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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
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5003 覚醒(下)

5003 『覚醒(下)』


「有り難う御座いました。」

料金を払い、タクシーを降りる。


○◎町の公園、チーフが話してくれた条件に合うのは此処だけ。

徒歩で公園からすぐの場所にコンビニ。少なくとも、4年以上前から。


チーフが降りてくる。未だ朦朧として頼りない。


その時、気付いた。

公園の入り口近くのバス停にタクシー、ハザードを点滅させている。

こんな所で客待ち? でも今は関係ない。


「チーフ、着きましたよ。公園、此処で合ってますよね?」

「多分。いや、間違いない。此処だ。」

「それで、問題のベンチは何処ですか?」

「...眠いのに。それに『問題の』って、ベンチを見てどうするつもり?」


「それは、まあ、怖い物見たさって言うか。」


『ペンチを見てどうするのか』 それは、自分でも分からない。

チーフは辺りを見回している。公園と周りの建物の位置関係を確認中?


「この入り口からだと、入って左側だな。」

先に立って歩く背中を追いかける。


ウォーキング&ジョギングのコース?

外灯は少なめだけど、月灯りで充分に明るい。

月光に照らされた細い道。何だか、胸の奥がザワザワしてくる。

一体何だろう、この感覚?


「この先だよ。」

チーフが指さしたのは、2つのコースが合流する場所。


「あの晩。僕はあっちから来て、左に。

そしたらベンチが見えて、その人が座っていたんだ。」


胸の奥深くから湧き上がるエネルギー。

でもまだ、まだだ。そう、合流点を左折して、ベンチが見えるまで。


見えた。そして、ベンチに座っている女性。


「ようこそ、二人とも。待っていましたよ。さあ、どうぞ。」

女性はベンチを指さす。


「失礼ですが、あなたは?

私達を『待っていた』と仰いましたが。」


さすがはチーフ。そう、それが問題だよね。


「私の名はL。以前、あなた方と仕事をしたRの妻です。」


R...☆ルフォ・ブルーの一件で。


「今夜。偶々、私達も夕食が『藤◇』」だったんです。それも隣の部屋で。

だからあなた達の会話が聞こえました。それに、あの店の結界。

描いた人が傍にいれば、私達には分かります。」


「でも、僕達の会話を聞いたとして。何故あなたが先に此処へ?」

「私もタクシーを呼びましたから。」


思わず、二人の会話に口を挟む。


「答えになっていません。あなたの言う通りなら、

あなたが私達より先に此処へ着いた理由が説明出来ない。」


「聞いていた通りです。有能な秘書さんですね。」


その人は小さく手を叩いた。右手で髪を掻き上げる。

チーフと、少し似た仕草。胸の奥が痛む。


「タクシーは2台とも、私達の馴染みです。

だから、あなた達がタクシーを呼んだ後すぐに対応出来ました。

結果あなた達は表通りを、私は近道して裏通りを。それだけです。」


「成る程。あなたも、陰陽師なんですね。」

「御理解頂けたようで、何よりです。」


ベンチに歩み寄るチーフを制する。

三人掛けのベンチ。右端に女性、この場合の席次は...

いや、そんなの関係ない。

こんなに綺麗な女性の隣に、チーフを座らせたら。

だから左端がチーフ。二人の間、真ん中が私。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「月が、綺麗ですね。」


月明かりに照らされ、横顔がハッキリ見えた。

待って。もしかして、あの夜、私を封じた女?

やっと、見つけた。どんなに、この日を待っていたか。



「私、確認に来たんです。紫さんの判断は正しかったのだ、と。」

「ゆかり。それが、あの人の名前ですか?」


「はい。人として在った時の名前です。」

「人として、在った時?」

「はい。今は私達にとって神様も同然ですから。」


「それでは...あの人には、もう、会えないんですね。」


チーフは俯いて、溜息をついた。

また、胸の奥が痛い。これは悲しみ、もしかして嫉妬?」

チーフの問いかけに答えて、その女は寂しげな笑顔を浮かべた。


その時、気付いた。違う。あの夜の女じゃない。

良く似てる...でも、多分あの女性より背が高いし、髪も栗色。


「それは6年前、紫さんが受けた依頼でした。

『満月の度に彷徨い歩く中学生の娘をどうにかして欲しい』と。」


やがてチーフは顔を上げた。吹っ切れたような、表情。


「でも、あの晩。女の子なんか見えなかった。」

「当然です。あなたの眼に見えるのは『人ならぬモノ』ですから。

聞いた事が有るでしょう?

こんな夜。月灯りに誘われて彷徨う。人ならぬモノ達。

例えば吸血鬼。例えば人狼。その他にも、色々と。」


身体が、震えた。両手を固く握り締めて、だけど震えを止められない。


「その女の子も『人ならぬモノ』の資質を持って生まれた。

始末の方法は2つ。女の子の身体ごと、それを滅する。もう一つは。」


チーフが身を乗り出した。

「もう1つは?」


「実害が無い状態になるまで、猶予を与える。」

「...猶予。それが今日?」 「はい。」

「でも、何で?」


もう一度、その女性は微笑んだ。


「さあ、どうでしょう。私にも分かりません。

確かに今夜は、満月ですが...そう、もしかしたら、紫さんの。

だって、『人ならぬモノ』に会えましたから。」


「あなたの言う、『人ならぬモノ』。それが今から此処に現れると?」

「今からではなく、ほら、もう此処に。」


その人の視線が私を捉えた。


思わず、立ち上がる。

一歩、二歩。そして踵を返した。

握りしめた左拳が膨れあがる感覚...痛い。

思わず開いた左手、目を疑った。


左肘から先に重なって見える。斑模様、鋭い鉤爪。

一体、これって? その女に視線を戻す。


「☆葉君、その姿。どうして?」

聞き慣れた声。戸惑ったような、怖れるような、チーフの声。


見られた?チーフに、見られた。でも、何を?

決まってる。今の、私の姿。

私にも見えているのだから、チーフの眼なら...隠す方法なんて無い。


恥ずかしい。

恥ずかしいのに、一体、どうすれば。


「恥ずかしいんですか?あなたは、自分の姿が。

もし、恥ずべき事が有るとしたら1つだけ。

今夜私が此処にいなかったら、あなたは、どうするつもりでした?

この人を、その爪で? それとも牙で?」


この女がいなかったら?

今夜、人気の無い公園に誘い出して、私はチーフを?

分からない...分からない。もしかしたら、本当に私は。


「違う! 違う、そんな事、絶対に。」


自分の叫び声が遠くに、虚しく聞こえる。

本当か、それなら何故、此処に案内して欲しいと。

私は


不意に、背後から私の肩を抱く、温かい腕。


「大丈夫。☆葉君は、大丈夫だよ。」

「...チーフ。」


「自分自身の姿が、人ならぬモノの姿が恥ずかしいのなら。」


女は、微笑んでいた。

...怖い。優しくて、とんでもなく冷たい笑顔。


『檻の中へ、どうぞ。』


軽い目眩。次の瞬間、目の前に鉄格子。

何故、突然こんな?


『そう。あなたは、もう、檻の中。』


それとなく周りを確認。

四方八方。私を取り囲む、頑丈そうな檻。

何時の間にか、私は囚われの身。これが、陰陽師の術?


「違う! ☆葉君、騙されるな。全部、幻覚だ。」


幻覚?

そうか。この女の声、耳から心へ侵食する音の『力』。

両手で顔をゴシゴシ擦って、頬を叩く。

しっかりしろ、私。 気合だ。


「私の術を...御二人とも、立派です。

ただ、その分。辛い思いをする事になってしまいますね。」


その女はベンチから立ち上がった。

何、これ? 今までより、ずっとヤバい気配。


『一切の小細工は無し。参る。』


気配だけじゃない、話し方も全然違う。二重人格、それとも何かの憑依?


女の声に反応して、目の前を横切った影。

チーフ? どうして?


「ぐ、う...」

その女は、左手でチーフの喉元を掴んでいた。


『只人の身で、蛮勇も大概にしろ。』


女はチーフと同じ位の長身。

チーフの両足が、地面から浮きかかっている。

思わず


『動くな。動けば、このまま喉を握り潰す。』


これは、駄目だ。チーフに何か有ったら、私は。


「お願い、お願いです。チーフを、その人を助けて。

私は何でも、何でも言う事を聞くから。」


『二言は無いな?』 「はい。」

『では、この男が眼を覚ますまでの世話を任せる。』


その女が、放り投げたチーフの身体。

飛びついて、抱き止める。


『一件落着、だ。紫殿の判断は正しかった。

今夜『それ』は覚醒したが、暴走してはいない。

きちんと意思の疎通が出来る。

何よりも、人を護る為に自らを捧げると誓った。

よって人に害為す存在では無い。我が、保証する。』


「有り難う。御苦労様。」


1つの身体から、二人の声。一体、何なの?


「タクシーを待たせてあります。

急いで下さい。その人は抱いたままで。

その様子、他人にはあまり見られたくないですから。」


何だか、癪に障る。

でも...斑模様の両腕は、軽々とチーフを抱き上げた。


「タクシーへの指示、行き先は何処へ?」


優しい口調。表情も、言葉遣いも、さっきまでと違う。

出会った時の状態に戻っている。

やっぱり、二重人格?


「私の部屋。私の部屋が近いです。」

「じゃあ、其処へ。運転手に指示を御願いしますね。

今後も、ずっと、あなたは有能な秘書なんですから。」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


大丈夫。

上着を脱がせて、ベッドの上へ。そっと髪を撫でた。

シャワーを浴びて戻っても、変化はない。


明日は土曜。じゃあ、良いよね?

私はチーフの部屋を知らないし、今夜は此処でも。

灯りを消し、ベッドの傍に座って、チーフの寝顔を見詰める。


「・・じょうぶ、だから」


寝言?


「大丈夫。☆葉君は綺麗だから。女優さんよりも、ずっと。」


思わず、抱き締める。


「はい。私は此処に、チーフの傍に。」

「ホントに...良かった。」


抱き締めた腕に、そっと力を込めた。


『覚醒(下)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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