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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
188/279

4606 雪白姫/盟約(結)

4/20 追記

昨日、手違いで最終稿1つ前の段階を投稿してしまいました。

改めて最終稿を投稿致します。当然、かなりの手直しが入っております。

既に読んで頂いた方々には、心よりお詫び申し上げます。

???と感じられた部分が、最終稿で解消されれば幸いです。

本当に、申し訳ありませんでした。



『雪白姫』、完結です。

ただ今後、訂正・修正が有るかと思われます。

どうか、広い御心でお楽しみ頂ければ幸いです。

4606 『雪白姫/盟約(結)』


今なら、ハッキリと見える。

俺の目の前に立つ、その威容。


これが、『山と森の王』。

術者では無い。そもそも人間では無い。

それは、『神』そのもの。

此処までは、当主様の予想通り。


【主よ、申し開きのしようも御座いません。

全権を託して頂きながら、力が足りず。このような事態に。】


【ミカエル、許せ。決して、お前を軽く見ているのでは無い。

ただ、お前にも分かっている筈。遥か東から遣わされた、三体の式。

あれらが完璧に連携すれば、我を封じる事も可能だろう。】


【確かに、あれらは『封神』級。しかし、我等の全戦力を以て当たれば。】


【既に、我等と人を繋ぐ仲介者、『最後の魔女』を失った。

今、お前までも失えば、我等の痛手は回復不能なものとなる。】


その言葉の重さに、逆らう事は出来ないだろう。

ミカエルも、他の妖達も、今はただ『森と山の王』を見詰めている。


【しかし何故、戦力を詳らかにしたのか。それが解せぬ。

最初から全力で強襲するが常道。その他にも策は有った筈。

我を封じ、『最後の魔女』を此処から連れ出すのが目的ならば、な。

語れ、東から来たりし『言霊使い』よ。

御前を此処に寄越した者の言葉を、その想いを。】


聞いて下さるのなら、見込みは有る。

深く息を吸い。下腹に力を込めた。


『まずは、我が一族の当主より、贈り物を。』


俺の言葉を待っていたのだろう。

ツミのような、小さな猛禽が、白い布袋をくわえて俺の肩に留まった。

あの夜、翠に山茶花の枝を捧げた妖だ。あの夜は小さな人の姿だったが。


「我が主の命を受け、贈り物を届けに参りました。」

「お勤め、御苦労。確かに受け取ったと、主に伝えてくれ。」

「御意。」 肩から飛び立った小さな影は、たちまち木々の中に消えた。


【贈り物、だと?】

『はい。どうか、お納め下さいますよう。』


それを布袋から取り出し、左の掌に載せる。

大きさの割には、かなり重い。

ペンデュラムに似た形に研磨された宝玉。

数多の平面が連なり、1つ1つの面がそれぞれ違う色の光を放っている。

月の光を吸い込み、それを再構成して放つかのような、煌めき。

神器を含め、一族の宝物の中で最も貴重なものの1つだと聞いた。


妖達から、溜息と感嘆の声が漏れる。

膝を着いて、右掌を添えて前方へ。そのまま深く頭を下げる。

一瞬の間を置いて、左掌から重みが消えた、


【これは...『虹の水晶』。しかも、この呪。】


『我等が当主から、『次の百年を考えた』そう申し上げよ、と。』

【次の、百年?】


『はい。かつて、人と妖、そして神々との契約はありふれたものでした。

その契約の目的はあくまで相互扶助。

この星に住み、直向きに日々を生きる存在同士が助け合うため。

しかし世は移り、人の心は変わってしまったのです。

日々の生活の基盤を、妖や神々への信仰に求める者は減る一方。

当然、人を慈しむ妖と神々の力も、失われていく。』


【その通り。我等も、仲介者たる『最後の魔女』を失った。

契約が解消されれば、遠からず森は切り拓かれ、我等も力を失うだろう。】


『当主の命を受け、私は今、この場におります。

どうか、その契約を、我等に引き継がせて頂きたく。

それが当主の、我等の...そして、我等と共に在る妖達の願い。

願いが叶いますれば、我等が森の管理と保全を担います。

今夜集いし3体の式。それは、我が一族、最大・最強の戦力。

当主は【この地で事有らば、その指揮を『森と山の王』に委ねる。】と。』


【...遠い距離を超え、言葉と習慣の壁を越え、連携する。

そうして各地に残る『契約』の残滓を束ねていけば、やがて...

もしや、この星全体を包む『網』でも編むつもりか。】


『まさにそれが、それこそが、当主の考える【次の100年】かと。』


【生まれた土地の如何に関わらず、それぞれの力と性質に関わらず。

ただ、共に『この星に』生まれた者としての、連携。

限り有る人の身で、そのような夢を語るなど。

今時珍しいロマンチスト、それとも大馬鹿者か...

一体、そなたの主とは?】


『お言葉では御座いますが。

そもそも、人と妖の、そして神々の間に結ばれた契約は、

共通の『夢』を礎にして成り立っているものと承知しております。』


口の中が乾く。正直、怖い。

俺の言葉が『森と山の王』の逆鱗に触れるのは、最悪の事態。

間違いなく、御影さん達は俺を護るために、最大出力で...


【その意気や良し。我も、そなたの主と同じ夢を見たい。

その夢が叶う日まで『虹の水晶』を預かり、同志の証とする。

しかと、主に伝えよ。】


『森と山の王』は振り向き、ざわめく妖達に向かって右手を挙げた。

その姿を起点として、静けさが拡がっていく。


【今宵、遥か東からもたらされた提案。我はそれを受け容れると決めた。

今後は力を合わせ、互いの地に暮らす生命を護る事になるだろう。

我に同意する者は手を挙げ、声を上げよ。

同意しない者は去れ。去る者にも、一切の咎めはない。】


最初は、声とは感じ取れない微かな響き。

それはさざ波のように空気を揺らし、次第に大きく。

響きは同調し合い、やがて激しい怒濤のように、森全体を包んだ。


妖達の高揚と喧噪を背に、歩み寄ってくる。

『森と山の王』の御姿。


【...極東の言霊使いよ。其方に伝える事がある。さ、近う。】


指示に従い、両膝を着いたまま、声の方向へ躙り寄る。

突然、耳元に気配を感じた。

ごく小さく、しかし、しっかりと耳の奥に響く声。


【我が血を継ぐ魔女を倒した、あの式の技。実に見事であった。

今、此処にいる者全てが、魔女の死を信じているだろう。

その技に敬意を表し、魔女を、この地から連れ出すのを許す。

ただし故事に習い、その仮死を解くために必要な呪を乗せておく。

我が血を継ぐ魔女を、どう扱うか。それが試金石となるだろう。

そなたの主は、新時代の理想を追う真の夢想家か、それとも希代の詐欺師か。

しかと、見定めさせて貰う。】


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「容態は安定しています。

体温は32度。1分間の心拍30~35、呼吸6~8。

脳波は微弱ですが、異常の兆候は有りません。

これは昏睡というより、冬眠に近い状態と言った方が適切でしょう。

今まで私が経験した事のない事例ですが。」


言葉の主はソフィアの担当医。

事務的な、しかし心の底からの驚きと怖れを秘めた、言葉。


一族の者が運営に関わっている大学病院。

隔離された病室のベッドに、ソフィアは横たわっている。



あの夜。

御影さんの、術を載せた打撃がソフィアの心臓を停めた。

当然意識は消失、呼吸も停止。

だからこそ、あの場に居合わせた妖達はソフィアが死んだと信じた。


しかし、精緻な術と正確無比な打撃は拍動を停止させただけ。

心臓の組織には一切のダメージを与えなかった。

更に術の効果と氷点下の気温が相まって、体温も低下。

ソフィアは一種の仮死状態に入っていた。


『山と森の王』との謁見を終えた後。

御影さんの蘇生処置で、心臓の拍動と呼吸は再開した。

しかし未だに、ソフィアの意識は戻らない。



「『山と森の王』の呪、それを解く以外に策は無い。」

御影さんは3日に1度、姫の身体を借りて病室を訪れる。


「専門の術者が解析を続けているけれど、進展は無い。

それが『試金石』と言われた以上、何としてもソフィアの意識を回復させたい。

でも正直な所、かなり難しい状況だわ。『神呪』を解くなんて。」

Sさんは、2日に一度、ソフィアの病室を訪れる。


俺は毎日、ソフィアの病室に通っている。

あれから2週目に入ったが、出来る事は何1つ無い。


看護師からは、『排泄の手当が必要無い』と聞いている。

つまり、生命維持の下限ギリギリまで低下した代謝レベル。

担当医の言う通り、ソフィアは『冬眠』に近い状態。


そして、御影さんもSさんも、その眠りを覚ます事が出来ない。

その原因は、『山と森の王』が、御影さんの術に乗せた『神呪』。


『山と森の王』は言った。

俺達の一族が、ソフィアをどう処遇するかが『試金石』だと。

ならば何としても、ソフィアの眠りを覚まし、意識を戻さねばならない。

ソフィア自身が世界中を飛び回り、当主様の夢の実現に寄与する。

唯一、それだけが当主様の、俺達一族全体の想いを証明する手段。


しかしソフィアは今日も、微かな寝息を立てるだけ。


10秒に近い、寝息の間隔。耳を澄ます。

このまま、呼吸が止まってしまうのではないか。

不安は次の寝息で安堵に変わるが、またすぐに、不安に変わる。

このまま永遠に続くように感じられる、不安と安堵の連鎖。


ふと時計を見る。8時、26分。病室にいられるのは、あと4分。



何度も思い返した、『山と森の王』の言葉。


『故事に習い、その仮死を解くために必要な呪を乗せておく。』


一体、『故事』とは何だろう?

これまでの事例に、参考になる記録が有るだろうか。

いや、それなら、Sさんや御影さんが既に見つけている筈だ。

そもそも、『山と森の王』は当主様の【次の百年】を受けて、なのに『故事』?


...出口の見えない、思考の迷路。

これ以上、考えても仕方ない。続きは、また、明日。

ソフィアの顔を見詰める。


何処までも白い肌。光ファイバーを思わせる、透き通った髪。

そして、何度見てもハッとするような、紅い唇。

俺は知っている。もし眼を開けてくれたら、その瞳も同じ紅。


まさに『雪白姫』。



...『雪白姫』?

あの夜、積年の想いを吐き出したソフィア。

そして確かに、ルークは言った。『毒林檎の呪い』、と。


『雪白姫』、そして『毒林檎の呪い』。

『雪白姫』が眠りから覚めたのは、どうしてだったか。


馬鹿馬鹿しい。『山と森の王』の呪が、そんな単純な。

それに俺は偽りの...しかし。


駄目で元々じゃないか。


立ち上がり、ソフィアの髪を撫でる。

『偽りの婚儀』。それは、どれ程辛い選択だっただろう。

俺が、どんな人間なのか。

それを知ることも出来ないままに下した決断。


両手でソフィアの頬を挟む。冷たい。

その冷たさには不似合いな紅い唇に、そっと、キスをした。

そして、待つ。


...30秒・1分・2分。


やはり、変化は無い。まあ、本気で期待してた訳じゃ無い。でも。

いや、全ては明日。そして明後日。ソフィアが目覚めるまで。



翌朝。

病院からの電話で、俺は、ソフィアが目覚めた事を知った。


『雪白姫/盟約(結)』了/『雪白姫/盟約』完

本日投稿予定は1回、任務完了。

次作の投稿に向けた準備のため、明日から暫くお休みを頂きます。

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