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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第6章 2016
178/279

4501 あの霧を抜けて(上)

『あの霧を抜けて』の投稿を開始します。

相変わらず体調不良。不定期投稿は御容赦下さい。

4501 『あの霧を抜けて(上)』


「ん~、やっば外で食べるお弁当は美味。し・あ・わ・せ。

例えそれが、○ーソンの買い弁であったとしても、ね。」

「うむ、完全に同意する。特に晴れた日の海は、至上。」

「でも漁協の見学とか、正直退屈。普っ通~に『楽しい遠足』で良いじゃん?」

「そう、かな。私は好きだけど。海とか、漁港とか。」


「ナオってさ、何時も少しズレてるよね~。女子高生が漁港好き、とか。」

「何で?良いじゃん、人それぞれ。それよりナオの弁当、今日もカワイイ。」

「ホント美味しそうだよね。毎朝、自分で作ってるの?」

「お母さんと一緒に。2人で色々献立を考えるのが楽しいから。」


「...あのさ、前から思ってたんだけど。」 「何?」

「ナオは今、親戚の家にいるんでしょ?下宿っていうか。」

「そう、だけど。その、生まれた島から、進学のために。」

「じゃあ親戚の叔母さんを『お母さん』って呼んでるわけ?」

「あ...ずっと、小学生の時からだったから、何時の間にか。」


「だ・か・ら、人それぞれ。ナオの事より自分の成績心配しなって。

『推薦で○大狙うなら2年生の成績が大事』って、先生も先輩も。」

「あ~ヤダヤダ。折角の遠足なのに、ヤな事思い出しちゃった。

ナオはやっぱ◇大?成績良いし、推薦楽勝でしょ?」

「大学は...勉強するのは好きだけど。」


「え~?わざわざ進学のために親戚の家にいるのに、大学行かないの?イタっ!」

「おぬし、何度言えば分かる?要らん詮索はやめれ。ほら、ナオが困っておる。」

「詮索って、ナオが大学行かないで島に帰っちゃったら、会えなくなるんだよ。」

「何で島に帰るって決めつけるの? 専門学校も、就職だって。

それにまだ1年半も先の事でしょ。ね、ナオ...どした?」


「ほら、アンタが変な事ばっか言うから。あ~もう。」

「ゴメン。そんなつもりじゃ。」

「ううん大丈夫。ちょっと、島の事思い出して。私こそ、御免なさい。」


「それなら、あれ?」 「何だか急に、風強くなったね。」

「めっちゃ寒~い、嫌な感じ。お弁当食べちゃったし、もうバスに戻ろ。」



「なあ、最近、ナオと何かあったのか?」

ナオの乗った電車を見送った後、父親が突然口を開いた。


「いや、別に。何で?」

「何でって...2学期が始まった頃から、あんまり喋らないだろ。2人。」

やっぱり、父は勘が鋭い。だから相談するのも気が楽だ。


「喧嘩じゃない。だけど、ちょっと心配な事が。」

「心配な、事?」

「時々ボーッとしてるんだよ。オレが声かけても気がつかない位に。」

「何か、思い当たる事は?」

「校外学習かな。それ以外には何も。」


「ナオの高校の校外学習...先週の?」

「そう、先週の木曜。○町の海浜公園で弁当を食べたって。」


父は目を閉じて、深呼吸をした。

「海...それは、あの島での事と関係がありそうなのか?」


あの島での事。ナオの魂は海の妖に囚われていたと聞いた。

ナオを助けてくれた、あの2人。名前は...


「分からない。一度だけ『久し振りに海を見た。』って言ってただけで、

その後も海の事は言ってなかった。

でもナオの様子が変わったのは、その後のような気がするんだ。」


「海と言えば、父さんも、ずっと気になってた事がある。」

「何?」

嫌な、凄く嫌な感じ。何か、心の奥に押し込んでいた記憶が。


「あの人、Sさんが言った言葉だよ。『対症療法』って、憶えてるか?」


!? 思い出した。

Sさん。そして、Rさん。長い間、忘れていた名前。


「憶えてるけど、それが何で。」

「『対症療法』が、文字通りの意味なら、

症状を抑えるだけで病気の原因は消えてないって事だぞ。」


「あ...じゃあナオは。」


そうだ。何時か、『対症療法』が効かなくなる日が怖くて。

だからオレは、あの二人の名前を、『対症療法』という言葉を、忘れようとして。


「思い過ごしかもしれない。でも、もの凄く気になってた。

だからナオを海へ連れて行くのは避けてきたし、島にもあれ以来帰ってない。

ユウ、これからも注意しててくれ。ナオに何かあったら母さんも。」


...そうだ。

あの晩Sさんは『【どちらも】対症療法ですが』と言った。


ナオは、文字通り母の心の支え。

母が願い、心の底から願い続けて。

それでも産む事の出来なかった女の子の『身代わり』。

今ナオを失えば、母の心は今度こそ、完全に壊れる。

いや、母だけじゃ無い。父も、何よりオレ自身が...


もしかしたら、それがナオの負担になっているのかも知れない。

だけどオレはナオが好きだし、ナオがいてくれるから、家族が楽しく暮らせる。

ナオにも幸せに暮らして欲しい。オレは一生ナオを守ると決めたから。


「分かった。思い過ごしだと、良いね。」

「そうだな。」



思い過ごしじゃ、なかった。


それからも、毎日毎日ナオの口数は減っていく。

一昨日からは、オレ達の言葉に反応はするけど、ほとんど感情を表さなくなった。


心配した父と母が『暫く高校を休ませる』と決め、高校に連絡した。

昨日も今日も、ナオは一日中、部屋の中。

ずっと、窓の外をボンヤリ眺めて過ごしている。



「駄目だ。祖母さんに頼んで置いたけど、例の『先生』と連絡が付かない。

一ヶ月位前に『修行で暫く留守にする』って島を出たまま。

まだ帰ってないらしい。ホントに間が、悪いな。」


夕食後、電話を切った父親の表情は暗かった。もうナオは部屋に戻っている。


「あなた、ユウにも。ちょっと聞いてもらいたい事があるの。」

洗い物の手を止めて、母親はオレ達に声をかけた。


「聞いてもらいたい事って、ナオの事か?」

「ナオの事っていうか『ナオを助けてくれた人達』に関係あるかも知れない。」

「でも、その人達を紹介してくれた先生に連絡が付かないって、父さんが。」


母はタオルで両手を拭い、俺達を見詰めた。

何だか、思い詰めたような、表情。


「前に母から聞いた事がある。

ただの昔話で、そんな話をしたら絶対笑われると思ってたんだけど。」

「それで?」

父も真剣な表情。オレも息を殺して、母の言葉を待った。


「陰陽師。」  「おんみょうじ?」

「そう。事故や怪我で体から離れてしまった魂を、呼び戻す儀式をする人。」


オレと父は顔を見合わせた。


もしそれが...いや、あの晩のSさんの術。

あれは、物語の陰陽師そのものだった。


「詳しく、聞かせてくれ。」


「母が未だ若い頃、知り合いの奥さんに頼まれて運転手をしたんだって。

大きな事故の後、抜け殻みたいになってしまった旦那さんを、

『ある場所』に連れて行くために。その奥さんは免許を持ってなかったから。」


「それで?」

父とオレは固唾を呑んで、母の話に耳を澄ませた。


「その儀式が済むと、旦那さんは見る見る元気になって、

帰りの車の中では話も出来るようになったみたい。」


「父さん!」 言いかけたオレに、父は眼で合図をした。


「あのさ、お義母さんは実際に、その儀式を見たのかな?」

「多分。『人の形に切った紙を使う儀式だった』って言ってたし。」


もう一度、オレと父は顔を見合わせた。

父の表情に明るさが戻っている。オレも同じだ。


あの島でSさんがオレとナオに何をしたのか、母は見ていない。

なのに『人の形をした紙を使う儀式』って。

これはオレ達に残された、希望かも知れない。そう、信じたい。


「その『ある場所』って何処だ?」

「母から聞いたのは『○県との県境に近い山の中』と『大きなお屋敷』。

その2つだけ。でも、もし母が今もその場所を憶えているなら」


「恭子、すぐにお義母さんに連絡を取ってくれ。

明後日、土曜日は仕事が休みだから、一緒にその場所を探して欲しい。

もし見つかったら、何とかナオの事を頼んでみる。」


「分かった。私も一緒に行く。ユウはその間ナオの事お願いね。」

「大丈夫、任せて。」



昼前に出発した父と母が帰って来たのは夕方近く、2人とも表情は暗い。


母は台所に引っ込んでしまい、父はリビングのソファにぐったりと座り込んだ。

察しは付くけど、やっぱり気になる。


「駄目、だったの?」

「そうなんだ。お義母さんは結構細かく憶えてて...

その場所の、かなり近くまでは行った筈なんだ。

でも何故か同じ所をぐるぐる回ってたり、どうしても見つからない。

通りかかった車を止めて聞いたりもしたんだけどな。

お義母さんの年齢と体調考えると、あれ以上探すのは無理だった。」


言葉を切って俯いた、父の無念そうな表情。

黙って缶ビールを勧めると、父は一気に半分ほどを飲み干した。

深い溜息を吐き、それから無理矢理に笑顔を繕った。


「もう50年近く前の事だし、道がすっかり変わってしまったのか。

もしかしたらもう、その場所自体が無いのか。どっちかだろうな。

どっちにしても、望み薄だ。期待、してたんだけどな。」


父は胸ポケットから折り曲げた白紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


「この、紙は?」

「お義母さんの話を聞いて描いた簡単な地図だよ。

目印にしたコンビニと、そこから山側に入って調べた脇道とか。」

「これ、借りても良い?」 「勿論、でも何で。」

「可能性が有るのはこれだけ。簡単には諦められない。

明日、オレが探しに行ってみる。父さんと母さんは無理でしょ。」


翌日、父と母は母方の親戚の結婚式と披露宴に出席する事になっていた。

渋っていたが、父は結局新婦の親戚代表挨拶を引き受けた。欠席は無理。

日曜だし、一日ナオの様子を見ているのなら、いっその事。


「ナオも一緒に連れて行く。もし見つかったら、直接ナオを診てもらえるかも。」

「了解。ただしバイクは駄目だ。父さん達は送迎してもらえるから、車を使え。」


ナオの事になると、父と母は眼の色が変わる。


「ありがとう。」

「ユウ、ナオを頼むぞ。でも絶対に無理はするな。」

「分かってる。」


その夜。父のメモをもとにPCで検索。

目印のコンビニはすぐに見つかった。

地図から航空写真に切り替えて、一杯に拡大。


でも、近くの山の中には、それらしい手がかりが見つからない。

大きなお屋敷なら、そこにつながる道も有る筈なのに。

父の言った通り、もうそのお屋敷がないのかも。

だけど、父の言った『その言葉』。


どうしても、それが、オレの心から消えなかった。


『あの霧を抜けて(上)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

明日から、次回投稿に向けて頑張ります。

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