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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
192/279

4704 影の里(中)①

R04/6/12 追記

こちらにも「いいね」を頂きました。

次作の投稿に向け、何よりの励みになります。

本当に有り難う御座いました。

4704 『影の里(中)①』


眼を開けた。

天井の模様と照明器具に見憶えが有る。


間違いない。

◆成さんのスポーツジム。入って直ぐ右、受付窓口のある事務室。

体勢と、首筋から頬にかけての感触で分かる。

俺は来客用のソファに寝かされていて、御影さんの膝枕。


何で俺は、御影さんの膝枕で...


「R。大事無いか?」

俺を見詰める、茶色の瞳。

姫と同じ顔。でも、姫とは少し違う表情。

身体を起こそうとしたら、肩を押さえられた。

「このままでいろ。意識は戻ったが、もう少し様子を見たい。

他にも何か、影響が有るかも知れないから。」


意識が、戻った?


そう、だ。

『智慧と記憶の管理者』が再検索・改訂した記録。

記録の再生が終わった後の、記憶がない。


もう一度、俺の状況を整理する。

寝かされているのは、事務室(兼応接室)。3人掛けのソファ。

すると、◆成さんとソフィアはテーブルを挟んで...

二人の目の前で膝枕。

かなり気恥ずかしいが、今更気にしても仕方ない。


御影さんだと思うと後ろめたいが、あくまで外見は姫。

気を失った夫を気遣って、膝枕で介抱しても問題無いだろう。

いや、むしろ当然の行為と言っても良い。


...我ながら無理な理屈。

テープルの向こうを見る勇気はない。此処は御影さんの言葉に従うが吉。

自分に言い聞かせ、眼を閉じる。


「迷惑をかけて、済みません。僕は、資料の再生が終わった時に?」


御影さんは小さく頷いた。

「脈は正常だったから、取り敢えず、此処に運んだ...◆成が。」

テーブルの向こうで気配が揺れる。◆成さん?

そうか、◆成さんが俺を運んだというのは多分、嘘だ。

でも当然、そこを追求してはいけない。◆成さんに礼を言うのも藪蛇。

黙って御影さんの言葉を待つ。


「意識を失っていたのは、3分位だろう。

『あれ』は、かなりの遠距離を力技で繋いでいた。

だから、切れた時の衝撃が大きかった。生身の、人の身には。」


温かな掌、今度は頬を撫でた。気持ち良いけど、やっぱり気恥ずかしい。


「あの夢、というか...資料の再生。

もう少しだけ続いていたら、きっと『呪』の詳細が分かったのに。残念です。」


本当に、残念だ。

何故だろう?再検索が上手くいかなかったのだろうか。

『智慧と記憶の管理者』が、失敗なんて。


「あのタイミングで再生をとめたのは『あれ』なりの配慮だろう。」

「配、慮?」

「『呪』の詳細なら、我が知っている。

以後の経緯を含め、語るのは我の役目という事だ。

粋な計らいと言っても良い、少しだけ、『あれ』を見直した。」


そうか。御影さんが知りたかったのは『呪』の詳細じゃない。

御影さんの先祖が 本当に、赤子と母親の命を奪ったのかどうか。

そして恐らく、隠れ里まで赤子と母親を連れて行った、理由。

つまり、『智慧と記憶の管理者』が資料を開示した相手は俺じゃ無い。

御影さんだ。


だから御影さんは俺の瞼にキスをして、視界を共有した。

『再検索した結果がどんな話でも最後まで一緒に聞く。』

俺が、そう言ったから。


開示の対象が御影さんなら、あれで再生は充分だろう。でも。


「『呪』の目的が『加護』だとしたら、

それが子孫に伝えられなかったのは何故でしょうね?」


一瞬。戸惑ったように、御影さんの気配が揺れた。

しかし、揺れは直ぐに収まり、温かな手が俺の髪を撫でた。


「お前は、お人好しだな。本当に、良く似ている。」

「お人好し?」

それに、似ているって。


「万が一、目的が『加護』と知られれば、

赤子と母親が生き延びた事をも知られると言う事だ。」


確かに。

御影さんの先祖を雇い入れた者の目的。

それを知られるのは『裏切り』の証拠を掴まれるのと同義。


「先祖達は、何としても生きながらえ、復讐の機会を覗うと決めた。

なのに、傭兵として外の世界と繋がりを持つ者が真実を知っていたら?」

「□×方の...術者の尋問を受けた時に、それを知られる。」

「その通り、だ。」


だから、尋問に反応して精神を破壊する術を掛けておく。

それ以外に、術者の尋問を術に対抗する手段は無い。しかし。

この場合、その術を掛けられている事が、裏切りの証拠になってしまう。


「そう、故に隠した。赤子と母親の身分を、里の者に。当然、子孫達にも。」

『敵を騙すには、まず味方から。』という事ですね。」


一族が生き延びるため、心ならずも、旧敵に雇われた。

そこに、惨い命令。赤子と、母親の殺害。しかも、二人分の『呪』を引き受ける。


だから御影さんの先祖は、依頼通りに二人を殺したと見せかけて、里に匿った。

更に、母親は優れた術者。その助けを得て、

唯一の弱点であった、対術者戦に備える。

共通の敵を滅する機会が、いつかきっと来ると信じて。


相手に知られなければ、それは最善の策。そう、知られなければ。


「その『呪』が我等を里に縛り付けている、そう聞いた。

代わりに我等の血は、比類無き『力』を備えている、と。

実際、我等は里以外で子を成す事は出来なかった。

我等の『力』については、今更説明する必要は無いだろう。

そして我等は代々、武と術の研鑽を積み重ねて来た。

いつの日か、必ず仇敵を討ち果たす。

それが『呪』から一族を解放する、唯一の道だと信じて。」


「あの場に居合わせた御先祖様達は、口裏を合わせたんですね。」

「間違いない。連れ帰った母親は、殺害した者達が召し抱えていた術者。

そんな風に説明したのだろう。その時代、既に『外の血』は貴重だったから。」


勿論、その話の裏に気付く者もいた筈だ。

しかし『仇敵』を討ち果たす為に、口を噤んだ。

そしてひたすら、その宿願に向けて研鑽を積む。そんな事が、本当に。


「それがどれだけ、過酷な生き方なのか。僕には想像も付きません。」

「『過酷』だと思った事は無かった。物心付いて以後、それが当たり前。

あの御方に逢うまでは、な。」


『あの御方』、それは多分。


「あの御方に逢ったのは都。我が兄と妹を売った後だった。」


!?


俺だけじゃ無い。

テーブルの向こうで、◆成さんとソフィアが激しく動揺している。

この後を聞くべきだろうか、俺が聞いても良いのか?

しかし、それを聞くのは、俺の役目。


「あの...売った、って?兄さんと、妹さんを。本当に?」


「里で生まれた子は全て、『里の子』として育てられた。

そして、今で言う英才教育。『武』・『術』。更に『謡と舞』。」


「ええと、『武』と『術』は当然として、『謡と舞』は、何故?」


「『呪』の加護が有るとは言え、

生まれた子の全てが『武』と『術』の才を備えている訳では無い。

『武』と『術』の才を持たぬ者は、都に売られた。

奉公を名目として、仇敵の情勢を探る『端末』となる為に。

だから、どうしても必要だったのだ。『謡と舞』が。」


まさか、そんな...


『謡と舞』を伝えたのは、『鬼灯』という名の術者。

赤子の母親。恐らくは都から最高の『謡と舞』を。同時に、礼儀作法も。

でも、それを身を売って情報を得るために使うなんて。幾ら何でも。


思わず、涙が溢れた。


「R...お前も、泣いてくれるのだな。

あの御方と同じく、我等の為に、涙を流して。」


「御免なさい。本当に、僕が聞いて良い話なのか、分からなくなりました。」

「お前には、聞いて欲しい。全てを。

我が何故、どのように、どれだけの人間を殺してきたか。

例えそれで、お前に蔑まれる事になるとしても。」



多分、いや間違いなく。もっと辛い話を聞く事になる。

兄さんと妹さんを売った後、何があったのか。

『あの御方』との出逢いと別れ。

そして、御影さんの全力を解放した殲滅戦の経緯。

それを聞くなら、当然、相応の覚悟が要る。


深く息を吸って、腹に力を込めた。


『聞かせて下さい。何を聞いても僕は、御影さんが好きです。』


瞼に、温かいキスの感触。

◆成さんの口笛は聞こえなかった。


『影の里(中)①』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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