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『藍より出でて ~ Bubbles on indigo river~』  作者: 錆鼠
第5章 2014~2015
172/279

4305 黎明(下)②

引き続き体調不良により、投稿間隔が長く不定期になっています。

御容赦・御了承の上、お楽しみ頂ければ幸いです。

4305 『黎明(下)②』


「R殿。待たれよ。」


3人の殿上人が主を呼び止めたのは、

主が一日の勤めを終えて退出する寸前。


「最近、彼方此方でそなたの名を聞く。

若いのに、法力は随分と確からしいな。」

「恐れ入ります。未だ力が足りず、小さな人助けしか出来ませんが、

それらを積み重ねて御所の皆様方の心の安寧の助けになればと。」


突然の哄笑が、辺りの空気を揺らした。この気配。人、か?


「殊勝な事だ。しかし○×橋の妖を調伏した程の術者が、

人助けの術しか知らぬ等、到底信じられん。いつまで惚けていられるかな?」


一間ほど離れて、男が立っていた。 殿上人たちの顔に怯えた表情。

その男は陰陽寮随一と称される術者、『C』。

生かすも殺すも自在と噂され、畏怖されている。


「これはC様、何時の間に。全く気付かず失礼致しました。」

主は丁寧に頭を下げた。


「...まあ良い。ところでどんな術を見せてくれるのかな?」

「一体何のお話だか。」

「貴人達がそなたの力をこの眼で見たいと仰せなのだ。

○原様、そういう話で御座いましょう?」


殿上人達は気まずそうに顔を見合わせた。

やがて口を開いたのは○原様と呼ばれた、一番年長に見える男。


「それはまあ、拝見できるものなら。」

「御言葉ですが、C様始め優れた術者の働きで、

御所内の怪異はすっかり鎮まっております。

どこからか依頼があればともかく、今この場では私の術など。」


「確かに。それは道理。」

Cは腕を組み、眼を細めて主を見つめた。

袖の中で印を結ぶ気配、笑顔の裏で、まさか。


「おや、あれは。結界が破られたか。鬼、ですぞ。」


Cの視線を辿った殿上人は、呆然と一本の柱を見詰めた。

柱の半ば辺り、手が生えていた。節くれ立った赤黒い指に尖った爪。

折角の結界に穴を開け、怪異を呼び込む?正気の沙汰ではない、もしも。


「丁度良い。R殿、出番の」

Cの言葉が終わるより早く、主は柱に駆け寄った。

右手を、思い切り鬼の手に叩きつける。乾いた音、柱と天井が揺れた。

主の手と柱の間から白い紙が僅かに見えている。


「驚きました。C様、お戯れはお止め下さい。」


主は白い紙を折りたたんで袂に納めた。柱には何の痕跡も残っていない。

「師から授かった護符には限りが御座います。

なのに...これでまた一枚、減ってしまいました。」


「面白い。その護符で怪異を押し戻す。それがそなたの術か。

しかし、鬼の手を一撃でとは、見事。

皆様方、御覧の通りR殿の術は本物、その力は大したもの。

これで御所も、都も、益々安泰。誠に重畳、重畳。」

笑いながら歩き去るCを見詰める、殿上人達と主。


「見事な、術であった。では我等もこれにて。」

そそくさと、殿上人達は退出していった。



「あまり良い状況ではないな。」

声を掛けると、窓際で胡座をかいていた主は微笑んだ。


「予想していた事だ。今日は上手く誤魔化せたと思うし、

引き下がってくれたが、今後どう出て来るか分からん。

こっちが力尽きるのも遠くないというのに、面倒極まりない。」



事態を動かしたのは、思わぬ依頼だった。

あの日主を呼び止めた、○原という殿上人の口利きがなければ、

主にその依頼が来ることはなかっただろう。


「呪殺でなく、人助けなら、其方の主義に背くことはないのであろう?」

「主義では無く、呪殺自体が私には無理です。

私が修めた術は人助けのみで、それに背く術は師から学んでおりません。」

「なら、益々好都合。これから共に、さる御方の屋敷へ参る。

くれぐれも失礼の無いようにな。」


ゆっくりと進む牛車の屋根に止まり、辺りに気を配る。

やがて牛車が停まったのは、御所からほど近い大きな屋敷。


「随分と若いが...○原、この者、本当にお前が話していた術者なのか?」

「はい。先日、御所に現れた鬼の手を、この者が一撃で封じまして。

確かにこの眼で。それはもう、あのC殿も『見事な術だ』と。ですから。」

「分かった。では皆の者、外してくれ。○原も、な。」


○原と呼ばれた殿上人は、微かに不満そうな表情を浮かべ、

しかし頭を下げて席を外した。

部屋の中に人は2人きり。依頼主である尊き御方、それと我が主。


人払いが必要な依頼。

姫君の屋敷の時と違い、隣室に武人を伏せていないのは、

この御方が術者の『力』を信じ、怖れているからだろう。

皆の前で依頼を聞いた後に断れば、主の立場は決定的に悪化する。

二人だけなら、依頼を断ったかどうか、他の者は知らない。

この御方なりの気遣いとも言える。



「其方の名は、Rといったな。」 「はい。」

「こちらは名乗れぬが、大変に深刻な事態故、無礼は許せ。」

「いいえ、無礼など。それで、深刻な事態とは、どのような?」

「戦だ。最悪の場合、この都も戦火に包まれよう。」

「直近の戦と言えば...北方の征伐。

しかし、それで都に戦火が及ぶとは思えませんが?」


「北ではなく、西。」 「西!」 「そう、西だ。」


主の顔色が変わった。

当然だ。西、それはつまり。


「今朝、さる御方に宛てた『手紙』が届いた。その内容は遷都。」


主は大きく後退って両手を付き、深く頭を下げた。

「申し訳御座いません。それは、私如きの力が及ぶものでは無く。」


「頭を上げよ。無論、其方の力を借りたいのは、遷都の件ではない。」

「では、何を?」 「さっきも言った通り、人助けよ。」 「人助け。」

主は、その御方の顔を真っ直ぐに見つめた。

「子細を、お聞かせ下さい。」


「『手紙』を読み、さる御方は激怒なされた。

すぐに...軍議、が開かれるだろう。恐らく遷都は拒否・抗戦の方向が決まる。

さる御方の御怒りは、それ程に深い。」


「それで、私への御依頼とは。」

「抗戦となれば、我も軍に加わり西へ赴く事になる。

少しでも勝ち目を増やしたい。具体的にはある人物を我が軍に迎えたい。

しかし。今のままでは、それも叶わぬ。」

「何故でしょう?」


「その人物は、つい先日都に戻ったのだが、

『手紙』の送り主との関係が疑われ、禁固となったのだ。

我は、その人物の潔白を訴え、禁固の撤回を願い出た。

その結果、さる御方は我が願いを許して下さったのだ。

故に、その人物は安全な場所に移された。」


「それでは、私に出来る事は何も。」

「いや。此処からが、其方への依頼だ。」

その御方は主に躙り寄り、声を潜めた。


「その人物は正体を無くしていて、まともに話も出来ない。」

「つい先日、都に戻った御方が、急に?」

「そうだ。共に戦った仲、その男の気性と頑健さは良く知っておる。

自決するなら刀で、確実に死んだ筈。体の不調も聞いていない。恐らく...」

「何らかの術を掛けられた、と。」


その御方は、小さく頷いた。

「陰陽寮の術者で無く、其方に依頼する理由がそれだ。

その男が禁固されていたのは、誰もが近づける場所ではない。

無論、其方への依頼は厳しく口止めしている。

先程この部屋にいた者は全員、暫くこの屋敷に留め置く。」


馬鹿な...それでは御所の中に、西方と、

『手紙』の送り主と通じた者がいるという事だ。


「分かりました。では、私は何時?」

「出来るだけ早い方が良い。これから直ぐに、頼めるか?」

「はい。参りましょう。」



確かに、その男の。いや男の周りの様子は尋常でなかった。

小さいが強力な妖が数体、その男に取り憑いている。

耳元、首筋、恐らくは床の中にも。


「やはり、強力な呪詛です。以前にも同じようなモノを見た事が。」

「強力な呪詛...祓えそうか?」


「祓えますが、約束して頂きたい事が御座います。」


微笑んだ主の背後に、ボンヤリと大きな影が現れた。漆黒の、大蛇。

「何でも言ってみよ。我に出来る事で有れば。」


「この呪詛の主は、とても強力で、恐ろしい術者です。

呪詛を祓い、この方が正気に戻っても、決して、それを口外なさらぬよう。

回復したと知られれば、それが私の仕業だという事も知られる。

私は始末され、この方には更に強力な呪詛が。」


「成る程...しかし、何時までも黙ってはいらねぬぞ。」

「出陣なさる直前までで結構です。どうか。」

「分かった。誓って、そのように取り計らおう。」


次の瞬間。

漆黒の大蛇が、大きく口を開けた。



「御顔の色が優れませんね。心配事でも?」

「はい、御所で嫌なモノを見ました。」 「嫌な、もの?それは一体どんな?」

「さる尊き御方に宛てた、書状です。

内容はともかく、書状の裏に、薄めた血で呪が書いてありました。

紙の色に紛れて字は読めませんが、尊き御方に害なす意図は明白。

C様がいち早く気付かれたので、事無きを得ましたが。」


「尊き御方に害なす意図...その送り主は、もしや?」

「恐らく、御推察の通りでしょう。」

「それでは、もし事が起こればこの都も。」

「事が起これば、です。

最悪の場合に備え、仲間と共に動くつもりですが、成算は何とも。」



「何故、姫君に話した?黙っていた方が良かったのではないか?」

「馬鹿を言え。どんな名役者でも、あれ程聡い御方相手に芝居は打てぬ。」

「それでは、どうするつもりだ?

最悪の場合に備えるどころか、お前の身体はもう。」


「C様の意見も有るし、軍議では抗戦の方針が決まるだろう。

戦うつもりは毛頭無いが、この状態で決定に背けば、

逆賊の汚名を背負って死なねばならぬ。

しかし今は、兄弟同然の仲間がいる。

皆、俺と年が近く、才能も豊か。だが、未だ修練が足りぬ。

俺が死ねば、師から受け継ぎ俺が工夫した術が絶える。それに。」


「それに?」

「最大の心残りは姫君だ。俺の力と器が足りぬ。それが心底、口惜しい。」


開け放った窓から差し込む月光に照らされた主の横顔は、

常にも増して蒼白かった。


「軍議は明後日、だったな?」 「そうだ。」

「明日の朝、欠勤の届けを出せ。

理由は体調不良、今のお前の様子では、疑う者も居るまいよ。

姫君と口裏を合わせるのも忘れるな。」


「軍議を欠席したところで、何の解決にもなりはしないぞ。」

「だから明日朝早くに出かける。我が案内しよう。」

「何処へだ?」

「我の眠りを解き、お前を助けよと命じた『力』のもとへ。

死ぬ覚悟が出来ていて、それでも姫君の事が心残りなら、我に賭けよ。

それ以外、この事態を打開する策はない。」


「成る程。やはりお前は、俺に足りないものの1つだったのだな。」

「そうで無ければ、お前は明日死ぬ事になる。それでも行くか?我と共に。」

「行くさ。最後まで身体が動くかどうか心配だが、宜しく案内を頼む。」


胸の、奥が痛い。

何故だ?

我は人ではなく、もとより心など、有りはしないのに。


『黎明(下)②』了

本日投稿予定は1回、任務完了。

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