5901 禁忌(上)
新作、『禁忌』投稿開始します。
(上)は短めですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
5901 『禁忌(上)』
「新規の、しかも地方自治体から。そんな依頼が有るんですね。」
陰陽師は裏方、表沙汰に出来ない仕事を担う。
長い付き合いが有る自治体なら、毎年恒例の依頼も珍しくない。
俺自身が、その依頼に応えるために出向いた事も。
けれど。
それ等は季節毎の行事に関わるもので...言葉は悪いが、惰性というか。
現代社会では自治体と宗教行事の関わり自体に、厳しい眼が向けられる。
そんな状況で『新規』の依頼なんて有り得ないだろう。
そう思っていたのに。
『上』から届いたFAX用紙に眼を通しながら、Sさんは頷いた。
「確かに、これは特殊な依頼ね。」
依頼主は、隣の、更に隣の県の外れ。過疎の問題を抱えた村。
全国から移住者を募り、村興しを企画している途中で起きたトラブル。
原因は、移住者の一部が集落の禁忌を冒した事だと言う。
不心得な若者や余所者が集落の禁忌を冒して破滅的な結果を招く。
ホラー映画やネット上の怪談なら、ありふれた筋書きかも知れない。
しかし、普通に考えれば有り得ない設定だと分かる。
「そんな簡単に、古い集落の禁忌を冒せるとは思えませんが。」
古い集落の、決して冒してはならぬ禁忌だとしたら...
当然、只事ではない。例えば封印された強力な悪霊、あるいは邪神。
その脅威が大きければ大きい程、封印の場所は厳重に隠されている筈だろう。
一族の管理下でも、そういった場所は厳重に管理されている。
地元民でも、増して移住者のような余所者が、
そんな封印にアクセス出来る筈が無い。
しかし。
顔を上げたSさんの視線は、FAX用紙から窓の外へ。
「この件を『上』が見逃せない理由。
実際に犠牲者が出てるの。死者が1人、生き残ったけど酷い錯乱状態の1人。
とても歴史の古い集落だし...
万一、『上』の記録にも残ってない『厄介な存在』が関わっていたら。」
...『厄介な存在』?
一族の加護と相性が悪いとしたら、蛇神とか?
姿形は龍に近い系統だが、その出自は更に旧いとも言われる。
そもそも、俺達一族と相性が悪いだけでは無い。
アダムとイブの神話に見られるような、『誘惑』と『堕落』の象徴。
例外的に、
例えば瑞紀ちゃん達の系統では、『護り神』として祀られる事も有るが。
「私か、Lが一緒に行けたら良いけど...」
Sさんはともかく、今回、姫は駄目だ。絶対に。
妊娠の兆候、それが分かったのは数日前。この依頼を受ける前だった。
「僕が精一杯、頑張りますから。」
「今回の依頼は特別。万一の事態を想定して万全に対応しないと。
だから、強がる必要はない。管と鵬を同行させるから。」
管さんと鵬が同行、と言う事は。
「待って下さい。まさか翠を...」
「何が『まさか』なの?翠は昨年末、正式に裁許を受けた術者。
それに翠とあなたとの相性は抜群。今回の依頼には最適の組み合わせでしょ。」
翌々日、俺と翠は件の村へ向かっていた。
翠は助手席で熟睡。だから、管さんと鵬の気配は感知出来ない。
翠が『覚醒』するまで、どちらも活動する事はないから。
助手席のヘッドレストに頭を預けた寝顔。
『可愛らしさ』から『美しさ』へ移り変わる輝き。
それは『あの人』の幼い頃と、共通している魅力だろうか。
そんな事を考えながら、目的地に近付いていく。
そして...
ナビの、無機質な音声が響いた。
『前方、600m。目的地。
繰り返します。前方、600m。目的地です。』
『禁忌(上)』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




