表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
182/279

4504 あの霧を抜けて(結)

『あの霧を抜けて』、完結です。


明日から暫くお休みを頂き、次作の検討と投稿準備に掛かります。

ここからは全て未投稿の作品。不安のような、楽しみのような。

楽しみにして下さる方がおられれば嬉しく思います。

4504 『あの霧を抜けて(結)』


「ナオを引き取る時、養子にしなかったのは、

何時か2人がそうなってくれる事を願っていたからだ。

でもそれを上手く説明する方法を思いつかなくて、中途半端で。

だから逆にナオを不安にさせてしまったんだ。本当に申し訳ない。」

「いいえ。悪いのは私、です。お父さんの気持ちを理解出来なくて。」


「ねぇ、ナオ。本当に、それで良いの?相手がユウで?

『育てて貰ったから』って負い目を感じて、無理する必要はないのよ。

もちろんユウは私達の自慢の息子だし、

2人が婚約すればナオは本当に私の娘になるんだから、

こんなに嬉しい事は無いけど。」


母の声はもう調子外れではない。その言葉に感じる、温もり。

...そうか、『対症療法』でなく『根本的な策』。

Sさんの言葉の、もう1つの意味。

過ごした時間の中で、母はナオをもう『身代わり』でなく、自分の『娘』として。

不器用で臆病なオレ達が、本当の絆を結ぶまでの『対症療法』。


一緒に暮らし始めてから、母と父はナオに幸せな幻影を見ていた。


母にとって、それは心を病むほどに切望した、娘。

父にとって、それは妻と息子の心を癒してくれる、魔法。

それらの幻想が、ナオを追い込んでしまった。

何よりオレ自身が、母の歪んだ愛情を引き受けてくれるナオに甘え、

すっかり頼り切っていた。何て、情けない。


「私、この家に来た時、とても嬉しかったです。初めて、幸せだと、思いました。

お父さんもお母さんもユウさんも、みんな本当に優しくて。でも、暫くしたら、

どうしてこんな私を大事にしてくれるのか分からなくなったんです。

ユウさんが大好きで、ずっと一緒にいたい。でも、言えなかった。

私は何も持ってないし、お金や時間の事でどれだけ負担に。そう、思って。

でも、間違ってた。お父さんもお母さんもユウさんも、私を本当に。

なのに、それを疑うなんて...御免なさい。」


母は立ち上がった。ナオの隣に座り、肩を抱く。


「間違ってたのは私の方。女の子が、欲しかったの。

ユウを愛していたけど、どうしても女の子が。でも、無理だった。

だから、ナオがこの家に来てくれなかったら。私、本当に狂っていたと思う。

今も私がユウの母親でいられるのは、ナオのお陰なのよ。」


きっと、SさんとRさんには分かっていたんだろう。

あの時のオレ達は『根本的な策』に耐えられる程に強くはないと。

今は違う。一緒に過ごした時間が、みんなの心を固く、強く結び合わせた。

きっとそれが、Rさんが言った『魂の絆』。


「本人達の提案に、保護者2人も同意してる。婚約は成立、だよね?」

「あなた、ユウは勘違いしてるみたいよ。」

「勘違いって。オレは真剣に。」


「真剣?ユウ、お前、将来の事をどう考えてる?

卒業後の進路は?大学院への進学でも、就職でも、口出しはしない。

だけど、経済的な基盤もない状態で、

父さんと母さんの宝物を自分に任せろと言うつもりじゃないだろうな?

ナオだって、卒業式が終わった翌週には仕事の研修が始まるんだぞ。」


「...今は婚約。大学を卒業したら就職して、

それからちゃんと結婚を申し込む。それなら良い?」

「まあ一応、婚約には同意する。

でも、もし卒業後もフラフラしてたら、即婚約破棄。

ナオの結婚相手は父さんと母さんが探す。それが条件だ、良いな。」


「そんな。だって」

「ユウさん、大丈夫。私、信じてます。ずっと。」

「ナオ、これからもユウのこと、お願いね。」

「はい。有り難う御座います。」


ナオは微笑んだ。

その輝きは、島で2人きりで魚を釣った、あの日のまま。

家族の心を明るく照らす光。今も、そしてこれからも、ずっと。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「ナオ、ホントに行くの?

さっきの港で銀ピカの魚沢山釣ったんだから、もう十分じゃない?

後は、みんなでお茶してさ。色々話そうよ。久し振りなんだし。」


「私は見たいな~、今度の場所で釣れる魚はもっと大きいんでしょ?」

「うん、スズキはタチウオよりずっと重いから、迫力あるよ。」

「じゃあ決まり。釣りしながらでも話は出来るし。

嫌なら久美は車で待ってればいいじゃん。」


「ユキ、真理子。車出してるの私だよ。この、恩知らずどもが。」

「恩知らずって...私達みんな、ナオに勉強教えて貰ったでしょ。

ええと、一番世話になったのは誰だっけ。こんな時こそ、恩返しよね。真理?」

「ホントにそう。恩を忘れる輩は、人間では無い。」

「ぐぬぬ。」

「ケンカ、しないで。釣れなかったら、お茶しよ。」



「キレイだねぇ。川沿いに並ぶオレンジ色の街灯が、川面に反射して。

そこに映るシルエット。ナオはスタイル良いから、絵になるな~。」

「そうだね。持ってるのが釣り竿じゃなければ、まるでモデルさんだよ。」

「ま~だ言ってる。あきらめが悪くて、しつっこいのも相変わらず。」


「投げて、巻いて。投げて、巻いて。ず~っと繰り返し。何が楽しいんだか。」

「それが、良いんだと思うよ。何も考えずに、頭真っ白にボーッとしてさ。」


「ユウさんが、同じ事言ってた。」 「何?ナオは違うの?」

「釣りしてる間は、ずっと考えてるから。どうしたら魚が釣れるかって。

漁師はそれが仕事だし、ボーッとしるヒマなんか無いよ。

第一、ボーッとしてたら生命が危ない。」


「は?漁師?命が危ないって...」

「そう。私、島では漁師だったの。物心着いた頃から、ずっと。」

「あのね、無茶振りやめてよ。漁師だなんて、どんなリアクションしたら」

「あ、来た!」



「嘘でしょ、もう5分過ぎたよ。一体、どんな魚?」

「しっ、ナオの気が散るから。黙って。」

「そ、久美は黙るべき。」 「でも、こんなの。」

「大丈夫。真理ちゃん、タモ。あ、その網取って頂戴。」

「御意、すぐに!」


「うわ!何この魚。メッチャでか。」

「ナオ...凄い血。グロいよ。」

「こうした方が美味しいの。命を頂くんだから、美味しく食べないとね。」

「あんた何者? もしかして、ホントに、漁師?」


「だからそう言ったでしょ。お祝い事に使うお魚が必要なの。

このお魚たちのお陰で、きっと美味しい料理が作れるから。

それに、きっとユウさんも、喜んでくれる。」


「ユウさんって、ナオが下宿してる親戚の...イケメンだよね?年上の。」

「そう。ユウさんはイケメン。うん。」

「じゃあ『お祝い事』って、何?」 「結婚するの。」

「???」 「結婚、とな?」 「ユウさんが?」 「そう。」

「誰、と?」 「私と。」 「へ?」


「詳しく、聞かせなさいよ。何でそんな大事な事、今まで黙ってたの?」

「その、卒業してから、ずっと仕事の研修してて。みんなに会えなかったでしょ。

私が高校を卒業した時に婚約はしたんだけど、

ユウさんが大学卒業して就職したから、お父さんとお母さんが許してくれたの。」


「結婚に、就職まで?」

「ナオ、アンタね...もう私達、どうしたら良いのよ。

それがホントなら、何を置いても、一緒にお祝いしたかったのに。」

「その通り。幾ら何でも、薄情に過ぐる。」


「ホントに?」 「え?」

「お祝いに出席して欲しいって言ったら、みんな来てくれる?」

「当たり前でしょ。」 「当然。行かぬ選択肢など無い。」

「私達、みんなナオにどんだけ助けられて、なのにこんな...。」


「ううん、みんなに助けられたのは私。

みんなが友達にしてくれたから、今の私がある。ホントに、ありがとう。」

「馬鹿!馬鹿!!馬鹿!!!何でアンタは、いっつもそうなの?」

「久美、泣きすぎ。メイク流れてるよ。」

「そんなの、どうでも良い。真理もユキも同じじゃん。」


「これじゃ、お茶するの無理だね。きっとお店の人もお客さんもドン引き。」

「ナオ、あんた。」 「冗談。冗談だから。」

「うんうん、ナオは冗談なんて、一度も言った事なかったよね。さ~て。」

「...ええと、ユウさん紹介するから、許して。」


「うわ~ん。」

「何々?久美、どしたの?」

「だってだって、『冗談』だけじゃない。ナオが『交渉』してる。」

「うむ。言われて見れば、確かに。」

「ナオも、ちゃんと大人になったんだよ。ホントに、幸せなんだね。」


「で、何時?」 「何、が?」

「さっき、紹介するって言ったでしょ。まさか今更。」

「あ、今日。そう。今日、紹介する。」 「今日?」

「お迎えに来てくれる約束だから。さっきの港にも、送ってもらったし。」


「...それで、お迎えは何時?」 「9時、だけど。」

「ほうほう。あと50分、十分な時間であるな。」

「じゃあ、紹介して貰う前に、しっかり『予習』出来る。

ユウさんについて、二人の出逢いについて、他にも色々と。皆で。」

「前みたいに、丁寧に教えてくれるよね?ナオ先生?」


『あの霧を抜けて(結)』了/『あの霧を抜けて』完

本日投稿予定は2回、無事に任務完了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ