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0403 入学式と卒業式(中)①

R4/06/20 追記

此方にも「いいね」を頂きました。

読んで下さっている方々からの反応は、

投稿をする上で、何よりの励みになります。

本当に有り難う御座いました。

0403『入学式と卒業式(中)①』


入学式翌日。姫が初めて授業を受ける日。


約束通り、姫を高校に送るために、少しだけ早起きをした。

Sさんはお弁当を作っている。当分、送迎と弁当作りは分業制。

お弁当作りの邪魔をしないよう、そっと、おはようのキス。

コーヒーを飲みながら時間調整。それから姫の部屋へ。

高校生になったのだから、目覚まし時計を使って自分で起きる方が良い。

しかし、ただでさえ生活が大きく変わる訳だし、

いきなりそこまで要求するのは無理がある(と思いたい)。


我ながら甘いとは思うが、Sさんからも反対意見はなかった。

姫が自分から言い出さない限り、暫くはこの役目を務めさせて貰える筈だ。



「Lさん、そろそろ時間ですよ。」 姫の部屋をノックする。

「はい、おはよう御座います。」

少しの間をおいて返事が聞こえたので部屋に入った。

姫はベッドの上で体を起こしている。

まだボンヤリしているが、そこが何とも可愛い。

「おはよう御座います。」 「私、今日から高校へ行くんですね。」

「そうです。これからは毎日、あの制服が着られますよ。」

「はい...え、毎日、ですか?」


いや、土日でもほら、部活とか講座とか、そう、文化祭とか、ね。

セーラー服じゃ無いけど、あの制服も素晴らしいから。


3人で朝食を食べた後、皆で姫の持ち物を点検。やっぱり、過保護?

助手席に姫を乗せて出発。念のため少し早目に出たので道は空いている。

姫はずっと黙ったまま、窓の外を見ていた。

気のせいか、横顔が少し緊張しているように見える。

リサーチしておいた通り、高校の裏門近く、広い路肩に車を停めた。

運転席から出ようとしたら姫が俺の左手を掴んだ。

その目にうっすらと、涙。


「どうしたんです?」 「私、Rさんと...」

つい、俺も涙が出そうになる。でも、此処は我慢。

「学校が終わる時間に迎えに来ます。それまでお互い頑張りましょう。」

「Rさんも、寂しいんですか?」 

「あたりまえです。こんな長い時間離れる事、今まで無かったんですから。」

姫はハンカチで涙を拭いた。その頬に、そっとキスをする。

学校に行くこと自体が初めて、不安で寂しいのは無理もない。胸が痛む。


「ごめんなさい。私、大丈夫です。でも、もうちょっとだけ。」

姫は俺の肩に頭を預け、暫く目を閉じていたが、やがて背筋を伸ばした。

運転席から出て助手席のドアを開け、車を降りた姫に鞄を手渡す。

「行って来ます。」 「行ってらっしゃい。じゃ、あとで。」 「はい。」

少しだけ目は赤かったが、爽やかな笑顔。 これなら大丈夫。

小さく手を振りながら裏門をくぐる姿を見届けて、車を走らせた。


お屋敷へ戻ると、Sさんがリビングで新聞を読んでいた。

向かいのソファに座った俺を見て、Sさんは小さく溜息をつく。


「あらら、悄気た顔。やっぱり、Lと離れてるのが辛いのね。」

「今までは、ずっと一緒、だったんですから」

また、涙が零れそうになる。

「L、『学校行くのが嫌だ』って言ったの?」

「いいえ、Lさんは『大丈夫』って。でも何だかそれが余計に可哀相で。

もし、『Sさんはずっと一緒なのに』って言われたら、

どうすれば良いんだろうと思ってたんですけど。」


「馬鹿ね。Lはそんな事言わないわよ。」

「でも、Lさんだって少しは嫉妬するかも知れないじゃないですか。」

「嫉妬?」 「はい。」 「Lが、私に?」 「はい。」

Sさんは暫くキョトンとしたあと、笑い出した。

「こんなに想われてるのに、嫉妬なんかするはず無いでしょ。」

真顔に戻ったSさんは、自信満々の表情。


う~ん、今までも気になってたから、丁度良い機会かも知れない。


「あの、前から気になっていたんですけど。」 「なあに?」

「何ていうか、三角関係、ですよね。一族では珍しくないとはいっても、

SさんとLさんは、その、気まずい事になったりしないんですか?」

「今まで気まずい事になった事があった?」

「いや、今までは無かった、と思いますけど。」

「気を遣ってくれるのは嬉しいけど、

今までもこれからも、気まずくなんかならない。」

「でも。」 Sさんは人差し指で俺の唇を押さえた。


「じゃ、あなたは嫉妬してたの?」 「僕が、誰に、ですか?」

「私に許婚がいると思ってたんでしょ?その許婚に嫉妬、してた?」

「いいえ。許婚がいるかもしれない人とこんな関係になって、

後ろめたいと思ったことはありましたけど。嫉妬する気には。」


「嫉妬は、相手を独占したいと思う気持ちから生まれる。

自然な感情の1つだけど、夫婦や家族の結びつきを深めるのには邪魔。

その意味では『邪念』と言っても良い。」

「『邪念』、ですか?」 なかなか大胆な意見(個人の見解です)だ。


「あなたは今でも私を『Sさん』って呼ぶわね。どうして?」

「Sさんは本当に綺麗で、凄い人で。尊敬してるし、それに年上ですから。」

「好きな時に、そう、その気なら今だって抱ける。

『この女は俺のもの』だって思わない?」

「いや、むしろこの状況が夢じゃないかと、今でも時々心配になります。

Sさんが自分のものだなんて、とても。」


「そう、あなたは私を、これ以上無いほどに尊重してくれる。

術者の評価と待遇は能力次第だから、私たちの一族に男尊女卑は存在しない。

ただ、それに慣れてる私でも、あなたの心の動きには本当に驚かされる。

あなたは私を自分のものだと思ってはいない。だから嫉妬もしない。

Lについても同じ。最大限に尊重してるから、

年下なのに『Lさん』って呼ぶし、Lを自分のものだとも思っていない。


という事は、つまり。

「...Sさんも、Lさんも、僕を自分のものだとは思っていない、と?」

「独立した魂を持つ誰かが、別の誰かのものだなんて、

そんなこと絶対に、有る筈ずがない。」

Sさんは目を伏せて、自分の指先を見詰めた。呟くような声。


「どんな人にも天命がある。特に術者は、天命に忠実であるべきだわ。」


天命に忠実。それが魂の旅路の道標なら、夫婦や家族の意味とは何だろう。

いや、長い旅路の途中で出会い、結ばれる魂。それが『良き縁』なのか?


「それぞれの旅路の中で出会い、互いの魂が引かれ合うからこそ...」

「ご名答。まあ正直、私だって『呼び捨てにして欲しい』、

『あなたのものになりたい』って、思うこともあるけれど。」


Sさんは顔を上げた。悪戯っぽい笑顔。

「それにね、私、嫉妬した事も有るわよ。あなたの好きな人に。」

俺の、好きな人?いや、そんな筈は無い。だって俺は。

「嫉妬って...一体誰に、ですか?」

「名前は知らないけど、女優さん。

きっと、あなたの部屋に有ったDVDに出てる人ね。」


!? 顔から音を立てて血の気が引いた。

何故俺は、あのDVD(R18指定)の山を忘れていたんだ?


「ちょっと待って下さい。あのDVDは。」

「時間的な経緯からすれば当然だし、別に責めてる訳じゃないわよ。

でも、初めて一緒に過ごしたあの夜、あなたの心に彼女の姿が浮かんだでしょ?

『Sさんは彼女に少し似てる』って。

さすがにあれ、彼女に嫉妬しても罰は当たらないと思うな。」


「いや、それは...今、今は違いますよ。」

Sさんはふわりと立ち上がってテーブルを回り込み、俺の左隣りに座った。

「誰か別の女性を見た時、あなたが『Sさんの眼に少し似てる』とか、

『姫の横顔に似てる』って思う事、ちゃんと分かってる。きっとLも同じ。

私もLも、それがとても嬉しいの。

だから今は、DVDの彼女にも嫉妬なんかしない。

あ、でもLにはさすがに刺激が強すぎるわね。」


目の前が真っ白になった。きっと俺の顔も蒼白だったろう。


「あの、もしかして、LさんもあのDVDを?」

「まさか。セーラー服だけじゃなく、白衣の天使も好きだなんて、

Lにどうやって説明すれば良いのよ。」

思わず立ち上がった。

「そんな詳しく調べたんですか?中身は」


「もう、落ち着いて。Lに見られないように荷造りするの、苦労したのよ。

題名やパッケージの写真が見えたら困るでしょ。それに、半分以上が」


思わず耳を塞いだ。とんでもなく、恥ずかしい。もう滅茶苦茶だ。


「あ~あ~あ~、聞こえない。聞こえません、聞こえませんよ。」

「馬鹿みたい。」


その通り、だ。

絵に描いたような、今まで経験したことのない、それは見事な『藪蛇』。

でも同時に、俺の心の中は不思議な安らかさで満たされていた。


姫が高校に通い始めて2週間程が過ぎた頃、確か4月下旬の金曜日。


その日は昼過ぎからSさんが仕事でマセ▲ティを使って外出していたので、

ロー○スで姫を迎えに出た。

ロー○スはマセ▲ティより車高が低く、乗り心地も硬い。

姫は『周りの車のタイヤがすごく近くにみえて息苦しい』と言い、

通学でロー○スに乗るのはあまり好きでは無いらしいが、今日は仕方無い。


姫の高校は、裏門も比較的大きな通りに面している。

最寄りの駅に接続するバスの停留所が表門側にあり、部活動が盛んな事もあって、

4時の終業のチャイム直後に裏門を出てくる生徒はまばら。

広い路肩に車を停め、裏門から出てくる姫を待つのが俺の日課だった。

同じように生徒の下校を待つ車が、他にも何台か停まっている。


終業のチャイムが鳴り、暫くして姫が裏門から出てきた。珍しく、2人連れ。

裏門を出たところで、姫はもう1人の女生徒に向かって小さく左手を挙げた。

姫は裏門を出て右に向かい、歩道を車まで歩いてくる。

もう1人の女生徒は、裏門のすぐ内側に立ち止まって姫を見送っていた。

「友達かな?」と思ったところで、全身に鳥肌が立つ。

何故気付かなかった?

あれは、セーラー服。 あの日、入学式の体育館で。

何故、あの女生徒が姫と。セーラー服の女生徒から、眼が離せない。


「Rさん、Rさん?」 姫の声で我に返る。

ほとんど反射的に、ミラーで後方確認。

車を降り、助手席側のドアを開けて姫の鞄を受け取る。

「ありがとうございます。」 姫は軽く会釈をして車に乗り込んだ。

かなり車高が低いので、姫がロー○スに乗る時は、左手を支えて補助をする。


姫の体が助手席に収まり、助手席側のドアを閉めた所で思い出した。

それとなく裏門を見る。そのすぐ内側、やっぱり、セーラー服の女生徒。


運転席に座り、ロー○スを発進させた後、いきなり左腕をつねられた。

「痛!どうして。」 姫は悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。

「いくら美人だからって、私以外の女の子を見つめちゃ駄目、ですよ。」

「でも、あの子は...あ、ごめんなさい。」

「冗談です。でも、これからは迎えに来たら、『鍵』を掛けておいて下さい。

あの人、この頃良く姿を見せるんです。

Rさんにもあの人が見えている訳だから、意識が共振するかもしれません。

念のため、注意しておいた方が良いです。」


「共振するとどうなるんですか?」

姫は少し考えてから言った。

「知らない方が良いと思いますけど、どうしても知りたいですか?」

「いえ、結構です。さっきの質問は取り消します。」

姫はにっこり笑って頷いた。

危ない危ない。また、軽率な質問をする癖が...反省。


「ええと、じゃ別の質問なんですが。

もしマズまずかったらさっきのように教えて下さいね。」

「はい。私に答えられる質問なら。」

「さっきの女の子はこの頃良く姿を見せるって言ってましたけど、

これまでも、その、2人並んで一緒に歩いたりした事があるんですか?」

姫は指を折りながら少し考えている様子だ。


「あの人とお話したのは、入学式から数えて今日で6回目、だと思います。

そのうち、今週だけで4回。やっぱり増えてますね。」


新学期になって2週間と言っても、実際に登校したのは10日程度。

10日で6回となれば2日に1回を越えるペース。

「そんなにしょっちゅう現れたら、他の生徒に気付かれませんか?」

話をするとは言っても、他の生徒には、あの女生徒が見えない。

虚空を見つめ、1人で何事か呟いている所を見られたら...


「いつもはお昼休みに現れるんです。

私、雨の日以外は図書館の裏手のベンチで一人、お弁当を食べます。

だから、あの人は大抵、そのベンチで隣に。それにお話するって言っても、

声を出す訳じゃないので、他の人には気付かれません。

誰かが見てる時には、さっきみたいな挨拶もしないし。」


「あの女生徒が現れるのが分かってて。何故、1人でお弁当を?」

「待ってるんです、あの人を。何とか学校から出してあげたいと思って。」

それくらい、姫の力と術なら何とでも。


「他に人がいない時なら、『あの声』が使えるんじゃないですか?」

「あの人は悪意を持った異界のモノとは違います。

出来れば自分で納得して、それから然るべき場所へ行ってもらいたいんです。

色々お話して、今のあの人の状態は分かって貰えたみたいなんですけど。」


「それは、自分が既に死んでいるって事、ですか?」

「はい。ただあの人には、セーラー服と小物以外の記憶が全く有りません。

自分の名前も、いつ死んだのかも、何故死んだのかも覚えてないんです。

だから原因が分からなくて納得出来ない。それに『帰れない』って言うんです。

このままだと『学校にいるしかない』って。」


「何故、何処に、帰れないのか記憶がない?」 「はい、全然。」

「それなのに、現れる回数が増えているとしたら、

あの子自身も『このままではいけない』と思っているんですね?」

「恐らく、そうだと思います。だから私、Sさんに頼んでみようと思って。」

「何を、頼むんですか?」


「ええと、学校法人の、あの理事長さんなら何か知ってるんじゃないかと。

Sさん、あの人とは知り合いみたいでしたよね?」

「確かに...あの人なら、何か手懸かりを教えてくれるかも知れません。」


姫の高校の初代校長。

長身の老人、その柔和な眼差しを思い出していた。


『入学式と卒業式(中)①』了

本日の投稿予定は1回、任務完了。

『入学式と卒業式(中)』に入りました。

引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。

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