。」
「その通りです。では早速、地下に御案内致しましょう。」
対応してくれたのは若い女性。
白い肌、透き通る銀髪。そして真紅の瞳。
確か、一族の資料庫で...いや、違う。
この女性はSさんに似ている。いつか夢で見た、出逢う前の。
薄暗い階段を降り、細い廊下へ。
幾つかのドアを通り過ぎ、女性が立ち止まったのは廊下の突き当たり。
他のドアとは違う、見るからに厳重な扉。
唸るような、低い音。続いて扉が開く。
『どうぞ、中へ。』
扉を潜る。淡い光に照らされた、白い部屋。
思ったより狭い。扉の正面、奥の壁には棚が設えられている。
しかし、資料らしいものは見当たらない。
『現在、安置されているのは三体です。』
!? 安置、三体。まさか。
「付喪神そのものが、此処に?」
『はい。もとは各地で別々に安置されていたものです。
この建物の完成に伴い、まとめて安置されました。』
慎重に数歩、棚の前へ。
棚の上には白い浄布で包まれたものが3つ。
「これが、付喪神。結界も無しに安置しているんですね。」
『祟りをなした訳ではありませんので。』
「でも、このままでは。」
『既に役割を失い、人との繋がりも絶たれました。
このまま、ゆっくりと力を失い、只の道具に戻るだけです。』
確かに、付喪神を生み出すのは人の想い。
人との繋がりが絶たれれば、当然、付喪神は力を失っていく。
ゆっくりと、静かな滅びへの道を辿る。
淡い照明、付喪神を包む白い浄布。連想されるのは...いや、違う。
この部屋に感じるのは、明るさと暖かさだけ。
一体、どうして?
「もしかしたら、夢。」 『夢、とは?』
「付喪神は、夢を見ているのかも知れませんね。
関わった人達と過ごした日々の夢を。」
数知れぬ人の想いが生み出した妖は、夢を見る。
関わってきた人々と過ごし、充実していた日々の夢を。
あの日、Sさんは言った。
『この鋏を使えば私の術も強化される』と。
付喪神の夢とSさんの術が一致するからだろう。
それが、それこそが付喪神の御利益。
あの茶碗の夢は、和菓子屋の商売と直接の関りが無い。
だから和菓子屋の主人、小次郎さんは言った。
『御利益が無くても商売を続けられる』と。
『包みを解いて【本体】を御覧になりますか?』
振り向くと、受付の女性が微笑んでいた。
「いいえ。万が一にも、夢路の邪魔をしたくないので。」
『そうですか。人とは、本当に不思議ですね。
あなたも。そして412年前、付喪神の扱いを進言した術者も。」
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「それで、どうした?ディナーの営業前に。
ずっと『特別扱いはイヤだ』って言ってただろ、珍しい。」
「珍しいとか...ご挨拶だな。もっとオレを労れ。
今日はたまたま仕事が早く終わったから来たんだぞ。
美哉と健二を預ける時間も短くて済むし。」
「だから言ってるだろ、オレは止めろ。もう何年目だ?」
「大丈夫、商談では使わないって。」
「商談では、な。でも保育園、幼稚園、小学校。PTAの行事で連発。
健二はともかく、美哉がオレっ娘になったのは誰のせいだ?第一、お前が」
「スト~ップ!説教は止めろ、料理が不味くなる。
折角、高木の八宝菜を楽しみにして仕事頑張ったのに。酷い、よ。」
「八宝菜、か。」
「高木がスカウトされて、中華料理の修行を始めて。
『これだけは何とか形になった』って、食べさせてくれただろ。
オレ、嬉しくて。だから仕事が大変な時は、八宝菜が食べたいんだよ。」
「仕事、辛いのか?この店のために、俺が抜けたから...御免。」
「違!違うって!! 商売繁盛で大変だけど、辛くは無いよ。
ええと、嬉しい悲鳴って奴?ほら、高木が育てた後輩は皆、優秀だから。」
「そうか。それなら、まあ。」
「それよりさ、やっぱり美味いな。高木の八宝菜。」
「新しい道を開くきっかけをくれた料理だけど、不思議だよな。」
「不思議って、何が?」
「学生時代から自炊はしてたけど、料理が得意って訳じゃなかった。」
「そう、なんだ。オレはてっきり。」
「修行中、世話になった新●さん。憶えてるだろ?」
「うん。この店の前の、『☆々軒』の店主と親友だったっけ。
強面だけど、優しかったよな。ツンデレっていうか。」
「それはお前が...いや、それは良い。
新●さんが最初に教えてくれた料理のうち、八宝菜だけは上手く作れた。
何て言うか、まるで俺の身体に乗り移った誰かが作ってるみたいに。」
「おい、高木。まさか。」
「新●さんにも言われたんだよ。
八宝菜を作ってる俺の姿が、『☆々軒』の店主にそっくりだって。
一番得意な料理が、八宝菜だったらしい。」
「不意打ちで怖い話...ホントに止めろよな。泣くぞ。」
「全然怖く無いよ、不思議な感覚ってだけで。
今でも八宝菜作ってる時は凄く気分が良いんだ。
安心感っていうか、楽しい夢の中にいるみたいな。」
「高木が、こ、怖くないなら、良いけどさ。」
「ああ、そうだ...これ、プレゼント。」
「プレゼントって、何の?」
「俺達が付き合って二十年目記念、だから来てくれたんだろ?」
「何、で...」
「十年前は気付いてやれなくて御免な。
まだまだ店の事でテンパってて、頭が回らなかった。
気の利かない男だけど、三十年目記念も来て貰えるように頑張るから。」
「馬鹿。」 「ほら、ハンカチ。」
「高木は十分頑張ってるし、オレは幸せだよ。きっと、子供達も。」
「俺も幸せだよ。本当に、夢みたいだ。」
『付喪神(結)』了/『付喪神(完)』
本日投稿予定は2回、任務完了。
11/14 追記
今回に限らず、新作投稿後は沢山の『良いね』を頂いて来ました。
体調が思わしくなく、その都度御礼が出来なかった事をお詫び致します。
暫くの間、新作の準備を進めつつ、過去作の修正を進める予定でおります。
それと、久し振りに別系統の作品も投稿出来たら良いのですが。
そのためには、今日より明日が『良い日』で有りますように。




