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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第8章 2018
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5903 禁忌(中)② 

5903 『禁忌(中)②』


「幾つか、確認したい事が有ります。」


真っ直ぐに、翠は村長と名乗った男性を見詰めていた。

しかし、こんな条件の仕事に翠を巻き込みたくない。


「翠様、不確定要素が多過ぎます。一旦戻って検討すべきかと。」

「控えて下さい。私は村長さんに、質問したいのです。」


冷たい口調とは真逆の、悪戯っぽい笑顔。

つまり、翠には何か、考えが有る。

翠が主役で俺は補佐役。設定上、翠を信じて対応するしか無い。


「...申し訳有りません。つい、出過ぎた真似を。」

「良いのですよ。私を、気遣ってくれたのですから。」


冷たい口調、感情を読み取れない笑顔。

俺は慣れているけれど、当然、他の人達は違う。

文字通り、小会議室の空気は凍りついた。村長さんの表情も硬い。


「祟りを受けた2人の御家族と、この村。何かトラブルは?」

「いいえ。むしろ、その、深く関わりたくない感じだったと聞いています。」

「御家族からは、事件の全容を解明したいという要望が無いのですね?」

「はい、今の所は。」


「では、もう1つ。2人の他に、祟りを受けた人はいますか?」

「いいえ、禁足地に侵入した2人以外には誰1人。」


「それなら、最悪の事態は避けられた。

2人は禁足地に立ち入ったけれど、

それで危険な存在が解き放たれた訳では無い。」


「勿論、そう解釈する事も出来ます。しかし」


「未だ私の質問は終わっていませんが。」


「あ...申し訳有りません。どうか、質問の続きを。」


「有り難う御座います。」

翠は小さく息を吸い、ゆっくりと言葉を継いだ。


「禁忌を冒して禁足地に立ち入った者だけが呪われる。

それなら、わざわざ陰陽師に対応を依頼する理由が有りませんね。」


一瞬、村長さんの表情が曇ったように見えた。


「今の所、祟られたのは2人だけ。しかし村の者達は怖れています。

『恐ろしい何かを解き放ってしまったのではないか』と、そして。」


村長さんの視線が翠から逸れた。

その先に...男性3人の中では一番若い、福祉課長さん。


「田◇さん夫妻が今回の件を気に病んで、体調を崩してしまいました。

実際、2人を悪く言う者達もいますし...勿論、2人に責任は無いのですが。」


「田◇さん夫妻?」

「はい。『お試し期間』のホスト役として2人を担当していた農家です。

禁足地に近い林で椎茸の原木栽培をしてまして、

2人は『お試し期間』が終わった後も、田◇さんの仕事を手伝っていました。」


「御祓いをしてもらえば村の人達も安心して、

田◇さん夫妻を悪く言う事も無くなる。成る程、分かります。」


村長さんが小さく咳払いをした。


「正直、村としての思惑も有ります。」

「と、仰いますと?」


「村としては、今後も移住者の募集と受け入れを続けるつもりです。

しかし移住希望者が村について調べたら、今回の件を知る事も有るでしょう。

インターネットやらSNSやら有りますし、とても隠す事は出来ません。

まあ今の所、良からぬ噂は拡がっていないようですが。」


「今回の事件を知った人から問い合わせがあったとしても、

『しっかり御祓いをした』という実績は好都合ですね。」

「はい。問い合わせには、そのように説明すれば良いので。」


話の筋は通っているが、情報不足の状況は変わっていない。

ただ、翠は落ち着き払っている。


「酷く錯乱したままだという...●木健雄さんは今どちらに?」

「県立病院に入院中していると聞いています。」


村長さんから署長さんに、翠の視線が移った。


「お会いしたいのですが、可能でしょうか。

実際に状況を拝見できれば、祟りをなした存在の予想がつきます。」


「今も面会謝絶と聞いていますが、

私が一緒なら担当の医者から話を聞くぐらいは出来るでしょう。ただ...」


署長さんが口籠もるのも無理は無い。

担当医との面談に翠を同席させるとしたら、どう説明すれば良いのか。


「大丈夫です。私の代わりに、補佐が話を聞いてくれれば充分ですから。」

「なら早速、病院に電話をしましょう。それで病院へは、この後直ぐに?」

「はい。病院で聞いた話を検討して、御祓いは明日。それで宜しいですね。」

「有り難う御座います。」


小会議室での話はそこまで。

署長さんの乗ったパトカーを追い、県立病院へ向かった。

担当医から話を聞き(俺は県警の刑事という設定)、

署長さんと別れて県立病院の近くに宿を取ったのは5時を過ぎていた。



ごく普通のビジネスホテル。

夕食と風呂を終え、翠はボンヤリとTVを見ている。

何か考え事をしているんだろう。こういう時は邪魔をしない方が良い。

ベッドに寝転んで、俺なりに考えを巡らせる。


担当医の話から得られた情報は僅か、村長さん達の話+αといった所。

勿論、その中で重要だと思った情報は翠に伝えた。


祟りなど論外、これは薬物摂取による事件。

担当医は当初そう考えていたという。

いわゆる『バッドトリップ』がもたらした最悪の結果。

●木さんは酷い錯乱、そして◆川さんは転落死。


しかし、尿と血液の検査ではLSDや麻薬等の薬物は検出されなかった。

結局、現在まで事件の原因は不明。


やはり禁忌を冒したために、祟りが...

その時、ベッドが揺れた。


「お父さん、何考えてるの?」

ベッドの端に腰掛けて、翠が俺を見詰めていた。


澄んだ瞳。


否応なく想い出す、『あの人』の面影。

眼を合わせたままでいると、胸の奥が痛くなる。

俺も身体を起こし、胡座をかいた。


「今回の依頼。事件の原因はホントに祟りなのかなと思ってさ。」


一瞬キョトンとした後、翠は小さな声で笑った。


「祟りなんかじゃない。お父さんも判ってると思ってたけど。」


祟りなんか、じゃ無い?


「でも、村長さん達の話は筋が通ってるでしょ。

祟りをなした存在を村の人達が怖れているから、御祓いをしたい。

それに、ええと...田◇さん夫妻のため。不自然な所はない、よね。」


「でも、祟りじゃない。絶対。」

「未だ禁足地や祠を見てないのに、どうして。」


「今日話した人達、誰も怖がってなかった。」


!? そうか...

『村の人達が』  『田◇さん夫妻が』  『移住者募集が』

確かに、恐怖の感情は感じなかった。

あの4人も村の住民、祟りは決して他人事じゃないのに。


『厄介な存在』の脅威に拘り過ぎて、感覚が鈍っていたのか。


「4人は嘘をついてる?」

「嘘をついたのは署長さんだけ、かな。

でも4人は協力して何かを隠してる。知られたくない事。」


もっともらしい依頼の理由。

今思えば、4人の説明は何度もリハーサルを重ねたかのような手際。

それに、村が『上』に支払う依頼の対価は少なくとも7桁の筈。

そこまでしてでも、隠したい『何か』。


「知られたくない事って、例えば?」

「明日、禁足地や祠を見たら分かるかも。あ、アニメ始まる!」


喜々として、翠はTVの前に戻った。


『明日、分かるかも。』

つまり今夜、これ以上の質問はNG。


『厄介な存在』がなした祟り、それだけでも気の重い依頼。

しかし、錯乱と転落死の原因が祟りでは無いとしたら...

管さんや鵬でなく、榊さんの力を借りる事になるかも知れない訳で。

ますます気が重くなった。


『禁忌(中)②』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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