4708 影の里(下)②
5/27追記
初めて「いいね」を頂きました。
『影の里』完結に向けて励みになります。
本当に有り難う御座いました。
4708 『影の里(下)②』
里の中央、一番大きな屋敷。
その屋敷よりも数倍は大きな庭。
全軍が片膝を着き、頭を垂れて待つ。
その数325。通常の兵であれば、大軍に太刀打ちできる数ではない。
しかし、全員が武と術を兼ね備えている。
武と術のどちらが優れているかは、それぞれの適性。
その適性を基に、最大3つの班を編成して近隣の村を護る。
限られた期間内で、最高の準備が出来たと思う。
「皆の者、面を上げよ。当主様より激励の御言葉である。」
涼やかな女性の声に、広大な庭の空気が震えた。
顔を上げると、正面に立つ数人の姿。
その中央に立つ男性と女性。一目で分かる。
どちらも、とんでもない術者。女性は先程の声の主。男性は。
「いよいよ明日、皆は出発の日を迎える。
我等一族と『影』は力を合わせ、戦に向けた準備を整えてきた。
皆の、その努力に、当主として心からの敬意を表する。」
男性は深く、深く、頭を下げた。
静かに、時間が過ぎていく。
やがて男性は一同を見回した。
「大した数ではない。敵は我等の軍を見て、そう思うだろう。
しかし強さは数ではない。強さとは、地の利・そして戦意と能力だ。
要所には既に堅固な砦が完成している。
そして何より、今此処に在るのは、武と術を兼ね備えた連合軍。
古今東西、このような軍が存在した事は無い。
いや、かつて誰も想像すら出来なかった、最強の軍。」
兵は誰一人、言葉を発しない。
しかし全員の心が高揚し、1つになっていくのが分かる。
「我等一族を滅ぼすため、敵は主立った術者を寄越すだろう。
しかし敵は、我等と『影』が組んでいる事を知らぬ。これも、我等に有利。」
男性は一度言葉を切って、もう一度全軍を見回した。
「主立った術者を廃すれば、残りの兵は問題にならぬ。
村を護る戦に勝利した後、少数の精鋭が遠く▽◆に移動。
敵の本陣を急襲する。狙いは◇氏の中枢。我等一族と『影』の宿敵。」
やはり、そうか。
それが定石。正しい戦略だろう。しかしあの男は戦を始める前に
「指揮官と副官は前へ。」
微かな、ざわめきが聞こえる。
「呼ばれてる。みづき、君だ。」
!? そうだ、指揮官。
立ち上がり、深呼吸。足早に御二人の前へ。あの男も、我と共に進む。
御二人の前で片膝を着き頭を垂れる。小声で謝罪を。
「申し訳ございません。このように晴れやかな場所には縁がなく、不調法を。」
「構いません。」 これも小声、あの女性の。
「指揮官の徴として、当主様が宝剣を授ける。」
「は。」
顔を上げると、御二人が我を見詰めていた。
今まで感じた事のない、底知れぬ力。身体が竦む。
「『影』で最強の戦士、若いと聞いてはいたが、女子とは。ますます、心強い。
さて今度の戦、全指揮権を其方に委ねる。どうか、宜しく頼む。」
「恐れ多い御言葉。必ずや、勝利を。」
「うむ。では、これを。」
差し出された宝剣。ただならぬ気配、もしや神器、か。
両手で宝剣を受け取った、直後。
「おや、其方。」 呟くような、当主様の御声。
「まさか、旭日。お前。」 女性の表情が厳しい。
「我に、一切の私心無く。ただ、双月殿の命に従うのみ。」
「しかし。」 「桃花、もう良い。」
小声での遣り取りの後、男性は全軍に宣言した。
「今、まさにこの時、我等は最高の指揮官を得た。
明後日以降、皆の奮闘は必ずや、栄光ある勝利へ繋がるだろう。
既に宴の準備が調っている。予祝だ。今夜は思うさま、食べて飲もう。
いざ、皆の者、立てい。共に鬨の声を挙げよ!!」
囂々たる歓声が里を包んだ。
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里の外れに近い、小さな庵。戸を叩く。
「双月だ。」 「やっぱり、来たか。入ってくれ。」
珍しく、男の笑顔は力なく曇っていた。
「指揮官が、宴に出なくて良いのかい?」
「訓示は終えてきた。そもそも、それを言うなら副官が雲隠れなのは?」
「面目ない。まあ座ってくれ。酒と肴は届けて貰った。」
言われるまま、草鞋を脱いで畳間に上がる。
小さな座卓を挟んで向かい合う。
今夜の目的は反省と再検討ではない。言わば、私事。
男は座卓に肴を並べ、酒を温めた。慣れた、手つき。
「今夜は、聞きたい事が有る。」
「まあ、そうだろうね。質問は幾つ?」
「まずは2つだ。」 「そうか、まずは一献。その後に質問を。」
「1つ目の質問だ。我が賜った宝剣は、神器か。」
「そうだよ。号は『★切』。君が使う武器とは毛色が違う。そう言ったんだ。
だけど、大きな戦で指揮官の権威を示す儀式だからと、押し切られた。」
「一族以外の者に、神器を託すとは思えないが。」
「正式な契約を結んだのだから、君達は『一族以外の者』じゃない。
そもそも、君達の力無しには、この戦に勝てないからね。誠意って奴だ。」
肴を食べ、杯の酒を飲む。
「では2つ目。こちらが本題だ。」 「どうぞ。」
「宝剣を賜った時、当主様は『おや、其方は。』と。
そしてあの女性、桃花の方様は、お前に『まさか、旭日。お前。』と。
一体、どう言う事情か?そしてそれは。」
男が注いでくれた酒を、一息で流し込んだ。
「以前、お前が我に『里では決して話すな』と言った事と関係が有るのか?」
「やっぱり、全部お見通しだな。まぁ、隠せるとは思っていなかったけど。」
男も、杯の酒を一気に飲み干した。
「君の適性は『陰』。
俺の『言霊遣い』よりも稀な適性で、現在、一族にも、その保持者はいない。
本当に存在するかどうか疑わしい、言わば、伝説上の適性だったんだ。
なのに、君達は殆どその適性の持ち主。非常識どころの話じゃない。」
「それで...それが何故、当主様と桃花の方様と関わる?」
「君は、影で最強の戦士。
つまり『武』と『術』の両方で飛び抜けた才を併せ持つ。
更に『陰』の適性。」
「我なら、使えるのか。『黒の宝玉』を。」
男は右手を座卓に叩きつけた。杯が倒れ、酒が。
「言うな!!二度と、言うなよ。」
懐の手拭いで座卓を拭く。杯を立てて、酒を注いだ。
「見苦しいな。それが、お前自身の望みだったのだろう。
『敵の中枢を叩き、始まる前に戦を止める。』
可能なら、我がやる。お前の望みを叶えるために。」
「駄目だ。駄目なんだよ。」 「何か、他に条件が?」
「そうじゃない。君なら使えるかも知れない、いや、多分使える。
でも駄目だ、絶対に。」
「それで、死人を減らせるのに、か?」
「そう思っていたさ。俺の命1つで死人を減らせるなら、安いものだと。
しかし、戦に巻き込まれなければ、そもそも死人は出ない。
『邪な術者を廃する。』確かに立派な御題目だよね。
しかし、その裏に、もう一つ。一族の思惑が有るんだ。」
「お前達一族の、思惑?」
「そう。この戦乱に乗じて、一族は都に進出するつもりなんだ。
権力者とは距離を置きながら、一般の人々に深く根を張る。」
「なら、やはり宝玉を使うのが確実な方法だろう。」
「だけど君は、君だけは駄目だ。絶対に。」
「理解、出来ない。命一つ、それがお前だろうと我」
「駄目だ!」 「だから、何故?」
「君が、好きだから。君を『贄』には出来ない。
笑ってくれ。散々、綺麗事を言っていたくせに、俺は...
俺は、君一人の命を選びたい。敵味方、数多の命よりも。」
「決して笑わぬ。そして、その話は我の胸の中だけに秘する。
ただし、それには条件が有る。」
「条件?」
一度土間に降りて、草鞋を履く。引き戸をくぐり、庭へ。
庭先に咲き誇る白い花々、山茶花。それを一輪摘んだ。
その花を抱いて、庵に戻る。
「一体、何を?」
傍らに座り、男を抱き締めた。
ゆっくりと背中を擦り、そっと、頭を撫でる。
あれは何時だったか?
訓練の厳しさに泣き出した弟や妹を、抱き締めて宥めた。
あの時はただ、言葉を掛けるだけだった。
でも、今は違う。
「歌って、誰かを慰めるなど、初めてだ。
R。我が、このような事をしたと、絶対に他言するな。それが、条件だ。」
「歌?もしかして...」
男を抱き締めたまま、深く息を吸う。
『花を摘め 紅く赤い花
摘みて奉れ 愛しき母に報恩の花
花を摘め 蒼く青い花
摘みて奉れ 愛しき父に報恩の花
別れに花を奉り 後に白い花を摘め
白き花を抱き あの御方の下へ』
二度、繰り返して歌うと、何故か涙が溢れた。
Rも嗚咽を堪えている。
「...何故、今、この歌を?」
「我は真の父も母も知らぬ。それを不幸かと思った事も有った。
だが、お前に会えたから、良い。何もかも、もう良い。
我は白い花を抱いて、お前の下にいる。それだけで。」
「そうか...その花、俺にも抱かせてくれ。」
「これで、良いのか?」
「真の父と母を知っている。しかし、表だって名乗る事は許されない。
それを不幸だと思った事も有った。だが、もう良い。
父と母に別れを告げて、君の下に。」
「血に汚れた女子が相手で、本当に良いのか?」
「自らの手を汚さず、取り澄ました女子など、願い下げだ。」
綺麗な顔を両手で挟む。
「では、契約成立だな。」
『影の里(下)②』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




