4707 影の里(下)①
予定より長くなっています。題名等、修正が必要かも知れません。
ただ、それよりも皆様が飽きずに楽しんで下されば幸いです。
4707 『影の里(下)①』
里を出立して5日目。
野営の場所を決めた後の稽古が日課になっていた。
里の生まれでない者に稽古を付ける。
相当な難儀だと思っていたのだが。
「今の動きは悪くない。反応がもう少し早ければ。」
男は、のろのろと身体を起こした。不満げな、表情。
「最初から、思ってたんだけど。」
「何だ?」
「君の動作、『切掛』が分からない。」
「『切掛』を見切られるようでは、未熟も良いところだ。」
「いや、普通はそうだろうけど。俺は『言霊遣い』だ。」
「それで?」
「全力なら、相手の『身体の音』も聞き取れる筈。でも、君のは無理。
そんなに迅く身体を動かしているのに...反則だよ。」
身体の音? 成る程、それで『切掛』を。
「それは隠すのが普通だろう。」
「隠、す?」
「隠さなければ『切掛』を読まれ易い。お前の言う通り。」
「あのね、身体の音ってのは、例えば呼吸や心拍だよ。
生身の人間が、それを隠すなんて。
予め術を使う手は有るけど、それなら『詠唱』を感知できる。」
「詠唱...『切掛』を隠すのに、わざわざ術を使う必要は有るまい。」
「もしかして、術を使わずに隠せるのかい?」
「考えるだけだ。我等の戦士は全員、それで隠せる。」
男は俯いて、額に手を当てた。
「非常識も良い加減にしてくれよ...そんな事が出来るとしたら。あ!?」
「どうした?」
いきなり、男は両手で我の肩を掴んだ。
「今の話。」 「うん。」
「俺達の里では、絶対に話してはいけない。誰にも。
他の人達にも、そう伝えてくれ。」
「何故、そんな。」
「兎に角、話しちゃ駄目だ。
里に着いたら、君達は武術の指導を任される。
その時、万が一にも、今の話をしてはいけない。分かった?」
「だから、何故?」
「お願いだから、『分かった』と言ってくれ。頼む。」
男の手は、小刻みに震えていた。
事情は分からないが、只事ではない。
「...分かった。他の者にも伝えておく。」
「頼む。」
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それから数日、細い道は途切れた。
高い崖、その先に見える集落。
「あれが術者の『隠れ里』、か。」
「そうだ。ここから結界を張った獣道を抜けて崖を降りる。
それからは半時で里に着く。しかし、驚いたな。
赤子を抱いた母親、幼い子も年寄りも自分の足で...」
「見込みから遅れていない、と思うが。」
「それが非常識なんだよ。見込みの倍はかかると思ってた。
これじゃあ移住じゃ無くて進軍だ。それも精鋭揃いの。」
「精鋭だけなら、こんな悠長な移動はしない。」
「...君達を敵に回さなくて、本当に幸運だ。」
その日の昼前。
術者達の当主と我等の長が顔を合わせた。
問題無く契約は成立し会談は終了。
・『影』は武力を提供し、武の指導を行う。
・術者の一族は、『影』の生活に必要な物資を提供する。
・戦の前に報酬の半分を支払う。残りの半分は勝利の後に支払われる。
・敗色濃厚となった場合、契約は解除される。
・勝利の暁には『影』を里の住人として迎える。
会談終了を待たずして、温かな昼餉が供された。
青菜の汁物、川魚の焼物。何より、我等の里では滅多に食べられぬ白米。
更に、我等の為に用意された住居。
それは、里の外縁部に立ち並ぶ、真新しい建物群。
この男との契約後、我等の人数・家族構成を知ってから...
いや、違う。この男との契約後では、建築が間に合うまい。
そもそも、どうやってそれを知らせたのだ。
我等の道行きは、人の限界を超えた速度だと言うのに。
待て、人の限界を超えた?
...『式』か。
そう、男との契約以前に、術者の式が我等の隠れ里に入り込んでいたとしたら。
それならば、我等の情報を掴んでいた事も、伝達の手段も理解出来る。
本当に、底の知れない術者の一族。
それを敵に回さずに済んだ。幸運だったのは我等の方かも知れぬ。
会談終了後。
引き続き、我は男の傍付き・調整役。更には武術訓練の指揮を任された。
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風呂と夕食を済ませ、里の外れに向かう。
あの男が住む、小さな庵。
一日の訓練について検討し、明日以降の計画を練り直す。
戦が迫っている。あまり猶予は無い。
この里の術者達は皆、なかなかに武の素質がある。
訓練自体は順調。しかし術者達には『実戦経験』が足りない。
直接、自分の手で人を殺す。それは、術による呪殺と全く違う。
精神の鍛錬は出来ているから、戦が始まれば対応は早い筈だ。
だから、適性ごとに術者達を班分け。各班に、相応しい『影』の手練れを配置。
班は二つ、いや三つの村が同時に攻め込まれたら...
引き戸の前に立った時、庵の中から声が聞こえた。
いや、これは、歌か。
『・・・わかれにはなをたてまつり
のちにしろき花をつめ 白き花をいだき ・・・』
胸の奥深くに響く歌声。
初めて、聞く歌だ。それなのに、涙が溢れて止まらない。
これも『言霊』の力...いや、それなら一体誰に向けた術なのか。
歌声が止んだ。
涙を拭い、呼吸を整える。
これで大丈夫か。もう一度、確認。そして庵の戸を叩く。
「双月だ。」
「ああ、入ってくれ。待ってたよ。」
今は見慣れた、人懐こい笑顔。
「歌が聞こえたが、あれは?」
「聞いてたのか。」
「聞いていたのではない。聞こえたのだ。それで、あの歌は?」
「里に伝わる童歌だよ。先祖が誰か、何処か別の地で憶えてきて、さ。
正確には分からないけど、遠い遠い昔に。」
「教えてくれ。」 「え?」
「初めて聞いたが、とても良い歌だ。だから憶えたい。」
「えぇ、人に聞かせるような...いや、教えるには条件が有る。」
「条件とは、何だ?」
「初めは俺が歌って聞かせる。憶えたら、君一人で歌うんだ。
つまり条件は、君の歌を聞かせてくれる事。」
「約束する。下手でも良いなら。」 「では、契約成立だ。」
『花を摘め あかくあかい花
花を摘みて奉れ いとしきははにほうおんの花
花を摘め あおくあおい花
花を摘みて奉れ 愛しきちちに報恩の花
別れに花を奉り 後に白い花を摘め
白き花を抱き あのおかたのもとへ』
「では一節ずつ。」 「頼む、師匠。」
不思議な程、心に染み込むように、節と歌詞が入ってくる。
それが『言霊』の作用なのかは分からない。
「さて、一通り教えたよ。聞かせてくれ。」
「間違っていたら、後で直して欲しい。」
「勿論。」
『花を摘め 紅く赤い花
花を摘みて奉れ 愛しき母に報恩の花
花を摘め 蒼く青い花
花を摘みて奉れ 愛しき父に報恩の花
別れに花を奉り 後に白い花を摘め
白き花を抱き あの御方の下へ』
「師匠、どうだろうか?」
「...ああ、完璧だよ。上手だし、何より、声が綺麗。吃驚した。」
「そうか、師匠が良いのだな。」
「あのさ、俺は師匠じゃ無い。」 「え?」
『俺の名はRだ。』
言霊の籠もった...これは、号で無く『本名』?
「何故、本名を名乗った?」
「君の歌が素敵だったからだよ。」
「全く、意味が分からぬ。」
「そうかい?そう言えば、会ってから一度も、俺の名を聞かなかったね。」
「普通、術者は本名を名乗らぬ。
それに、里に着けば術者達の口から『号』は聞ける。
そう思っていたし、実際、その通りだった。」
「でも、号で呼んでくれた事も無いだろう。」
「話すのは二人きりの時だけ。だから、呼ぶ必要が無い。
それに自分から教えてくれた訳では無いから...
その、号で呼ばれるのは、好かぬのかと思った。」
以前、この男は術と武の才に
「そう。当主様には悪いけど、あの号は嫌いだ。
その号に見合う才を、俺は持っていない。
だからもし、君が俺を呼ぶ事が有るなら、本名で呼んで欲しい。」
『影の里(下)①』了
本日投稿予定は1回、任務完了。




