4501 あの霧を抜けて(上)
『あの霧を抜けて』の投稿を開始します。
相変わらず体調不良。不定期投稿は御容赦下さい。
4501 『あの霧を抜けて(上)』
「ん~、やっば外で食べるお弁当は美味。し・あ・わ・せ。
例えそれが、○ーソンの買い弁であったとしても、ね。」
「うむ、完全に同意する。特に晴れた日の海は、至上。」
「でも漁協の見学とか、正直退屈。普っ通~に『楽しい遠足』で良いじゃん?」
「そう、かな。私は好きだけど。海とか、漁港とか。」
「ナオってさ、何時も少しズレてるよね~。女子高生が漁港好き、とか。」
「何で?良いじゃん、人それぞれ。それよりナオの弁当、今日もカワイイ。」
「ホント美味しそうだよね。毎朝、自分で作ってるの?」
「お母さんと一緒に。2人で色々献立を考えるのが楽しいから。」
「...あのさ、前から思ってたんだけど。」 「何?」
「ナオは今、親戚の家にいるんでしょ?下宿っていうか。」
「そう、だけど。その、生まれた島から、進学のために。」
「じゃあ親戚の叔母さんを『お母さん』って呼んでるわけ?」
「あ...ずっと、小学生の時からだったから、何時の間にか。」
「だ・か・ら、人それぞれ。ナオの事より自分の成績心配しなって。
『推薦で○大狙うなら2年生の成績が大事』って、先生も先輩も。」
「あ~ヤダヤダ。折角の遠足なのに、ヤな事思い出しちゃった。
ナオはやっぱ◇大?成績良いし、推薦楽勝でしょ?」
「大学は...勉強するのは好きだけど。」
「え~?わざわざ進学のために親戚の家にいるのに、大学行かないの?イタっ!」
「おぬし、何度言えば分かる?要らん詮索はやめれ。ほら、ナオが困っておる。」
「詮索って、ナオが大学行かないで島に帰っちゃったら、会えなくなるんだよ。」
「何で島に帰るって決めつけるの? 専門学校も、就職だって。
それにまだ1年半も先の事でしょ。ね、ナオ...どした?」
「ほら、アンタが変な事ばっか言うから。あ~もう。」
「ゴメン。そんなつもりじゃ。」
「ううん大丈夫。ちょっと、島の事思い出して。私こそ、御免なさい。」
「それなら、あれ?」 「何だか急に、風強くなったね。」
「めっちゃ寒~い、嫌な感じ。お弁当食べちゃったし、もうバスに戻ろ。」
「なあ、最近、ナオと何かあったのか?」
ナオの乗った電車を見送った後、父親が突然口を開いた。
「いや、別に。何で?」
「何でって...2学期が始まった頃から、あんまり喋らないだろ。2人。」
やっぱり、父は勘が鋭い。だから相談するのも気が楽だ。
「喧嘩じゃない。だけど、ちょっと心配な事が。」
「心配な、事?」
「時々ボーッとしてるんだよ。オレが声かけても気がつかない位に。」
「何か、思い当たる事は?」
「校外学習かな。それ以外には何も。」
「ナオの高校の校外学習...先週の?」
「そう、先週の木曜。○町の海浜公園で弁当を食べたって。」
父は目を閉じて、深呼吸をした。
「海...それは、あの島での事と関係がありそうなのか?」
あの島での事。ナオの魂は海の妖に囚われていたと聞いた。
ナオを助けてくれた、あの2人。名前は...
「分からない。一度だけ『久し振りに海を見た。』って言ってただけで、
その後も海の事は言ってなかった。
でもナオの様子が変わったのは、その後のような気がするんだ。」
「海と言えば、父さんも、ずっと気になってた事がある。」
「何?」
嫌な、凄く嫌な感じ。何か、心の奥に押し込んでいた記憶が。
「あの人、Sさんが言った言葉だよ。『対症療法』って、憶えてるか?」
!? 思い出した。
Sさん。そして、Rさん。長い間、忘れていた名前。
「憶えてるけど、それが何で。」
「『対症療法』が、文字通りの意味なら、
症状を抑えるだけで病気の原因は消えてないって事だぞ。」
「あ...じゃあナオは。」
そうだ。何時か、『対症療法』が効かなくなる日が怖くて。
だからオレは、あの二人の名前を、『対症療法』という言葉を、忘れようとして。
「思い過ごしかもしれない。でも、もの凄く気になってた。
だからナオを海へ連れて行くのは避けてきたし、島にもあれ以来帰ってない。
ユウ、これからも注意しててくれ。ナオに何かあったら母さんも。」
...そうだ。
あの晩Sさんは『【どちらも】対症療法ですが』と言った。
ナオは、文字通り母の心の支え。
母が願い、心の底から願い続けて。
それでも産む事の出来なかった女の子の『身代わり』。
今ナオを失えば、母の心は今度こそ、完全に壊れる。
いや、母だけじゃ無い。父も、何よりオレ自身が...
もしかしたら、それがナオの負担になっているのかも知れない。
だけどオレはナオが好きだし、ナオがいてくれるから、家族が楽しく暮らせる。
ナオにも幸せに暮らして欲しい。オレは一生ナオを守ると決めたから。
「分かった。思い過ごしだと、良いね。」
「そうだな。」
思い過ごしじゃ、なかった。
それからも、毎日毎日ナオの口数は減っていく。
一昨日からは、オレ達の言葉に反応はするけど、ほとんど感情を表さなくなった。
心配した父と母が『暫く高校を休ませる』と決め、高校に連絡した。
昨日も今日も、ナオは一日中、部屋の中。
ずっと、窓の外をボンヤリ眺めて過ごしている。
「駄目だ。祖母さんに頼んで置いたけど、例の『先生』と連絡が付かない。
一ヶ月位前に『修行で暫く留守にする』って島を出たまま。
まだ帰ってないらしい。ホントに間が、悪いな。」
夕食後、電話を切った父親の表情は暗かった。もうナオは部屋に戻っている。
「あなた、ユウにも。ちょっと聞いてもらいたい事があるの。」
洗い物の手を止めて、母親はオレ達に声をかけた。
「聞いてもらいたい事って、ナオの事か?」
「ナオの事っていうか『ナオを助けてくれた人達』に関係あるかも知れない。」
「でも、その人達を紹介してくれた先生に連絡が付かないって、父さんが。」
母はタオルで両手を拭い、俺達を見詰めた。
何だか、思い詰めたような、表情。
「前に母から聞いた事がある。
ただの昔話で、そんな話をしたら絶対笑われると思ってたんだけど。」
「それで?」
父も真剣な表情。オレも息を殺して、母の言葉を待った。
「陰陽師。」 「おんみょうじ?」
「そう。事故や怪我で体から離れてしまった魂を、呼び戻す儀式をする人。」
オレと父は顔を見合わせた。
もしそれが...いや、あの晩のSさんの術。
あれは、物語の陰陽師そのものだった。
「詳しく、聞かせてくれ。」
「母が未だ若い頃、知り合いの奥さんに頼まれて運転手をしたんだって。
大きな事故の後、抜け殻みたいになってしまった旦那さんを、
『ある場所』に連れて行くために。その奥さんは免許を持ってなかったから。」
「それで?」
父とオレは固唾を呑んで、母の話に耳を澄ませた。
「その儀式が済むと、旦那さんは見る見る元気になって、
帰りの車の中では話も出来るようになったみたい。」
「父さん!」 言いかけたオレに、父は眼で合図をした。
「あのさ、お義母さんは実際に、その儀式を見たのかな?」
「多分。『人の形に切った紙を使う儀式だった』って言ってたし。」
もう一度、オレと父は顔を見合わせた。
父の表情に明るさが戻っている。オレも同じだ。
あの島でSさんがオレとナオに何をしたのか、母は見ていない。
なのに『人の形をした紙を使う儀式』って。
これはオレ達に残された、希望かも知れない。そう、信じたい。
「その『ある場所』って何処だ?」
「母から聞いたのは『○県との県境に近い山の中』と『大きなお屋敷』。
その2つだけ。でも、もし母が今もその場所を憶えているなら」
「恭子、すぐにお義母さんに連絡を取ってくれ。
明後日、土曜日は仕事が休みだから、一緒にその場所を探して欲しい。
もし見つかったら、何とかナオの事を頼んでみる。」
「分かった。私も一緒に行く。ユウはその間ナオの事お願いね。」
「大丈夫、任せて。」
昼前に出発した父と母が帰って来たのは夕方近く、2人とも表情は暗い。
母は台所に引っ込んでしまい、父はリビングのソファにぐったりと座り込んだ。
察しは付くけど、やっぱり気になる。
「駄目、だったの?」
「そうなんだ。お義母さんは結構細かく憶えてて...
その場所の、かなり近くまでは行った筈なんだ。
でも何故か同じ所をぐるぐる回ってたり、どうしても見つからない。
通りかかった車を止めて聞いたりもしたんだけどな。
お義母さんの年齢と体調考えると、あれ以上探すのは無理だった。」
言葉を切って俯いた、父の無念そうな表情。
黙って缶ビールを勧めると、父は一気に半分ほどを飲み干した。
深い溜息を吐き、それから無理矢理に笑顔を繕った。
「もう50年近く前の事だし、道がすっかり変わってしまったのか。
もしかしたらもう、その場所自体が無いのか。どっちかだろうな。
どっちにしても、望み薄だ。期待、してたんだけどな。」
父は胸ポケットから折り曲げた白紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「この、紙は?」
「お義母さんの話を聞いて描いた簡単な地図だよ。
目印にしたコンビニと、そこから山側に入って調べた脇道とか。」
「これ、借りても良い?」 「勿論、でも何で。」
「可能性が有るのはこれだけ。簡単には諦められない。
明日、オレが探しに行ってみる。父さんと母さんは無理でしょ。」
翌日、父と母は母方の親戚の結婚式と披露宴に出席する事になっていた。
渋っていたが、父は結局新婦の親戚代表挨拶を引き受けた。欠席は無理。
日曜だし、一日ナオの様子を見ているのなら、いっその事。
「ナオも一緒に連れて行く。もし見つかったら、直接ナオを診てもらえるかも。」
「了解。ただしバイクは駄目だ。父さん達は送迎してもらえるから、車を使え。」
ナオの事になると、父と母は眼の色が変わる。
「ありがとう。」
「ユウ、ナオを頼むぞ。でも絶対に無理はするな。」
「分かってる。」
その夜。父のメモをもとにPCで検索。
目印のコンビニはすぐに見つかった。
地図から航空写真に切り替えて、一杯に拡大。
でも、近くの山の中には、それらしい手がかりが見つからない。
大きなお屋敷なら、そこにつながる道も有る筈なのに。
父の言った通り、もうそのお屋敷がないのかも。
だけど、父の言った『その言葉』。
どうしても、それが、オレの心から消えなかった。
『あの霧を抜けて(上)』了
本日投稿予定は1回、任務完了。
明日から、次回投稿に向けて頑張ります。