0401 入学式と卒業式(上)①
R4/06/20 追記
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0401 『入学式と卒業式(上)①』
少しだけ開けた窓から吹き込む風が、微かな花の香りを運んで来る。
季節は巡り、皆が待ち望んだ春が、すぐ其処までやって来ていた。
「似合ってますか。」
高校の制服。姫は壁の姿見の前で矯めつ眇めつ自分の姿を眺めていたが、
ようやく俺の前でも制服姿を見せてくれた。
正面、くるりと回って後ろ姿。白いシャツにチェックのスカート、
臙脂のネクタイ、紺のブレザー。 よく似合う。
「とても良く似合ってますよ。」
姫は嬉しそうに壁の大きな鏡の前に戻っていく。
「セーラー服じゃなくて残念ね。あの高校、前はセーラー服だったのに。」
Sさんが小声で言い、悪戯っぽく笑った。 俺も小声で応じる。
「いや、むしろセーラー服じゃなくて良かったですよ。」 「何故?」
「Lさんがセーラー服なんか着てたら、僕は正気じゃいられません。
多分、いや間違いなく萌え死にします。」
「馬鹿みたい。」
「何とでも言って下さい。誰に迷惑を掛けている訳でもないし、
この、ささやかな嗜好に関しては譲れません。」
「そんなにセーラー服が好きなら、今度着て見せて差し上げましょうか?
私の昔の制服、どこかにあったはずだし。」
「え、それは... ...いや遠慮します。」
「その『間』は一体どういう意味?」
「Sさんのセーラー服姿を想像しかけただけで、
危うく萌え死にするところでした。」
「中身を全部知ってるくせに、外側の服に萌えるとか。ホント意味不明!」
「返す言葉はありませんし、言い訳する気もございません。」
鏡の前で制服姿を眺めるのに飽きた姫が着替えの為に戻って来たので、
その話はそこで沙汰止みになった。
その日の夜中。
泣いている女の子の夢を見て目が覚めた。ただの夢ではない。
隣で寝ていたSさんが俺に背を向け、声を殺して泣いている。
何故?そういえば、その日の夕方からSさんは少しおかしかった。
姫が寝た後、いつもなら1杯しか飲まないお酒を3杯飲んで、
『今日からダメな日なの。』と言ったきり、さっさと寝てしまった。
何かに怒っているような様子では無かったし、
Sさんが泣いているのを見るのは、
去年、俺が昏睡から覚めてお屋敷に戻った日の夜以来だ。
きっと何か、大きな心配事があるのだろう。
「どうしたんですか?」俺は声を掛けて背後からSさんの肩を抱いた。
「何でもない。」 Sさんは枕に顔を押しつけてくぐもった声で答える。
「何でもないはず無いでしょう。『内縁の夫婦』でも隠し事は良くないですよ。」
「隠し事じゃないもん。」まだ酔いが残っているのか、口調が変だ。
「隠し事じゃないなら話して下さい。ほら、こっち向いて。」
Sさんの顔をこちらに向けさせ、枕を取り上げた。
眼と鼻が赤い。か、可愛い。
「だって、来ちゃったのよ。今月も。」 「生理が、ですか?」
「そう、子供産むって決めてもうすぐ三ヶ月なのに。
もしこのまま子供産めなかったら、私...」
また、Sさんの目に涙が溢れてきた。
「Sさん、さては世界征服を計画してますね?」
「え?」
きょとんとした顔で俺の顔を見つめる。よし、泣き止んでくれた
「Lさん以上の能力者を産んで世界征服。
それが挫折しそうなので焦ってる、そうでしょ?」
「そんな事考えてないし。」 頬をふくらませた顔も可愛い。
「じゃ、何でそんなに急ぐんですか?」
「急いでる、訳じゃないけど。」
俺はSさんを抱きしめて、おでこにキスをした。
「自分で十分に分かってると思ってたから、
取り立てて言いませんでしたが、Sさんは凄く、もの凄く綺麗ですよ。
スタイルも良いし、肌もすべすべだし、それこそ最高の女性です。
Sさんみたいに綺麗な人、僕は他に見た事ありません。」
姫も同じくらい綺麗だが、年上の分だけ女性としての魅力は
Sさんの方が上だから、嘘を言ってる事にはならないだろう。
「...ありがと。」
Sさんは少しはにかんだ笑顔になった。
「その人が僕の子供を産みたいって言ってくれて、
望めば毎晩のように『したい放題』と。」
「そんな言い方。」
「それが男にとってどんなに幸せな状態かわかりますか?」
Sさんは小さく頷いた。
「正直、Sさんが妊娠するのは少し先でも良いって思ってます。
もう暫く、この幸せな夜が続いて欲しいから。
妊娠したら色々気を遣わなきゃいけないんですよね?」
「安定期に入るまでは『しない』方が良いって言われてる。」
「じゃ、やっぱりもう少し先の方が良いな。秋とか。」
「そんなに待つのヤダ。何で秋なのよ。」
「だって夏になったらもう一度Sさんの水着姿が見られるんですよ?
もう、激萌えですよ?それで興奮して毎晩...それで、秋頃妊娠発覚と。」
「馬鹿。」二の腕を優しくつねられた。
Sさんは俺にキスをしてから両手で俺の顔をはさみ、
間近でじっと俺の顔を見つめる。
「私がどれだけあなたのが好きか、ちゃんと分かってる?」 少しお酒臭い。
「はい、それは先程も申し上げたように、十分理解しております。」
「じゃ制服でも水着でも見せてあげるから、いっぱい『して』。ね、お願い。」
「Sさんが制服や水着のコスプレ...そんな無茶な。
いくら萌えても、萌え死にしたら元も子もないですよ。」
Sさんは声をあげて笑った。涙はすっかり乾いている。
Sさんにはやはり笑顔の方が似合う。
ふと、Sさんは真面目な顔になった。
「あのね。」 「何ですか?」
「出来れば毎晩、聞かせて欲しいの。」 恥ずかしそうな、小さい声。
「え、何をですか?」 もしかして俺の自虐ネタを毎晩?
Sさんは俺を抱きしめて右耳に囁いた。
「『綺麗だよ』って。」
この人は何て... 「分かりました。約束します。」
入学式の日は快晴。時折強い南風が吹き抜ける。春一番。
姫は新入生では無く転入生だが、新入生と一緒に入学許可をもらうために
入学式には参加するという。言われてみれば成る程、道理だ。
雨なら体育館2階のアリーナに集合だったが、
晴れなので新入生は中庭に集まっている。
姫は新入生の列から少し離れた列に並び、係の先生の話を聞いていた。
姫を入れて列に並んでいるのは5人、あれが転入生の列なんだろう。
中庭のスピーカーから保護者の入場を促すアナウンスが流れたので、
俺たちは入学式の会場になっている体育館の入り口に向かって歩き出した。
Sさんは白いブラウスに黒いスーツ、タイトスカート。
胸元に真珠のコサージュを飾っている。
ぴいんと伸びた背筋に結い上げた黒髪が映える。
改めて見ると、本当に美しい人だ。
端正な横顔に見惚れていると、Sさんが肘で俺の背中を小突く。
「ね、こうして歩いてたら、私たち夫婦に見えるかしら?」
「夫婦も何も、26才の女性に16才の娘がいる訳な、痛!」
思い切り二の腕をつねられた。
「『親子に見える?』なんて聞いてませんけど。」 マズい、怒らせた。
「あ、多分、夫婦に見えますよ。いや、絶対夫婦に見えます。
新入生の、え~と、姉夫婦が式に出席するんだなって感じに。絶対見えます。」
「へえ~、やっぱり勘が良いのね。これ見て。」
取り敢えず危機は脱したようだ。
Sさんは提出書類の入った大きな封筒の中から、1枚の書類を取り出した。
それは『家庭環境調査票』。
姫の名前、住所、生年月日、お屋敷への簡単な地図。
貼り付けられた写真の姫は、少し緊張した顔でとても可愛い。
そして家族構成の欄。
姫(16才)・本人/姫の姉(23才)・自営業/姉の夫(21才)・自営業。
「...何で3つも鯖読んでるんですか。
おまけに僕は1つ水増しですよ。それに夫婦って。
住民票も提出するのに、住民票と違ってたらまずいんじゃ、あっ!」
Sさんはニコニコしながら、もう一枚の書類を摘まんでヒラヒラさせている。
住民票抄本。思った通り、家庭環境調査票と同じ内容。
「こういうの、有印公文書偽造って言うんですよね?」
「人聞きの悪いこと言わないで。ちゃんと役所で発行してもらった『本物』よ。」
「だって事実と全然違ってるじゃないですか。一体何処から手を回したんです。」
パスポート・姫の転入書類・住民票。
一族の『社会的影響力』。まあ、ある程度、予想はしてたけど。
「だ・か・ら、人聞きの悪い言い方はやめてよ。
家族が『後見人』と『後見人の内縁の夫』じゃ、
担任の先生がどんな家庭だか色々詮索してくるに決まってるでしょ。
夫婦にしたって、26才と20才より23才と21才の方が自然だし。
これから2年間、Lの高校関係では、
あなたは『Sさんの名字』+『R』、私の夫。今21才、忘れないでね。」
書類を封筒に戻しながら、Sさんは何だかとても、嬉しそうだった。
『入学式と卒業式(上)①』了
『入学式と卒業式』、投稿開始しました。
本日の投稿予定は1回、任務完了。