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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
200/279

4901 羽化(上)

『羽化』の投稿を開始します。

新作故、投稿間隔が長くなること、投稿後の修正が多くなること。

以上2点を後承知の上、お楽しみ頂ければ幸いです。


追記

投稿終了後、早々に「いいね」を頂きました。

何よりの励みになります。有り難う御座いました。

出来るだけ早く(中)以降を投稿出来るよう、精一杯頑張ります。

4901 『羽化(上)』


一体何故、こんな事になったんだろう?


入社以来、自分なりに上手くやってきた。

仕事での失敗は無かったし、人間関係の問題も無い。

それなのに。



「橘君?」 「あ、はい。」

「今日まで、良く頑張ってくれたね。

明日からは新しい部署で頑張ってくれ給え。期待、してるよ。」


狸親父め。粉骨砕身、働いて来た部下への報いが、これか?


「引き継ぎには、ちょっとばかり込み入った事情が有る。

だから今日は早速、引き継ぎにかかってくれ。

ああそうだ。『前任者』を呼んで置いた。」


突然。背後に、人の気配。背筋が冷える。

振り向くと、金縁のメガネをかけた女性が立っていた。


「杉◎君だ。じゃ、後は杉◎君に任せる。」


ヒラヒラと右手を振り、歩き去る狸親父。

追いかけて、首根っこを締め上げたい衝動に駆られる。


「気持ちは分からないでも無いけど、止めておきなさい。

折角の栄転なのに、ふいにしたくは無いでしょ?」


「折角の栄転なんて、

秘書室から、社長付の秘書から何処に異動したら。そんな。」


その女性は穏やかに微笑んだ。

「逆に聞くけど、あなたの言う『栄転』って、どんなの?」


「それは...ステータスって言うか。」

「ステータス?具体的には?」

「ええと、例えば、異動に伴って少し昇給するとか。」

「それなら、これは栄転。手取りは2倍以上になるから。平均で。」

「2倍、以上?」 「そう、あくまで『平均』だけど。」


そんな筈はない。どんな人事異動でも、給料が2倍だなんて。

この女性は、一体?


「あなたは『前任者』ですよね。

どうして、そんな魅力的な部署を離れるんですか?」


女性は微塵も戸惑いを見せず、私の眼を見詰め返した。

「私は既婚者で、妊娠したからよ。体調の問題で暫く休職するの。

望んでいた妊娠だし、仕方ないけど。正直、残念。」


混乱して、頭の中がグルグル回る。

こういう時に大切なのは...そうだ、出発点に戻る。


「それで、私が異動する部署は、どんな?」


「合格。私の見込んだ通りの、優秀な人材ね。

あなたの新しい職場は『Psychic Rresearch』、略して『PR』。

つまり、超能力調査室。またの名を『駆け込み寺』。」


...意味が、分からない。いや、それよりも。


「あなたが、直接、私を推薦したんですか?」

「当然でしょ。社運を左右する仕事をしてる部署なんだから。

三ヶ月かけて、のべ30人近い人材から、あなたをピックアップしたの。」


「何故、私を。30人の中から、どうして。」


「その中で、一番適性が有ったから。」


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


仕事を終えて、お屋敷に戻る。 今日は、少し疲れた。


ドアを開けると、電話機の前に姫とSさん。

姫の手に握られているのは...FAX用紙?

2人の表情が何とも微妙な感じだったが、無理もない。


それは、何とも掴み所の無い依頼だった。


「これ、一体どういう事ですか?

探す物が何か、何故それが必要なのか、それが全く解らない。

無理ゲーにも程が有るでしょうに。」


ただ、この依頼は『上』を経由している。

相手が『貴客』だから、『上』はこの依頼を受けざるを得なかった。

そして『上』も無理ゲーを承知の上で、Sさんに依頼を。


「6才になったばかりの男の子。

誕生日を過ぎた頃から妙な事を口走るようになった。

殆どは聞き取れない。だけど、中にはハッキリ聞き取れる言葉もある。


『うつわがいる』 『からだをこわすにしのびない』


「このような事例は、図書室の記録にも記載が有りません。」

「Lの言う通り。ただ、気になる言葉が2つ。」


『うつわ』・『こわすにしのびない』


「依頼が本物かどうかは判らないけど、放ってはおけない。そんな気がする。」

「本物かどうかを確かめるには、男の子と話をする必要が有りますね。

それなら僕が参加するのは当然として...」


Sさんと姫は顔を見合わせた。きっかり3秒後に頷き合う。

口を開いたのは、Sさん。


「子供達はLに任せて、私がR君の補佐に付く。」


その一言で、依頼への対応がカッチリと決まった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


杉◎さんの後を追って、ひたすら歩く

...この会社、こんなに広かったっけ。


「此処まで来るのは、初めてでしょ?」

「はい。3階がこんなに広いなんて、全然。」

「私と一緒だから、結界を抜けられるの。」

「結界?」


ええと、小説とか漫画に出てくる、アレ?


「『PR』には、最も厳重な結界が張られてる。五重。

直ぐには信じられないでしょうけど。」

「五重にも結界を張って、一体何を、護っているんですか?」


杉◎さんは立ち止まり、振り向いて微笑んだ。


「それよ。あなたは『対応力』に秀でている。」

「対応力って。」


「そう。私は『直ぐには信じられないでしょう』と言ったけど、

あなたはアッサリと信じた。そして直ぐに次の質問。

『何を護る結界なのか』

30人どころじゃない。これ程の適性を持つ人材は...

1000人、いや、10000人に1人。いるかどうか。」


「そう言って頂けるのは嬉しいのですが。そもそも私達は何処に?」

「此処よ。『PR』に繋がる通路。」


杉◎さんが指さす先、細く薄暗い廊下。

さっきまで、此処は行き止まりの壁。こんな廊下は。

短い廊下の先。杉◎さんはドアノブを回した。



「チーフ、何度言ったら分かるんですか。

今日は引き継ぎ、明日からは新しい秘書の方が着任するんですよ?」


杉◎さんの視線の先。大きな机が横並びで3つ。

目を疑うような量の書類が、堆く積み上げられている。


「杉◎さんの離任。僕は、同意してないよ。」


書類の山々の向こうから、くぐもった声。


「事情はお伝えした筈です。私だって離任したくは有りません。

しかし身籠もった身体には毒だと、チーフ自身も。」

「そうか...そうだったね。」


書類の山々の向こう。ユラリと立ち上がった人影。

2人のやり取りを見詰めていた私。


逸らすのが間に合わないタイミング。

寸分の狂いも無く、その人と、眼が合った。


数秒。いや、十数秒の沈黙。

線の細い女性のような、綺麗な顔。大きく、澄んだ瞳。

吸い込まれるようで、どうしても眼を逸らせない。


「これは。綺麗な人だなぁ。

杉◎さんも美人だけど...まるで、女優さんみたいだ。」


何故、だろう?胸の奥で、何か激しい反応が。


突然の破裂音。


「痛!いきなり何するんだよ。」


杉◎さんがファイルを持っていた。いつの間にか、男性の背後に?


「セクハラ、バワハラ。色々と難しい世の中ですよ。

しかも初対面の、若い女性相手に。本気でクビをお望みですか?」

「思った事を、素直に言っただけだろう...何で?」


再び、破裂音。


「だから痛いって。御免、謝る。」 「結構。」


ええと、この男性がチーフで、杉◎さんが秘書、だよね?


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


依頼人の自宅。挨拶もそこそこに、通された居間。

大きなソファに男の子が横になっていた。

思わず、Sさんの顔色を覗う。

Sさんも俺の眼を見詰め返して、小さく頷いた。


これは、普通じゃ無い。

通常の眠りとは違う。これは、以前経験した...そう『制服の君』。

あの娘の眠りと共通する、何か、独特の。



「先ずは『うつわ』。普通なら、容器とか入れ物ですが。」


Sさんの声に応えた男性。男の子の父親だろう。


「私達も、そう考えました。

何しろこの子は、家中の食器や花器と、にらめっこを始めたんです。」

「にらめっこ?」

「はい。10分でも20分でも、じっと見詰めているんです。

ありふれたガラスのコップから、古伊万里の壺まで。本当に、何でも。」


やはり、普通じゃ無い。

親や、周りの大人の気を引くためなら、別の、もっと効果的な方法が有る。

では一体、これは、何だろう?


疑問を解決する方法は1つしか無い。

それこそが、俺がこの件を担当した理由。


『言霊』で男の子を起こして、コミュニケーションを。


「私の助手、Rは『言霊遣い』です。

このような場合、絶対に必要なのは対象とのコミュニケーション。

ここはRの能力を頼りに、この子と。」


Sさんの視線が俺を捉える。それを追いかけるように、両親の視線も。

やはり、そうだ。先ずは、俺の仕事。


「私が、この子に言葉をかけ、コミュニケーションを取ってみます。

当然、男の子の眠りを覚ます事になりますが、それで宜しいですか?」


男の子の両親は暫く見つめ合った後、声を揃えた。

「どうか、宜しく御願い致します。」


『羽化(上)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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