5501 まよひくら(上)
新作投稿開始です。
出来れば、クリスマスに合わせて次作の投稿まで頑張りたいのですが。
5501 『まよひくら(上)』
「18番、◎。◎、希一。」
「はい。」 「お~、良く頑張ったな。今まで一番良い点数だ。」
ドキドキしながら、答案用紙を受け取る。
92点...よっしゃぁぁああ!
最高記録!!頑張って、良かった。家へ帰る足取りも軽い。
きっと母さんも、父さんも喜んでくれる。
「凄いじゃない、92点って、最高記録でしょ?」 「うん、まあ。」
「豚カツ、買ってきて良かったな~。今夜はお祝いね。」
めっちゃ、嬉しい。
その時、玄関から声が聞こえた。
「ただいま~。」 真次だ。母さんが玄関へ。
「お帰り。」 「うん。」
「テスト、どうだった?」 「前と同じだよ、ほら。」
「また、100点。凄~い。」 「でも、前と同じだよ?」
「それが、凄いの。もう何回連続?」 「数えてない、けど。」
「じゃ、お祝いね。豚カツ用意してるけど、ま~君は、やっぱりナポリタン?」
「それだと、嬉しいな。」 「分かった!」
真次と比べられる訳じゃ無い。
『希一は、なんで100点取れないの?』って聞かれる訳でもない。
今日もちゃんと大好きな豚カツ。でも、胸の奥が痛い。
豚カツはスーパーのお惣菜だけど、ナポリタンは母さんの手作り。
それだけじゃ無い。進級して、クラス開きの度に...
『◎、希一...ああ、真次君のお兄ちゃんか、頑張ってね。』って。
きっと、みんな良い人。それだけは間違いない。
母さんも、父さんも、先生達も。そして、真次も。
何だか変な気分になるのは、僕が悪いんだよ。100点が、取れないから。
兄弟なのに、何で、こんなに違うんだろう。
今年の夏休み。父さんと2人で、おじいちゃんちに行った。
真次はピアノの発表会の準備があったから、母さんと居残り。
「何で僕は行けないの?」って、真次は泣きそうになってたけど。
仕方ないよね。僕はピアノ弾けないし。
でも、何だかモヤモヤする。何で、僕はピアノ、弾けないんだろう?
だからお風呂で、おじいちゃんに聞いてみたんだ。
「兄弟なのに、何でこんなに違うのかな?」
「違うって、何が?」
「真次はピアノの発表会で来られないのに、僕はピアノ弾けないから。」
おじいちゃんは優しく微笑んだ。
「2人ともピアノが上手だったら、
じいちゃんとばあちゃんは夏休みに孫に会えないぞ。」
う~ん、それはそう、だけど。
「希一が生まれた時、皆、どれだけ喜んだと思う?」
「え?」
「父さんと母さんには子供が出来ないって話が有ってな。それで色々。」
「え?だって、僕も真次も。」
「だから色々有ったんだよ。でも二人が生まれてくれて本当に良かった。
今は、じいちゃんもばあちゃんも幸せだ。それで、それだけで良いだろう?」
「...うん。」
きっと、おじいちゃんの言う通りだ。
だけどやっぱり、何となく、モヤモヤする。
それから1週間たって、父さんは家に帰った。
僕が家に帰ったのは次の日の午後。
鍵を開けて家に入る。真次の発表会だから、家には誰もいない。
きっと今頃、発表会で真次が。
大丈夫。分かってるよ。
僕がピアノを弾けないから、父さんも母さんも気を使ってくれたんだ。
おばあちゃんが作ってくれたお弁当を食べて、部屋でゲームして。
そのうち3人が帰って来る。そしたら何もかも元通り。
明日からは真次と二人、夏休みの宿題をして。
ああ、みんなで海にも行きたいな。それから...
あれ?
いつのまに眠っちゃったんだろ。ベッドの上、タオルケット。
オシッコしたい。部屋を出てリビング、トイレはその先。
その時、身体と心が震えた。
リビングのソファ。
真次が、母さんの膝に頭をもたせ掛けて...眠ってる。
母さんは僕に気付いて、人差し指を唇に当てた。
優しい笑顔。
「ま~くん、発表会で疲れちゃったのね。凄く、頑張ってたから。」
心を覆う、暗い影。
黙ったままトイレに、そのまま真っ直ぐ部屋へ。
ベッドに身体を投げ出し、天井を見上げる。
もしも上手にピアノが弾けたら、僕もあんな風に、母さんに。
どうして僕は、僕だけが。
それから、どれだけの時間が経ったのか。
不意に、天井から『それ』が話しかけてきた。
『まよひくら(上)』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




