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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第5章 2014~2015
175/279

4402 夏/罪と報い(中)

何とも大変な世界情勢ですが、私に出来るのは、お話の投稿だけです。

少しでも楽しんで下さる方がおられれば幸いです。

また、虐げられている国の皆様に救いが有りますよう、心からの祈りを捧げます。

4402 『夏/罪と報い(中)』


次の日も、その次の日も、父と母はあの店の事を話していた。


だけど一年に一度の里帰り、親戚回りや何かで2人は忙しい。

あの店で食事をする機会はなく、オレは母の実家で宿題を片付けていた。

他にやる事もないので宿題はあらかた終わったが、やっぱり自由研究が難題。


毎年ギリギリで仕上げるのがお約束だったけど、

せっかく離島に来ているのだからこの島でネタを探すのはどうかと思いついた。


祖母と2人で昼ご飯を食べた後に昼寝。

陽が少し傾いた頃、納屋にあった自転車を借りて出発した。

島の道には詳しくない。でも大きな道を辿れば島を一周できるのは知ってる。

途中の山道はかなりキツいから、山道の手前で引き返せば良い。

その間に何かネタが見つかればラッキーだ。


ネタを探しながら20分位走ったら海が見えた。

海か...じゃあ貝殻を沢山拾って、標本を作るのはどうだろう。

祖母から方言名を聞いて、家に帰ったら名前をちゃんと調べて...

うん。我ながら、なかなかの名案。


辺りを見回すと、集落の中の小道が海の方向に伸びている。

Uターン、その小道へハンドルを切った。


小道を抜けると小さな港。だけど港で貝殻は拾えない。

港の端まで行って自転車を降り、堤防から身を乗り出した。

険しい岩場。泳ぎは得意じゃないし、危ない。もう一度自転車で反対側の端へ。


当たり、だ。砂浜がずっと続いているから貝殻を拾うにはバッチリ。

しかも堤防には木の階段があって、簡単に砂浜に降りられる。

早速砂浜に降り、貝殻を探した。

なるべく欠けていないもの、色や模様がきれいなもの。

そして2枚貝なら、2つの貝殻がバラバラになっていないもの。


良さそうなものだけ選んで拾っても、十分な数がありそうだ。

なかなか、いや、かなり楽しい。オレは貝殻拾いに夢中になってた。


どのくらい時間が経ったろう。

心地良いリズムを刻んでいた波の音が乱れた気がして、海を見た。

少し遠くで水飛沫、小魚の群れ? いや、人だ。人が泳いでる。2人。

ゆっくり近づいてきて、波打ち際で立ち上がった。


あ...あの店の。髪の毛を掻き上げて海水を払った、その人と眼が合った。

黒い髪から光る滴、抜けるように白い肌。ハッとするほど鮮やかな、紅い唇。

その人は驚いたようにオレを見詰め、オレも眼を逸らせなくなった。


「あ~、あの時のお客さん。此処で何してるの?」


その人の肩越しに、男の子の陽気な声。これは多分、この人の弟。

右手、浮きのついた網の袋。その中に大きな巻き貝と海藻が見える。


「貝殻を、拾ってたんだ。宿題の自由研究にどうかと思って。」

「宿題?ああ、色々メンドくさい事があるみたいだねぇ。」

『あるみたい』って、島の学校には宿題がないのか?

いや、夏休みだけこの島にいるなら、それも。


「今日は急用だから時間ないけど、明日遊びに来てよ。

祖父ちゃんが言ってた通り、オレ達いつもヒマだから、痛!」


男の子の頭を軽く叩いて、その人は微笑んだ。


「いきなり、☆坊が無理言って、御免なさい。」

「いや、無理じゃなくて。オレもヒマだから、全然。」

「ほ~ら、決まり。祖父ちゃんが言ってた通りだね。

明日は一緒に釣りしようよ。2時にここで集合。あ、そうだ。」


一歩、二歩。 男の子は踏み出してオレに右手を差し出した。握手?

「オレ、☆。姉ちゃんは★。ほら、これ友達の印なんでしょ?は・や・く!」


「オレはM。明日は宜しく。」 「うん。じゃあM兄だ。よろしく。」

握り返した男の子の右手は、ヒンヤリと冷たい。

ついさっきまで、泳いでたから?


「じゃあ明日~。オレも★姉も待ってるから、絶対だよ!」


砂浜から陸側に獣道みたいなのが伸びていて、

それがサトウキビ畑の農道に繋がっている。

そこに停めてあった自転車に乗って、2人は帰っていった。

2人乗りはどうかと思ったけど、男の子の漕ぐ自転車は思いの外速い。


ボンヤリ見送ったあと、木の階段を上って堤防を越えた。

明日は砂浜に続く農道を探して、オレもあの場所に自転車を停めよう。

帰り道、何となく胸がドキドキして、その晩はなかなか寝付けなかった。


翌日、待ち合わせ場所の砂浜から少し離れた場所で釣りをした。

その翌日も、またその翌日も。昼寝の後の、新しい日課。

古い、崩れかけた石組みの堤防と、それに沿って伸びる水路。

水路の端は小さな川の河口と繋がっている。

新しい港が出来る前に使われていた、古い港の跡?


男の子、☆坊は釣りを一から教えてくれたし、いつも本当に楽しそうだった。

それに、ひっきりなしに喋ってて、魚が釣れなくても全然退屈しない。

レストランの手伝いの事や、お祖父ちゃんの事。

本当にこんな弟がいたらどんなに楽しいか、でも。


その人、★姉はほとんど黙っていて、それがずっと気になっていた。

☆坊が何かマズい事を言ったり(ほとんどがオレへの言葉使い)した時、

穏やかに注意する位。オレが迷惑なのかと思ったけれど、

★姉がホントにキレイだったから、一緒にいられるのが嬉しくて、

その疑問を心の底に押し込めていた。



微かに揺れていた浮きが動きを止めて約2分。そろそろだな。

☆坊は仕掛けをそおっと引き上げて、顔色を変えた。

エサはキレイに取られて、釣り針だけがキラキラと光っている。


うん、マズいね。これは。


「へぇ~、舐めてるなこいつ。みてろよ!」

やっぱり、来た。


眼の前で激しい水音。慌てて水飛沫をよける。置き去りの釣り竿。

最初の頃は驚いたけど、もう慣れた。つまり、☆坊は短気だ。

確かに釣りは上手で色々教えてくれる。

ただ、思い通りに釣れないとイライラして海に飛び込む。


しばらくすると魚を捕まえて戻ってくるのだけれど、

当然その後は釣りにならないし、第一、素手で目的の魚を捕れるなら、

わざわざ釣りなんかする必要も無いだろうに。


「あの、M君。」 「あ、御免なさい。」

水飛沫をよけようとして、★姉に近付き過ぎたかも知れない。

直接触れたとは思わなかったけれど。


「ううん、☆坊がホントにせっかちで、ゴメンね。」

「いや、色々教えてくれるし、面白いし。それに、もう慣れたから。」


★姉は暫く俯いた後、右手を差し出した。

「お詫びに、これ、あげる。」 ゆっくりと、拡げた掌。

薄い2枚貝。その貝殻はハートが左右に割れるような、不思議な形。

それに薄黄色から濃いピンクに変化するグラデーション。


★姉の白い掌の上に載った貝殻は、童話に出てくる宝物のように見えた。

こんなキレイな貝殻は見た事がない。 「これ、って。」

「この先の浜で見つけたの。貝殻集めてるって、言ってたでしょ。

それにこの貝は、御守りになるって聞いた事がある。

名前は、知らないんだけど。」


思わず、胸が詰まった。自分でも思いがけない感情を堪えて、俯く。

「あ...やっぱり。こんなの、迷惑だよね。」


今思い出しても不思議だけれど。

その時、オレの体は弾けるように、ひとりでに動いた。

★姉の掌からその貝殻を受け取って、胸に押し当てる。


「迷惑じゃ、無いです。すごく...嬉しい。

オレ、★姉に嫌われてると思ってたから。本当は迷惑なのかなって。」

「違う、違うの。私、年の近い男の子は☆坊しか知らなくて。

それに、M君がこんな人だって思ってなかったから。」


??? 『年の近い男の子は☆坊しか知らない』?

そう言えば初めて浜で会った日、

☆坊は「メンドくさい事があるみたいだねぇ。」と。


違和感。何だろう、★姉と☆坊は、一体?


激しい水音。☆坊が水面に顔を出した、右手に40cm位の魚を握っている。

得意げな顔で岸に上がると頭をブルブル振って、光る雫が飛び散った。


「ざまあ見ろ。オレ様に楯突くから。痛!」

「魚だって一所懸命なんだから。

オレ様とか楯突くとか、あんたこそ何様のつもり?」

「ゴメン...つい、カッとなって。」

大きな魚を握ったまま、でもすっかり悄気た☆坊の姿はなんだか可哀想だった。


その日から一気に、2人とオレの距離が近付いた気がして、毎日が楽しかった。

釣りだけでなく簡単な潜りも教えてもらったし、持ち帰るお土産も増えた。

貝やカニ、海藻や魚。特にそれを喜んだのは父。


「あの店には行けないけど、夕食は毎日Mのおみやげが楽しみだよ。」


喜ぶ人がいてくれるなら、それが父なら尚更、気合いが入る。

朝早く起きて宿題の整理と仕上げ、昼ご飯を食べてから2人と遊ぶ。


充実した毎日。そして何より、釣りや潜りを始める前の、秘密の手続き。


釣りの仕掛けを準備する時、潜りのポイントに移動する時、

★姉はそれとなく、オレと手を繋いでくれるようになった。

☆坊が短気を起こして海に飛び込んだ時は、上がってくるまでずっと。


島に来て、もう、何日経ったのか。オレはすっかり日焼けをしていたが、

★姉の手は不思議な程、透き通るように白かった。


『夏/罪と報い(中)』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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