5903 禁忌(中)②
5903 『禁忌(中)②』
「幾つか、確認したい事が有ります。」
真っ直ぐに、翠は村長と名乗った男性を見詰めていた。
しかし、こんな条件の仕事に翠を巻き込みたくない。
「翠様、不確定要素が多過ぎます。一旦戻って検討すべきかと。」
「控えて下さい。私は村長さんに、質問したいのです。」
冷たい口調とは真逆の、悪戯っぽい笑顔。
つまり、翠には何か、考えが有る。
翠が主役で俺は補佐役。設定上、翠を信じて対応するしか無い。
「...申し訳有りません。つい、出過ぎた真似を。」
「良いのですよ。私を、気遣ってくれたのですから。」
冷たい口調、感情を読み取れない笑顔。
俺は慣れているけれど、当然、他の人達は違う。
文字通り、小会議室の空気は凍りついた。村長さんの表情も硬い。
「祟りを受けた2人の御家族と、この村。何かトラブルは?」
「いいえ。むしろ、その、深く関わりたくない感じだったと聞いています。」
「御家族からは、事件の全容を解明したいという要望が無いのですね?」
「はい、今の所は。」
「では、もう1つ。2人の他に、祟りを受けた人はいますか?」
「いいえ、禁足地に侵入した2人以外には誰1人。」
「それなら、最悪の事態は避けられた。
2人は禁足地に立ち入ったけれど、
それで危険な存在が解き放たれた訳では無い。」
「勿論、そう解釈する事も出来ます。しかし」
「未だ私の質問は終わっていませんが。」
「あ...申し訳有りません。どうか、質問の続きを。」
「有り難う御座います。」
翠は小さく息を吸い、ゆっくりと言葉を継いだ。
「禁忌を冒して禁足地に立ち入った者だけが呪われる。
それなら、わざわざ陰陽師に対応を依頼する理由が有りませんね。」
一瞬、村長さんの表情が曇ったように見えた。
「今の所、祟られたのは2人だけ。しかし村の者達は怖れています。
『恐ろしい何かを解き放ってしまったのではないか』と、そして。」
村長さんの視線が翠から逸れた。
その先に...男性3人の中では一番若い、福祉課長さん。
「田◇さん夫妻が今回の件を気に病んで、体調を崩してしまいました。
実際、2人を悪く言う者達もいますし...勿論、2人に責任は無いのですが。」
「田◇さん夫妻?」
「はい。『お試し期間』のホスト役として2人を担当していた農家です。
禁足地に近い林で椎茸の原木栽培をしてまして、
2人は『お試し期間』が終わった後も、田◇さんの仕事を手伝っていました。」
「御祓いをしてもらえば村の人達も安心して、
田◇さん夫妻を悪く言う事も無くなる。成る程、分かります。」
村長さんが小さく咳払いをした。
「正直、村としての思惑も有ります。」
「と、仰いますと?」
「村としては、今後も移住者の募集と受け入れを続けるつもりです。
しかし移住希望者が村について調べたら、今回の件を知る事も有るでしょう。
インターネットやらSNSやら有りますし、とても隠す事は出来ません。
まあ今の所、良からぬ噂は拡がっていないようですが。」
「今回の事件を知った人から問い合わせがあったとしても、
『しっかり御祓いをした』という実績は好都合ですね。」
「はい。問い合わせには、そのように説明すれば良いので。」
話の筋は通っているが、情報不足の状況は変わっていない。
ただ、翠は落ち着き払っている。
「酷く錯乱したままだという...●木健雄さんは今どちらに?」
「県立病院に入院中していると聞いています。」
村長さんから署長さんに、翠の視線が移った。
「お会いしたいのですが、可能でしょうか。
実際に状況を拝見できれば、祟りをなした存在の予想がつきます。」
「今も面会謝絶と聞いていますが、
私が一緒なら担当の医者から話を聞くぐらいは出来るでしょう。ただ...」
署長さんが口籠もるのも無理は無い。
担当医との面談に翠を同席させるとしたら、どう説明すれば良いのか。
「大丈夫です。私の代わりに、補佐が話を聞いてくれれば充分ですから。」
「なら早速、病院に電話をしましょう。それで病院へは、この後直ぐに?」
「はい。病院で聞いた話を検討して、御祓いは明日。それで宜しいですね。」
「有り難う御座います。」
小会議室での話はそこまで。
署長さんの乗ったパトカーを追い、県立病院へ向かった。
担当医から話を聞き(俺は県警の刑事という設定)、
署長さんと別れて県立病院の近くに宿を取ったのは5時を過ぎていた。
ごく普通のビジネスホテル。
夕食と風呂を終え、翠はボンヤリとTVを見ている。
何か考え事をしているんだろう。こういう時は邪魔をしない方が良い。
ベッドに寝転んで、俺なりに考えを巡らせる。
担当医の話から得られた情報は僅か、村長さん達の話+αといった所。
勿論、その中で重要だと思った情報は翠に伝えた。
祟りなど論外、これは薬物摂取による事件。
担当医は当初そう考えていたという。
いわゆる『バッドトリップ』がもたらした最悪の結果。
●木さんは酷い錯乱、そして◆川さんは転落死。
しかし、尿と血液の検査ではLSDや麻薬等の薬物は検出されなかった。
結局、現在まで事件の原因は不明。
やはり禁忌を冒したために、祟りが...
その時、ベッドが揺れた。
「お父さん、何考えてるの?」
ベッドの端に腰掛けて、翠が俺を見詰めていた。
澄んだ瞳。
否応なく想い出す、『あの人』の面影。
眼を合わせたままでいると、胸の奥が痛くなる。
俺も身体を起こし、胡座をかいた。
「今回の依頼。事件の原因はホントに祟りなのかなと思ってさ。」
一瞬キョトンとした後、翠は小さな声で笑った。
「祟りなんかじゃない。お父さんも判ってると思ってたけど。」
祟りなんか、じゃ無い?
「でも、村長さん達の話は筋が通ってるでしょ。
祟りをなした存在を村の人達が怖れているから、御祓いをしたい。
それに、ええと...田◇さん夫妻のため。不自然な所はない、よね。」
「でも、祟りじゃない。絶対。」
「未だ禁足地や祠を見てないのに、どうして。」
「今日話した人達、誰も怖がってなかった。」
!? そうか...
『村の人達が』 『田◇さん夫妻が』 『移住者募集が』
確かに、恐怖の感情は感じなかった。
あの4人も村の住民、祟りは決して他人事じゃないのに。
『厄介な存在』の脅威に拘り過ぎて、感覚が鈍っていたのか。
「4人は嘘をついてる?」
「嘘をついたのは署長さんだけ、かな。
でも4人は協力して何かを隠してる。知られたくない事。」
もっともらしい依頼の理由。
今思えば、4人の説明は何度もリハーサルを重ねたかのような手際。
それに、村が『上』に支払う依頼の対価は少なくとも7桁の筈。
そこまでしてでも、隠したい『何か』。
「知られたくない事って、例えば?」
「明日、禁足地や祠を見たら分かるかも。あ、アニメ始まる!」
喜々として、翠はTVの前に戻った。
『明日、分かるかも。』
つまり今夜、これ以上の質問はNG。
『厄介な存在』がなした祟り、それだけでも気の重い依頼。
しかし、錯乱と転落死の原因が祟りでは無いとしたら...
管さんや鵬でなく、榊さんの力を借りる事になるかも知れない訳で。
ますます気が重くなった。
『禁忌(中)②』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




