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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第7章 2017
216/279

5301 隘路(上)

再入院を経て、16日に退院。久し振りの投稿が出来て嬉しいです。

ただ、体力の問題で短めの投稿になりました。

以前は3000字を目安にしていたのですが、それはとても無理。

暫くは少しずつ、無理の無い範囲で投稿を続けたい。

それを御承知の上、楽しんで下さる方がおられるなら、望外の喜びです。

5301 『隘路(上)』


「・・・・・」 「ああ、それって・・・・さん、だっけ。」


微かに聞こえる声。

それらの声に反応して、凝集する意識。

旋風に吹き集められた落ち葉で、小さな山が出来るように。


ああ、そうか。誰かが、僕の名前を呼んでいる。



「タケノブさんって、誰?」

「この大学の『出る』って噂、聞いた事ない?」

「『出る』って...幽霊?」

「結構有名らしいよ。若い男で、古い詰め襟の制服着てるって。」

「え~?私は今風の私服着てるって聞いたけど。」


学食の一角に陣取った学生達。男女入り交じって、十数名?

気合いの入った服の学生が多いから...多分、今年の新入生。

授業開始から2週間、そろそろ緊張も解ける頃。

同じ学部の仲間で飲み会の計画でもしているんだろう。


何人かの学生は、それぞれ気になる相手の表情を伺っている。

大方、僕の話題を出したのも、気になる相手の気を引くためだろう。

こういうのは慣れているし、特に不愉快な気分にはならない

もう50年以上、出汁に使われてきたんだから。


それより、これは好機かも知れない。

興味深い人間模様が見られるのは、『出会い』と『別れ』の時期。

つまり、『入学直後』と『卒業間近』の学生達は観察対象として申し分ない。

出汁に使われた分、収穫が有る事を期待しよう。


気配を殺したまま、学生達の会話に耳を傾けた。



「橋本、それ『学校の怪談』みたいな話だろ。

古い大学なんだから、そんな話の1つや2つ有ってもおかしくないさ。」


お洒落な服装に似合わず、正論を吐いた男子学生。

徹底した合理主義者、それとも極度の怖がりのどちらか。


「鈴木君の言う通りだよ。そういう話って伝聞ばっかりだし。

出所を辿っていっても、結局、実際に見た人には絶対辿り着けないって言う。」


女子学生は言葉を切り、『正論君』に視線を流した。

少し派手な服装、この女子学生は鈴木という学生に気が有りそうだ。



「う~ん。『絶対辿り着けない』ってのは、違うかな。」

「じゃあ...高木君、見たの?」


『派手子』の声が、微かに震えている。


「いや、見たのは祖母。この大学の卒業生。

タケノブさんに会ったのは入学式。卒業するまで付き合いが有ったって。

家に遊びに行く度、話を聞かせてくれたんだ。」


すうっと、場が静まる。まさかの関係者出現となれば無理も無い。

しかし。


「高木...お祖母さん、幾つだよ。

タケノブさんって、そんな昔からこの大学に?」

「確か、祖母は今年64歳。だから、46年以上、前の話だな。

そもそも、タケノブさんが見える人は滅多にいなかったらしいよ。

『見えるだけじゃ無く、話が出来るのは私が初めてだったんだって。』

そう言って、祖母は笑ってた。他にも色々思い出話を聞かせてくれたけど、

どれも細かい所まで具体的だったし、何度聞いても話がブレなかった。

まあ、何て言うか。嘘には聞こえなかったな。」


そうか...あの人だ。

田◎静枝。『田◎』は旧姓になったんだろう。

46年前にこの大学に入学してきた。可愛らしい女学生。


本当に、不思議な人だった。 『見える』だけじゃ無い。

僕が幽霊だと分かってからも、僕に対する態度は微塵も変わらなかった。

結果、静枝さんの卒業まで続いた親しい関係。

恋愛感情では無い、幽霊と女子大生の、不思議な友情。



「高木君の話がホントなら、幽霊が実在する。それ、困るなぁ。」


澄んだ声が、辺りの空気を震わせた。

声の主は、学生達の一番端に座っていた女学生。

今まで、周りの話に全く反応していなかったのに。


「幽霊が実在すると困るって。どうして?」


口を開いたのは、静枝さんの孫。予想外の反応に戸惑ったんだろう。


「死んだら全部終わり。私、そう思ってたんだ。

でも幽霊がいるなら、死んでも終わりじゃ無いって事でしょ。

...そんなの、最悪。」


数秒後。

場の空気を読んだんだろう。その女学生は曖昧に微笑んだ。


「ああ、何か、ゴメン。いや、最悪っていうのは...

ほら、病気の苦しみとか、悲しい記憶を持ち続けるとか。

そういうのは、凄く辛いだろうなと思って。」


「確かに...でも、そんな感じじゃ無かったらしいよ。

まあ、あくまで祖母から聞いた話の範囲だけど。」


「そうなんだ?それなら逆に、救いになるかもね。

昔も...ううん、今だって普通の人は死にたく無いだろうし。」


「そうだな...★野さんの言う事、一応納得出来るよ。

オカルトが受け容れられてきた背景には死への恐れが有る。

それは間違いない訳で。

あ、それより、週末の飲み会だけどさ。」


一種異様な雰囲気の中、話題は週末の飲み会に移った。

『正論君』の努力が、何とか実を結んだ訳だ。

いや、皆が、聞かなかった事にしたかったんだろう。


『普通の人は死にたく無いだろうし。』


本人がどれだけ意識しているかは分からない。

しかし『普通の』人間にとっては、かなり衝撃的な言葉。

事故・病・老い...原因を問わず訪れる『死』。

日常生活の中で意識したくない、忘れていたい『闇』。

それを、否応なく想起させる呪文。


そんな事より...思わぬ収穫。


『★野』。あの言葉の主、彼女の名字。

暫く、彼女を観察対象にする。

僕にとって、それは当然の結論だった。


『隘路(上)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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