0405 入学式と卒業式(下)①
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
読んで下さっている方々からの反応は、
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0405 『入学式と卒業式(下)①』
リビングで夕食後のコーヒーを飲んだ後。
俺がテーブルを綺麗に拭き清めると、
Sさんは白い布で作られた小さな袋をテーブルの上に置いた。
光沢のある白い糸で美しい模様が刺繍されていて、
袋の口は赤い糸で縛られている。
「彼女の魂は、今この中に封印してあるの。一時的にね。
記憶を取り戻して、当然だけど彼女の怒りと哀しみの感情が爆発したから、
彼女の魂が悪しき縁に取り込まれないようにするにはこれしかなかった。」
袋の中には、あの日Sさんが校舎の屋上で掲げていた、
紙の人型が納められているのだろう。
「犯人達の末路と○本氏の愛情を彼女に伝え、
憎しみと哀しみの感情を鎮めてから、彼女の魂の封印を解く。
それで彼女にも道が開く、中有への道が。」
父親ですら彼女が被害者である事を知らなかった。当然、警察は動いていない。
「犯人達って、複数犯なんですね。ソイツ等はもう既に報いを受けていて、
その末路がどうだったのかを彼女に伝えるって事ですか?」
「犯人達が報いを受けるのはこれからよ。その所業にふさわしい報いを、ね。」
「私にやらせて下さい。」 姫が何時になく強い調子で言った。
「L、気持ちは分かるけど未成年の女の子に手を汚させる事は出来ない。
特に、あなたがR君と結ばれる前は絶対にそんな事させられないわ。
その代わり、報いの前に、この袋をあなたに託す。
彼女の意識と同調して、犯人達の末路を彼女に伝えて欲しいの。やって貰える?」
「はい、分かりました。」 姫は大きく頷いた。
「でも、どうやって犯人達を探し出すんです?手がかりはあるんですか?」
「校舎の屋上、あの場所には、飛び降りる直前の彼女の記憶が焼き付いてた。
衝動的に自殺を決めた瞬間、燃え上がった心の熱が記憶をそこに焼き付けたの。
その記憶を読み取ったから、彼女に何があったのか全部分かったわ。」
「犯人たちの名前、それにも電話番号も。
犯人の1人は今も当時と同じ電話番号を使ってる。油断してる証拠。
事件の真相を知ってる者がいる筈は無いって、甘く見てるのね。
式を飛ばして住所も突き止めたし、後は報いを受けさせるだけよ。
そうね、彼女の卒業式は5月3日だから、
その前夜祭にふさわしいイベントじゃない?」
Sさんの頬に微かな笑みが浮かんでいた。
鬼畜どもに苛烈な報いを与え、破滅をもたらす、絶対零度の微笑。
5月2日の午後、Sさんに指示された番号に電話を掛けた。
犯人の内、当時と同じ電話番号を使っている男。ソイツの名は『ノブ』。
発信音の後に続く呼び出し音。数秒の後、電話が繋がった。
「あんた、ノブだな?」
「知らない番号だな。お前誰だ?俺がノブなら何だってんだ。用でもあるのか?」
「お前、馬鹿だろ。用があるから電話してるんだよ。」軽く挑発する。
「うるせえ、俺は忙しいんだ。」 電話を耳元から離す気配。
俺は大きな声で彼女の名前を告げた。
「○本明美。」
ノブが電話を耳元に戻した。声を潜めて聞き返してくる。
「お前、何でその女の名前を知ってるんだ?用ってのはその女の事か?」
「俺は何でも知ってるよ。お前が兄貴分の『ヒデ』とつるんで、
彼女に何をしてたか、彼女は何故自殺したのか、他にも色々と、な。」
ひゅっ、と息を呑む音が聞こえた。数秒間の沈黙。
「それでお前、警察に話すつもりなのか?」
「警察に話すかどうかはお前達の態度次第だな。
お前と『ヒデ』に会いたいって、そう言ってる人達がいるんだ。
今夜、8時きっかりに、俺はその人達と『ヒデ』の部屋に行く。
お前も『ヒデ』の部屋に行って2人で待ってろ。
それからこちらは俺をいれて3人だ。
大事なお客様が座れるようにしとけよ。立ち話は御免だからな。」
「おい、ヒデさんの部屋に簡単に行ける訳無いだろ。
しかも今日すぐになんて無理だ。それにヒデさんの部屋って、
お前ヒデさんの部屋知ってるのかよ?」
「無理かどうかはお前等の都合だろ。そんなの俺には関係ないんだよ。
それに彼女を弄んでた時、お前等はいつでも2人一緒だった。
彼女についての話なのに無理だと言うほど『ヒデ』が馬鹿だとは思えんがな。」
「まあ、どっちにしろ、今夜8時だ。
『ヒデ』の部屋にお前等2人がいなければ警察に行くだけさ。
それにな、俺は『ヒデ』の部屋もお前の部屋も知ってる。
お前の部屋は狭いから『ヒデ』の部屋にしたんだ。
部屋だけじゃない。お前等の本名も知ってる。見張りもいるぞ。
今夜の内に高飛びしようとしたら即警察に通報、一巻の終わりだ。」
「おい」
「じゃ、今夜な。忘れるな。8時きっかりだ。」 電話を切る。
「こんな感じで良かったですか?」 「うん、上出来。R君、中々の役者ね。」
Sさんは、あの冷たい微笑を浮かべた。
午後7時50分。『ヒデ』の住むマンション近くの有料駐車場に車を停めた。
Sさんがハンドバッグからあの白い袋を取り出して姫に手渡す。
「L、お願いね。くれぐれも気をつけて。」 「はい、任せて下さい。」
8時きっかりに、俺は『ヒデ』の部屋のドアチャイムを鳴らした。
すぐにドアが開き、赤い髪の薄汚い男が顔を出した。 これは、『ノブ』。
「本当に来やがった。」
「俺は全部知ってるって、電話でそう言ったろ。ヒデも中にいるんだろうな?」
「いるよ...あと2人ってのはその女たちか?」
Sさんと姫を見て、ノブは目を細めた。下卑た薄笑い。救いようの無い下衆。
思い切りぶん殴ってやりたい衝動を俺は必死で抑えた。
「おい。大事なお客様をいつまで立たせてるんだ。さっさと案内しろよ。」
「入れ、こっちだ。」 ノブに続いて俺たちはヒデの部屋に入った。
部屋中に染み付いた煙草の臭いが鼻につく。
パチンコ屋の前を通った時のような、変に甘ったるい臭い。
込み上げる吐き気、姫も顔をしかめている。
趣味の悪いリビングルームのソファに男が座っていた。
高そうなスーツ、短く刈り込んだ髪。サッパリした外見だが、
内面から滲み出す悪意を隠すことは出来ない。
どす黒い、粘着質の悪意が、体全体にまとわりついている。
「ヒデさん、コイツ等です。」 「本当に来たのか。」
俺の後について部屋に入ったSさんと姫を見て、ヒデの表情が変わった。
コイツも同類だ。
彼女は自殺したのに、こんな腐れ外道どもがのうのうと...怒りに眼が眩む。
俺たちはヒデの向かいのソファに並んで座った。ノブはヒデの右隣に座る。
「初めに言っておくが、妙な気を起こすなよ。
電話で言った通り、この部屋には見張りをつけてる。
1時間経っても俺たちが出てこなかったら、即、警察に通報だ。」
もちろんハッタリ。Sさんにも言われたけど、俺、才能有るかも?
「お前、ヒデさんがどんな人か分かってそんな口聞いてるのか?
え?ヒデさんは組の若頭なんだぞ。その気になればお前等なんか。」
ノブが必死で凄んで見せるが、脅えは隠せない。微かに声が震えている。
「大体お前等何者なんだよ。俺とヒデさんがあの女に」
ヒデが右手の甲でノブの顔を殴った。空手でいう裏拳だ。
ノブが両手で顔を覆って俯く。押さえた手から赤黒い血がポタポタと滴った。
「余計な事喋るな、馬鹿が。録音されてたらどうするんだ。黙ってろ。」
成る程、コイツはそこそこ頭が切れる。
間違いなくあの娘の他にも被害者はいるだろうが
コイツの卑劣な脅しや小細工で被害者達は泣き寝入りさせられる訳だ。
「それで、お前等の目的は何だ?金か?お前等の持ってる証拠によっては
それなりの値で買い取っても良い。話が折り合えばな。口止め料って奴だ。」
「証拠なんて必要無い。私たちは彼女から直接聞いたんだから。」
初めてSさんが口を開いた。静かな口調だが、去年出会って以来、
これ程の怒りを秘めた表情のSさんを初めて見る。
「何度か彼女をこの部屋にも連れてきて...本当に最低ね。人でなし。」
「何とでも言えよ、死んだ人間から話を聞いたなんて、誰が信じるんだ?
それに証拠が無ければ警察も手は出せんぞ。」
ヒデの表情には安堵が混じっている。
「警察に任せるつもりなら、初めからそうしてる。」
「じゃ、目的は何だ。証拠が無いならこっちも考えがあるぞ。」
「報いを受けてもらう。お前達にふさわしい報いをね。」
「綺麗なお姉さんのお仕置きかい?楽しみだね。」
ヒデの顔に、あからさまな好色の表情が浮かんだ。つくづく哀れな男だ。
隣に座ったSさんから、ゾッとするような冷気を感じた。 始まる。
「本当は地獄に送ってやりたいけど、生身の人間は地獄には行けない。
だからって直ぐに殺すと私たちの気が済まない。
死ぬまでたっぷり苦しんでもらわないとね。」
「地獄?殺す?お前ら、一体...」 ヒデが警戒の表情でSさんを見る。
Sさんが上着のポケットに右手を入れた。
腰を浮かし掛けたヒデは、Sさんが取り出したものを見て、
呆れたように再び腰を下ろした。
「何だよ。そんな紙っ切れでどうしようってんだ。」
「こうするの。」
Sさんは小声で何事か呟いた後、掌に乗せた紙片に強く息を吹きかけた。
紙片は2枚、何の形かはわからない。
ヒデとノブに向かってひらひらと飛んで行く。
突然、ヒデとノブは目を見開いたまま動かなくなった。完全に硬直している。
2枚の紙片がそれぞれ2人の眉間に貼り付いた。
そして、まるで吸い込まれるように、消えた。跡形もなく。
「終わらない悪夢、地獄の夢。コイツ等の心の中の『悪意』、
今まで他人に向けられていた憎悪と侮蔑のエネルギーを悪夢に換え、
コイツ等の魂をその悪夢に封じた。自分たちの悪意が作り出した地獄の中で、
他人に与えてきた肉体の痛み、心の痛み、そして恐怖を味わってもらう。」
「終わらない悪夢。その中に囚われている限り、
コイツ等にとって『最も怖ろしい事』、『最も辛い事』がいつまでも続く。
本当の地獄へ行く前に、この世の地獄を体験してもらうの。
水も食べ物も口にできず、衰弱した肉体が滅びるまで、ずっとね。
ほら、そろそろだわ。」
硬直した男達の表情は恐怖に歪んでいた。
「よせ、俺は裏切ってない。俺は悪くないんだ。」
ヒデは何度も呟いたあと、弱々しい悲鳴を上げた。
「痛ぇ、痛ぇよ。止めてくれ。」
ノブは血にまみれた顔に涙をボロボロ流しながら呟いている。
「やめろ。来るな。」 突然笑い出して、また泣き出す。
「来るな、来るなよ。」
「あの紙はこの術の、代だったんですね。」
「今夜も冴えてるわね。じゃ、代を使った術を解く前に必要な事は?」
「代を破るか、燃やすこと、ですね?」
「ご名答。でも、この術の代はコイツ等自身の体内に封じた。
だからこの術は、コイツ等の肉体が焼かれるまで絶対に解けない。絶対にね。」
「このまま、食事も水も口にできないのでは、3日保てば良い方ですね。」
「運良くこのままなら、2日も保たない。」
運良くこのまま? どういう事だ。
「でも、もっと派手に悲鳴を上げるようになったら、
マンションの住人の誰かがが通報するでしょうね。
そしたら肉体は病院で拘束され、点滴や人工栄養のチューブを繋がれたまま、
その魂は地獄の夢の中をさまよい続ける。コイツ等にふさわしい報い。
まあ、最悪の恐怖は体に相当な負担を掛けるから、
それでも保って一ヶ月かそこら。それ位なら、
15年とか刑務所に入れるより税金の無駄遣いも少なくて済むでしょ。」
そういう事、か。
確かに通報されるのはコイツ等に取って最悪の展開。だけど。
「もし、通報、されなかったら。」
「もちろん私が通報するわ。警察にも沢山、知り合いはいるし。」
もうコイツ等に『幸運』が訪れることはない。
これまでの非道に対する、当然の、報い。
「ふふ、ふふふふふ。」 突然、笑い声がした。
姫、だ。いつの間にか立ち上がっている。
「良い気味ね。本当にいい気味だわ。」 頬を伝う、一筋の涙。
「私、嫌で嫌で堪らなかった。痛くて、辛くて、恥ずかしくて。
憎んで、気が狂うほど憎んだ。
この手でこの男達を殺してやりたかった。
でも、出来なくて、この男達の思うままに...」
Sさんも立ち上がり、姫の肩をしっかり抱きしめた。
「ごめんね、明美。守ってあげられなくて、助けてあげられなくて、ごめんね。」
違う、これはSさんの声じゃない。
「でも見えるでしょ? 今、この男達もあなたと同じく、
死ぬより辛い目にあってるの。
だからあなたを酷い目に遭わせたり脅したりする男はもういない、分かる?」
Sさんは、Sさんではない声で、一言一言言い聞かせるように話す。
姫は涙を拭って、小さく頷いた。
「それとね、明美が辛い思いをしたから、お父さんがすごく心配してるの。」
「お父さん...」 姫が顔を上げた。懐かしい記憶を思い出そうとするように。
その瞬間、Sさんは小声で何事か呟いた後、姫の頭を抱き寄せた。
姫の体がぐったりと崩れ落ちる。
「R君、お願い!」 俺は姫の体を支えて抱き上げ、ソファに横たえた。
姫の手から白い袋が落ちる。Sさんはそれを拾ってハンドバッグにしまった。
「さて、戦利品を持って帰らないと。」
Sさんはリビングの飾り棚の戸を開けて中を探った。
「やっぱり有った。」
重そうに取り出したのは大型の手提げ金庫だ。メモが貼ってある。
「こんな奴らはやましい方法で手に入れた現金や貴金属を大抵自宅で保管してる。
簡単だろうとは思ってたけど、開け方のメモまであるし、
予想通り過ぎてちょっと拍子抜け。」
Sさんがメモを見ながら手早くダイヤルを廻すと、あっけなく金庫の蓋が開いた。
中には沢山の札束、指輪やブレスレットなどの貴金属類、
それに大きな封筒が幾つか。
Sさんはハンドバッグの中から折りたたまれた某デパートの紙袋を取り出した。
広げた紙袋に金庫の中身を手際よく放り込んでいく。
「お葬式をやり直す事になるかも知れないし、○本氏にはお金が必要だわ。
遅くなったけど、れっきとした慰謝料。これで良し。
すごい事になってきたから、さっさと引き揚げましょ。」
男達が失禁したせいで部屋中に耐え難い悪臭が満ちてきていた。
姫を抱いたままマンションの出口に向かう途中で、
マンションの住人と鉢合わせになった。心配そうに声を掛けてくる。
「あの、その人大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫です。知人の部屋でパーティーしてたんですけど、
妹が間違って僕のお酒飲んで、酔っぱらっちゃって。
心配なんで早目に連れて帰る所なんですよ。」
「そうなんですか。気を付けて下さいね。」 「どうも。」
何とかやり過ごした。
「全く、役者なんだから。」 Sさんの微笑に温もりが戻っていた。
「そういえばさっきのSさんの声って。」
「ああ、私、声色は結構得意なの。」
「声色?物真似って事ですか?」 「そう、彼女の母親の声。」
「彼女は飛び降りる瞬間、母親の事を思い出してた。怪我をして泣いてる時、
手当てしながら慰めてくれた母親の、優しい顔と温かい声をね。」
この人は...本当に、底が知れない。
『入学式と卒業式(下)①』了
本日投稿予定は1回、任務完了。
明日は『入学式と卒業式(下)②』と『入学式と卒業式(結)』2回投稿。
『入学式と卒業式』は完結の予定です。