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0402 入学式と卒業式(上)②

0402 『入学式と卒業式(上)②』


体育館で入学式が始まった。

最初は、教頭先生の『開式の言葉』。続いて、厳粛な雰囲気の中、

新入生と転入生が校長先生から『入学許可』を受ける。

生徒達が揃って一礼すると、会場は大きな拍手に包まれた。

俺とSさんも一生懸命拍手した。


地域では名門の1つに数えられている高校だからなのか、

感極まって目頭を押さえる保護者の姿が、彼方此方に見える。

転校生の列、前から2番目に並ぶ姫の後ろ姿も、何となく嬉しそうだ。

『入学許可』の後は校長先生の『式辞』、PTA会長の『祝辞』と続く。

これは正直退屈で、俺は欠伸を噛み殺すのに難儀していた。


Sさんは興味深そうに、会場をあちこち見回している。

姫が転入した高校は女子校。当然、男子の姿は見えない。

女子校の式典に参加したのは初めてだが、むさ苦しくなくて大変結構。

不意に、Sさんが小声で囁いた。 眼が、輝いてる?


「こんなに沢山の女子高生がセーラー服着てたら、さぞかし壮観でしょうね。」

「何もこんな所でそんな話を。誰かに聞かれたらどうするんです。」

周りを気にしながら言い返したところで、

Sさんの視線が一点に注がれているのに気付いた。

そろそろとSさんの視線を辿る。 その先に異様なものを見た。


着席して話を聞いている新入生達の向こう側、職員席から少し離れた壁際。

セーラー服を着た少女が、1人ポツンと立っていた。

新入生の列を見つめている。所在なげに、そして羨ましそうに。

何故あんな場所に? 式の参列者なら家族か職員に注意されるだろう。

それどころか、会場の誰もあの少女に気付いている様子が無い。

俺には、その姿がはっきりと見えているのに。


全身の毛が逆立つ。 あれは恐らく、生身の人間じゃない。

「あの、あれ。」 突然、極度の緊張で、声が掠れる。

「今は駄目よ。『鍵』を掛けておいて。」


深呼吸。

Sさんの指示を守り、その少女に注意を向けないように。

ひたすら入学式が終わるのを待ち、長い長い時間がようやく終わった。

新入生と転入生が退場すると、保護者対象のPTA入会式。

それが終わると全ての日程が終了。他の保護者に混じって体育館を出た。

それとなくさっきの壁際を見たが、既にセーラー服の少女の姿は無かった。


この後、新入生は各クラスの教室に集合。担任との顔合わせやクラス開き。

一方、転入生は全員同じ教室で簡単な注意事項を聞いてから帰宅するという。

式に出席していた2・3年生とその担任は、会場の後片付けをするからだ。

持参した書類を事務室の窓口に提出して、校舎に向かった。

一階の教室が見渡せる中庭の一角にSさんと並んで立ち、姫が出て来るのを待つ。


正面、校舎に連なる窓の列が見える。窓越しに教室の様子も垣間見えた。

一階の窓の列を右側に辿り、列がとぎれた所が正面玄関。

おそらく姫はそこから出てくる。

姫を待つ間、さっきのセーラー服の女生徒について、

Sさんに尋ねようと思った途端。

一陣の強い風。


不意をつかれてよろめき、俺は校舎の窓から視線を外した。

「凄い風でしたね。」

Sさんは、眼を輝かせて校舎を見つめていた。

「ほら、あれ。まだ『鍵』は掛けたままで。」


恐る恐る、一階の窓の列に視線を戻す。

その中程にセーラー服の少女、その後ろ姿が見えた。

ポニーテール。窓にもたれて教室の中を見つめている。


その時、列の左端に近い窓に女生徒2人の姿が見えた。転入生だろう。

2人並んで、右側の正面玄関に向かって歩いて行く。

セーラー服の女生徒との距離が詰まる。近い。


『ぶつかる!』と思った瞬間、

2人はセーラー服の女生徒と重なって、すり抜けた。

窓側を歩いていた女生徒は一瞬立ち止まって振り返ったが、

すぐにもう1人の女生徒の後を追った。


また1人、列の左端に近い窓に女生徒の姿が見えた。


あれは...姫だ。


どきん、と心臓が高鳴る。姫にはきっと、セーラー服の少女が見える。


「あの、Lさんが。」 「大丈夫、このままで。」

姫は歩く、窓の列の向こうを左から右へ。

セーラー服の女生徒との距離がどんどん詰まる。

と、姫はセーラー服の少女のすぐ手前で立ち止まった。

距離は1mも無い。


姫は窓に向かって立ち、鞄を窓枠に置く。

鞄の中に視線を落として、右手で鞄の中を探っているようだ。

そのすぐ隣にセーラー服の少女。 異様な光景。 ぞわぞわと寒気がする

姫の後ろから歩いてきた女生徒は姫をよけるように歩いていく。

続いてもう1人。彼女たちは姫をよける事で、

結果的にセーラー服の少女をよけたことになる。


姫は未だ、窓際に立ったまま。 一体、何を探しているんだろう。

ゆっくりと、セーラー服の少女が姫の方を向いた。色白の横顔。

見ているだけで心臓が高鳴り、息が詰まる。

姫は鞄の中に視線を落としたままだ。

え? 口を小さく動かしている? まさか『あの声』を?


突然、セーラー服の少女の姿が消えた。

まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。

姫は鞄を持ち、再び歩き出した。

まるで、探し物を見つけて安心したかのように。


「Lさんは『あの声』を?」

あの術の名前は教えて貰っていたが、

術の名前を口に出すのは禁じられていた。当然の禁忌。

「まさか。こんなところで『あれ』を使ったら、パニックが起こる。

Lが集団生活を通して学ばなければならないのは、

強い術を使わずに怪異に対処する方法。

それから、大多数の『力を持たない人々』とのつきあい方。

今回はどちらも及第点、合格ね。」

Sさんは満足そうに微笑んだ。


姫が玄関から出て来た。

俺たちの姿を見つけて、嬉しそうに走り寄って来る。

Sさんが優しく話しかけた。

「最初のお友達が出来たみたいね。」


『友達』って、あれが? どういう意味だ?


「はい、今日は無理でしたけど、その内分かってくれると思います。」

「消えたんじゃ、ないんですか?」

「はい、『拡散』しただけです。今日はたまたま、入学式という場の力や、

参加した人々の想いに反応して、あの人の心が『凝集』したんですね。

学校では強引な事が出来ないので、少し時間がかかるかもしれません。

それに、結構新しい方みたいでしたし。」


「新しい?」

セーラー服の女生徒が亡くなった時期が、ということか。

「この学校の制服が替わったのが5年前だから、9年前から6年前の間ね。」

「今度聞いてみます。」

姫とSさんが駐車場に向けて歩き出したので、俺も後を追う。

5年前に制服が替わったなら、9年前とか6年前ってのは?


聞きたい事は沢山有ったが、姫とSさんの話題は昼御飯に移っていた。

「緊張したせいかお腹がすきました。もう、ペコペコです。」

「そうね、もうすぐ1時だし。どこかで食べて帰ろっか。」

「賛成です。カツ丼か親子丼で。」 「丼モノ限定なの?」 「はい、是非!」


ぴた、と、Sさんが立ち止まった。

姫もSさんの横で立ち止まる。俺はようやく2人に追いついた。


Sさんの正面。身長190cm近くありそうな、細身の老人が立っていた。

黒いスーツ、白いネクタイ。柔和な眼が、眼鏡越しにSさんを見下ろしている。

老人はSさんに向かって深く深く最敬礼をした後、口を開いた。


「これはこれは、随分とお久し振りにお目にかかります。

あなたさまが御出とは露知らず、大変失礼を致しました。

一言事前にお知らせ下されば。」

「いいえ、お構いなく。」 心なしかSさんの声は冷ややかだ。

「それで本日はどのようなご用件でこちらへ?」

「妹がこの高校に転入したので入学式に参りました。」

「ほう。妹君が。」

老人はしげしげと姫を見つめた。 姫が軽く会釈をする。


「これはこれは美しい姫君。私共は心から、妹君を歓迎いたします。」

「2年間、どうか妹を宜しくお願い致します。」

「勿体ないお言葉。万事、私共にお任せ下さいませ。」

老人は眼を細めて微笑み、もう一度深々と頭を下げた。


つい、と、Sさんは老人の横をすり抜けて歩き出した。

姫が続く。俺も後を追う。


「何故、あのお方が...」

すれ違いざま、呟くような、老人の声が聞こえた。


「あの、どなただったんですか?」 歩きながら、姫がSさんに尋ねた。

「この高校を運営する学校法人の理事長。

この高校の創立者の一人で、初代の校長を務めた人よ。」


どうしてSさんはそんな事を知っているんだろう?

そしてさっきの遣り取り。あれはまるで、Sさんとあの老人が。

思わず、俺はその疑問を口にしていた。

「何故、この高校にSさんの知り合いがいるんですか?」

Sさんは、遠い時の彼方の、懐かしいものを見るような眼をした。


「ここが、私の母校だからよ。」


『入学式と卒業式(上)②』了

本日の投稿予定は1回、任務完了。

別系統の作品(釣り・グルメ)も投稿しました。

両方合わせてお楽しみいただければ幸いです。

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