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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第7章 2017
245/279

5803 呪物Ⅱ(下)①

ここ数日体調が良いので、想定越えのペースで投稿。

お楽しみ頂ければ幸いです。

5803 『呪物Ⅱ(下)①』


深夜のキッチン。

マグカップのホットミルクにウイスキーを少し。

3つのマグカップを載せたトレイを持ってリビングへ。


Sさんと姫が『上』から届いたFAXに目を通していた。


呪物だというウイスキーの件、◆◎商会からの依頼。

俺が現地の醸造所に向かうのは明日。

依頼からの時間は短かったが、しっかり調査して間に合わせてくれた。

毎度毎度、『上』の情報網には驚かされる。


「その醸造所を造ったのは○木政夫。

34歳で商社を脱サラ、独立して商社を設立。

成功して財を成すも50歳で商社を売却。

その後5年間かけて世界各地を旅行。

スコットランド、カナダ、アイルランド、忙しい人ね。」


「全部ウイスキーの産地ですか...ウイスキー醸造の修行を?」


「そう。2007年に日本に戻って醸造所を建てた。

事故死したのは2016年だから、去年の12月。」


「遺産を相続したのは▽方俊樹、○木政夫さんの甥です。

一人っ子で高校生の時に母親が、大学生の時に父親が病死。

それ以来、○木政夫さんの援助を受けていたんですね。

そして○木政夫さんは独身、子供がいないので相続人に。」


「○木政夫さんの遺産はどの位?」

「醸造所は小規模過ぎて売却は難しいみたいね。

ええと、醸造所の敷地を含む山林の評価額が・・・」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


東北地方でも有数の空港。

到着ロビーを出たところでRさんが立ち止まった。


「失礼、トイレに行ってきます。ちょっと待ってて下さい。」


戻って来たRさんは黒縁の眼鏡をかけ、髪型をオールバックに。

これ、どういう事? まさか、●村さんの変装?

確かに●村さんは何時も黒縁の眼鏡でオールバック、だけど。


「似合いませんか?」


「良く、似合ってます、よ。」

チーフは笑いをかみ殺している。


「じゃあ大丈夫ですね。行きましょう。」

『大丈夫』って、何が?あんなの見破られるよ、絶対。

でもRさんは颯爽と待ち合わせ場所へ...この人、やっぱりズレてる。


待ち合わせ場所は到着ロビーに隣接したコンビニ、イートインカウンター。


イートインカウンターには数名の客。

●村さんは、今回の相談を持ち込んだ男性は30歳位だと言ってたから...

多分、あの人。Rさんはその男性に近付いて右手を差し出した。


「▽方さん、お出迎え有り難う御座います。」

反射的に差し出した男性と握手。更にRさんは左手を重ねた。


『●村です。お久しぶり。』


男性はRさんを見詰めたまま、無言。やっぱり無理だよ、あの変装。

別人だと見破られたら、調査どころじゃ無いのに。

だけど次の瞬間、男性の表情が緩んだ。


「ああ、●村さん。御足労頂き、感謝です。」


ちょっと待って。

この男性が◆◎商会に相談を持ち込んだ人、▽方俊樹さん。

でも、どうしてRさんに『●村さん』と。


「ウチの社長の指示ですから、お気になさらず。

こちらの2人は橘◆香さんと橘☆葉さん。

御二人はウイスキーの専門家なので、同行を御願いしました。

今日、これから醸造所に案内して貰えるんですよね。」


自然に、普通に。Rさんは▽方さんと話している。

...ああ、そうか。陰陽師の術。

▽方さんには、Rさんが●村さんに見えているんだ。


「はい。私の車で一時間位ですが、大丈夫ですか。」

「勿論です。現地を見せて貰った上で、出来るだけの事をさせて貰いますよ。」

「本当に、本当に感謝します。」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


助手席のRさんと運転席の▽方さんは他愛の無い世間話。

短い時間で、2人はすっかり打ち解けたようだ。

チーフと私は後部座席、チーフは爆睡中。緊張感ゼロ。

呪物の調査なのに、大丈夫なんだろうか。


車は快調に進む。市街地から郊外、更に農村へ。

ナビを見てる様子はないけど、土地勘が有るのかな。

と思ったら。


「▽方さんは何時から○◇県に?」

Rさんの言葉に、▽方さんは驚いた顔。


「一体、何故?」

「この車は○◇県のナンバー、レンタカーでもない。

だから▽方さんは○◇県在住。簡単です。」


「ビックリしましたが...成る程。

そう、私は18歳の時、進学のため○◇県に。◎▲大学です。

居心地が良くて、大学卒業後こちらで就職しました。それ以来、ずっと。」


「伯父上、○木政夫さんが醸造所を造ったのは、あなたが大学在学中?」

「はい。いきなり大学の寮を訪ねてきて、『この県に醸造所を建てるぞ!』と。

初めて話を聞いた時はもうビックリで。」


「伯父上は、日本中、醸造所を造る場所を探していたんですか?」

「東北・北陸・北海道辺りに絞って探していたようですね。」

それが○◇県だったのは全くの偶然と言いますか。」


「立ち入った事をお聞きしますが、

相続税で難儀する位なら、相続放棄という選択肢も有ったのでは?」


「お恥ずかしい話ですが、相続税を詳しく知らなかったんです。

それに、大学在学中から時々、伯父の手伝いをしてましたから...

何処の誰か分からない人には醸造所を渡したくないと思いました。

結果、1千万越えの相続税。もう、どうしたら良いか。

文字通りのパニックでしたよ。

それで伯父の知人、◆◎商会の社長さんに相談したという訳で。」


「伯父上の造ったウイスキーを売却してでも、醸造所を守りたいと?」


「実は、相続税だけなら、伯父が残した預金で納められます。

ただ預金を使い切ってしまうと、醸造所と山林の固定資産税を捻出できません。

ウイスキーを売った代金を相続税に充てられたら、

伯父の預金で15年位は固定資産税を納められます。

15年も有れば、そのうち伯父のような人が現れるかも知れません。

出来れば、そんな人に醸造所を引き継ぎたいと思いまして。」


自分の、ひねくれた心が恥ずかしい。

今の今まで、この件は遺産目当ての殺人じゃ無いかと疑ってた。

でも、それは全くの見当違い。▽方さんは、良い人。


「あ、見えてきましたよ。この先、あの山林です。」



クネクネと登っていく細い山道。秘境を訪ねるTV番組みたい。

15分程走って、頑丈そうなフェンスが見えてきた。

車を駐め、▽方さんは大きな門扉を開けた。


「ここが、伯父の残した醸造所です。」

建物の傍に移動した車から降りる(チーフはフェンスの近くで起こした)。


思っていたより立派な、木造の建物。何だか見覚えが。

...そうか、チーフが整備した『隠し窯』に雰囲気が似てるんだ。

鬱蒼とした山を背にして、大袈裟な煙突も。



建物に入った途端、チーフの目が輝いた。


「これは凄い。ドイツ製の単式蒸留器、ハンドメイドの逸品。

それで▽方さん、ウイスキーの貯蔵庫は何処ですか?」


「あ...ああ、この奥です。」

チーフが▽方さんの後を追う、慌てて、私も。


ずらりと並べられた樽。

大きいのと小さいの、2種類。100個くらい有りそう。

チーフはそっと樽を撫でて、鼻を近付けた。

...何て言うか、ウットリした表情。


「材質はミズナラ。ええと、2008の焼き印があるから、これが8年熟成。

と言う事は、此処から順に奥へ2009・2010...やっぱりそうだ。」


「あの、橘さん?」

「樽の数と状態を調べさせて頂きます。ああ、お構いなく。

20分位で済みますから、蒸留室でお待ち下さい。☆葉君、君もだ。」


そのまま背中を丸めて樽を調べ始めた。

何処から取り出したのか、小さな手帳に凄い勢いでメモしていく。

こうなると誰の声も耳に入らない。


「▽方さん、私達は外へ。」 「はい。」


蒸留室に戻った時、気付いた。Rさん、貯蔵庫にいなかったよね。


「▽方さん、ちょっとこちらへ御願いします。」

心臓が止まるかと思った。全く、何てタイミング。


▽方さんと2人、Rさんの声が聞こえた場所へ。

蒸留室の隅でRさんが片膝を着いていた。

その前には、大きな神棚。


『呪物Ⅱ(下)①』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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