6105 付喪神(中)④
申し訳有りません、体調を崩しておりました。
思えば昨年も、入院・手術は夏でした。
今回は短めの投稿となりますが、完結に向け頑張ります。
6105 『付喪神(中)④』
件の中華料理店で昼御飯を食べた日の深夜。
お屋敷の図書室で資料を調べ直した。
目的は当然、付喪神に関する記録の精査。
付喪神=壊れて捨てられ、怨みを持った古道具の妖怪。
それが俺の認識。しかし、Sさんは明確に否定した。
『エンタメ用の設定に過ぎない』
『その設定が正しいなら現代社会は付喪神だらけ』
言われて見れば、その通り。
どうして、あの時に気付けなかったのだろう。
既に、充分なヒントを貰っていたというのに。
『授業』で付喪神について聞いたのは、術者の修行を始めて間もない頃。
しかも、あの鋏の一件で俺自身が『授業』の成果を依頼主に説明した。
『壊れている訳ではないので、塚を作って供養する方法は使えません。』
『それまで御利益をもたらしていたとしても、
ちょっとしたきっかけで怖ろしい祟りをなす存在に変化してしまう。』
そもそも。
壊れ捨てられた古道具が怨み故に付喪神に変化するなら、
『御利益』をもたらす道理がない。当たり前の話だ。
数時間後。
何とか一件だけ、付喪神に関する記録を見つけた。
室町時代から続く和菓子屋に伝えられていた茶碗についての記録。
『茶碗之付喪神・顛末』、記録の日付は約400年前。
耳の奥に響くノイズ、不快感。一瞬の後、通い路が開く。
『智慧と記憶の管理者』のデータベースへ。
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「春菜。」 「なあに?」
「今日も御札と弊か、つまらんな。全く、つまらん。」
私の手元を一瞥して窓の外に視線を戻したのは、式。名は『霧鷹』。
その名からは想像できない、小さな身体。まるで百舌のような。
何より、主たる術者を呼び捨てにする式なんて、他にはいないだろう。
聞こえないように、小さく溜息。
「そんな風に言わないで。これでも、有り難い飯のタネなんだよ。」
「春菜の身体が治るまでは、この宿で。それは承知している。」
偉そうに、窓の外を眺めて小さな胸を張る。何とも、愛らしい。
「それより、気を付けてよね。万が一、お前が喋るのを誰かに聞かれたら。」
「そんな下手は打たん。良い加減、我を」
不意に、気配が変わる。
「どうした。」 「今までとは違う。爺の、何かが。」
背筋が冷える。
討ち漏らした敵が態勢を整え、追ってきたのだとしたら。
相手をするだけの力は、未だ戻っていない。
「敵、かな?」
返事の代わりに、肩の上。微かな重さの後、耳たぶに鋭い痛み。
「敵?討ち漏す訳が有るまい。そこまで我を侮るか。」
「御免、御免ね、堪忍して。痛い、痛いから。」
「もし、春菜様。」
襖の向こうから、低く渋い声。
次の瞬間。肩の重みと耳たぶの痛みは消えた。
「春菜様、宜しいでしょうか?」
「あ、はい。どうぞ、中へ。」 「失礼致します。」
声の主は喜兵衛さん。
先の戦いで傷つき疲弊した私を助けてくれた。
『馬鹿を言え。あの日、卒中で死にかけていた爺を助けたのは我等ぞ。』
○話で伝わる霧鷹の声。
確かに、その通りだけど...
もう2月近く一番良い部屋を提供してくれているし。
『2月もの間、なんだかんだと雑用を引き受けている。割に合わぬな。』
スルスルと襖が開く。床に頭を擦り付けるほど、丁寧な礼。
うん、やっぱり喜兵衛さんは良い人だよ。
「依頼の御札と弊、仕上がってます。
受け取りの時間が少し早いようですが、何か問題でも?」
「はい。実は...先程、隣の村から急ぎの使いが来まして。」
「急ぎの使い、ですか?」
霧鷹は窓に止まったまま。何となく、嫌な予感がした。
『付喪神(中)④』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




