5904 禁忌(下)
黄砂の襲来後体調を崩し、更新が滞っております。
どうか気長にお付き合い頂ければ幸いです。
5904 『禁忌(下)』
朝。窓の外は未だ、薄暗い。
顔を洗い、歯を磨く。翠は熟睡中。
年齢相応の不安定さは仕方ない。
しかし、上手く集中出来れば姫さえも凌駕する、翠の感覚。
『祟りじゃ無い』 『何かを隠してる』
翠が感知した事に間違いは無いだろう。それなら、この事件の真相は...
例えば、移住者2人のトラブルが原因の殺人事件?
いくら田舎に憧れて移住してきたとしても、根は都会育ちの青年達だ。
田舎故の不自由な暮らし。濃密な近所付き合いや、村独自の習慣。
溜まりに溜まったストレスが2人の関係を悪化させた。
そして、先月の27日夜。
飲酒・口論の末、●木健雄が◆川直樹を鈍器で殴打。
更に、意識不明の◆川直樹を禁足地を抜けた崖まで運んで投げ落とした。
殴打の痕跡は落下による損傷に紛れ、検死でも識別不能。
...これは駄目だ。
検死で殴打の痕跡を識別出来るかどうかはともかく。
●木健雄が錯乱したまま、現在も人事不省の理由を説明出来ない。
犯行後の興奮を抑えようと、何らかの薬物を?
いや、尿検査でも血液検査でも、薬物は検出されなかった。
そもそも、自由にLSDや麻薬を手に入れる術を持つ人間なら、
回復出来ない量の薬物を無計画に摂取する筈が無い。
窓の外、空が明るさを増している。直ぐに、翠が目を覚ますだろう。
取り敢えず、思考を中断。
既に得た情報、これから得られる情報。
それらを解析する俺自身の『才』。
全てを総動員して、翠を補佐する。
深く息を吸い、集中。何よりも、俺自身を覚醒させなければ。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
前を行くマイクロバスを追い、ロー○スのハンドルを握っている。
マイクロバスには乗っているのは村の代表、昨日の4人。
それに消防団員5人。先月28日、捜索にあたったのと同じメンバーだという。
運転手を加えて、計10人。
翠と俺が乗ったとしてもマイクロバスの定員には余裕が有ったが、
敢えてロー○スでの移動を選択した。事後、一刻も早く離脱するためだ。
翠の言う通り、事件の原因が祟りではないと仮定する。
依頼人は村長さん達、4人は祟りでは無いと知っていた。
しかし、合議の上で『上』に御祓いを依頼した。
村の人達を安心させるために、或いは移住者募集への悪影響を避けるために。
これなら大した問題ではない。
形だけ、御祓いの儀式を執り行えば足りる。
当然、マイクロバスに同乗しても問題無い。
しかし、事件の原因が殺人だとしたら...
依頼の目的は殺人事件の隠蔽、そのために祟りの存在を騙った。
これは『虚偽の依頼』。
俺達一族に対する大罪で、報復の対象となる。
昨夜、Sさんに途中経過を報告済みだ。
今頃『上』が報復の内容と時期について検討を始めているだろう。
それを告知するのは翠の、いや、俺の役割。
事後、マイクロバスで和気藹々と村役場に戻る事など出来ない。
一刻も早く、この地を離れなければ。
勿論。依頼人が逆上し、俺と翠を拘束しようとしても無駄。
管さんや鵬の力を借りれば、排除するのは簡単。
ただ...鵬はともかく、管さんは翠の事になると抑制が効かない。
一切の手加減無しで苛烈な対応を。それが、どんな惨事を招くか。
つまり、後始末が途轍も無く面倒になる。
俺の術で追っ手を足止め、翠を連れて逃げる。それが最上の策だ。
死傷者が出なければ、『上』の後始末もかなり楽になるだろう。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
村役場を出発して約10分、マイクロバスが止まった。
未舗装の広場、その先は急な斜面。山の中へ細く伸びる道。
まるで葬列のように黙ったまま、俺達は道を辿った。
暫く歩くと傾斜が緩やかになった。道の両側に杉林、薄暗い。
更に数分、道の右側。
杉林の中に、短く切られた丸太が整然と並んでいた。
「あれは?」
俺の言葉に振り向いたのは村長さん。
「ああ、ホダ木です。シイタケの原木栽培ですね。」
そうか。確か、そんな話を、昨日。
「じゃあ、此処が。田◇さん夫妻の。」
「はい。シイタケの原木栽培は村の主要な産業でしたが、
過疎化に伴い衰退。今残っているのは此処だけです。
でも、田◇さん夫妻のシイタケ、質は最高級。
『あの2人が後継者になってくれたら』と期待していたんですが、
よりにもよって、あんな事に...全く。」
突然、軽い目眩。 足がフラつく。
「Rさん、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。運動不足で、お恥ずかしい。」
「少し休憩した方が。」 「いいえ、大丈夫です。それより。」
「はい?」
何故、その言葉が俺の口から出たのか分からない。
しかし今なら断言出来る。それは一種の『天啓』。
『田◇さん夫妻のシイタケも、年始の捧げ物に?』
次の瞬間。山道を辿る一行が全員、息を潜めた。
村長さんも、明らかな狼狽。暫く口籠もった後で、ようやく。
「いいえ。キノコは捧げ物には致しません。
シイタケのホダ木栽培は昭和になってからで。
ええ、歴史が浅いですから...キノコは。」
その言葉を聞いて、頭の芯が冷たく冴えた。
すかさず、翠の表情を伺う。
俺を気遣うような態度とは真逆。俯いた顔に、悪戯っぽい笑顔。
間違い無い。それは、この事件の謎を解く鍵の1つ。
山道を辿ること更に数分、杉林が開けた。
すっかり落ち着きを取り戻した村長さんの声が響く。
「この先が禁足地です。」
『禁忌(下)』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




