0304 旅路(中)②
R4/06/20 追記
此方にも「いいね」を頂きました。
自分でも気に入っている作品ですので、とても嬉しいです。
投稿をする上で、何よりの励みになります。
本当に有り難う御座いました。
0304 『旅路(中)②』
翌日、俺は姫を誘ってドライブに出かけた。
いつもより姫の口数は少なかったが、それ以外に変わった様子は何もなく、
特に機嫌が悪いようではなかった。
初めて2人で出かけたあの海岸近くの駐車場。
並んで波を見ながら姫が口を開いた。
「私、本当にSさんには感謝してるんです。」 「え?」
いきなり『Sさんに感謝』って? 一体、それは。
「私、Sさんにずっと育ててもらって、勉強も術の事も、それに人間として、
女の子として生きていくのに必要な事も、沢山教えて貰いました。
それにね、今もSさんのお陰で私は幸せなんです。
Sさんと一緒に過ごした分だけ、Rさんは私を大事にしてくれますから。」
姫は真っ直ぐに俺を見詰めた。 透き通るような、微笑。
「今日もそうですよね?昨夜Sさんと一緒だったから気を遣って。」
図、図星です。成る程、そういう流れに...聡い人だ。
「私、『家族』って良く判らないんです。いいえ、良く判りませんでした。」
姫は以前俺に話した事がある。『父の顔も母の顔も憶えていない』と。
「でもSさんに会って、Rさんに会って。
一緒に暮らしている内に、これが『家族』なのかなって
とても暖かい気持ちになりました。
だから私、今の『家族』を守りたいと思っています。」
姫は俺から視線を移した。遙かな、海の彼方へ。
「だけど、私が大人になって、Rさんの子供を産んだとしたら...
本当の『家族』を知らない私が、その子を可愛いと思えるかどうか、
正直自信がありません。それが怖くて、悲しくて。」
そうだったのか。確かあの時、Sさんは言った。『色々考えて決めた』と。
Sさんは、自分自身が妊娠・出産して、その子を育てる過程を姫に見せる事で、
親になる、家族を守る、その行動の意味を教える意図も有るんだろう。
「大丈夫。怖い事なんかありません。Lさんは良いお嫁さんになれます。」
「そうでしょうか?」
「そう、そしてもちろん、とても良いお母さんになれます。」
「何故ですか?」
「だって、僕にとっての『良いお嫁さん』も、
いつか生まれる僕たちの子供にとっての『良いお母さん』も、
今のLさんそのものだから。Lさんは今と何も変わらなくて良いんです。」
姫は俺の右肩に頭を預けて、小さな声で言った。
「まだ生まれていない子供と意志の疎通が出来るんですか?
私にもそれが出来たら、何も怖くないのに。」
そっと、でもしっかりと、姫を抱きしめた。
いや、出来れば姫の『心』を抱きしめて、安心させたかった。
「30秒位前には確かに出来たと思ったんですが、
もしかしたら錯覚かもしれませんね。」
姫は声を立てて笑い、俺も笑った。
ただ、Sさんへの質問は1つ増えた。
お屋敷に帰ると、庭のガレージに赤い車が駐まっていた。
雑誌で見覚えがある。確かイギリス製、2人乗りのスポーツカー。
そうだ、ロー○ス。
Sさんの知人が尋ねて来たのかと思ったが、来客の気配はない。
夕食時にその話題が出ると、Sさんは嬉しそうに言った。
「ああ、あれ格好良いでしょ。
前から欲しかったし、今日みたいな時は絶対必要だから。」
「買ったんですか?マセ●ティがあるのに。それに僕の軽も。」
そこで気が付いた。
先輩から譲って貰った軽が庭に無い。いや、無かった。
「そういえば、僕の軽が。」
「あれ、来月車検切れだったでしょ。
あの状態でもう一度車検通すなんて考えられないから廃車にしたの。
今まで軽を使ってた用事には、あの車使って頂戴。」
13年落ちのボロい軽自動車。
あちこち細かな故障もあるし、車検以外に修理の費用がかさむ。
廃車にして、原付でも買おうかと思っていたのを察してくれたのか。
とても有り難いが、ボロい軽の代わりにロー○スとは、いくら何でも。
「...スポーツカー2台揃えてどうするんです。もし子供が生まれたら、
2人乗りより大きな車の方が必要になりませんか?5人乗りのワゴンとか。」
「それも考えてるけど、そっちは今すぐ必要って訳じゃないでしょ。」
「私、あの車に乗ってみたいな。すごく綺麗な色ですよね。」
「じゃ、明日Lも乗せてあげる。でも、それじゃR君はおいてけぼりね。」
2人が、あの車でドライブしたら、さぞかし車が引き立つ。
このお屋敷をバックに写真を撮ったら、まさに車専門誌のグラビアそのもの。
Sさんは車内でハンドルを握り、姫は車の傍に立ってもらう。
もちろん姫はあの白いワンピースと麦藁帽子。うん、萌える。むしろ萌え全開。
『じゃ、出掛ける前に写真を撮らせて下さい』
そう言おうとした途端、Sさんが言った。
「それとね。みんなで旅行に行こうと思ってるの。オーストラリア。」
「じゃ、え?」
不意をつかれて変な声が出てしまった。姫がくすくす笑っている。
「オーストラリアって、海外旅行、ですか?」
「そう。向こうは今、夏の真っ盛り。マリンスポーツとか楽しそうでしょ?」
「私、綺麗な海で泳いでみたいです。あ、水着買わなきゃいけませんね。」
Sさんの場合、『こう思ってる』=『こう決めた』だから、旅行自体は決定事項。
でも、一応理由を聞いてみる。
「何故、急に旅行の、それも海外旅行の計画が?」
「Lが高校に通って、あなたが大学に戻ったら、旅行なんかできないでしょ。」
「夏休みでも良かったのでは?」 「それまでには妊娠の予定ですから。」
成る程、確かに。
「それにきっと良い記念になりますよ、新婚旅行みたいで。」
言ってから姫が顔を曇らせた。
「あ、私も、一緒に行って良いんですか。邪魔になるんじゃ。」
「そんな事気にしないで。新婚旅行だなんて。」
とは言うものの、Sさんは満更でも無さそうだ。
Sさんは機嫌が良い時、口数が多くなる。
「向こうに私の親戚が勤めてるホテルがあるの。すごく良い所よ。
綺麗なビーチがすぐ近くにあるし、レストランの料理も美味しい。
その人に頼まれてる事もあるから、丁度良いと思って。
あ、出発は一週間後。飛行機のチケットは予約済みだから。」
「ビーチが近いって最高ですよね。水着、今でも買えますか?」
そう、今日は1月4日。日本は真冬。
「水着は向こうのお店でも買えるわよ。それよりR君はパスポート持ってる?」
「持ってません。」 「Lも持ってないから、早速手続きしなきゃね。」
パスポートって、確か申請から発行まで...いや、それは多分問題ない。
Sさんの一族、その社会的影響力。うん、随分馴染んだなぁ、俺(遠い眼)。
そう、パスポート以外に、確かめたい点がある。
「あのう。」 「何?」
「『頼まれてる事』っていうのが、何となく気になるんですが。」
「ああ、そのホテル、『出る』みたいなの。
変な噂が広まって客足が減ると困るから、調査を依頼された訳。
それで出来ればどうにかして欲しいって。」
「『出る』って、心霊系の何かが、ですか?」 「そうよ。」
「それで、わざわざその何かが『出る』ホテルに泊まるんですか?」
不意に、Sさんは真面目な顔になった。
「『わざわざ』って言われても、この方面が私の本業だもの。」
そうだ...すっかり忘れていた。この人は、陰陽師。
古来から常人の理解を超えた現象が実在し、
それらに対処してきたのが陰陽師だとしたら、
これは確かに陰陽師の仕事だろう。
姫が動じないのは、この手の依頼に慣れているからに違いない。
「僕にも何か手伝える事がありますか?」
「そうね。そう言ってもらえると心強いわ。ありがと。」
そしてSさんの宣言した通り、一週間後の1月11日。
俺たちは機上の人となった。
『旅路(中)②』了
本日2回目の投稿、任務完了。
明日から『旅路(下)』へ。