4903 羽化(中)②
題名・本文とも今後の修正が予想されます。
御承知の上、お楽しみ頂ければ幸いです。
R4/06/15 6/19 追記
本文の加筆と、題名の修正を行いました。
本筋に変更は有りませんが、投稿直後にお読み頂いた皆様には、
御迷惑をおかけする事になります。申し訳有りません。
また、投稿当日早々に「いいね」を頂きました。
種類に関わらず、読んで下さっている方々からの反応は、
次回投稿に向けて、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
4903 『羽化(中)②』
独立採算の歩合制って。
典型的なハイリスク・ハイリターン。
『手取りが倍』は、あくまで仕事が順調な時。
もし失敗したら...
「私はPR立ち上げから4年間働いたけど、失敗はゼロ。安心して。」
ああ。やっぱり、この人は普通じゃ無い。
だって、この人は事もなげに私の心を読んで、答えてくれる。
「確かに、普通じゃ無いかもね。チーフに比べたら子供騙しだとしても。」
...ほら、また。
ランチを終え、PRに戻る途中。一歩先を歩く、杉◎さんの背中。
PRに近付くにつれ、その背中に緊張感が満ちてくる。
「そして、あなたも普通じゃ無い。
PRに近付いたから分かったの?それとも、私経由?」
「え?ええと、杉◎さんの背中が。何だか緊張してるような気がして。」
杉◎さんは、小さく溜息をついた。
「私も、焼きが回ったわね。」
立ち止まり、振り向いた顔は、何だか切羽詰まった表情。
「御願い。出来るだけで良いから、あの人を助けて。」
「え、それは。私が秘書なら、当然。」
「そうね。だけどホントは、秘書以外の...いいえ、今のは忘れて。」
次の瞬間、杉◎さんは元通り。
凄い美人だけど、まるでAIキャラクターのような、無表情。
「これから、PRの代表的な『仕事』を見学して貰う。
『仕事』をするのはチーフだけど、それに付随する雑事は秘書の領分。
しっかり見学して、自分のものにして。」
「『仕事』って、一体?」
「この会社で扱っている商品は何なのか、当然、知ってるでしょ?」
「美術品です...特に価値の高い、骨董とか。」
「そう。じゃあ、取引で一番大事なのは?」
「顧客との信頼関係。つまり、扱っている商品が本物だという、保証。」
「よく出来ました。」
杉◎さんは、大袈裟に手を叩いた。
「じゃあ、儲けが大きい商品ほど『鑑定』が大事なのは当然よね?」
「はい、それは...」
いくら『本物』でも、安価な商品では儲けが出ない。
骨董や古美術では『薄利多売』が成り立たないからだ。
一方、大きな儲けが狙える商品を扱う機会は滅多に無い。
『国宝』は言うまでも無い。
『重文』クラスでも、所番地がハッキリした物ばかり。
それらが売りに出される事は、殆ど無い。
だから当然、ウチのような会社で扱う商品は高額な物ほど『グレー』。
『新発見』で、未だ鑑定が定まっていないモノ。
当然、重文のような指定を受けていないモノ。
それらを誰が、どう鑑定するのか。
鑑定に不備が有れば、儲けどころか訴訟沙汰になりかねない。
「これから見学して貰うのは『鑑定』。見学は一度切り、次からは本番。
大丈夫。あなたには、私よりも素質が有る。期待してるから。」
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お屋敷への帰り道。Sさんは黙ったまま、窓の外を見ている。
話しかける事が躊躇われる程に、険しい雰囲気。
俺はひたすら、話を切り出すタイミングを待っていた。
お屋敷に近付いた山道、最後の信号。ようやく、Sさんの雰囲気が和らいだ。
「待たせて、御免ね。」 左の頬に、キスの感触。
「いえ。待つのは良いんですけど。」
「どうやって『器』を探すのか、気になる?」
「はい。どう考えても、そう簡単には。」
「◆◎商会。知ってるでしょ?この辺り、いえ、全国でも有数の古美術商。」
「まあ、名前だけなら。」
何度かTV番組の取材を受けているし、俺が知ってる程には有名な。
「明治時代創業の老舗だけれど、ここ数年、急速に勢いを増した。
その原因は『超能力調査室』。通称、PR。」
「超能力って...まさか、術を使って美術品の鑑定を?」
「御名答。今日も冴えてるわね。」
『冴えてる』?超能力調査室って名前なら、誰だって。
信号が青に変わった。ゆっくりと車を発進させる。
Sさんの、悪戯っぽい笑顔。
「PRの主任は、超人的な鑑定眼で『超能力者』と噂されてる。
PRが設置されたのは4年前、主任は二十代後半の男性。
それから◆◎商会は立て続けにビッグビジネスを成功させた。
国宝級の美術品や古文書の発見も幾つか。」
某TV局の、人気長寿番組を思い出した。
鑑定人は各分野のスペシャリストで、かなりの年齢。
陶磁器・絵画・古文書・刀剣...それらを鑑定して評価額を査定していく。
それぞれ専門の、しかも一流の鑑定人がいるからこそ可能な企画だろう。
一体、それら全てを、1人の人間が鑑定できるものだろうか?
しかも、二十代後半の青年に。それが可能だとしたら。
「噂だけじゃ無く、ホントに、術者なんですか?」
「古い家系の生まれだけど、『上』が把握してる術者の家系じゃ無い。
だから本人にも術を使っているという自覚は無いかもね。
でも、その『超能力』に術が関わっているのは間違いないと思う。」
それからSさんは、短い電話をかけた。
電話の相手は、◆◎商会。
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杉◎さんがPRのドアを開ける。
男性は応接用のソファで熱心に書類を眺めていた。
「やあ、お帰り。待ってたよ。早速で悪いけど『展示室』へGO!だ。」
言葉を発したけど、視線は書類に注いだまま。
「アクセス許可は先方が?」 「そう、『なるはや案件』だね。」
「橘さんにも同席を御願いしたいのですが。」
男性は顔を上げ、私と杉◎さんを交互に見詰めた。
それから、優しく微笑む。
「ああ、是非御願いしたいね。明日からは橘さんが、僕の秘書だから。」
『展示室』のドアは、PRとは全く違っていた。
分厚いドアにゴツいボタン式のロック。見るからに厳重なセキュリティ。
杉◎さんがインターホンのボタンを押した。
「PRの杉◎です。チーフと、新しい秘書をお連れしました。」
一瞬の間を置いて聞こえた、金属音。鍵が、開いた?
杉◎さんが先にドアを潜って、ドアを押さえる。
次にチーフ、最後が私。
何、これ?
部屋の壁、四方全てが硝子張りの飾り棚。
中央の応接セット。ソファに中年の男性が座っていた。
私でも、知ってる。営業部のエース、●村 敬。
「まあ、正式な依頼なんで問題は有りませんが。それにしても。」
チーフの、明るい声が場違いに聞こえる。
「『なるはや案件』が同時に5つって。幾ら何でも手を拡げすぎでしょ。
こんなの、社内のバイヤーだけじゃ足りない。
怪しげなフリーのバイヤーなんか使ってないでしょうね。
妙な品でも掴まされたら、取り返しがつかないってのに。」
まさかの、タメ口?
しかし、チーフも杉◎さんも平然としている。
恐る恐る、●村さんの反応を。
「お前がいるんだから大丈夫さ。だろ?」
「勿論、鑑定なら大丈夫です。
ただし呪物なんぞ持ち込まれたら、僕は尻尾巻いて逃げますよ。
もともと、PRは独立採算制。トカゲの尻尾部署なんで。」
●村さんは苦々しい表情。そして、薄く笑った。
「まあ、社長には俺から進言しておく。それより、仕事だ。」
●村さんの視線を辿る。
テーブルの上に5つの古美術品?
茶碗、壺、掛け軸、木彫の像、そして...これは?
「成る程...難しいモノを。」 「難しい?」
チーフは答えず、テーブルの上の古美術品を眺めている。
「茶碗と軸は本物。詳細は、追って杉◎君から連絡させます。」
「あとの3点は偽物か?」
「壺と木彫は壊して処分して下さい。しかし、これは...」
その視線が吸い付けられているのは。
「これは、『鑑定不能』です。処分は保留で。」
「『鑑定不能』...どういう事だ?」
「偽物ではない、しかし本物とも言えない。言うなれば『未完成品』。」
●村さんは深い溜息をついた。
「『未完成品』か、流石だな。それは、俺が買い付けた。」
「●村さんが...道理で。普通のバイヤーなら、まず手を出さない代物だ。」
「☆◆県の山奥、古くから陶芸の盛んな地域。
戦乱に巻き込まれ、焼きの途中で窯が破壊された。
これは、焼きが不完全なまま、ただ1つ残ったモノだと。」
「何時の戦乱やら...これ、少なくとも数百年は経ってますよ。
しかし何故、未完成品を、後生大事に伝えてきたんですかね?」
「それは知らん。ただ、姿形というか、佇まいというか。
これを逃す手は無いと思った。まあ、長年の勘だ。」
「一体、幾らで?」
「50万。まあ最悪、自腹で引き取っても惜しくない。
お前が『鑑定不能』な代物なら、それだけで買った甲斐が有る。
ある意味激レアアイテム、最高の記念品になるからな。」
「...望みは薄いですが、もう少し調べてみます。任せて貰えますか?」
「勿論だ。宜しく頼むよ。」
私が最後尾で『展示室』を出る直前、ふと気付いた。
備え付けの電話、LEDライトが点滅している。
私以外、3人の顔色が変わった。
『羽化(中)②』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




