4401 夏/罪と報い(上)
今日は、思いの外体調が良いので、
別系統の作品に加え、こちらでも投稿します。
以前の掲示板では未公開の新作。お楽しみ頂ければ幸いです。
4401 『夏/罪と報い(上)』
「...全然、大丈夫です。気にしないで下さい。はい。」
母が受話器を置くと、父の表情が少し曇った。
母はその島の出身。沖縄本島からもかなり離れた、南の離島。
今回は夏休みの里帰りだが、親戚の法事で来た事もある。移動はいつも一大事。
「何か、有った?」 「○次兄さんも、☆子姉さんも急用だって。」
「急用?」 「そう。直撃は免れたけど、台風の影響で色々。だから迎えが。」
「何度も行ってるから迎えは要らないし。気兼ねしなくて良い分、楽だよ。」
「ありがと。私、何時だってアナタがいてくれるから。」
母は父を抱き締めてキスをした。
子供が見てる前でそれは。オレ、もう中学3年生なんだし。
父は本土、△県の出身。その村は深い深い山の中にあるらしい。
母が大学生の時、仲間との旅行でその村を訪ねたのが馴れ初めだと聞いた。
トレッキング中に母が足を滑らせて山道から転げ落ちた。
当然大騒ぎになったが、たまたま下の沢に居合わせた父が母を助けたという。
『凄かったな~。両手で私を抱えてヒョイヒョイ、よ。
まるで崖みたいな傾斜だったのに。私、もうドキドキしちゃって。』
もう何度聞かされたか分からない惚気話。
『ケガは痛くなかったの?』とか『余裕があったんだね~』は禁句。
『あ~、それは母さんの体重が軽かったからでしょ。』
そう返さないと母はえらく不機嫌になる。まあ、オレなりの渡世術?
「色々有るって事はさ、この辺りで昼ご飯済ませた方が良いよね?」
父は悪戯っぽく笑い、母も心得たとばかりに相槌を打った。
「確かに...今から直ぐだと、丁度、昼ご飯時になっちゃうから。」
「じゃあ決まり。ほら、〇☓なら良い店があったし。M、何が食べたい?」
ほら、お決まりの展開。確かこういうの、デジャヴ、とか言うんだっけ?
タクシーで〇☓に移動した。
島で有数の、というか多分唯一の商店街。
過疎の島だから、お世辞にも賑やかとは言えない。
平日の昼間なのにシャッターが閉まってる店も多いし。
ただ去年来た時、買い物ついでに食べた中華料理が美味しかった。
父はそれを覚えていたんだと思う。確か、「〇皇」。商店街の真ん中辺り。
だけど、商店街に入って直ぐに父の足が止まった。
「○皇」は、まだ先なのに。
「あなた、どうしたの?」
「去年、あんな店あったかな...M、覚えてるか?」
「いや。無かった、と思う。」
小さな路地の入口に簡素な立て看板。
『夏季限定営業 海の幸・山の幸』
路地の奥を覗くと、紺地に白い文字の暖簾が見えた。
父はこういう感じの店が好み。
去年も有ったなら、この看板に気が付いていた筈。
父と母は顔を見合わせてニヤリと笑った。2人共、眼が輝いている。
「海の幸・山の幸だって。」 「限定営業は絶対外せないよね。」
珍しいものや面白そうなものに眼が無い。
こういう所はそっくり、似たもの夫婦。
「御免下さ~い。」
母が声を掛け、暖簾を潜った。続いてオレ。
大きなボストンバッグを持った父は一番最後。
昼飯時には未だ少し早いのか、人影は奥のテーブルに2人だけ。
少年と少女。二人の前のテーブルの上、竹籠には山盛りの・・・ドングリ?
「あ、いらっしゃい、ませ。」
立ち上がった少女の、驚いたような表情。
「オレ、祖父ちゃん、呼んでくる。」 「うん、お願い。」
2人はカウンターの奥に引っ込み、やがて少女がエプロンをして出てきた。
手に持った皿にコップが3つ、そして水差し。
少し、驚いた。
近くで見ると凄く大人っぽい。絶対オレより年上、綺麗な、顔。
「あの...うちは『おまかせ』しかやってないんですが、良いですか?」
父の目がますます輝いた。
「仕入れた食材次第で、その日の料理が決まるって事?」 「はい。」
「そりゃ楽しいね。じゃあ『おまかせ』3人前で。」
「かしこまりました。」
「ねぇ、あなた。」 「はい?」
「あれ、ドングリよね。料理に使うの?」
「ええと、あれはクッキーに。皮を剥いてあく抜きして、祖父が。」
「そのクッキー、今日もあるかしら?」 「はい、デザートで。」
「お~い、注文は何人前だ?」
カウンターの奥から眠そうな声が響く。
その人は小さくお辞儀をして、小走りでカウンターの奥に消えた。
「どうやら、これは本物だぞ。」
「う~ん、なのに季節限定営業って事は...」
「リタイヤしたシェフが本土から移住してきた、とか?」
「そうね。テーブルも3つしかないし、趣味じゃないと採算が取れない。」
「いや、家族営業みたいだから、食材を安く仕入れたら案外いけるかも。」
料理は父と母の趣味の1つ。
いつか小さな料理店をやりたいと話してるから、こういう話題になるのは予想済。
ただ、オレは何時も通り置いてけぼり。
と思っていたら、違った。
「ねぇ、M。」 「え、何?」
「アンタ何ボケッとしてんの。」 「いや、別に。オレ何も。」
「嘘仰い。」 母はテーブルの向こう側から身を乗り出した。
「さっきの娘の事、考えてたんでしょ?」
囁くような声。悪戯っぽい、笑顔。
「可愛かったもんね。スッゴイ色白かったし。」
「ちげーよ。オレは。」
「違わないな。Mがようやくマザコン卒業なら、目出度いよ。」
「父さん!」
実際、認めざるを得ない。確かに母は凄い美人だ。
黙って景色でも眺めていれば、芸能人に見えない事もない。
明るい性格のせいか年よりずっと若く見えるし、スタイルも良い。
授業参観の日、オレはいつも皆の羨望の的。当然テンションMAX。
そう、確かにオレはマザコンだよ。でもあの人は。
母以外では見たことがない位、キレイだ。
もう1人の少年はオレより年下、あの人の弟、だろうか。
「おい、M。料理来たぞ。」
ハッとして顔を上げると、その人がテーブルの上に料理を並べていた。
「前菜は、レタスと海藻のサラダに、白身魚のカルパッチョです。」
「き~れ~い。美味しそう。」
母が呟くと、その人は嬉しそうに、また小さくお辞儀をした。
待ちきれないようにカルパッチョを一口食べて、母は黙り込んだ。
美味しい料理を食べると、母はいつも黙る。
オレも、レタスに海藻サラダとカルパッチョを乗せてみた。
緑の下地に重なる色とりどりの海藻、そして魚の身は淡い飴色。キレイ、だ。
そしてその味、確かにこれはレベルが違う。本当に美味しい。
次に運ばれてきたのは鳥出汁っぽいスープ。
そして主菜は赤身の肉のステーキと焼き魚。
母はずっと黙ったまま、ひたすら食べ続けている。
父は時折、料理についてその人に尋ねた。
スープの出汁はウズラ、赤身の肉はイノシシ。
カルパッチョと焼き魚はブダイ(らしい)。
質問の答えを聞く度に、父と母は溜め息をついた。
最後に運ばれてきたのは香りの良いコーヒー。
そして、ドングリのクッキー。
「本物も本物、一体どんな凄腕シェフなのかしらね。」
ようやく母が口を開いたが、父は溜め息を付くばかりだ。
「料理をしているのは、こんな年寄りでございますが。」
何時の間にか、テーブルの傍に人影。
痩せ型で、背が低い。まさか、こんな老人がイノシシを?
「本当に、あなたがこの料理を?」
父が尋ねると、老人は微笑んだ。
「はい。ご満足、頂けましたかな?」
「勿論です。とても美味しいし、何というか、味が濃い。
山と海の力が、料理の中に封じ込められているようで。」
「ほう、山と海の力が。」
老人は父の顔をしげしげと見詰め、次に母の顔を見詰めた。
「成る程、奥様は〇山の家の娘さんでしたか。お名前は、確か...」
「◇実です。でも、どうしてそれを。」
「この店を構える際、〇山の大旦那さんには随分お世話になりました。
それに、こんな商売をしておりますと人々の噂も耳に入って参りますので。」
「噂?」 母は少し警戒した表情になった。
「はい。◇実さんは大層な器量良しで、本土から立派な婿を取った、と。」
老人はもう一度父の顔を見詰めた。
「これ程のお方だ、しかも島では見ない顔。ならば、これが噂の婿殿。
ならば、一緒におられる器量良しの奥様は〇山の家の末娘。
まあ、これも年の功。簡単な、当て推量で御座いますな。」
「あの、『これ程の』って。主人の事を、何か。」
何故か、母は不安げだ。 老人の眼、その奥が微かに光って見えた。
「年を重ねれば、嫌でも一目で分かりますよ。人も物も、その善し悪しは。
お客様に料理を褒めて頂けるのも、材料を見極める眼があればこそですから。
さて。」
老人はオレを正面から見詰めた。何だか、胸の奥がムズムズする。
「坊ちゃんは中学生ですね。宜しければ孫達の遊び相手になって下さいませんか。
昼過ぎまで私の手伝いをした後は、2人とも暇を持て余してるのです。
おや?またお客様が。いよいよ不思議な事もあるものだ。失礼致します。」
客が2人、入ってきたので、その老人はカウンターの中に戻り、
オレ達も勘定を終えて店を出た。3人分の代金は確か3600円。
母は『あんまり安いけど、間違いじゃない?』と確かめたが、
その人は首を振って微笑んだ。
『夏/罪と報い(上)』了
今後の投稿は体調次第となりますが、出来るだけ頑張ります。




