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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
205/279

4906 羽化(結)

例によって、今後の修正が予想されます。

それを御承知の上、お楽しみ下されば幸いです。

4906 『羽化(結)』


『全て我の望んだ通り。して、この炭は?』

「石炭と言いまして、薪や木炭よりも高い温度を作れます。」


『初めて見る炭だが...有り難い。

熱量が十分なら、これ以上、この身体に負担をかけずに済む。』

「はい。それでは、こちらへ。」


チーフの誘導に従い、男の子は階段を上る。

その先は登り窯の三段目。のぞき窓の前。


『確かに、熱量は十分。改めて、礼を言う。』

「一介の商人には、過ぎた御言葉。有り難き幸せ。

これより、更に温度を上げます。純粋な鉄が溶ける温度まで。

貴方様の御要望に添える事が出来れば、それこそが、我等の本望。」


チーフは膝を着き、深く頭を下げる。

男の子は、チーフの頭に、そっと右手を添えた。


『この身体と我の真実を見抜いた其方の眼こそ、真の宝。

まずは我が、其方の眼を言祝ぐ。

人の道を踏み外す事無く励め。さすれば、前途は明るい。』


再び、建物が揺れた。続いて、唸るような風の音。

一拍おいて、大きな地響き。建物の裏手、山の方向?

男の子は、私達の方向を振り返った。


『R、S。其方達にも礼を言う。

随分と強力な式を使役しているようだが、

アレの『本体』は人の手には余る、厄介な相手よ。

憂いを残す訳にはいかぬ故、天に帰る前に始末を付けておく。』


男の子が眼を閉じると、その身体が仄かな光に包まれた。


『この子の両親に、詫びを伝えてくれ。本当に済まなかった、と。』

『必ずや、仰せの通りに。』 


Rさんが階段を駆け上る。

視界がボンヤリとした光に覆われた。

まるで色とりどりの、光の、カーテン。

何、これ?


崩れ落ちるように、男の子が膝を着く。

すかさず、Rさんが抱き止めた。


次の瞬間、私にも分かった。ハッキリと。


『何か』の気配が、男の子の身体から、ゆっくりと窯の中へ。

チーフとRさんの視線が、移動する気配を追っている。

2人には、見えているって事? 一体どんな、姿が?


チーフが立ち上がり、制御盤の前に。

ああ、そうだ。

更に温度を上げる、『焼き』の工程。そして、三日三晩。



それから1時間余り。

男の子を除いて、建物の中にいる全員が息を詰めて、窯の様子を窺っている。


「窯の温度は1200℃に達しました。」


だけど、変わった兆候は無い。

更に30分。チーフも、Rさんも、Sさんも黙ったままだ。

先が読めない状況なら、今のうちにトイレとか。


「おかしいな...温度が。」

チーフの戸惑ったような声。制御盤を見詰める横顔に焦りの色。


「どうしたんですか?」

Rさんもチーフの隣から制御盤を覗き込む。


「1200℃で止まってるんです。

1300℃まで上がるプログラムなんですが。」

「と、言う事は...『何か』が熱を吸収している?」

「可能性としては、それしか考えられませんね。」


突然。

肩に暖かい感触。振り向くと、白い手。Sさんの...


「☆葉さん、だったわね。橘 ☆葉さん。」

「はい。」


笑顔の美しさに気圧される。


「あなた、あれが見える?」


Sさんが右手を伸ばして指さした、先。

それは登り窯の上端、大きな煙突の基部。


黒い、靄のようなものが、ゆっくりと煙突を登っていく。

あれは一体、何なの?


「見えるのね。それなら、あなたも・・・」


何だか、頭が、ボンヤリする。Sさんは何て言ってるんだろう。

そう、『あなたも』...あなた、も? それならチーフと、Rさんは。

のろのろと視線をずらす。


2人とも、煙突を見詰めている。そうか、見えているんだ。

チーフにも、Rさんにも。そして、Sさんにも。

私、は。


視線を戻すと同時に、両足から力が抜けた。

膝を着いた私の肩を抱く、細い腕。


「本来なら、人には見る事が許されない場面。

・・であっても、一生に一度有るか無いかの経験。

しっかりと、見ておきなさい。そして・・・」


黒い靄から、光が漏れている。柔らかな、淡い光。

それは左右に拡がっていく。七色の光を鏤めた、羽?

そう、あれは羽だ。まるで巨大な、蝶の


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


見慣れない、高い天井。殺風景な壁。此処は?

思わず身体を起こす。ベンチの上、この上着は...チーフの。

寝てたのか、私は。


座り直し、辺りを見回す。いた、制御盤の前。

チーフは窯の制御盤と覗き窓を交互に覗き込んでいる。

窓から差し込む日差しは弱く、建物の中は薄暗い。夕方?

一体、どの位寝てたんだろう?

身なりを整えるのもそこそこに、チーフの傍へ。


「チーフ。済みません、私。」

「大丈夫?無理しない方が良いよ。」

「いえ、大丈夫です。男の子は?」

「あの後すぐ、Sさん達が連れて帰った。特に問題は無かったけど、

ああいうケースは念のために『手当』が必要なんだって。」


『あの後』...思い出した。

黒い靄を割って現れた、巨大な蝶。あれが、男の子に入り込んでいたモノ?

窯の中に入れた未完成の焼き物に移って、それで。

そうだ、あの焼き物。三日三晩続く、焼きの工程。


「チーフ。何か、私に出来る事は?」

「車のトランクに着替えと食料が有るから取ってきてくれる?

そしたら君は帰って。徹夜が続くし、結構辛い仕事になるから。」


「一度帰って、泊まりの準備をして戻ります。

私は秘書ですから、チーフが仕事をしてる間は一緒に。

そう。一緒に、いさせて下さい。」

「...それなら急いだ方が良いな。

この辺りの山道は、日が暮れると真っ暗になる。」


確かに...待って、チーフは着替えだけを。


「此処って、お風呂有るんですよね?」

「うん、簡単なシャワーだけど。」


山道を降りて直ぐの街の●ニクロなら、往復1時間もかからない。

着替えと、コンビニで私の分の食べ物と飲み物を買おう。



買い物を終えて戻ると、建物の前に見慣れない車。

営業部の●村さんが、差し入れを持って、応援に来てくれたみたい。


●村さんは、翌朝早く出発。

その日の夜は休んだけど、3日目の夜はまた来てくれた。

ついでに、チーフと私の出張扱いの延長を社長に掛け合ってOKもらったって。

確かに、三日三晩の作業の後で出社しても、使い物にならないから。


それにしても●村さん、相当気になってるんだね。

あの焼き物が、焼き上がったらどうなるのか。

チーフは『壊れても、壊れなくても。』って言ってたけど、

●村さんが来てくれてからは『壊れてる』って言ってないし。


...何だか私も、気になってきた。



『焼き』に3日、更に『徐冷』に3日。


3人で夕御飯の弁当を食べた後、いよいよ『その時』。

ゆっくりと、チーフが燃焼室の扉を開く。

●村さんと私は、ベンチに腰掛けてチーフを待った。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「何か、不満が有りそうね?」


深夜。暖房の効いたリビング。

Sさんと2人、ホットワインを飲んでいる。


「不満なんて、ただ。」 「ただ?」

「僕は『後で何が有っても互いに一切関知しない』と約束したので。」

「約束は破ってないでしょ。」

「でも...あの茶碗の事を報告したら、『上』は。」


Sさんは、小さく溜息をついた。


「報告しただけ、それが、私達の仕事。

報告を聞いて『上』がどう動くか、それは私達と関係ない。」


「あんな経緯を知れば、『上』は必ず手に入れようとするでしょう。

ええと、以前のロー○スみたいに。あれは、一種の『神器』ですよ。」


「だから、何?

私達がそれを買う訳じゃ無いんだから、

『後で何が有っても互いに関知しない』という約束は有効。

それに、『上』が高値を付ければ付けるだけ、私達への報奨金も増える。」


Sさんの笑顔は妖しく、そして、とても美しかった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


テーブルに乗せたトレイ。あの焼き物を覆う、白い布。


「じゃ、●村さん。どうぞ、布を。」

「良いのか?」

「勿論。これは、●村さんが買い付けたんですからね。」

白い布の端を掴んだ●村さんの手は、微かに震えていた。


それは、茶碗? 美しい。漆黒の生地に、無数の、青白い輝き。


「おい、橘。これは...」

「本当に良く似てますよね、というか、僕は此方の方が美しいと思いますが。」

「馬鹿な、世界に4点しか無い茶碗だぞ?」

「諸説有りますね。最近物議を醸しているものと、

戦乱で焼失したと言われているもの。

最大で6点、でしょうか。現代の復元を除いて、ですが。」


世界に4点とか6点って? これが??

確かに、凄く綺麗だけれど。特に、この、青い輝き。

前に見た記憶が有る。あれは何時...


「☆ルフォ・ブルー。」


その言葉を口に出した途端。

チーフと●村さんが、まじまじと、私を見詰めた。

沈黙が、気まずい。


不意に、●村さんが笑い始めた。

釣られたように、チーフも笑う。


「あの、私、何か変な事を?」

「い~や。少しも変じゃない、むしろ慧眼だよ。

全く、前任者も、このお嬢さんも...

橘、お前の秘書は何でこんなに有能なんだ?」

「まあ、人望というか。」

「言ってろ。」



それから半月、給料日。


明細を見て、息が止まりそうになった。桁が、違ってる?

何かのミスか...でも桁を1つ減らしたら、手取り半減以下。

いや、半月でPRに持ち込まれた仕事は数件だけ。

鑑定が5件、それに、例の茶碗の件。確かに、数は少ないけれども。

これじゃ『手取りが倍』どころか、歩合制のリスク全開だよ。


「あの、チーフ。この明細、何かの間違いじゃ?」

「え?ああ、それね。間違いじゃ無いよ。」

「だって...手取りが倍どころか。」

「☆ルフォ・ブルーが売れたんだ。詳しくは知らないけど、『九桁』でね。

それで、PRにも規定のボーナスが入った訳。だから。

杉◎君から聞いたでしょ?『給料は歩合制』って。」


「『九桁』って、億? あの茶碗が...」

確かに、凄く綺麗だったけど。幾ら何でも、そんな値段。


「多分、買ったのは陰陽師の一族だよ。

☆ルフォ・ブルーについては、ハッキリとした来歴の説明が出来ない。

だから、正規のルートでは其処まで高値はつかないんだ。

だけど彼等にとっては、今回の件で新しく生まれた、一種の神器。」


「じん、ぎ?」

「ええと...神様の器と書いて、神器。

神様や高位の妖精が関わったと証明されている品物。

陰陽師なら、是非確保して収集品に加えたい『お宝』って事。」


確かに、今回の件。SさんとRさんは成り行きの全てを知っている。

あの2人を通して、茶碗の情報が陰陽師の一族に伝わった?


チーフは朗らかな笑顔を浮かべた。


「兎に角、☆ルフォ・ブルーは、収まるべき所に収まった。

●村さんにも、PRにも、相応のボーナス。

文字通りWin-Winの取引。何の問題も無いね。」


『羽化(結)』了/『羽化』完

本日投稿予定は1回、任務完了。

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